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第3話

 数日後、クロンザッテ家に招待状が届いた。エティナがそれを知ったのは、クロンザッテ夫人に話があると呼び出されたからだった。


「エティナ、ダンフォード家からパーティーの招待状が届いたのだけれど、あなたも招待者として名前があるの。ビスコーテ家はダンフォード家とつながりがあったの?」


「いいえ……ただ、マクオル・ダンフォード様は私の姉をご存知だとおっしゃっていました」

「まあ、あなた、マクオル・ダンフォード様と知り合いなの?」

「お会いしたことは、あります」

「そう。なら、この招待状は間違いではないのね? ダンフォード家のパーティーに招待されるなんて、素晴らしいわ。あなたのドレスを用意しなくてはね。フレジアのドレスをどれかあなたに貸しましょう」

「いいえ、クロンザッテ夫人。私は私のドレスで出席したいのですが、ダメでしょうか? フレジア様のドレスをお借りするなんてとても……。ダンフォード様も私がフレジア様の侍女であることはご存知ですから」

「そう? ドレスはあるのね? それならいいけれど。用意できなければ言ってちょうだい? くれぐれもダンフォード家に失礼のないようにね」

「はい、クロンザッテ夫人」


 心配そうな顔のクロンザッテ夫人にエティナはしっかりと頷いた。しかし、上位貴族家のパーティーに参加できるようなドレスが準備できるのかとクロンザッテ夫人が心配するのも当然だった。それにエティナにも自分のドレスで大丈夫だと自信があるわけではない。正直言えば、笑われるかもしれないと思っていたし、そうなればクロンザッテ家にも迷惑がかかる可能性だってあると知ってもいた。


 それでもエティナは自分のドレスで出席したかった。王都へ来てから多くのドレスを目にし、自分ならばとデザインを考えた夜は少なくない。しかし、それを実現する機会はなかった。侍女であるエティナは自分のドレスを必要以上に飾ることは避けるべきだったから。

 しかし、今度は自分が招待客として名を連ねている。王都の上位貴族家パーティーに招待客として出席できるなんて機会はもうないかもしれない。侍女として働く立場となった彼女を他の貴族女性達と同じ扱いをしてくれる人はあの男性くらいだろうから。エティナも貴族家の娘であることに変わりはないのだが、働くことはみっともないとされており、エティナのように侍女となった娘は暗黙的に貴族娘と同等とはみなされなくなる。それを知っていて、エティナは侍女となることを選んだ。


 それでいいと思っていたけれど。やはり貴族家パーティーのドレスは華やかで魅力的で流行の先端をいく。無謀にもエティナはそこで自分のデザインするドレスがどのように映るのか試したいという気持ちを抑えられなかった。他の女性には頼めないけれど、自分が着るならどんなに笑われようと変な目でみられようと構わない。豪華なレースがなくても、高価な宝飾品がなくても、美しさを表現することはできるはず。最初で最後のこのチャンスに、できるだけのことをして、姉に会えたら……。姉は何と言ってくれるだろう。


 それからというものエティナはドレスにかかりっきりになった。もちろん侍女の仕事はこなして、自分の自由になる時間だけだが。夜と休日しか時間はないので削るとすれば睡眠時間しかない。ひたすら毎日針を持ち、眠さゆえ何度針を指に突き刺したことか。

 しかし、エティナが思うほど時間はなく、満足できる仕上がりには程遠いものだった。



 パーティーの当日、エティナは迎えに来たマクオル・ダンフォードとともに馬車へと乗り込んだ。パーティーは昼中遅くからだが、迎えにしてはやや早い時間である。クロンザッテ夫人やフレジアはもっと後に出るため、馬車にはエティナと彼の二人きり。


「無理を言ってすまなかったね。私の都合で早めに迎えに来ることにしてしまって」

「いいえ……来てくださってありがとうございます」


 エティナは答えた。が、少しそっけなかったかもしれない。

 彼女がそんなであったのはドレスが不満足な出来だったということもあるけれど、理由はそれだけではない。今日のエティナを見た彼は、礼儀正しいが型通りの挨拶の言葉を口にしただけだった。前はジロジロみていたというのに、今は彼女をあまり見ない。今も前に座っていながら、エティナへはあまり顔を向けることなく窓の外を見ている。このドレスではダメだったらしい、エティナはそう思いがっかりしていたのだ。

 細部はまだまだでも目指すデザインとしては悪くないと思っていただけに、ここまで反応が悪いとは思ってもおらず。エティナは内心、ひどく落胆していた。

 この姿で彼の隣に並んでパーティーに参加すれば、もしかしてこの方に恥をかかせてしまう? エティナは溜息を吐いた。パーティーに出席したくないといえば嘘になる。姉にも会えない。しかし、自分のドレスを目に留め、褒めてくれた人に恥をかかせたいわけではない。とても面倒な人だとは思うけれど。

 エティナは決意を固め口を開いた。


「ダンフォード様、私がパーティーに出席しなくても、この馬車の中でお話しすればいいのではないでしょうか?」

「……」

「ダンフォード邸では、フレジア様の侍女として来たことにすれば」

「それは……私では貴女のパートナーとしては不足だということかな?」

「そうではありません」

「貴女に嫌われていることはわかっている。だが、私は……貴女と話したい、貴女と一緒に過ごして貴女のことをもっと知りたいと思っている」

「ダンフォード様……」

「貴女のドレスのデザインに興味があるのは確かだが、それだけで貴女をこうして連れ出しているわけではないよ」


 エティナの方へ顔を向けた彼の顔に笑みはなく、怒っているようにも見えた。それを少し恐いと思いつつ、一方で素敵かもしれないとも思った。そんな風に思うのは、一緒に過ごしたいと言われたからではないと自分に言い聞かせる。でも、パーティーに誘ったのは話したいとかもっと知りたいと思っているからで……。それでも、このドレスは気に入られなくて……。もやもやとした思いが胸に溜まる。

 エティナはそんなもやもやを振り払うために居ずまいをなおすふりをした。余計なことを考えないようにと。


「私のパートナーとしてパーティーに出席するのは、嫌かい?」

「いいえ。姉に会いたいと思っていましたから、お誘いくださってありがたいと思っています。王都の洗練されたドレスがたくさん見られる機会を与えていただけることも」

「そう。それならよかった。少しは私も役に立つだろう?」

「役に、だなんて……」


 やや軽い口調の彼に、エティナは笑みを作る。悪い人ではないのだけれど、惹かれてしまうと困る相手。だから、こういう顔を向けられるのは困る……。少し恐い顔をしていたのに、こんな風な笑みを見せられては。エティナは緩みそうになる口元にキュッと力を入れて笑みを保つ。

 エティナの作ったはずの笑みは自分の気持ちを抑えきれてはおらず、揺れる馬車の中、前に座るマクオルの目を釘付けにしていた。


 そして、二人を乗せた馬車はダンフォード家に到着した。


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