第38話:人の口に戸は立てられぬ
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眼前に突き付けられた銃口…………それを前にして、しかしサフィーアは驚くほど冷静にそれを見つめていた。突然の事態に理解が追い付いていないのではない。正真正銘、今自分が危機に陥っているのではないと言う事が分かっているのだ。
カインに害意はない。銃口は向けているだけであり、引き金を引くつもりは微塵もないのが彼から伝わる思念で分かった。
「くぅん!?」
ただしそれは彼女だからこその話だ。何も知らない者からすれば、突然至近距離で銃口を向けられて動けなくなっているようにしか見えない。
突然の事態に主の危機を感じ取ったウォールは、サフィーアに向けられた拳銃を見るなり障壁を張りカインとの間に壁を作った。瞬間、彼は咄嗟に後ろに飛び退って距離を取る。
「待った!」
敵意剥き出しでカインを睨み付けるウォールだったが、彼に敵意がない事を分かっている彼女にとって相棒の行動は無駄でしかない。寧ろ、下手に事態を拗らせる可能性すらある。
故に彼女は、相棒の頭に手を置き宥めに掛かった。
「大丈夫よ、落ち着いて。あいつは別にあたしをどうこうしようって気はないみたいだからさ」
「くぅん?」
「大丈夫だから、ね?」
彼女の真摯な目と言葉、そして銃を懐のホルスターに納める彼の姿に理解を示したのか、ウォールは二人の間に張っていた障壁を消し去る。それを見て彼は小さく息を吐きながら近付いてきた。
「ごめんよ、誤解を招くようなことをして」
「全くよ。普通はいきなり銃口向けたりしたら即座に敵対待った無しよ?」
「普通なら、ね。まるで自分は普通じゃないみたいな物言いだね?」
「ん……いや、まぁ……ね? その……えっ、と…………」
サフィーアは自分の失言に気付き、慌てて口を噤み言い訳を考える。ここはやはりブレイブの時と同じように女の勘で押し通すべきだろうか? だが彼と違って、カインは心ではなく頭で考えて行動するタイプに見える。
その場凌ぎの嘘で誤魔化せるような輩ではない。だが元来彼女は他人を騙す事が好きでも得意でもないので、凝った嘘をその場で考えるのは難しかった。
結果、具体的な言葉を口にすることも出来ずあ~う~と言い淀むしかできないでいた。
そんな彼女を見て、カインは途中から堪えていた笑みを溢した。
「クク、ハッハッハッ! ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね」
「はい?」
「忘れたかい? 僕、クレアとパーティーを組んでたんだよ? という事はつまり?」
「…………あ」
そう言われて、漸く彼女は彼に担がれていたのだと言う考えに至った。
パーティーを組んでいたと言うのなら、その期間は決して短いものではないだろう。短期間であれば『パーティーを組む』の前に『少しの間』とか期間が短い事を現す前置きが付く筈だった。
そして長期に渡ってパーティーを組んでいたのなら、クレアが経験したことの一部はカインも共有したと言う事になる。つまり、彼女が知る人物は彼も知っていると言う事なのだ。
と言う事は、彼は最初からサフィーアが思念感知能力者である事を知っていた。若しくは何処かしらで勘づいていたと言う事だろう。まぁ彼女達には文字通り目で見て分かる特徴があるので、それを知ってさえいれば初対面でも彼女がそういう人間であると言う事に気付く事は十分可能だ。
以上を踏まえると、彼はかなり早い段階から彼女がそういう人間であると言う事に気付いていたのだろう。気付いていながら、彼女が自分で失言したと思わせたのだ。
「ねぇ…………あんたって、結構性格悪いって言われない?」
「否定はしないよ。ただ一つ言わせてもらえるなら、こんなのはまだ甘い方だってことを理解してくれ」
担がれたことに一つ文句を言ってやったサフィーアだが、彼の返しにはぐうの音も出なかった。世の中には今以上に狡猾にこちらの秘密を引き出す輩が居る。それこそ、こちらが情報を暴露したことに気付かせない事すらあるだろう。
今のはかなり手加減された方だ。何しろ、途中で彼女が気付く事が出来たのだから。彼がその気になれば恐らく彼女に気付かせること無くボロを出させることも出来た。それを敢えてしなかったのは、彼女に改めて秘密を守る事の大事さと難しさを教える為だ。
その事は理解できるが、理解と納得は別物だった。出会ってそんなに経ってもいないのに、いきなり口先で嵌められていい気分はしない。
「む~……まぁ、その事は良いけどさ」
