第4話:お誘い
ビーネからの依頼を彼女の性格に振り回されながらも成し遂げ、なんやかんやでカーバンクルのウォールを追加報酬と言う形で譲り受けたサフィーア。一先ずいい時間になったので、昼食を挟んで午後に受ける依頼に備えた。
午前に2000セルも稼いだのだから午後は休んでも良いような気がするが、金の問題ではなく純粋にペット探しなどと言う依頼では少々物足りなかったのだ。
街中を走り回っておいて何をと言う気もするが。
ウォールと共に宿の食堂で腹ごしらえをし、再びギルドに戻りスクリーンの前で依頼を吟味した。大型スクリーンを肩に乗ったウォールと共に上から下までじっくり眺める。が、相変わらずいい依頼が無い。内容が変わっただけで方向性は午前に映し出されていたものと大差ない物ばかりだった。
「歯応えのありそうな依頼が無いわねぇ。そろそろ違う街に移るべきかしら?」
「くぅん?」
正直こんな依頼が傭兵の仕事かと思わない時はないが、これらも世間からは傭兵の立派な仕事として認知されていた。
と言うのも、彼女たちの事を傭兵と呼んではいるがその本質はファンタジーの物語などでよく登場する冒険者に近いからだ。実際一時は傭兵の事を冒険者と言う呼び名に改めるかと言う意見もあったのだが、科学と魔法がハイタッチを交わして発展を重ねている現代において冒険者と言う言葉は少々レトロな響きに過ぎると言う意見が多く、結局は傭兵と言う呼び名で落ち着いていた。
閑話休題。
「ん? この依頼は?」
そんな時、彼女の目に一つの依頼が目に留まった。
《近隣の森に出現するようになった『アジャイルリザード』の討伐依頼》
アジャイルリザードとは、全長約2m程の大きさの肉食で凶暴な性格をしたトカゲ型のモンスターである。見た目の大きさに反して非常にすばしっこく、鋭い爪と牙で人間を易々とズタボロにしてしまう程の力があった。しかも基本数匹で群れを作って行動している為、甘く見ているとあっという間に袋叩きにあった挙句骨も残さず食い尽くされてしまう。
しかしそれ以外に目立った特徴は無く、特別頭が良い訳でもブレスを吐いたりすることもないので、戦い慣れた者が準備を怠らず挑めば少人数で討伐することも不可能ではなかった。
サフィーアはその依頼を見て悩んだ。他の依頼に比べれば遣り甲斐のある依頼だが、この依頼は複数人で臨むことが推奨されていた。推奨は飽く迄も推奨であって強制ではないので、その気になれば1人で依頼を受けることも不可能ではない。
さりとて彼女はベテランと呼ぶにはあまりにも経験が少ない。一応彼女は傭兵となって既に1年以上活動しているので決してルーキーではないのだが、複数人推奨の依頼を1人で受けて問題ないかと言われるとどうしても不安が残る。
さてどうしたものだろうか? そんなことを考えていたサフィーアだったが、突如その顔が盛大に歪んだ。かなり不愉快そうだ。
「くぅん?」
突然彼女が表情を歪めたのを見てウォールが不思議そうに首を傾げた直後、彼女に背後から声が掛かった。
「ねぇ、君もしかして1人?」
サフィーアは声を掛けられた瞬間、飲み下すように表情を元に戻すと背後を振り返った。
そこに居たのは、3人の男だった。見たところ、2人は剣や槍を装備しているので剣士、残る1人はライフルを携えているので銃士のようだ。
因みに此処で言う剣士銃士と言うのは『戦闘スタイル』の違いの事であり、例え槍や斧を装備していても近接武器を用いる者は『剣士』、遠距離武器を用いて戦う者は『銃士』と言う呼び方をする。この他の区分分けとしては、武器を使わず素手ないしは籠手やグローブを装備して体術で戦う者を『闘士』、魔法を用いて戦う者を『術士』と呼称する。さらに言うとそれぞれの戦闘スタイルは立ち回りによって細かく『ジョブ』に分けられるのだが、それについてはまたいずれ説明しよう。
それはともかくとして素早く表情を切り替えたことで気付かれることがなかったのか、彼らはサフィーアが直前まで盛大に不愉快そうな顔をしていたことに全く気付いていない。それどころか、彼女の肩に乗ったウォールの方に気を取られていた。
「あれ、その肩に乗ってるのってもしかしてカーバンクルってやつ?」
「えぇそうよ。色々あって譲り受けたの。珍しいでしょ?」
3人の傭兵は少しの間物珍しそうにウォールの事を見ていたが、すぐに本来の目的を思い出したのか本題を切り出した。
「それよりもしかしてさ、君もその依頼受けるつもりだったりする?」
