第13話:有難くも疲れる縁
翌日、二人は指定された時間に間に合う様にイートのギルド支部に訪れていた。既に話が通っているのか、受付でナタリアに声を掛けると真っ直ぐ応接室に通された。
思えばギルドの応接室にもここ最近頻繁に訪れるようになった気がする。そんな頻繁に訪れるような場所ではない筈なのだが、これも何かの縁だろうか?
そうそう、縁と言えば…………
「はぁ~いぃ、数日ぶりで~すねぇ」
この人とも縁があると言って良いかもしれない。
今サフィーアとクレアの対面には、ビーネが昨日二人に伝言を伝えに来た秘書と並んでソファーに腰かけていた。彼女は足を組みながら優雅にソファーに腰かけ、何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべている。
胸が真っ平であること以外は整った容姿のビーネがソファーに腰かけ笑みを浮かべる様は非常に絵になるのだが、先日散々に振り回された一件があるのでどうにも警戒してしまう。
しかし仮にも相手は自分を指名してきた依頼人だ。ならば相応に扱うべきと自分に言い聞かせ、サフィーアは若干の牽制の意味も込めてビーネに話し掛けた。
「まさか、あたしまで指名されるとは思いませんでしたよ」
「んふ~ふぅ、ご謙そ~んをぉ。若手の傭兵としては異例の速さでB-まで上り詰めたサフィーアさんが優秀でない筈が無いじゃありませ~んかぁ」
ビーネによる真正面からの賞賛に、サフィーアはこそばゆくなり『どうも』と答えるしかできなかった。何だかんだ言って自分は未だ経験の浅い未熟者であると言う自覚はある。今でこそクレアとパーティーを組ませてもらい、その近くで色々と学ばせてもらっているがたかが数日でどうにかなるようなものでは無い。どうしても知識が足りなかったり実力が及ばない時は来る。
その時の事を考えると、こういう賞賛は自分には分不相応なのではないかとサフィーアは考えてしまうのだ。それ故に、彼女は思わず顔を伏せてしまった。
一方その原因たるビーネはと言うと、そんなサフィーアの様子を楽しそうに眺めている。
見かねたクレアが二人の間に割って入るかのように声を上げた。
「それはそうと、今回の依頼は? うちの妹分をべた褒めする為だけに呼んだ訳じゃないんでしょ?」
釘を刺すようにクレアが言うと、ビーネは肩を竦めテーブルの上に置かれたカップを手に取り優雅に口を付けた。
「ん~、これまでにいろいろな街のギルド支部にお邪魔してきま~したがぁ、この街の支部で淹れてもらった物が一番で~すねぇ」
「話逸らさないでもらえるかしら?」
「おやお~やぁ、そんな態度で良いんで~すかぁ? これでも一応お得意様で~すよぉ?」
「今までの付き合いであんたにはこれくらいでも問題無いって分かってるんで」
以前軽く触れていたが、クレアとビーネには面識がある。考えてみれば、クレアは数少ないAランクの傭兵であり、ビーネはギルドと密接に関わりのある大手の商会の会長でありしかも女性だ。であれば、同じ女性で腕利きのクレアを頻繁に指名していてもおかしくはない。
恐らくこれ以前にも何度か指名で依頼を受けたことがあるのだろう。
しかしそれにしたって、相手は一応依頼人である。程度の違いこそあれ傭兵は依頼人相手には基本下手に出るものなのだが、クレアにはそのつもりは一切ないのか堂々とした立ち振る舞いでビーネと対峙していた。
その様に羞恥から回復してきたサフィーアも内心で冷や汗を流すが、思いの外ビーネは不機嫌そうな素振りは見せずカップの中身を飲み干すと仕事の話を始めた。
「それで~はぁ、真面目にお仕事の話と行きましょ~かぁ。アイラちゃ~ん」
ビーネが秘書――アイラと言うらしい――に声を掛けると、彼女は持っていたアタッシュケースから数枚の書類を取り出しテーブルの上に置いた。今回の仕事の資料らしい。二人は一言断って書類を手に取り、その中身に目を通していく。中身はどうやら何処かの森を上空から撮影した写真のようだが、その中に一点おかしな部分があった。
森の中に突如として突き出ている人工物。半ば森に飲み込まれて蔦やら何やらが絡みついているが、それでも緑の合間にチラチラと建物の壁の様なものが見て取れる。
見た所場所は何処かの街の中と言う事もなく完全に人の生活圏外であるように見えるが、これは一体何だろうか?