さりとて、彼女も子供ではない。何時までもこの程度の事でへそを曲げていては馬鹿にされても文句は言えないと言うものだ。
それに、今はそれ以上に気になる事がある。
「ところでさ、一つ聞いても良い?」
「予想は出来るけど、一応聞いておくよ。何だい?」
「クレアさん……昔何があったの?」
「内緒」
即答である。即答で拒否された。あまりの即答っぷりに、サフィーアは思わずその場で脱力してしまった。
「そ、そこまで?」
「それだけデリケートな内容って事だよ。さっきの彼女の様子を見ただろ? まだ彼女の中で完全に整理がついていないのさ。だからそう易々と僕が話す訳にはいかないよ」
言いたい事は分かる。確かにあのクレアの様子はただ事ではなかった。彼女があそこまで感情を露わにするところを、サフィーアは初めて見た。
先程の何処か悩乱した様子の彼女を思うと、確かにそれ以上訊ねようと言う気にはなれなかった。下手をすると、彼女の心の傷口を抉るどころでは済まないかもしれない。人間の心とは、強い時は強いが弱い時は驚くほど弱いのだ。
まだ二十年しか生きていない彼女にはそれを完全に理解し切るのは難しい話だったが、それでも普通の人間よりは心の機微等に敏感だし理解も深い。漠然とだが、今のクレアにこの話題はタブーであると言う事は察する事が出来た。
だから、この話題はここでお終いだ。
「分かった、これ以上この事には突っ込まないわ」
「それが賢明だよ。そう心配しなくていい、多分時が経てば彼女の方から何かしら話してくれるよ」
「そう……かしらね? ん? あっ!? って言うかさっきの質問!?」
何とはなしにそのまま解散と言う流れになりそうだったが、ここでサフィーアがカインに拳銃を向けられる直前に抱いた疑問への答えを得ていない事を思い出した。
慌てて彼女が問い詰めると、彼は特に何でもないようにあっけらかんと答えてくれた。
「あぁ、そうだよ。僕の父さんの名前はソル・J・シュバルツ。嘗て、君の父親、サニー・マッケンジーとライバル関係にあった、共和国軍の軍人さ」
カインの言う通り、二人の父親は嘗てライバル同士だった。父、サニーから聞いた彼の冒険譚では、意見の相違から対立する事が多く、何度も敵対したことがあったとの事だ。
ただ敵対ばかりではなく、時には共闘したりと時と場合によって立場が異なっていたらしい。時に戦い、時に背を預け合う。そんな二人の関係に、少女時代のサフィーアは憧れを抱いたものだ。
ただ一つ気になるのは、カインがその事をどう思っているのかだった。サフィーアは今述べた通り憧れを抱いているが、彼もそうだと言う保証はない。
父から話を聞く限りだと、ソルは最終的にサニーを相手に負け越しているのだとか。
もし、もしカインがその事に何かしらの不満を感じ、父の雪辱をサニーの娘であるサフィーアで果たそうとしているのだとしたら…………?
「一つ聞きたいんだけど…………」
「ん、何かな?」
「あたしの父さんが最終的にあんたのお父さんに勝ち越してるんだけど、その事についてどう思ってる?」
「ん~、そうだなぁ……」
サフィーアの問い掛けに、彼は考え込む素振りを見せる。が、直ぐに答えを見出したのか顔を上げると曇りの無い表情で答えを口にした。
「別にどうとも……って感じかな?」
「どうとも、って…………」
「だって、父さんは父さんで僕は僕だし。仮に僕が君を倒したとしても、僕の父さんが君の父親に勝った訳じゃないんだから意味はないよ」
間違いではないだろう。例えカインがサフィーアを相手に何百勝しようとも、それがイコールでサニーとソルの勝敗に関係する訳ではないのだ。彼の言う通り、ハッキリ言って無意味である。
これが彼の本心からの言葉であることは疑う余地も無い。彼女はそれが分かる人間だ。
だからこそ、分かってしまった。彼の心の奥底に存在する微かな嘘に。
「さ、僕らもそろそろ戻ろうか。明日は出発だ」
恐らく、彼は自分でも気付いていないのかもしれないが、本当は父の代での雪辱を息子の代で果たそうとしているのかもしれない。
だが、態々教えてやる必要は無いだろう。仮に教えたとしても、多分彼の答えは変わらないからだ。意地か、はたまた合理的思考に基づくものかは分からないが、少なくとも今し方の彼の様子からは意味の無い戦いを仕掛けようという気は微塵も感じられない。
そういう男なのだろう。
故に、サフィーアはそれ以上この事に触れる事はしなかった。触れる事無く、宿へ向かっていくカインの後に続いて歩きだすのだった。
ご覧いただきありがとうございました。ご感想等もお待ちしてます。
(2018・5・20)P.S. 第1話が物語の初っ端としてはインパクトに欠けたので、序話を追加しました。




