第2話:オブラのイートで捕まえて
因みにこの作品の技術力は現代+α程度です。部分的には近未来的ですが部分的には中世以上現代以下位の感じ。
「…………やっぱりこういうの、傭兵の仕事じゃないわよねぇ」
依頼を渋々ながらに受けたサフィーアは、探し物であるペットが写った写真を片手に街の中を当てもなく歩き回っていた。その表情にははっきり言ってやる気が感じられない。それもその筈で、ペット探しは傭兵達の間ではかなり嫌われている依頼の一つだからだ。
何しろ地味であることは勿論、目的のペットを傷付けることも探したり捕まえたりする為に周りに被害を出すことも許されない。非常に気を遣う上に大体依頼主は口煩い好事家や傲慢な金持ちが多いので、ちょっとしたことでも文句何かが飛んでくるのだ。それでいて報酬はしょぼいとくれば、傭兵が好んで受ける訳がない。
そこを考えるとある意味今回の依頼は少々珍しかった。と言うのもこの依頼、ペット探しにしては妙に報酬が高いのだ。ペット探しの報酬の相場は大体500セルから1000セル、場合によっては値切られまくって250セルとなる。
しかし今回の報酬は2000セルとかなり割高だった。それに加えて首尾良く捕まえる事が出来れば追加報酬もあると言う好待遇っぷり。これだけでもこの依頼の異質さが分かるだろう。
尤もその理由も大体想像つく。
「これ、モンスターよね?」
目的のペットの特徴をざっと述べると、緑の体毛、ウサギのように長い耳、狐の様にフワフワな尻尾。見た目を一言で言えば、ウサギとキツネを足して二で割った感じだろうか。これらだけならとても可愛らしい動物なのだが、普通の動物には絶対にない物が此奴には付いている。
それは宝石。額に煌々と輝く赤い宝石が付いているのだ。
「カーバンクルだっけ?」
カーバンクルとは、写真に写っているように額に赤い宝石が付いていることが最大の特徴のモンスターだ。モンスターとしては非常に温厚で大人しく、人間に友好的なモンスターの代表格として知られている。
しかし友好的とは言えモンスターはモンスター、通常の動物とは比較にならない程身体能力が高くおまけに鉄壁の障壁を張る特殊能力を持っていることもあって力尽くで手元に置くのは非常に難しい。
そんなモンスターをペット探しの目的としていると言う事は、今回の依頼主は只者ではないと言う事だ。まぁギルド職員が直々に傭兵に依頼を持ってくるあたり、只者ではないという予感はしていたが。
「とは言え、どこに居るのかしらねぇ?」
今彼女が居るオブラの首都『イート』はそれなりに大きな規模を誇っている。その中から、一般的な猫と同サイズのモンスターを見つけるのは少々骨が折れた。
「ま、見れば一発で分かるからただの猫とかよりは楽だと思うけどね」
気を取り直してサフィーアはペット探しを再開する。まずやる事と言えば聞き込みだ。相手が非常に特徴的なので、人目に付けばすぐに分かる。
サフィーアは早速あちこちで聞き込みを行った。
「すみません、この写真に写ってるの見ませんでした?」
「ん~? いやぁ、見てないね」
「ちょっといいですか? この写真に写ってるのなんですけど…………」
「あら可愛い! この子がどうしたの?」
「探してるんですけど、どこかで見ませんでした?」
「さぁ? 見てればすぐ分かるんだけど」
「あの、今少しいいですか?」
「お、なに? もしかして逆ナン? まいったなぁ」
「失礼しました」
「あ、すみません――――」
***
それから三時間後、サフィーアは公園のベンチで缶コーヒー片手に項垂れていた。理由は言わずもがな、目的のカーバンクルが一向に見つからないのだ。
決して見つかり難い筈がない。これだけ目立つ見た目なのだ、誰かの目には必ず入っている筈。にも拘らず全く目撃情報が無いと言う事は、場合によっては街から出て行ってしまっている可能性もある。そうだとしたら捜索は絶望的だ。
