おばあさんの語る『桃太郎』
寓意なしの笑い話です。
おばあさんは困り果ててしまいました。
母親の都合で二、三日預かることになった三歳の男の子……まあ、おばあさんの孫に当たるわけですが……ようすけくんが、『桃太郎』のお話をしてほしいと言ってきかないのです。
おばあさんは慌てて、古い本棚から埃まみれの単行本を引っ張り出してきましたが、なんとそれは、芥川龍之介の『桃太郎』。身勝手な桃太郎が鬼ヶ島へ行って乱暴をはたらくという、とても可愛い孫に聴かせてやれるような物語ではありませんでした。
ふうむ、どうしたもんかねえ。
結局おばあさんは、なんとなぁく覚えている筋を頼りに、即興で語りきかせることに決めたのでした……。
***
むかしむかぁし、あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしておりました。
おじいさんは毎日、山へ柴刈りに、おばあさんは毎日、川へ洗濯に出かけるのでありました。……そう、このお話のおばあさんは、ようちゃんのバアバに負けず劣らず、おつむも身体も、ピンピンしておったのじゃよ……。
ええと、どこまで話したかのう? ……あ、そうそう、そこじゃった。
ある朝、おばあさんがいつもと変わりなく、川へ洗濯へ出かけましたところ、どんぶらこっこい、すっこっこい、という音をきしませながら、大きな桃が流れてきたのでありました。おばあさんは大喜びです。
「これで、風邪のために柴刈りに行けず、縁側でしょんぼりしておるおじいさんを元気にしてやることができるぞい」
……そう、このおじいさん、ようちゃんのジイジに負けず劣らずの食いしん坊で、甘ぁい果物やお菓子なんか見せた日にゃあ、風邪なんぞ吹っ飛んでいってしまうのじゃ……。
ええと……、ああ、そうそう。
おばあさんが家へ帰って桃を見せると、おじいさんはたちまち元気になって、大きな大きな出刃包丁を持ってきて、一思いに桃を割りました。
「あなた、危ないですよ」
「へいきよ、へいき。へい、とりゃっ。ほれ、ばあさん、どんなもんでえ」
すると、どうでしょう。桃の中から、ようちゃんによく似た、けれども少ぅしだけ重たい赤ん坊が、生まれ出てきたじゃございませんか。
さて、これが、かの有名な桃太郎少年の誕生秘話なのでございました。
ええと、次はなんじゃったかのう……、元服式……はたぶん、ようちゃんが退屈してしまうから省くとしよう。ああ、そうじゃ、きびだんごのお話をせにゃならん……。
立派に成長した桃太郎は、お内裏さまのお許しをいただき、鬼ヶ島へ鬼を退治しに出向くことになりました。みごとな赤ぁい錦の生地に、金色をしたお天道さまの描かれた旗を掲げる堂々たる姿の桃太郎に、付き従うは犬、猿、雉。それはまこと、おみごとな隊列であったことでしょう。
さて、桃太郎は、鬼ヶ島へ行くに際して、おばあさんに一つ、頼みごとをしていたのでありました。
「おばあさん、どうぞきびだんごを作って持たせてください」
はて、とおばあさんは困ってしまいます。なにせおばあさんは、「きびだんご」というものがどういうものなのか、まったく知らなかったものですから。……実はバアバも、ようちゃんと同じくらいの歳に『桃太郎』を聴かせてもらって、そのときはじめて、「きびだんご」なるものを知ったんじゃよ……。
「もう少ししたら、陛下がお見えになります。陛下にお会いするのはとても緊張しますから、お守りとして、口に含んで……ではなかった、腰に提げておきたいのです」
「ひええ、そんな大事なこと」
「おばあさんだからこそ、桃太郎はこうして、お願いしているのです。だっていつも、食いしん坊のおじいさんと僕とに、おいしい桃のピューレをこしらえてくださっているじゃありませんか」
こうまで頼まれてしまっては、おばあさんもまさか「知らない」とは言えず、桃太郎のために、「きびだんご」なるものをこしらえる約束を交わしてしまったのでありました。といっても、口約束ではありましたが。
……ん? ほほう、いつの間にか、スヤスヤと眠っておる。さてと、それじゃ、バアバはスーパーへ買い物に……というわけにはいかぬのう。なにせ、夢の中でバアバのお話が続いておるかもしれぬからのう……。
ええと……、そうそう、きびだんごじゃった。
