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第1話

 王都の夜、大きな屋敷にて貴族男女が集い華やかなパーティーが開かれていた。

 その屋敷の廊下で。


「きゃっ」


 突然、柱の影が動いたことに娘は驚き声を上げてしまった。


「驚かせてすまないが、静かにしていてくれないか?」

「も、申し訳ございません」


 どうやら柱のそばに立っている人がいたらしい。

 すぐに立ち去ろうとしたのだが。


「君、とても可愛いドレスを着ているね」


 柱影から現れると男性は娘の行方を遮るように立ちはだかり、上から無遠慮に娘を眺めてきた。

 背の低い娘からすれば大男が上から見下ろしてくるのだからいい気はしない。娘は男性を警戒するように後ずさった。

 この男性はその服装からパーティーの招待客であることは明らかだ。おそらくは上位貴族の人。対して娘は、パーティーに招待されたクロンザッテ家の娘フレジアの侍女としてここにいる。当然のことながら招待客とは比較にならないほど地味なドレス姿でしかない。娘がドレスを褒められても、喜ぶよりまず不審に思うのも無理はないだろう。

 しかし、そんな娘の思いを察することなく男性はさらに詰め寄ってきた。


「そのドレスはどこで? 見たことがないタイプだ」

「……」

「あぁ、失礼。私はダンフォード家のマクオルだ。貴女のお名前を教えていただけますか?」

「……私は……クロンザッテ家フレジア様の侍女でございます」

「そう。で、貴女のお名前は?」

「……エティナ・ビスコーテと申します」

「エティナ・ビスコーテ……ビスコーテ?」

「わ、私はただの侍女ですので……失礼いたしますっ」


 娘は男性の横をすり抜け駆け去った。そして彼女が向かったのは女性専用の待合室である。パーティーには参加できない侍女や付き人が待機しておく部屋だ。

 そこは様々な家の女性が集まる場であり、主人である招待客とはまた違った小さな社交場を形成している。そこでは自然とその家の位置付けによって立場が決定するようで、待機しているだけではなく振る舞い方も気をつけなければならない。

 エティナの主人であるクロンザッテ家は中位貴族家であり、今日のような上位貴族家で開かれるパーティーではとても低い立場だ。そのため部屋の隅で待っていなければならない。エティナは部屋に入るとすぐに部屋隅へと向かおうとしたのだが、椅子を占めている上位貴族家の侍女達から視線を向けられてしまった。


「男性との逢引に忙しくて廊下を塞いでいることにも気が付かないなんて、みっともない」

「本当に、どちらの家の雇われ者でしょう」

「さぞ田舎の出なのでしょうね。こうした待合に入れるのは身元のしっかりした者に限るというのに」


 侍女達は冷ややかな目でエティナを笑いながら部屋中に聞こえるような声で話している。彼女達の会話を止める者はおらず、部屋のあちこちからエティナに非難めいた視線が浴びせられた。中には気の毒そうな顔もあるものの、エティナもクロンザッテ家も王都のパーティーに出席するようになってまだ日が浅い新顔であるため、中傷の的にされやすい。エティナは部屋の壁際でうつむき身を縮めた。

 侍女達はひとしきりエティナへの非難に花を咲かせていたが、クロンザッテ家自体が地位が低く話題性もないためすぐに飽きてしまったらしく話は他へと移った。そうなれば向けられていた視線もなくなり、エティナはほっとする。なんとか切り抜けられたかと思ったのだが。

 しかし、そのパーティー以降、エティナはどの屋敷の待合い部屋でも声をかけられなくなってしまった。どうやらあのパーティーには影響力のある侍女がいたらしい。エティナが話しかけるとその相手も攻撃されるので自然と話しかけることもなくなり、エティナは毎回パーティーでは待合室の壁際でひとり過ごすことになった。


 エティナは王都に出てまだ数週間ほどだが、そもそもクロンザッテ家で侍女として働くようになったのも数ヶ月ほど前からでしかない。

 エティナの実家であるビスコーテ家は下位貴族の家柄なのだが、これから結婚という年頃の四姉妹がおり非常に懐事情が厳しい。次女のエティナとしては下の二人だけでも普通の貴族娘としての結婚をしてほしいと思っていた。

 そんなエティナの耳にクロンザッテ家で侍女を探しているという話が入ってきた。クロンザッテ家は中位貴族家だが、上位貴族家が参加する王都でのパーティーに出席して娘の結婚相手を探したい。そのためには娘の侍女は貴族家の娘でなければならないというのだ。侍女の給金もよい。エティナは喜んでその話を受け、こうして王都にやってきたのである。

 はじめての王都での暮らし、侍女としての生活にようやく慣れてきたところでの他家の侍女達からの無視はエティナにとって寂しいことだった。クロンザッテ家では貴族の娘であるエティナは使用人達とは立場が異なるため微妙な立ち位置にあり、あまり親しく話せる相手はいない。同じ侍女としての立場で王都の話が聞ける待合いでの会話を、エティナはとても楽しみにしていたのだ。しかし、こんな状況となってしまっては。相手にすまなそうな顔をさせるのも心苦しく、エティナは目があった時だけ一瞬笑みを返して視線をそらせることにした。そのうちまた状況も変わるだろうと。

 そう思っていた矢先。


「やぁ、エティナ・ビスコーテ嬢、やっと会えた。今日もとても可愛いドレスだね。貴女によく似合っている」


 待合い部屋の前であの男性が待っていた。部屋からも見える場所で、とても迷惑な状態である。

 しかし、招待客男性で上位貴族家の男性となれば迷惑でも彼をそこから排除することは難しい。そんな彼にエティナは怒りを覚えた。だからといって無視することなどできないのだが。

 エティナは彼に対して腰を落とした形ばかりの挨拶をして、素通りしようとした。


「エティナ・ビスコーテ嬢、少しだけでいいから私の話相手をしてくれないか。クロンザッテ家の許しがあればいいだろう? さあ許しをもらいにクロンザッテ家の人々のところへ私と一緒に行ってくれ」


 エティナはもちろん断りたい。が、相手は上位貴族家子息である。対応を誤ればクロンザッテ家に迷惑がかかってしまう。それに、その話声は興味津々で聞き耳を立てている待合い部屋の女性達に届いているはずで。ここで断るなどエティナにできるわけがなかった。できることいえば、早くこの場からこの男性をここ以外の場所へ移動させることくらい。

 溜息を口の中で噛み殺しながらエティナは男性の差し出す手を取った。


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