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傭兵サフィーアの奮闘記  作者: 黒井福
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第18話:未だ過ぎたる力

 唐突に浮上する意識の中、サフィーアは自身が横になっているのを理解した。


「ん、んぅ?」


 ゆっくりと目を開けた彼女が見たのは、一瞬見覚えのない、しかしよく見ると記憶に新しいクロード商会が用意してくれた車の後部座席からの光景だった。ただし今の彼女は横になっている都合上、大分視点が低くなっているが。

 それと意識が覚醒したことで気付いたが、頭が何かの上に乗っていた。程好く暖かくて柔らかいそれに視線を向けると、彼女が頭を乗せていたものは誰かの太腿だった。


 誰の太腿か? 何てこと考えるまでもない。ここまでくれば今の自分の状況を理解できるくらいには脳も覚醒しようと言うものだ。


「お、目が覚めた?」

「クレア、さん?」

「えぇそうよ。気分はどう?」

「悪くは、無いです…………多分」


 正直なところ、目が覚めたばかりでまだ感覚がフワフワとしている為、良いか悪いかと問われてもよく分からない。だが目が覚めた以上何時までもクレアの太腿に頭を預けている訳にもいかないだろう。ちょっと名残惜しい気もするが、さっさと頭を退かすべく起き上がろうとした。

 だが起き上がろうと全身に力を入れた瞬間、引き攣った痛みが彼女の体に襲い掛かった。


「あだだっ?! な、何?」

「あぁあぁ、まだ寝てなさい。無理した反動の疲労に加えて長時間動かずにいたから筋肉固まってるわよ」

「ちょ、長時間?」


 クレアの言葉に、サフィーアは痛みが小さい範囲で首を動かし窓の外を見る。視点の関係で景色を眺める事は出来ないが、昼か夜かを判断する事は出来た。見た所、まだ日は昇っていないように見受けられるが…………


「あの、今何時ですか?」

「大体夜中の9時ってところね」

「………………9時?」


 記憶が確かならば、ブレイブ達が襲撃してきた時の時間は夜の10時くらいだった筈だ。にも拘らず、今の時刻が夜中の9時と言う事は――――


「えっ? あたし丸1日寝てたんですかッ!?」

「そうよ~」

「あの、その間ずっとあたしクレアさんの膝借りてたんですか?」

「流石にずっとじゃないわよ。休憩の時とか降りなきゃいけない時は適当な物を枕代わりにしたわ」


 『その時に目が覚めちゃうかと思ったんだけどね~』とクレアは言うが、対するサフィーアはそれどころではなかった。長時間に渡ってクレアに膝を借りていた事に対する申し訳無さや、昨夜自分がとんでもない無茶をしていたと言う事に対する恐ろしさで頭の中がぐちゃぐちゃになっていたのだ。


 サフィーアの混乱を表情から察したクレアは、彼女の様子に小さく溜め息を吐いた。

 そして徐に彼女の額をペチンと叩いた。


「あ痛っ?!」


 突然額に走った痛みに小さく悲鳴を上げるサフィーアだったが、お陰で一瞬だが頭が冷えた。その瞬間を見逃さず、クレアは口を開いた。


「昨日は流石に無茶し過ぎよ」

「うぇっ?」

「戦って分かったと思うけど、相手は準ベテランのブレイブよ。まさか勝てると思った訳でもないんでしょ?」

「う…………はい」

「じゃあ何で勝てないと分かった時点で私と合流しようと考えなかったの?」

「そ、そこまで考えが回らなくって、あ痛っ!?」


 再び額を叩かれるサフィーア。クレアは気持ち先程よりも力が強めに叩いたのだが、それ以上にサフィーアは全身が筋肉痛で痛むので叩かれた力の違いには気付いていなかった。

 そう、筋肉痛だ。最初は予想外の痛みで混乱していたが、落ち着いてくると全身に走る痛みが筋肉痛によるものである事に彼女は気付いた。


「全く、『オーバーコート』まで使って。サフィにはまだまだ早いってのに」

「お、オーバーコート? 何ですかそれ?」


 溜め息と共にクレアの口から零れた聞き慣れない単語に、サフィーアは思わず首を傾げた。いや、それが昨夜自分が最期に使った技の名前なのだろうと言う事は察する事が出来るがそんな名前が付いていると言う事は今初めて知ったのだ。

 彼女が魔力の扱いを習ったのは二等校の授業での事なのだが、その時には魔力を体力の代替として扱うのは何らかの理由で体力が尽きた時の非常時の手段であり普通はやるものでは無いとしか言われなかったのだ。当然名前など無かったし、実行に移したのも昨夜が初めての事である。


 ところがクレアの口振りから察するに、あの技にはちゃんとした名前があり尚且つクレアはそれが使えるようですらあった。


「あれって、そんな名前があるんですか?」

「うん。多分教わった時は名前もない緊急時用の技術としか教わらなかったんだと思うけどね。ただ言わなくても分かると思うけど、技の難易度はマギ・コートの比じゃないわよ」


 それは本当に言われずとも分かる。マギ・コートを習得していてもこの様だったのだ。クレアの言うオーバーコートがどれほど難しい技かなど想像に難くない。


 しかし同時にこうも思う。果たしてオーバーコートはその難易度に見合う恩恵があるのだろうか?


