第17話:敗北は悪足掻きと共に
感想等ありがとうございます。本当に励みになります。
サフィーアが襲撃してきた剣士の傭兵と対峙していた時、クレアの方はと言うと別の傭兵を二人相手取っていた。
一人は樹脂製のプロテクターを身に着けた長身瘦躯で褐色の肌を持つ青年、もう一人は対照的に分厚い筋肉を重厚な鎧で包んだ全身鎧の男だ。全身鎧の方が男だと分かるのは、彼女がこの二人とも面識があるからに他ならなかった。
「ポールにジャクソン。あんた達が居るってことは、サフィが相手してるのはブレイブね?」
クレアは戦闘の合間、一度体勢を立て直す為に二人から距離を取りつつそう訊ねる。彼女が距離を取った事で相手側にも若干余裕が出来たのか、ポールと呼ばれた軽装の青年が武器である両端にエレメタルを装着した棍を構え直している。一方のジャクソンも、全身鎧に対してミスマッチ極まりないライトマシンガンを構え直していた。
この二人の内、クレアの質問に答えたのはポールの方だった。
「察しの通り、今回はブレイブを含めた三人での仕事だが、よく分かったな?」
「そりゃあんた達、しょっちゅう一緒に居るんだもん。寧ろソロで活動してる時の方が珍しいんじゃない?」
「そいつは誤解ってもんだ。ソロで活動することも結構ある。今回は偶々組んで受けることになったってだけだ」
ジャクソンはクレアの言葉を否定するが、彼女が知る限りでこの三人が別々に行動している所を見たことは無かった。彼女が彼らの内誰かと遭遇する時は、決まって残りの二人も行動を共にしている。偶然そうなっただけなのかもしれないが、それでも彼女の中では彼らは三人で一組のパーティーを組んでいると言う印象が強かった。
そのような事を考える一方で、クレアは現在の状況に危機感を覚えていた。自分が二対一という戦いに身を置いている事に対してではない、サフィーアがブレイブと言う男と対峙していると言う事に対してだ。
彼ら三人は揃って傭兵ランクがA-、その中でもブレイブは飛び抜けて戦闘力が高い。クレアが相手をした場合、負ける気はしないがそれでも場合によっては苦戦を強いられることは確実だろうと思っている相手である。
対してサフィーアは、素質はあるかもしれないが圧倒的に経験が足りないヒヨッコだ。ランク的にはルーキーを脱却しているが、実力的には中堅と言うにはお粗末と言うほか無い。ましてや彼女には、クレアから見て決定的な弱点がある。それもブレイブと言う男を相手にする場合致命的とも言える欠点が、だ。
正直に言って、サフィーアには荷が重すぎる。
「こいつは、さっさとこっちを何とかした方が良さそうね」
「させるかよ!」
構えを取ったクレアに対して、ジャクソンがライトマシンガンの引き金を引いた。無数の弾丸がクレアの引き締まった肢体を食い千切らんと殺到するが、彼が引き金を引く瞬間には彼女は素早くその場を離れていた。銃弾を弾き返してやってもよかったが、恐らくあの鎧に弾かれて大した効果は得られないだろう。それなら小手先の技に頼らず闘士が最大の力を発揮できるインファイトに持ち込んだ方が良い。
クレアはジャクソンの銃弾を時に避け、時に弾きながら接近していった。ジャクソンはジャクソンで、インファイトに持ち込まれたら勝ち目がない事を分かっている為必死になって弾幕を張る。彼女の武器は基本素手であり鎧を着込んでいる彼相手では不利なように見えるが、彼女がそれを覆すほどの実力を備えていることを彼らは良く知っていた。
そう、“彼ら”である。
「たぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ッ!? チッ!?」
もうあと少しで接近できると言うところで、横から棍を振るってポールが妨害する。彼が棍を振るうとそれに合わせてエレメタルから暴風が吹き荒れクレアの体を大きく吹き飛ばした。
「ぐっ?!」
クレアは吹き飛ばされながらも何とか体勢を整え、地面に叩き付けられる事無く着地することに成功する。そして着地と同時にその場を駆け出した。彼女の着地点を狙ってジャクソンが引き金を引いたのだ。
無意味に大地を耕す銃弾を見もせず、クレアは今度はポールに向かっていった。銃士のジャクソンは確かに厄介だが、それを護衛しているポールも十分に厄介な存在だった。彼が居ると肝心のジャクソンに攻撃できない。
「将を射るには、先ず馬からってね!」
「言っておくが、俺は暴れ馬だ!」
***
クレアがポール、ジャクソンの二人と激闘を演じている頃、サフィーアはと言うと――――
「オラァッ!」
「がッ?!」
