第14話:準備完了、出発進行
ビーネ達と分かれたサフィーアとクレアは、ギルドを出ると早速次の依頼の準備に奔走した。
道中の水と食料、戦闘時の閃光玉や煙玉、負傷した際の医薬品などだ。その中でも戦闘で消費する物は多めに用意しておく。と言うのも、クレア曰く遺跡には少なくない確率でモンスターが巣食っていたり、或いは遺跡自体に何らかのトラップが仕掛けられている可能性があるからだそうだ。
遺跡に行く直前に一つの街に立ち寄るそうだが、早め早めに準備して損はない。
「何しろ長い間放置されてる訳だしねぇ。小型のモンスターが住処にしてることもあるし、元が重要施設かなんかだった場合遺跡自体に超古代文明人が侵入者対策で保存しておいたモンスターが居たりすることがあるのよ」
超古代文明人はその科学力で以て生命の神秘の領域にすら手を伸ばしていたらしい。その中には、既存のモンスターとは異なり人工的に生み出され長期間休眠状態になれるものもあるのだとか。迂闊に遺跡に立ち入ると、迎撃機能の一環としてそいつらが目覚め襲い掛かってくることがあるので、遺跡の探索には戦闘要員の同行が必須なのだそうだ。
因みにクレアの場合は、過去に何度か受けた遺跡探索系の依頼で二回ほどそう言うのに出くわした事があるらしい。
宿の部屋の中でそんな話を聞きながら、サフィーアは手にした発注書に剣で使用する特殊弾――『マギカートリッジ』の必要量を書き込んでいく。
荷物をある程度纏め終えたクレアは、手持ち無沙汰になった事もあってかそれに興味を抱いた。
「何してるの?」
「あたしの剣に使う特殊弾の発注です。普通に出回る品じゃないから今の内に武具屋に出しておかないと」
そんな風にぼやくサフィーアの傍らには、この後整備するつもりと思しき彼女の剣が置かれていた。
「何度見ても変わった剣よね。え~と、確か名前は…………」
「『サニーブレイズ』です」
「あ、そうだったそうだった。ちょっと見てもいい?」
「いいですよ」
クレアはサフィーアから受け取った剣――サニーブレイズを色々な角度から眺めている。闘士の彼女は普段剣と関わり合いになる事は殆ど無いが、全く無い訳でもない。それでも剣に銃の機構を組み込みインスタントにマギ・バーストが行えるようにした物など初めて見た。
「これ、マエストロ・ガンスの作品なのよね?」
「えぇ。何でも、先代のガンスが昔父さんの戦いを見て、それを参考にして練り上げた構想を今のガンスが形にしたんだとか」
「あら、サフィのお父さんと知り合いだったの?」
「みたいです。この剣の名前も父さんから取ったって聞きました。あたしの父さん、サニーっていうんです」
サフィーアの話に興味深そうにしつつ、クレアは手にしたサニーブレイズを軽く振った。彼女は拳で戦う闘士だったが、それでもこの剣の良さが分かった。
銃の機構を仕込んである為どうしても重くなりがちだが、かと言って身の丈ほどの大剣などの様な重さはない。攻撃に力を乗せやすく、防御の際に踏ん張ることも出来るくらいには頑丈そうだ。しかもこの剣、銃の機構を組み込む関係でそうなったのであろうが、柄が刃側に向けて若干倒れている。このおかげで上手からの攻撃には大きな力が乗りやすく、更にほんの僅かな動きで攻撃の角度を変化させることも可能としていた。
これは単純に剣に銃の機構を応用して手軽にマギ・バーストが行えるようにしただけでなく、剣単体としても高い完成度を誇る武器なのだ。流石はマエストロ・ガンスの手掛けた一品と言えるだろう。
惜しむらくは、サフィーアが未だ経験不足の若輩者であるという点だろうか。彼女は未だこの剣の能力を100%扱いきれていない節があった。
だがそれは、今後経験を積めば大きく化ける可能性がある事を示唆していた。これから先多くの戦いを経験した結果、彼女は一体どれ程強くなるのか? その事を考えるとクレアの口元には自然と笑みが浮かんでしまっていた。
「クレアさん?」
クレアからやや不穏な思念を感じ取ったサフィーアが、やや怪訝な表情を浮かべそちらを見た。視線を向けられると、クレアは微笑みながら剣を返すとベッドに飛び乗る様にして腰かけた。
「将来が楽しみね」
「はい?」
「良い女になるって意味よ」