「ん~? これ、は…………?」
案の定サフィーアは訳が分からないと言った風に何度も首を傾げているが、クレアはこれが何なのかすぐに分かったのか少し眺めてから口を開いた。
「遺跡ね?」
「ウイウイ。うちの商会でチャーターした輸送機が偶然捉えたもので~すぅ。確認を取ったと~ころぉ、未だ未発見の新たな遺跡である事は確実みたいで~すぅ」
クレアとビーネの会話にサフィーアはなるほどと頷いた。言われてみれば緑の合間に見える壁はかなり年季が入っている様で汚れや風化が確認できる。確かにこれは遺跡――――超古代文明時代の遺跡の様だ。
しかし分からないのは、何故これを態々傭兵であるサフィーア達に持ってきたのかと言う事だ。こういうのは傭兵よりも考古学者の方がずっと有効活用できるのではないだろうか?
「あの、何であたし達に遺跡の写真なんて持ってきたんですか? 正直あたし達に遺跡の調査なんて無理難題以前の問題だと思うんですけど」
「ノンノン。遺跡の調査は後回し、まずは遺跡が私の商会に占有権がある事を確固たるものにする必要があるんで~すぅ」
「占有権?」
「遺跡は宝の山だからね。出土品も調査内容も物によっては物凄い価値があるから、他所の連中が手出しできないようにする必要があるのよ」
「何しろ遺跡は誰の物でもありませんか~らねぇ」
ビーネの言葉に、サフィーアは三等校で習った事を思い出した。
通常遺失物は勝手に所有することを許されないが、遺跡他人間の生活圏外で発見されたものに関しては手続きさえ済ませてしまえば拾得者に所有権が移譲される。郊外に落ちている遺失物は多くの場合既に持ち主がモンスターの餌食となって死亡している場合が多いからだ。余程明確に元の持ち主が特定できて且つ生きている場合を除いて、人里離れた森の中や山中で見つけた落し物は見つめた人物の物となる。
今回の場合もそれが適用されるのだろう。
しかしそうなると、今度はビーネ達が何を求めているのかが分からなくなってしまった。手続きさえ済ませてしまえばいいのなら、別に傭兵の出番など存在しない筈である。
「でも、やっぱり傭兵の出番があるとは思えないんですけど?」
「サフィは遺跡絡みの依頼は初めて?」
「え? はい」
「なら仕方ないか。今回私たちに求められてるのは手続き完了まで遺跡に留まるクロード商会の人間の護衛と警護なのよ」
「警護?」
護衛ならまだ分かる。長い間放置された遺跡には小型のモンスターが棲み付く場合がある為、現地に赴く一般人を護衛する必要があった。だが警護と言う言葉が出てくる理由が分からない。
サフィーアが首を傾げていると、クレアが彼女の疑問を解消してくれた。
「遺跡を見つけるのは、何もクロード商会に限った話じゃないって事よ。他の商会や企業も何らかの方法で見つけるかもしれないし、そうなればそいつらもお宝を独り占めしようと占有権の確保に乗り出す筈。その時、最後まで遺跡を確保し続けた人間が遺跡の占有権を手にするのよ」
当然ながら口先だけで確保できるほど占有権は安くはない。遺跡の場合手続きの最終確認として国際機関の人間が現地に赴き申請者と関係のある者が遺跡に留まっている事を確認して初めて占有権を手に入れる事が出来る。それまでの間に別の組織の人間が遺跡を確保してしまえばクロード商会に占有権は発生せず、遺跡を確保した余所者に占有権が発生してしまう。
この辺りが『早い者勝ち』の所以であろう。
そして今回、サフィーアとクレアにはその他のライバル企業などの放つ傭兵を追い払うことが求められたのだ。
「なるほど」
「仕事内容は理解できたみたいね。それで、場所はどこに?」
「ここから車で南に5日ほど移動したところで~すねぇ。遺跡に着く直前に近くの街に立ち寄りま~すのでぇ、そこで一旦休憩してから改めて遺跡に向かってもらいま~すぅ」