襲撃してきた三人組の最後の一人、ブレイブを相手に劣勢に立たされていた。
彼の振るう剣はどれも重く、下手に受け止めると一撃で腕が痺れる程だった。だがその事に頓着していると続く二撃、三撃目で体を両断されてしまうので、痺れる腕に鞭打ってブレイブの攻撃を受け止めるのだがそれにも遂に限界がきた。
辛うじて防御は間に合ったものの、踏ん張りが不十分になってしまい力技でサニーブレイズ諸共弾き飛ばされてしまう。せめてもの根性で剣だけは離さなかったものの、受け身を取るのが間に合わず地面に諸に叩き付けられてしまった。
「ぐ…………げほっ!?」
「ほれどうしたどうした? さっきまでの威勢は何処行ったんだ?」
「くぅっ!?」
ダメージと共に蓄積した疲労で振るえる脚を剣を杖代わりに立ち上がるサフィーア。ブレイブはそんな彼女を前に、剣を肩に乗せながら悠々と眺めていた。
完全に遊ばれている。それは彼の態度からも分かるが、何より彼の武器の持ち方からもそれが伺えた。
ブレイブは恐らく右利きだ。二本ある剣を両方とも左腰に差している事からそれは察する事が出来る。にも拘らず彼は“左手”で“一本だけ”剣を持ち、残った利き手だろう右手には何も持たず、剰え左手に持った剣の柄に添えてすらいない。
本気の半分も出していないのだ。彼はサフィーアの相手ならその程度で十分だと認識している。
その事が彼女は堪らなく悔しく、しかし現状を覆せる気は微塵もなかった。
「こ、のぉッ!? 舐めんじゃ、ないわよッ!!」
それでも彼女は諦めずに手から滑り落ちそうになるサニーブレイズを握り締め突撃するのだが、疲労のあまり動きに先程までの精彩さはない。
当然、そんな攻撃を喰らうブレイブではなく、極めて自然体で構えたまま振るわれた剣で彼女の攻撃は簡単に弾かれてしまった。
「あっ?!」
弾かれたサニーブレイズに引っ張られて倒れそうになり慌ててバランスを取ろうとするサフィーアだったが、ブレイブがそんな彼女の足にローキックを喰らわせダメ押しの一撃を見舞った。
「あうっ?!」
「よっと!」
ブレイブは完全にバランスを崩して倒れそうになったサフィーアを右手で受け止めると、彼女の首筋に左手で持った剣を突き付けた。
押し退けようにも疲労で腕に力が入らず、そもそも首筋に剣を突き付けられては迂闊に身動きすることも出来ない。この場の主導権は完全に彼に握られていた。
サフィーアは、せめて気持ちだけは負けてなる物かと月明かりに照らされた彼の顔を睨み付ける。その視線を涼しい顔で受け流し、彼は徐に彼女に降伏を迫った。
「勝負はついた。諦めて剣放しな。こちとらまだやる事あるんでな」
「冗談。そう簡単に諦めて堪るもんですか」
「往生際の悪い奴だな。もう魔力も殆ど残ってないだろうに、まだやるつもりなのか?」
そう言いながらブレイブはツッ、と剣先を首筋から彼女の顎の下に持って行き、剣先で撫でるように彼女の顎を持ち上げる。
「うっ――――!?」
「安心しろ、下手に抵抗しなけりゃ誰一人殺しゃしねえよ」
彼の言葉に嘘はない。本当に彼はこの場で彼女を生かしておくつもりのようだ。そこには後で彼女の体を楽しもうとか言う下卑た考えも存在しない。正真正銘、負かせただけで終わらすつもりの様だった。
このまま大人しくしていれば命は助かるだろう。この場では敗北と言うケチが付いてしまうが、生きていれば雪辱を果たす機会などいくらでも回ってくる。彼の言う通り、諦めて剣を手放すのが最も利口な行動の筈であった。
だが彼女はそんな殊勝な性格も、利口な頭も持ってはいなかった。彼女の中では彼に対し徹底抗戦を行う事は既に決定事項である。
何故なら、彼女は能力で以て感じ取ったのだ。彼が自分を格下と見下している事を。彼の中で、サフィーアは取るに足らない雑魚の一人でしかないのだと、分かってしまった。
そんな認識をされて、黙っていられる訳がないではないか。
「あのさ…………一つ言っていい?」
「ん? 何だ?」
「………………甘く見ないでくれる?」
次の瞬間、サフィーアの右腕が跳ねるように動きブレイブに向けて振るわれる。ほぼノーモーションから放たれた攻撃であった筈だが、彼はそれを寸でのところで回避した。
「うぉッ?!」
しかしこの攻撃は完全に回避する事も叶わなかったようで、右の頬に小さく切り傷が刻まれていた。放っておいても治るだろう程度の非常に小さな傷だったが、それでも血が滲み一滴程度の量の血が流れ落ちる。
ブレイブは傷口を右手の親指で軽く撫で、血が付いているのを確認すると小さく溜め息を吐いた。
「はぁ…………お前、随分と無茶するな」