だが悲しいことに、一度依頼を受けてしまっている以上そうなったとしても彼女は探さなければならない。一応依頼の取り消しも出来なくはないが、やったらやったで違約金を払わなければならないのだ。定期収入が無い傭兵にとって、それは結構な痛手であった。
この辺りもペット探しが敬遠される所以だろう。
「はぁ~ぁ…………見つからないなぁ」
サフィーアはぼやきながら缶コーヒーを飲み干し天を仰ぎ見る。今のどんよりとした彼女の心とは正反対に空は晴れ渡っていた。清々しい筈の晴天が、今は無性に恨めしい。
「はぁ~…………」
いっそ魂が抜け出そうなほど大きな溜め息を吐くサフィーア。そんな彼女に、突然横から声が掛けられた
「あら貴女、さっきの?」
「へ?」
サフィーアが声のした方を見ると、そこには1人の女性が佇んでいた。半袖の白いTシャツの上にノースリーブの黒いベストを纏い、同色のスリットの入ったスカートの下に白い長ズボンを穿いた女性だ。両手に装甲付きのグローブを着けている所から察するに、彼女は闘士の傭兵だろう。
その女性だが、彼女は何故かサフィーアの顔をじっと見つめている。サフィーアの方には女性に身に覚えが無いので、見つめられる理由が分からない。
「あ、あの、何ですか?」
「ん? ん~…………いや、何でもないわ」
「でも、今…………うん。やっぱり、いいです」
何故か見つめてくる女性に訝しげな顔をしていたサフィーアだったが、途中で追究を止め女性から目を離した。
サフィーアの様子に女性の方は暫し彼女の事を眺めていたが、不意に笑みを浮かべると彼女の隣に腰掛けた。そして妙に親し気にサフィーアに話し掛け始めた。
「ペット探し? 大変ねぇ」
「あ、聞こえてました? まぁ、仕事ですから」
「無理やり押し付けられた、ね」
「えぇ、まぁ」
女性の言葉から彼女がサフィーアとナタリアの押し問答を見て、そして巻き込まれないようにその場を離れていたことを察する事が出来た。それを理解しても、サフィーアは特に気分を害することはしなかった。立場が逆なら多分サフィーアも同じ行動をとっていただろうし、特別馬鹿にされている訳でもないので気分を害する道理はない。
「ところでどんなの探してんの?」
「こういうのです。何処かで見ました?」
徐にサフィーアが探しているモンスターがどんなのかを女性が訊ねてきたので、サフィーアはモンスターが写った写真を女性に見せた。
それを見た女性は、何ともおかしな顔をした。探しているペットがモンスターだった、と言う事に対して驚いている様子ではない。何と言うか、驚きと戸惑い、そこに拍子抜けが混じったような不思議な顔だ。
彼女の様子にフランも釣られて何とも言えない顔になってしまった。
「あの、どうしました?」
「…………これ探してんの?」
「そうですけど…………何処かで見ました?」
「何処かって言うか…………ん」
「ん?」
女性は何も言わずあらぬ方向を指さした。その指先を追ってサフィーアが視線を動かすと、彼女の指が向いた先に公園の中央に植えられた一本の木があった。その木の枝の上に緑の体毛をした動物が居る。そいつの額には、遠目に見ても分かるほど煌々と輝く赤い宝石が…………
「い、居たぁッ!!」
遂に目的のカーバンクルを発見したサフィーアは、空き缶をゴミ箱に放り投げつつ駆け出した。あっという間に木に接近し低めの位置に生えている枝に飛び掛かる様にしてカーバンクルを捕まえようとする。
しかし…………
「くぅん!」
サフィーアが近付いた瞬間、カーバンクルはひらりと身を翻し彼女の腕の間をすり抜け、枝から飛び降りると華麗に着地しそのまま逃げて行ってしまった。
「逃がすかぁッ!?」
やっと見つけたカーバンクル、ここで逃がしたら次に見つかる保証もないのでサフィーアは全力で後を追いかける。彼女は木の枝から飛び降りるとあっという間にカーバンクルに追いついてしまった。四本足で小柄なので人間とは比べ物にならない程の速度を出せる相手に対して、である。