「オーバーコートって、そんなに凄いんですか?」

「ん~、そうね。口で説明するより実際に違いを見せた方が早いかもね」


 徐にそう呟くと、クレアは懐から一枚の硬貨を取り出した。サフィーアも良く知る5セル硬貨だ。現在発行されている硬貨の中でも最も硬いとされている。

 それをクレアは親指と人差し指で挟んだ。その動作から彼女が何をしようとしているかはすぐに分かった。


「まずはマギ・コートからね」


 そう言った次の瞬間、硬貨はグニッといった感じで中心から見事に折れ曲がった。中心から綺麗に折れ曲がっている辺りに、クレアの実力の程が窺える。

 が、言っては何だがこの程度であればサフィーアにも出来る。あそこまで綺麗に出来るかと言われたら正直自信はないが、硬貨を指先だけで曲げろと言われればそれは可能だった。サフィーアだけではない、恐らくマギ・コートを習得したものであれば未成年であっても可能だろう。


 そう考えると、現代は末恐ろしい時代である。


「これがマギ・コートね。じゃ、次オーバーコート行くわよ」


 クレアの言葉に、サフィーアは雑念を頭の片隅に押し込んだ。今考えるべきはマギ・コートとオーバーコートの違いである。


 見た感じ、先程と違うところがあるようには思えない。魔力の燐光も同じだし、使っている硬貨も先程と同じ5セル硬貨だ。だたし使用しているのはたった今曲げたばかりの硬貨である。クレアはそれを回して、折れ目と折れ目の頂点の部分を指で挟んだ。サフィーアの位置からはちょうど半円にある二か所の頂点を挟んでいるように見える。

 と、見ていると突然クレアの右手から発せられた燐光が引っ込んだ。消えたのではない。言うなれば右手を覆っていた魔力がそのまま右手の中に染み込んだ感じだ。故に燐光はそのまま彼女の右手の中から発せられている。


 そして次の瞬間――――


「んッ!」

「いぃっ!?」


 クレアの親指と人差し指の間に挟まれていた硬貨がペシャンコに潰れた。そう、“折れた”のではなく“潰れた”のだ。それもメキメキと言った感じではない。粘土が潰れる様にグチャッと潰れたのである。

 その光景にサフィーアは言葉が出なかった。鍛えてあるとは言え、クレアの腕は女性特有の細くしなやかな腕だ。引き締まっているがぶっとく筋肉質ではない。そんな腕が一番硬い硬貨を一瞬で粘土の様に潰してしまった光景は軽く衝撃映像ものだった。


「これがオーバーコートよ。使うと反動が凄いけど、それに見合う性能はあるでしょ?」

「は、はい」

「ま、今言った通り反動が凄い上に扱いこなせないとサフィみたいに反動だけが凄くて動けないなんて事になるから、滅多に使う技じゃないんだけどね」

「反動って、クレアさんも凄いんですか?」

「まぁね。今ので右腕筋肉痛だし」


 サフィーアは今度こそ愕然となった。尊敬すべきベテランの傭兵のクレアでさえ僅かに使っただけで筋肉痛を引き起こすハイリスクな技を、知らなかったとは言え安易に使ってしまったのだ。丸一日眠り続けた挙句に全身筋肉痛程度で済んだのは良かった方だろう。

 だが同時に燃え上がるものもあった。クレアですらリスク無しには扱えない技である、習得がどれほど困難な技かは容易に想像できる。しかし困難だからこそ、挑戦し甲斐があると言うものだった。


 突如現れた難題に一人燃え上がるサフィーアだったが、それを見たクレアは呆れて溜め息を吐いた。負けん気の強い性格なのは長くない付き合いの中でも分かっていたが、少しばかり向こう見ずの気があるようだ。

 それを窘めるべく、彼女は今日一番の威力を込めてサフィーアの額を引っ叩いた。


「いったぁッ?!」

「ダメよ、安易に挑戦しちゃ」

「えっ!? あ、あたしまだ何も――ッ!?」

「顔に『絶対習得してやる』って書いてあったわ。サフィは他人の心の機微が分かるんだろうけど、サフィ自身も結構分かり易いからね」


 言われてサフィーアは、まだ痛む腕を上げて自分の頬に手を触れる。自分はそんなに分かり易い性格をしていただろうか? そんな疑問を抱いてしまう。


「今後は私が許可するまで、無闇にオーバーコートを使うのは禁止よ。いいわね?」

「う~…………」

「返事は?」

「は、は~い」


 突然の禁止令に最初の内は渋っていたサフィーアだったが、何時になく威圧感を持って迫られたので仕方なく頷くのだった。



***



 一方、最終的に襲撃に失敗して撤退する羽目になったブレイブ達三人はと言うと…………


「全く…………A-が三人揃って女二人相手に逃げ帰るとは、情けないとは思わんのかね?」


 昨夜、ブレイブがクレアの足止めをしている間にポールがジャクソンをヘリに乗せ、そのままブレイブを回収して這う這うの体で逃げだすことに成功。その後はクレアによってノックアウトされたジャクソンを宿に運んだりとした後にブレイブとポールの二人でディットリオ商会会長の元に報告に向かった。

