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第2話


 しばらく廊下を歩いた後、エティナは足を止め、男性に告げた。


「私は侍女としてきておりますので貴方のお相手はできません」


 丁寧にと気をつけたつもりだったが、エティナの声には怒りが滲んでしまっていた。それを察した男性は苦笑する。

 彼はエティナに向き直り。


「すまない。貴女を怒らせてしまったようだね。私はただ、貴女のドレスが可愛いので、どこで作らせているのか知りたかっただけなんだ」


 腰をかがめ少し困ったような顔で、背の低いエティナの顔をのぞきこむようにして告げた。そうしながら彼は左腕にかけていたエティナの右手をそっと掴んだままでいるので、エティナは身を引くこともできず困惑していた。エティナはもう18歳なので下位貴族家の社交場にでたこともあり、全く男性と接近したことがないわけではない。しかし、とりたてて美しいわけでもない貧乏貴族家の娘に言い寄る男性は少なく、エティナはこうした近い距離で会話することに慣れていない。こうした女性慣れした男性とは全く縁もなく。

 父とは違うすっきりとした姿の彼は、王都の貴族男性だけあってエティナが知る社交場で会った男性達とは異なりとても洗練されているように映った。綺麗な紫色の瞳に合わせているのか、ほんのり紫がかった色のスカーフを首元にあしらうなんてと、エティナは怒っているはずなのに見惚れてしまいそうな自分に焦る。そんな気持ちを誤魔化したくてエティナは口を開いた。


「このドレスは母や祖母のものを作り変えただけです。ドレスメーカーなら広間にいらっしゃる方々にお聞きになればいいのではありませんか?」

「あの手の流行りのドレスには興味はないんだ。女性を美しく見せるデザインではあるけれどね。私が好むのは貴女が着ているような、シンプルな形と地味な布色でありながらライン三本と花飾り一つの配置だけで可愛い印象になるデザインなんだ」

「これは、別に……、ドレスメーカーでそのように説明して作らせれば」

「それができれば苦労はしないんだよ。そのドレスは、もしかして君が作り変えたのかな?」

「そう、ですが……」

「そうだったのか。名を聞いてもしやとは思ったんだ。君があの……」

「あの?」

「君のお姉さん、ルフォナ・ビスコーテ嬢じゃないか?」

「はい、そうですが……姉を、ご存知なのですか?」

「私は貴女の姉上に何度かお会いする機会があってね」

「私の、姉に……ですか……」

「縫い物が得意な妹がいると自慢していらしたよ」

「……そうですか……」


 にこやかに話す男性に、エティナは戸惑った。

 エティナの姉ルフォナ・ビスコーテはエティナより先に王都へ来ていた。姉が王子や王家に繋がる独身の貴族男性が結婚相手を探すために開かれる王宮主催のパーティーへの参加資格を得たからである。ビスコーテ家に王宮からの迎えがきて旅立った姉は、まだ家には戻っていない。パーティーで知り合った男性と親しくなったため、その後も実家へは戻らず王宮に滞在しているらしい。王子様がとても親切な方で色々な催しに誘われ楽しく過ごしていると姉の手紙に書かれていた。エティナも侍女として働くため家を出たので、その後の詳しいことはわかっていない。

 しかし、エティナの姉は残念ながら今まで男性に言い寄られたことは皆無と言っていいほどだったとは一緒に社交場に参加した時の様子でわかるというもの。それだけでなく、姉ルフォナの名が他者の口にのぼる時は嘲笑を含んでいる場合が多いことをエティナはよく知っていた。街の人々が戻らない姉を貶めるような噂をしていることも。

 そんな姉が高貴な家柄の男性に見初められたり、目の前にいる上位貴族男性にも丁重に扱われる存在だったりというのは、エティナにとって違和感ばかりが先に立つ。姉ならエティナのことを縫い物が得意な妹と自慢するだろうと思いはするものの、どうにも腑に落ちない。

 クロンザッテ家の侍女となったエティナは、王都での貴族娘のあり方を知っており、とうてい姉が当てはまるとは思えなかったのだ。この男性が話している女性は本当に自分の姉なのだろうか。エティナはそんな疑問を黙ってられず、彼に尋ねた。


「あの……ダンフォード様……私の姉は、どのような様子だったでしょうか?」

「王都にいるのに、会っていないのかい?」

「私は侍女ですので……」

「それなら貴女の姉上が現れるだろうパーティーに私のパートナーとして出席しないか?」

「私が? それは、そんなこと……」

「もちろん、クロンザッテ家のフレジア嬢も出席できるよう招待状を手配しよう。そこでなら、貴女は私の相手をしてくれるだろうか?」

「……はい」

「約束だよ、エティナ・ビスコーテ」


 彼はエティナの指先にキスをすると、笑顔で立ち去った。とても上機嫌な足取りで。

 それを見送るエティナは呆然としていた。侍女であるエティナが上位貴族男性のパートナーとしてパーティーに出席することなどあり得ない。侍女でなかったとしてもエティナと男性の家格には大きな差があるのだ。クロンザッテ家でさえツテを頼ってなんとか招待状を得ている上位貴族家の集まりに、下位貴族の娘では……。


「冗談よ、きっと……」


 エティナは自分に言い聞かせるように呟いた。しかし、あの男性の言葉が本当なら、姉に会えるかもしれない。王都のパーティーに、それも上位貴族家の人々が流行最先端のおしゃれをしているだろう場に出席できるかもしれない。そんな期待が胸に膨らむのをとめることはできなかった。

 待合い部屋へと足を向けたエティナの頭の中は、パーティーの招待客としてふさわしいドレスにするにはと手持ちのドレスとアレンジの構想でいっぱいだった。そして、あの男性にもう一度可愛いドレスだと言わせたいという気持ちが止めようもなくあふれており。

 いつもより一層冷たい視線が向けられているのにもエティナは気づくことはなかった。


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