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傭兵サフィーアの奮闘記  作者: 黒井福
9/100

第8話:サフィーア、吼える

今回はちょっと短めです。

 サフィーアは、クレアがレッドサードに叩き落とした拳を引き抜く様を眺めていた。レッドサードの赤い眼球はクレアの炎を纏った拳にバートの頭毎叩き潰されて見るも無残な有様だ。流石に本体の赤い眼球を潰されては一溜りもなかったのか、再び動き出す様子は無かった。

 目の前の脅威が消え去り、ホッと息を吐き肩の力を少し抜くサフィーア。


 その彼女に向けて、クレアの拳が飛んだ。


「ちょ、なっ!?」


 突然の攻撃だったが、サフィーアはぎりぎりで反応し剣の腹で受け止めることに成功する。防御が間に合ったのはある意味奇跡だっただろう。そう思うほどに今の拳は鋭かった。あと一瞬反応が遅れていたら、顔面を殴り飛ばされていたかもしれない。


「い、いきなり何するんですかッ!?」

「…………ふ~ん」


 突然の事に当然サフィーアが抗議するが、対するクレアは彼女の抗議を物ともせず構えを解いた。そんな彼女にサフィーアは首を傾げる。


「あ、あの?」

「油断大敵、よ。安心するのはまだ早いわ」

「え?」


 漸くクレアの口から出てきたのは、サフィーアに対する叱責の言葉だった。その言葉の意味が今一理解できずに頭の上にハテナマークを浮かべる彼女に、クレアは言葉を続けた。


「この赤い眼球はこいつが自分でつけたものじゃないわ。逃げようとする彼に誰かが引っ付けたのよ。私達に気付かれずに、ね。そうでなければ逃げる必要なんてない筈だもの」

「あっ!?」


 そこまで言われてサフィーアもやっと今はまだ危機が去っていないと言う事を理解した。即座に背後を振り返り、剣を構えながら倒れている傭兵2人と帝国兵達に歩み寄る。もしバートをレッドサードに変異させた下手人が近くに居るのなら、そして赤い眼球を他にも用意しているのなら、再びレッドサードが現れるかもしれない。


 結果としてその心配は杞憂に終わった。尤も、実際の結果も手放しに安心できるものではなかったが。


「そ、そんな…………何時の間に?」

「口封じね。やられたわ」


 倒した男たちは全員が死んでいた。首を鋭利な刃物で切り裂かれて、だ。レッドサードの相手をしていたサフィーアとクレアは勿論、彼らを守る事に重きを置いていたウォールでさえその存在に気付かなかった。それは即ち、下手人は相当な手練れだと言う事を示していた。

 サフィーアは意識を集中させ周囲を警戒する。しかし、下手人の存在には全く気付けない。それは相手が巧い具合に隠れているからではなく、既にこの場を立ち去っているからであることをクレアは見抜いていた。


「もうこの近くには居ないわね。居たら確実に何らかのアクションを起こしてる筈だもの」


 ここまでの事をする相手だ。関係者は皆殺しくらいの事はしてもおかしくない。少なくとも、未熟感バリバリのサフィーアに対しては何らかの行動を起こす筈である。にも拘らず何の異変も起こらないと言う事は、即ちこの場に居るのはサフィーアとクレアの2人だけと言う事だ。


「そう、みたいですね。くっそぉ…………はぁ」


 サフィーアは落胆の溜め息をついた。この戦い、勝者は気付かれることなくこの場を立ち去った下手人だろう。何が本当の目的だったのかは分からないが、やりたい事だけをやり遂げまんまと逃げおおせてしまった。そこに彼女達は全く干渉していない。下手人にとっては、彼女たちなど相手にもならないと言う事だろうか。

 自身の力が全く及んでいないことに、サフィーアは気付かない内に拳を握り締めていた。グローブを嵌めていなければ、爪が掌に食い込んでいただろう。


「くぅん…………」


 悔しさに拳を握り締めるサフィーアを、ウォールが申し訳なさそうに見上げる。守るように言われておきながら守り切る事が出来なかったことに、彼も責任を感じているらしい。

 そんなウォールをサフィーアは抱き上げ優しく撫でた。


「ウォールの所為じゃないわ。寧ろウォールがまとめて殺されたりしなくて良かった」

「そうそう、いじいじしてても仕方ないわよ。貴女もね」


 ウォールを慰めながらも自身は落ち込んだ様子を見せるサフィーアに向け、クレアは明るい声でそう言うと徐に彼女の頬を両方とも抓った。口角が引っ張られ口が強制的に笑みの形にさせられる。