彼女がここまで速く走れる理由は、魔力で肉体を強化しているからだ。魔力とは誰もが持っているものであり、扱い方さえ分かれば誰でも魔法を使う事が出来る。今彼女が使用している肉体強化魔法『マギ・コート』などは万人が使える魔法の代表格であり、傭兵でなくとも習得している者は多い。
マギ・コートは非常に汎用性が高い魔法としても知られており、筋力の強化だけでなく感覚の強化や寒暖への耐性も強化される。それだけでなく頑丈さもかなり強化されるので、マギ・コートの対に当たる武装強化魔法である『マギ・バースト』以外の攻撃は大幅に威力を軽減できた。
ただどちらも当然使用中は魔力を消費し続ける為、魔力残量を考えて使用する必要はあるのだが。
閑話休題。
「こんのっ!?」
すぐ近くまで接近したサフィーアは再びカーバンクルを捕まえようとしたが、カーバンクルの方もそう簡単に捕まるほど甘くはない。またしても彼女の腕の間をすり抜けるようにして躱し、そのまま人混みの中へと逃げ込んでしまった。
「あぁん、もう!? 面倒臭い所にッ!?」
人混みの中は行動が著しく制限される。これが森の中であればまだ遣り易かったであろうが、人混みの中となると街の人への配慮をしなければならなくなるので考えて行動する必要があった。
少なくとも、他人を無闇矢鱈に押し退けることは控えなければならない。
とは言えまだ逃げ切られてはいない以上、そこまで悲観することは無いだろう。いくら体が小さかろうと、カーバンクルにとっても人混みの中を動き回るのは容易ではない筈だ。サフィーアは当然行動を制限されるが、カーバンクルの方も行動を制限されるだろう。
それに、あちらが彼女を意識してくれている内は、逃がしはしない。
「ごめんなさい、よっと!」
「おわぁっ!?」
サフィーアは目の前に立ち塞がる人の波の上を飛び越えた。突然頭上を少女が飛び越えた事に何人かが驚くが、そのことを気にせず彼女の視線はカーバンクルを捉え続ける。カーバンクルはカーバンクルで、人混みを飛び越えてまで追いかけてくるサフィーアに驚愕しながらも目の前の人の足を避けつつ逃げていく。
その後もサフィーアによる追跡は続いた。時には壁を蹴り、電柱を掴んで急カーブし、更には車を踏み越えてまで追いかけるサフィーアと、足の間を潜るだけでは飽き足らず時には人の頭を踏み台にしてまで逃げ続けるカーバンクル。彼女たちの動きは宛ら街中を舞台に人間の身体能力を限界まで引き出して行うスポーツ、パルクールを見る者に彷彿とさせるだろう。
そんな中、両者は街の中にある大通りに出た。既に時間が昼近くまでいっていることもあり、車道は多くの車が行き交っている。
「ちょ、そっちは洒落にならないって!?」
もし罷り間違ってカーバンクルが車に轢かれたりでもしようものなら、下手をすれば依頼失敗である。全力で阻止しなければならない。
走る速度を上げる為に、全身に満遍なく行き渡らせていた魔力を足に集中させる。踏み出す一歩がいつも以上に地面を蹴り彼女の体を大きく前進させた。
が、彼女が追い付く寸前、車道に入ると思っていたカーバンクルが真横に飛び退いた。フェイントを掛けられたのだ。
「ちょ、わわっ?!」
幸いにしてガードレールを掴むことで車道に出ることは回避されたが、今ので速度が完全に削がれてしまった。見ればカーバンクルは既に遠くまで行ってしまっている。慌てて追い掛けるが、とうとうカーバンクルは完全に視界からいなくなってしまった。
一瞬落胆するサフィーアだったが、すぐ気を取り直して追跡に取り掛かる。まだ諦めるのは早い。暫くカーバンクルが消えた方に向かって走るが、案の定その姿は確認できないままだ。逃げられてしまったようにも見えるが、しかしサフィーアの表情はその状況とは裏腹に小さく笑みを浮かべている。
その表情は、まるで何かを捉えたような…………そんな顔だった。