 そこで対面して真っ先に彼の口から出たのが先程の言葉である。


「一人は確かにAランク、闘姫の異名を持つ傭兵だと言うのは知っている。だがもう片方は大した事のない雑魚だそうじゃないか。にも拘らず連中の足止め一つも出来ないとは何事かね?」


 これでもかと嫌味をネチネチと言われているが、戦果がサフィーアを追い込むだけしかできていなかったのは事実なので何も言い返せない。

 あの時、最初に役割分担をした時、サフィーアの相手をジャクソンに任せておけば或いは結果は異なっていたかもしれない。ベテランのジャクソンが相手ではサフィーアは手も足も出ず、ブレイブであればクレアの相手に不足はない。事実、昨夜クレアを足止めする際ブレイブは彼女を相手に一進一退の攻防を繰り広げたのだ。これに万全の状態のポールも加わればクレアを倒すとはいかずとも一時的に無力化する事は出来ただろうし、そのままの勢いでクロード商会を行動不能にさせることも出来たかもしれない。

 そう考えると、昨夜の襲撃は決定的に作戦ミスという事になる。依頼主からネチネチ嫌味を言われるのも致し方ないだろう。


「言い訳はしねえ。昨日の事は俺の作戦ミスだ」

「殊勝な事だな。それで、どう責任を取るつもりだ?」

「俺の報酬は無しで構わねえ。だから汚名返上のチャンスをくれ。遺跡であいつらを追い払う」


 報酬を辞退すると言うブレイブの言葉に、ポールは何かを言おうとするがブレイブ自身がそれを制止した。

 対して、会長の方はと言うとブレイブに対して侮蔑に視線を向けながら面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。


「ふん、まあ当然だな。だが戦力も減った今、お前達だけでは不安が残る」

「俺達の方で、戦力をかき集めろってか?」

「それはこちらでやっておく。お前達はこちらの指示に全面的に従ってもらうぞ。例え、どんな命令であってもだ」

「………………了解」


 ブレイブが会長の命令を了承すると、会長はもう用はないと言いたげに犬を追い払うように手を振った。それを見て二人は黙って部屋を出ていく。


 ディットリオ商会の会長室を出て暫く、商会本部のビルから十分に離れた頃に漸くポールが口を開いた。


「何であんな事を言ったんだ?」

「あんな事って?」

「報酬辞退の話だ。何であんただけで責任を負った。今回の作戦は全員で考えたものだぞ」


 そう、昨夜の襲撃作戦で誰が誰を狙うかは三人で協議した結果決めたものだった。必ずしもブレイブ一人の責任ではない。責任を負う必要があるとすればそれは全員だ。

 だと言うのに、彼は寄りにもよって一人で全ての責任を負ったのである。ポールはその事が酷く納得できなかった。


「何でって、全員で報酬無くなったり減らされたりしたらジャクソンの治療費どうするんだよ? あいつ一番金掛かる銃士だぞ?」

「金が入用なのはあんたも一緒だろ。寧ろあんたの方がジャクソンより金が必要なんじゃないのか?」


 ポールの問い掛けに、ブレイブは答えを返さなかった。ただ若干口をへの字に曲げ、何処へともなく視線を向けるだけである。


 その行動だけでポールの言葉が真実であることが伺えた。沈黙は時に下手な言葉以上に雄弁に物語るのだ。

 沈黙を続けるブレイブに次第に苛立つポールだったが、無言の圧力に根負けしたのかとうとう口を開いた。


「俺は…………まぁ、何とかする自信はある。最悪適当な依頼受けて日銭稼げば食いっ逸れる事はねえだろ」

「あんたって奴は…………全く」


 苦しい言い訳にポールは呆れて溜め息を吐く。と言うのも、彼は変なところで意地を張り自分一人で物事を背負い込むのだ。

 以前その事を指摘して、何故そこまでするのかと問い質したことがある。その質問に対する彼の答えが――――


「何度も言うが、何故そこまで意地を張れるんだ。少しくらい他人に頼ってもバチは当たらないだろうに」

「男ってのはな、見栄を張らずにはいられない生き物なんだよ!」


 これである。毎度毎度この言葉で押し通してしまうのだから困ったものだ。


「男相手に見栄張ってどうする。見栄なら女に張れ」

「いいじゃねえか、金も掛からねえんだ。俺が俺を追い込んで誰が困る」

「見ててハラハラするって言ってるんだ。周りで心配する方の身にもなれ」

「分ぁ~かった分かった。これからは気を付けるよ」


 これは絶対今後も懲りずに見栄を張る男の言葉である。ポールは頭を抱えた。一体どうすればこの男を矯正できるだろうか?


 一人サクサクと歩みを進めるブレイブの背を眺めつつ、ポールは何度目になるか分からない溜め息を吐くのだった。

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