その依頼、と言うのは今し方サフィーアが受けるかどうするか迷っていたモンスターの討伐依頼の事だろう。君『も』、と言う事は彼らも同じ依頼を受けるつもりなのだろうか。
「えぇそうよ。と言ってもこっちは1人なもんだから、どうしようか迷ってたところなんだけどね」
「そうか、そりゃ良かった! いや実はさ、俺らもあの依頼受けようかと思ったんだけど、もう1人くらいメンバーが欲しかったところなんだよね」
「あんたさえ良ければ、今回限りでもいいからパーティー組まない?」
1人ないし2人で行動している傭兵が、他の傭兵と一時的にパーティーを組むことは珍しいことではない。傭兵にとって何よりも大事なのは依頼を達成すること。その為には時に人数が必要であり、近くに居る見ず知らずの者と手を組まねばならない事態が往々にして存在していた。
今彼女の前に居る3人も依頼達成率を上げる為に彼女に声を掛けたのだろう。
彼らの提案に対しサフィーアは即答しなかった。確かに彼らの提案は今の彼女にとって渡りに船ではある。あるのだが…………
「えっと、何か問題でも?」
「ん?」
「嫌なら別にいいんだぞ。元よりこっちは剣士2人に銃士1人。この上お前まで入ったら剣士3人に銃士1人でバランスが悪くなっちまう。せめて1人は銃士か術士が欲しいところだ」
どうも3人の内銃士である1人はサフィーアを迎え入れることに不満があるらしい。確かに彼の言う通り、ここで彼女が参加した場合前衛が3人で後衛が1人と言う少々アンバランスなパーティーとなってしまう。万全を喫すならここはバランス良くする為に後衛が2人になるようにするべきなのだが。
「おいおい、相手はたかがアジャイルリザードだろ?」
「多少バランス悪くても何とかなるって。な?」
「…………お前、傭兵やってどれくらいだ?」
銃士の男に傭兵としての活動期間を訊ねられたサフィーアは、特に見栄を張ることなく偽りのない答えを口にした。
「大体1年と少しよ」
「ランクは?」
「B-(ビーマイナス)。ま、割と最近になってC+(シープラス)から昇格したんだけどね」
傭兵にはそれぞれランクが存在し、依頼によっては受ける事が出来るランクに制限を設けている場合がある。最初は誰もがC-からのスタートとなり、優れた功績を積み重ねることでそこからC、C+、B-と昇格し最終的にはSランクで打ち止めとなる。なお、Sランクだけはやや例外でS-、S+は存在しない。そこまで登り詰める事が出来た傭兵が現時点で存在しないのだ。
因みに現在のサフィーアのランクであるB-とは傭兵としては中堅一歩手前と言った評価が一般的である。大体C+までがルーキー、Bまで行くと中堅。そしてA-まで上げる事が出来れば十分にベテランを名乗る資格があった。彼女は現在B-だが、一般的に10代後半で傭兵を始めた者はB-に差し掛かるまでに大体2年ほどの月日を要する。そこを考慮すると19歳と言う若さの彼女が1年と少しでこのランクに達する事が出来たのはなかなかのハイペースであると言えた。
それが分かっている彼らは、彼女の活動期間とランクに舌を巻いた。
「へぇ~、凄いじゃん」
「実力的には問題なし、ってとこかな? まだなんか文句ある?」
「チッ…………まぁいいだろう」
「それじゃ、あの依頼はこの場の4人で請け負うってことで。君もそれでいい?」
「ん~~…………えぇ、構わないわ」
サフィーアが承諾すると、剣士2人は笑みを浮かべてハイタッチを交わした。見たところ彼らは男3人でパーティーを組んでいる様子。その事を考慮すれば、ズバリ女っ気に飢えているのだろう。
「それじゃ、今回の依頼だけだろうけど宜しくな。俺、グリフってんだ」
「俺はウィンディ、短い間だけど宜しく」
「バートだ。足手纏いにだけはなるなよ」
「サフィーアよ。こっちはウォールね」
「くぅんッ!」
剣を持ったのがグリフ、槍装備がウィンディ、銃士がバートと言う名の3人と自己紹介を終えるサフィーア。彼女との握手までを終えるとグリフがPDAを取り出しながら踵を返した。
「依頼はこっちで受けとくからさ、準備を整えて1時間後に街のゲート近くに集合ってことでどう?」
「いいわ。1時間後ね」
「オーケー。それじゃ、また後で」
そう言うと3人は手にしたPDAを操作しながら受付へと向かう。
サフィーアは離れていく彼らの背を見送ると、自分も準備の為にその場を後にするのだった。
***
3人の傭兵達と別れた後、サフィーアはギルドに併設された雑貨屋に立ち寄っていた。