「それは、どういう方向での話ですか? 絶対言葉通りの意味じゃないですよね?」
「そ~んな事ないわよ。言葉通り、いい女になるわよ貴女。色々経験しなさい」
意味深なクレアの言葉に、しかしサフィーアは首を傾げる。思念は読み取れても思考は読めないのだ。故に、彼女は常人よりも一歩進んで一歩足りないレベルで相手が理解できてしまう。
それがどうしてももどかしくて、サフィーアはどこか釈然としない顔になってしまった。
そんな彼女の頭を、クレアは笑みを浮かべながら撫でるのだった。
***
翌日、二人は指定された時間である正午まで、宿の中で過ごしていた。時間になればクロード商会の人間が迎えに来てくれる手筈になっているからである。
そして正午、早めに宿の食堂で昼食を摂り終えた二人が部屋で茶を啜りながら雑談に花を咲かせていると、何者かが部屋のドアをノックした。ドアに近い場所に居たサフィーアが応対して開けると、そこにはアイラの姿があった。
「お待たせしました。こちらの準備が整いましたのでお迎えに上がりましたが、そちらは?」
「こっちも大丈夫ですよ。クレアさん」
「は~いよっと」
サフィーアに呼ばれて自分のと彼女の二人の荷物を持ってドアまで移動するクレア。彼女から装備と荷物を受け取ったサフィーアは、ウォールを肩に乗せると彼女と共に部屋を出てドアの鍵を閉めた。
彼女が鍵を閉めたのを見て、アイラは二人を伴い宿の外へと向かう。
フロントで鍵を返しつつアイラについていくと、宿の前には既に一台の車が停まっていた。あれに乗って移動するらしい。
アイラが素早く車に近付き後部座席のドアを開ける。二人が入ると、アイラはドアを閉め自分は助手席に座り運転手に指示を出した。
「出してください」
「はい」
ゆっくり走り出した車は真っ直ぐ街の南ゲートに向かい、門衛の許可を得て街から出て街道を進んでいく。途中他のスタッフが乗った別の車が合流し、計二台で遺跡に向けて速度を上げた。
街中を走るのに比べると大分速度が速いが、言うまでもなく街道に速度規制等無いので個人の技量が許す限りの速度で走ることが出来る。ドライバーの中にはそれを利用して街中やその周辺では到底できない様な危険な運転を楽しむ者もいた。
幸いなことに、クロード商会のドライバーは極力安全運転を心掛けてくれる人物だったらしく、速度は速いが極めて快適な乗り心地が維持された。
その乗り心地の良さにクレアも満足気に背もたれに体重を預けた。
「ふ~ん、流石はクロード商会所有の車ね。乗り合いバスとは大違いだわ」
「こんなのまだまだ、我が商会は飛空艇も所有しています」
「飛空艇ッ!? ホントにッ!?」
飛空艇は空飛ぶ船とも呼ぶべき乗り物であり、言うまでも無く一隻の値段はシャレにならない額に上る。当然一般人が個人的に所有できる筈もなく、傭兵や庶民が乗るには航空会社所有の長距離移動用高速飛空艇を利用するしかない。しかしそれも料金が高くおいそれと乗れるものではなかった。
クロード商会はそれを当然のように所持しているという。
顔は見えないが確実に得意気な顔をしているだろうアイラの発言に飛びつくサフィーアだったが、直後にクレアが呆れ交じりに呟いた。
「威張れるのはあんたじゃなくてビーネでしょうが」
「た、確かに使用権限は会長にあるかもしれませんが、会長が所持しているという事は商会の所有物という事でも――」
クレアの指摘に慌てた様子で取り繕うアイラだったが、更にクレアが追撃の指摘をした。
「そもそもそれ、商会の所有物じゃなくてビーネの個人所有の飛空艇でしょ? でなけりゃ何で態々輸送機をチャーターする必要があるのよ?」
大体、商会所有の飛空艇があるのなら態々輸送機をチャーターする必要はない。ただでさえ飛空艇は高いのだから、自分達で持っているならそちらを使う方がずっと安上がりなのだ。
にも拘らず、先日の話ではクロード商会は輸送機をチャーターしている。これが意味するところは、アイラの言う飛空艇とはビーネの個人所有の小型飛空艇であると言う事に他ならない。少なくとも大きな荷物を運ぶのに使えるようなものでは無いことは確実だ。
まず間違ってもアイラが威張れる道理はない。
「う、うぐぅ」