おばあさんはふと、一首の歌を思い出しました。そうです、「カキツバタ」の音を各句の頭に読み込んだ、折句として有名な一首です。
「これじゃ。『カキツバタ』と同じように、『キビダンゴ』を混ぜ合わせれば、『きびだんご』なる食べ物が生まれるというものじゃ。そうとわかれば、早々に……」
まず、おばあさんは庭の木へよじ登り、一番大きな柿の実を取ってきて病床のおじいさんに見せました。
「ありがとう、ばあさんや。これでわしゃもう、すっかり良くなったわい」
「ほんに良かった、おじいさん。それじゃあ町へひとっ走り、お願いしてもよいかのう」
「合点承知の助でえ、ばあさんや」
おばあさんは走り書きのメモを渡し、すっかり元気になったおじいさんを送り出しました。
町に着いたおじいさんは、買い物を済ませ、帰り道を急いで……といいたいところじゃが、ようちゃんも熟睡しておるみたいじゃし、少ぅし話をいじくって遊んでみようかのう……。
買い物を済ませたおじいさんは、なぜかとある荘園の領主と言い争っていたのでございました。
「大夫さま、そいつぁあんまりでごぜえやす。恐怖政治もいいとこでさぁ」
「ご老体、あなたには、領主たるものの孤独がわからぬ。おい、誰か……。ご老体だ、丁重にお連れしろ」
「どこへ」と、かたわらに侍る者が尋ねますと、大夫はメランコリックな笑みを浮かべ、「烙印の間に決まっておろう」と答えたのでありました。
「待ってくれ、わしゃぁ……」
と、そのとき……、大夫の懐から転げ落ちたのは、大きな大きな……
「うぬーっ、わしゃ、元気になったぞぉい。とりゃーっ」
「待て待て、ご老体。丁重にお送りするから、待ってくれ」
大夫は慌てふためきますが、おじいさんは止まりません。
「気の毒ですがね、正義のためでさぁっ!」
「待ってくれ……っ」
……ん? なんじゃ、ようちゃん、いつの間に起きたんじゃ? 起きたなら起きたと言うてくれんと、バアバの暴走は止まらぬぞい……。
さてと、悪ぅい大夫を退治したおじいさんは、町で買った材料を持っておばあさんのもとへと帰ってきました。
「ばあさんや、買ってきたぞい。キウイフルーツ、ビーフン、タンポポ……こりゃあ、道端で摘んできたんじゃが……。そうそう、それと、ゴーガンの複製画っちゅうのが町になかったもんで、それだけ買えなかったんじゃが、まあ、いいじゃろう?」
「ああ、じいさんや、ありがとう。よし、早速きびだんごを作って、桃太郎を喜ばせてやらんとのう」
おばあさんはキウイとビーフン……これはようちゃんの大好物でもあったのう……、それに、道で摘んできたというダンデライオンをミキサーにかけ、粉々にして練り上げ、お団子状に形を整えたのでございました。そうして、おばあさんの「キビダンゴ」は完成したのです。
「桃太郎や、できたぞい」
おばあさんの差し出したお団子のにおいに、桃太郎はびっくり仰天。
「おばあさん。僕は本物のきびだんごを見たことはありませんが、おそらくこれは、違います。残念ですが、これを持っては行けません」
「え……」
おばあさんは青ざめて、おじいさんの方を振り返りました。
「おい、じいさんや。どうしてくれようのう」
「え、わしが悪いの?」
……と、おじいさんの懐から、なにか丸いものが落っこちました。
「あ、これです、きびだんご」
そうです。桃太郎が目を輝かせたそれは、大夫の前で絶体絶命だったおじいさんを救った、大きな大きな「きびだんご」だったのでした。
「あ、わしの戦利品」
「なんだ、おばあさん。ちゃんと用意してくれていたのですね。サプライズというやつだったのですね」
「だから、それ、わしの……」
さてと……、こうして桃太郎は、無事にきびだんごを持ってお内裏さまへの謁見を済ませ、
「桃太郎、神明に誓って、陛下のおんため、鬼を退治してまいります」
鬼ヶ島へと旅立ったのでございました。
めでたし、めでたし。
ん、なんじゃ、ようちゃん。ん、それは……?
楠山正雄『桃太郎』
……ほほう、見つけて来おったのじゃな。どれ、そっちの『桃太郎』も、バアバが読んであげようのう……。
おしまい。
え、なに、『山椒大夫』や『走れメロス』にも似てるって?
ゴーガンの絵なら、大夫の屋敷に飾ってあるだろって? ←