雑貨屋とは所謂アイテム屋であり、傭兵としての活動を行う為に必要な物が大体揃っている。それこそ長期に渡って人里から離れた地で活動する時に必要になる携帯食料やテント、スコップにツルハシ、果ては薬や医療器具まで揃っていた。更にはそれらのアイテムは全てそれぞれの専門店で求めるよりも料金が安い。収入が安定しない傭兵にとって、仕事に必要なアイテムが安価で手に入るのは非常にありがたい事であった。
言うまでもないが、それらのアイテムを一挙に卸しているのはクロード商会である。
今回はそんなに長期に渡って街を離れることはないので、そこまで念入りに装備を整える必要はない。精々携帯食料を少し補充する程度だ。
「あ、と。一応これも用意しとこ」
不意に思い出したかのように呟くと、サフィーアは火薬類が陳列した棚に向かい煙玉と閃光玉を数個手に取った。一見するとこれらは武具工房で入手できそうな気もするが、爆弾・銃弾の類は工場で大量生産された物が出回る為どちらかと言うと一度に纏まった数を取引するアイテム屋で購入しやすい傾向がある。武具工房で取り扱うのは基本的に職人が一つ一つ丹精込めて作り上げた一品物だ。
一通り必要な物を買い揃えたサフィーアは、店を出ると彼らとの集合場所に定めていた街の西ゲートに向かった。
その道中、彼女はかなり多くの注目を集めていた。傭兵は基本戦う際に独自のスタイルを確立する為、中には個性豊かな格好をする者も多い。しかし体の左側をマントで覆ったサフィーアの出で立ちはやはり相当目立つのか、目的地に着くまでに大分注目されていた。まぁそこは彼女の見た目の良さと、ウォールを肩に乗せているからというのもあるのだろうが。
「あら、さっきぶりね」
「はい? あっ」
突然後ろから声を掛けられたので、足を止めて背後を振り返るとそこには先程公園で出会った女傭兵の姿があった。
「さっきの、え~っと?」
「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。私はクレアよ、『クレア・ヴァレンシア』」
「サフィーアです。サフィーア・マッケンジー」
お互い自己紹介を終えると、クレアはその肩に乗っているルビーの存在に目を瞬いた。
「あれ、それって貴女が依頼で探してた? 今連れて行くところ?」
「いえ、もう依頼は終わってます。この子は、なんか追加報酬で貰っちゃって」
「くぅん!」
サフィーアがウォールを撫でながら言うと、ウォールは尻尾を振りながら一声鳴き彼女の頬に擦り寄った。柔らかな毛並が齎すくすぐったさにサフィーアが笑みを浮かべていると、クレアが興味津々と言った様子でウォールに指を伸ばす。それに気付いたウォールは、彼女の指先に鼻を近付け鼻をひくつかせた。
「ふ~ん、結構人懐っこいのね。名前あるの?」
「前の飼い主、ビーネさんはウォールって名前着けてたみたいです。あたしもそれに倣って、この子の事はウォールって呼んでます」
「ビーネ? それってビーネ・アーマイゼの事? クロード商会の?」
「えぇ、はい」
「私も前に会った事あるけど、変な人だったでしょ?」
クレアの言葉にサフィーアは乾いた笑いを上げるしかできなかった。変人かどうかは別として、独特な雰囲気を持つ人物であることは確かだからだ。それを変とするか個性的とするかは人それぞれだろう。
そこまで考えた辺りで、サフィーアは依頼の事を思い出した。
「あっ!? そうだった、あたしこの後依頼があるんだった!?」
「そうだったの。ごめんね、引き止めちゃって」
「いえ、大丈夫です。まだ時間あるんで」
「因みに何受けたの?」
「近くの森のアジャイルリザードの討伐です。他の傭兵と臨時でパーティー組んでるんです。待ち合わせしてるんで、それじゃ!」
腕時計を見ると、時間がちょっと厳しくなってきた。クレアへの別れの挨拶もそこそこに集合場所に向かって掛けていった。その背に向けて軽く手を振ってから、クレアはその場を立ち去っていく。ただし、視線だけは鋭く離れていくサフィーアの背に向けられていた。
対するサフィーアが集合場所に着くと、彼等は既に集まっていた。一応集合時間にはまだ余裕があるのだが、彼方の方が早くに来ていたらしい。
「ごめんなさいね、待たせちゃって」
「いやいや、俺らが早く来すぎちゃっただけだから気にしないでいいよ!」
「集合時間までまだ10分はあるからな」
一番最後に来たサフィーアに対し、文句を言う者は誰も居なかった。バートの言う通り、集合時間にはまだ早い。
「それじゃ、全員集合したことだし。早速出発しようか!」
グリフの声を合図に、一行は街の近隣にある森へと出発するのだった。