「あ、えっと、でも、チャーター出来るだけでも凄い事なんじゃないですか? そんじょそこらの商会じゃ輸送機のチャーターだって簡単にできる事じゃないでしょうし、ねぇ?」
目に見えて落ち込み始めたアイラに、サフィーアが慌ててフォローを入れる。
流石にこの手の事に対して門外漢のサフィーアの言葉ではあまり慰めにはならなかったようだが、それでも多少は救われたのかサフィーアは彼女からの感謝を思念でだけだが受け取った。言葉でそれを表せなかったのは、彼女の中で燻ぶる意地やプライドによるものだろうが、サフィーアにはそれで十分だった。
サフィーアは優しく笑みを浮かべながらアイラの肩に手を置く。アイラはそれを一瞬乱暴に振り払おうとしたが、思い留まったのかそのままサフィーアの手を受け入れた。
クレアはその様子をやれやれ、と頭を振りながら眺めていたのだった。
***
現在世界で最も大きな勢力を持つ商会は言うまでもなくクロード商会だが、当然ながら商会は他にも多数存在している。その大半はシェアをクロード商会に取られてしまっている為商いも小さな規模に留まってしまうものが多いが、中には虎視眈々とクロード商会のシェアを奪い取らんと活動を続けている商会も存在した。
ここ、独立国『リオ』を本拠地とする商会『ディットリオ商会』もその一つだ。彼らはクロード商会には及ばないが豊富な資金源を持っており、その力で以て優秀な人材を引き入れたり他の小さな商会を取り込んだりして着々と勢力を伸ばしつつあった。
そんなディットリオ商会の会長が、オフィスで部下からの報告を受け取っていた。
内容は、クロード商会が新たな遺跡を発見しその占有権を確保しようとしている、と言うものだった。
「くそ、忌々しいアーマイゼめ! もう行動を起こしおったか」
「既にアーマイゼ会長は占有権確保の手続きに動いており、部下が遺跡の確保に向かっているとの情報もあります」
ディットリオ商会の会長は部下からの報告に苦虫を嚙み潰したような顔になった。実は遺跡自体は彼らもとっくの昔に見つけていたのだが、手続きの為に向かわせた部下がモンスターに襲われてしまい肝心の占有権確保への動きが遅れてしまっていたのだ。
即座に次の行動に移ろうとしたディットリオ商会だったが、その前にクロード商会に動かれ先を越されてしまった形となっていた。当然、ディットリオ商会としては面白くない。
勿論クロード商会の行動を静観している彼らではない。こんな事もあろうかと初動で躓いた時点で傭兵を雇っておいたのだ。他の連中が遺跡を見つけても、確保する事が出来ないようにする為の傭兵を…………
「早速だが出番の様だ。遺跡に向かうクロード商会の連中を足止めしろ。最悪殺しても構わん」
ディットリオ商会会長からの指示に、頷いたのは三人の傭兵だった。
一人は今時珍しい全身鎧に身を包んだ大柄な傭兵だ。ともすれば大昔の騎士や戦士とも言える風体だが、背負ったバックパックとベルトマガジンで繋がったでかいマシンガンが酷くミスマッチである。
二人目は日に焼けた黒い肌とドレッドヘアーが特徴の男だ。こちらは一人目とは打って変わってひょろっとしている。しかしそれは不健康的なそれではなく、完全に無駄なく鍛え上げられたことが伺える頑丈な細さだった。
そして最後の一人――――
「連中は護衛を雇ってんのか?」
左腰に剣を二本差した、長い茶髪を項の辺りで一纏めにしたその傭兵はそう訊ねた。その視線はまさに刃のように鋭く、来るべき戦いを心待ちにしているのが見て取れた。
「情報によると二人ほど雇っている様だ。その内の一人は、あのAランク傭兵の『闘姫』らしい」
腰に剣を差した傭兵は会長からの情報に口笛を吹く。闘姫――クレアの二つ名である――の実力は彼も良く知っていたのだ。
「相手が相手だ。依頼を達成出来たら報酬には色を付ける。だから絶対にクロード商会の連中を遺跡に近付けるな。いいな!」
「了解だ。行くぜ、ポール、ジャクソン」
剣士の傭兵は仲間の二人に声を掛け、彼らを伴ってその場を後にする。
残されたのは、ディットリオ商会の会長ただ一人。
「クロード商会め…………早々好きにはさせんぞ」
そう呟くと、彼は徐に机に備え付けられた電話の受話器を取るのだった。