「ふにっ?! く、クレアひゃん?」

「うんうん、やっぱり女の子は笑顔でなくちゃ! 落ち込んだ顔よりずっと似合ってるわよ」


 クレアはそう言って笑みを浮かべると、サフィーアの頬から手を放して彼女を解放した。そんなに強い力で引っ張られたわけではなかったので痛くは無かったが、無理やり引っ張られたことで彼女の頬は少し赤く染まってしまっていた。


「あの、クレアさんは何ともないんですか?」

「何ともなくは無いんだけどね。ただ、ここで悩んだってしょうがないじゃない」


 クレアは快活な笑みを浮かべながらそう言った。


「出し抜かれたことは気に食わないけど、それはそれでしょうがない。命があれば次がある。次には次のチャンスがあるんだから、反省はしても落ち込むな、よ」

「クレアさん…………うん」


 サフィーアはクレアの言葉に何かを感じ取ったのか、小さく頷くとウォールをその場に下した。そして徐にその場で大きく息を吸い込み始めた。限界近くまで肺に空気を入れ、もうこれ以上入らないところまで来たところで止める。

 そして…………


「わあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 腹の底から森中に響き渡るのではないかと言うほどの大声を上げた。突然の事にウォールは小さく飛び上がるほど驚き、クレアも目を丸くしている。

 唖然とする1人と1匹を余所に、サフィーアは今度は肺の中の空気を全て吐き出さん勢いで叫び続けた。


「あああぁぁぁぁ――――ケホッ、ケホッ。うぅぅ…………よしっ!」


 一息で叫び続け、肺の中の空気を殆ど吐き出しきって咽たところで叫びは止まった。肺の中を空にし過ぎて少し気分が悪くなったのか胸元を押えて呻いていたが、数秒で回復すると今度は勢いよく顔を上げ拳を突き上げて勇ましい声を上げた。


「クレアさんの言う通り! うじうじしてるなんてあたしらしくなかったわ」


 吠えるサフィーアの表情には、最早先程までの沈んだ様子は見られない。あるのは溢れんばかりの闘志に満ちていた。


「何処のどいつか知らないし聞いてる訳もないけど、覚えてないさいよッ!! 次があったら絶対好きにさせないんだからッ!!」


 姿の見えない下手人に向けての宣戦布告。

 その姿にウォールはやれやれと言いたげに溜め息をつき、クレアは面白そうにサフィーアの事を眺めていた。



***



 その頃、森の中を1人の男が歩いていた。燕尾服姿で、どう考えても森の中を移動するには適さない格好をしている。どう考えても普通の人間ではなかった。


「『スレイブ』があっさりやられた、か。まぁ良い、一応データにはなった」


 よく見ると、その男は肩から大きなカバンを提げていた。男がカバンを開けると、中にはいくつもの瓶が入っている。灯りが無いので暗くて中は見えないが、水が揺れる音から察するに瓶の中身は液体らしい。

 男は徐に瓶の一つを取り出す。それと同時に、森の切れ目に出て月明かりが男と瓶を照らした。おかげで、僅かにだが瓶の中身が分かるようになった。

 瓶の中身は案の定液体だった。赤茶色で粘性があるのか、水より少し動きが粘っこい。

 だがそれだけではなかった。液体の中に何かが浮いている。球体とそこから触手の様なものが伸びた、何か…………


「それにしても、あの剣士の女。あいつはもしかして…………」


 男は先程のサフィーア達の戦いを見ていたらしい。サフィーアに何か引っ掛かることがあるのか、瓶をカバンの中に戻し歩き続けながら顎に手を当てて考え込んだ。因みに周囲は再び森の木によって月明かりが閉ざされ夜闇に包まれている。そんな状態であるにも関わらず男は、灯りも無しに木の根に足を取られたりすることなく歩き続けていた。


 その男を、暗闇の奥から見続けているものがいた。サフィーアが戦ったアジャイルリザードに非常によく似ているが、体色があれよりも濃い。そして何より、前足の爪と牙があちらよりも大きくて鋭い。これはアジャイルリザードの特異個体の一つで、群れで動かない代わりに単体での戦闘力が高い攻撃特化個体だ。

 攻撃特化個体は、男に背後からゆっくりと近付いていく。そして不意に男が足を止めた瞬間一気に駆け出し――――


「…………まぁいいさ。計画に支障はない」


 突如としてその動きが止まった。まるでそこだけ時が止まったかのように、空中で男に襲い掛かろうとしたまま固まった。と思っていたら、次の瞬間一瞬で細切れの肉片と化してしまった。何かに切り刻まれたかの様に、全身隈なく切り裂かれ森の中を部分的に赤く染め上げた。

 だが、男は自分の近くでそんな事が起こったにも関わらず全く気にした様子を見せず森の中を歩き去っていった。


 後には、弾けたように血と肉片をまき散らせた攻撃特化個体のアジャイルリザードの死骸だけが残されるのだった。

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