「あら? あたしが…………何、してるか……分かるんだ?」
「そりゃな。これでも傭兵歴は長い。旅の途中で、“そういう技”がある事は知ってたさ。実行に移してる奴は初めて見たけどな」
今サフィーアが動けているのは、魔力を体力の代替として利用して体を動かしているからだ。魔力を用いた技術を学ぶ際、緊急時に用いる技能として教わる事もあるが基本的には活用されることのない、無駄知識レベルの技術であった。
その認識の最たる理由は――――
「ろくすっぽ動けもしないのに、よくやるぜホント」
そう。この技、発動したは良いが使うと心身共に多大な負担が掛かり満足に動くことも儘ならなくなってしまうのだ。例えるなら、ガソリンで動く車に軽油を入れる様なものである。そんな事をすれば当然車は壊れるし、こちらの場合も人間の体には尋常ではない悪影響が出てしまう。
「うっ!? ぐ、ん……ふぅっ!? ふぅっ!?」
現に今のサフィーアは、全身に激痛が走り頭蓋骨を内側から鑢で削られているかのような頭痛と眩暈、耳鳴りに苛まれ意識を保つのもやっとと言う状態であった。表情にも余裕は一切なく、今にも反吐を吐きそうな感じである。
しかしそれでも彼女は脂汗をかきながらもブレイブを見据え、サニーブレイズを構えて徹底抗戦の構えを見せていた。
彼女の様子にブレイブは重く溜め息を吐くと、左腰に残っているもう一本の剣の柄に手を掛けた。
「お前の気持ちはよぉっく分かった。それじゃせめて、一撃で終わらせてやる」
鞘から剣が抜かれる。驚いたことにもう片方の剣は、まるで血の様に赤い刃を持った剣だった。彼はその剣を抜くと、腰を落とし構えを取る。一気に突撃し一撃で決めるつもりのようだ。
サフィーアも迎撃したいところだったが、悔しい事に体は言う事を聞いてくれない。意識を保つので精一杯で、首から下はまるで自分の物では無いかのように動かなかった。相変わらず頭痛は酷いし、視界は砂嵐で僅かに彼の輪郭が分かる程度。更には耳鳴りも酷くなり、音すら聴き取れなくなってしまった。
こんな状態で戦える筈がない。何も出来ずに一撃で斬り捨てられるのが目に見えていた。
ブレイブはそんな彼女が相手でも容赦する気は全く無いらしい。その証拠にマギ・バーストを発動させているのか二本の剣が燐光を放ちだした。
左手に持った剣は青白い燐光を、右手に持った剣は鮮やかな赤い燐光を放っている。普通魔力は青白い燐光を放つ筈なので赤い燐光を放つのはあの剣に特別な何かがある証拠なのだが、今のサフィーアにその事を気にしている余裕はなかった。
ただ、己の命を断ち切る一撃を待ち受けるのみ。
「ま、ガッツだけは認めてやるよ…………じゃあな」
魔力を帯びて燐光を発する剣を振りかざし、ブレイブが迫ってくる。動けないサフィーアはそれをただ見ているしかできない。
目前に迫る明確な“死”にサフィーアは覚悟を決め、ブレイブは手にした二本の剣を振り下ろし――――
「ぐあぁぁぁぁっ?!」
「なっ!? ちょっ、危ね、どわッ!?」
剣がサフィーアに振り下ろされる直前、吹き飛ばされてきたポールがブレイブに衝突し攻撃を中断させた。それと同時にサフィーアとブレイブの間に立ち塞がる人影が…………
「ごめん、待たせた」
「あ――――」
そこに居たのは、サフィーアが何よりも待ち望んだ増援。クレアの背中がそこにあった。
「いきなり前に飛び出すな、危ねえだろ!」
「ぶっ飛ばされてきたんだ!? 誰が好き好んであんたの前に飛び出すかッ!?」
「つかお前ジャクソンはどうした?」
「あっちで伸びてる。生きちゃいるが、ありゃ暫く動けそうにない」
一方、ブレイブの方は戦況が不利になったことに苦い顔をした。見た所クレアはまだ余裕を残している。大して自分達の方はジャクソンがダウンし、ポールも消耗しているこの状況。しかもポールはジャクソンを下がらせる為にこの場を離れないといけないので、実質クレアはブレイブのみで何とかしなくてはならないのだ。
「ちっ、しゃーねぇ。ポール、ジャクソン連れてヘリとの合流地点まで下がってな」
「あんたは?」
「俺以外で誰がクレアの足止めする?」
ポールと話し合いながらもブレイブはクレアから目を離さない。クレアもそれは同様で、サフィーアに声を掛けながらブレイブからは片時も目を離さなかった。
「よく持ち堪えたわね、後は任せなさい」
その言葉が決定打となり、サフィーアの緊張の糸は切れ体は重力に引かれて地に倒れ伏す。それを合図としたかのようにクレアとブレイブは同時に駆け出した。
薄れいく意識の中、最後に彼女の視界に映ったのは激しい戦闘を開始したクレアとブレイブの姿だった。