「出発は明日の正午。それまでに準備を整えておいてください」
「あと現地にはこちらのアイラ・クロードちゃんも同行しま~すのでぇ、仲良くしてあげて下さ~いねぇ」
ビーネの話を聞きながら、サフィーアは頭の中で必要な物をピックアップしていく。
まず携帯食料と水、これは必須だ。往復の道中で消費する分に加え、非常時に備えて余分に持っていく必要がある。それと剣に使用する特殊弾もそろそろ補充を考えた方が良いかもしれない。これは一般には流通していない品なので、この後すぐにでも武器屋に発注しておかなければ。
向かう場所が遺跡という事を考えた場合、屋内戦も想定するべきだろう。遺跡内部は暗い事も予想されるので、発炎筒なんかも用意しておくべきか。
――――と、そこまで考えた所で不意にサフィーアはビーネの口から無視できない単語が飛び出た事に気付いた。
「んん? クロード?」
ビーネの商会の名前がクロード商会。そして彼女の秘書のファミリーネームはクロード。偶然とは思えない一致に訝しげな顔をアイラと呼ばれた秘書に向けると、彼女は何とも居心地の悪そうな様子で顔を背けた。
この反応は、もしや――――
「んふ~ふぅ、お気づきの通りこの子は前会長の一人娘で~すぅ」
「えっ!? それが何で秘書に? 見たところ子供って訳でもなさそうですけど?」
エルフは人間に比べて寿命が長い。故に年齢とが意見が一致しない場合が多いのだが、これまでの行動を見る限りアイラが子供という事はなさそうだった。にも拘らず、何故彼女が会長ではなくビーネが会長の座に就いているのだろうか?
その答えはサフィーアの隣のクレアから齎された。
「私知ってるわ。その子前会長が急死するまでずぅっと遊び惚けてたんだって」
「うぐっ?!」
「遊び惚けてた?」
クレアの言葉にアイラは胸を撃たれたように呻き声を上げた。サフィーアがその様子に素っ頓狂な声を上げると、ビーネが追撃となる言葉を放った。
「お嬢様ときたら困った事に自分に次代の会長の座が回ってくるのはあと5~60年後だろうからと会長の座を引き継ぐ為のお勉強をサボり続けていたんで~すよぉ。そこにきて不慮の事故による大怪我で余命僅かになった前会長は今際の際に私に会長の座を譲られたんで~すぅ。お馬鹿なお嬢様が会長になれるくらい立派に育ててくれと言う遺言とと~もにねぇ」
「ぐふっ?!」
「ま~ったく困ったお嬢様で~すぅ。調子に乗ってるから私なんかに会長の座を取られちゃうんで~すよぉ、そこのところ分かってるんで~すかぁ? プライドだけは立派なハリボテお嬢~様ぁ?」
容赦のない言葉の連続に、アイラは悔しそうに目尻に涙を溜めている。しかし言ってることは正しいと分かっているのか、反論することはなかった。
それにしてもハリボテと来たか。言われてみれば昨夜酒場でサフィーア達を訊ねてきた時彼女は二人に対してややつっけんどんな態度を取っていた気がするが、あれは少しでも自分を大きく見せようという虚勢からくるものの様だ。
分かってしまえば何てことはなかったが、それにしてもビーネの応対は手厳しいなんてものではないように思う。今も彼女はアイラに対しネチネチと嫌味を言い続け、アイラはそれに耐え続けている。これは流石にやり過ぎではないだろうか。
「あれも修行の内よ」
「クレアさん?」
「あぁやって他所の連中に舐められた態度を取られても平常を保てるように鍛えてるのよ。いざ彼女が商会のトップに立った時、言葉一つで相手にイニシアチブを取られたりしないようにね」
やはり女で若造となると、如何に大手の商会の会長であろうと他所の経験豊かな者達に嘗められるらしい。それを防ぐにはどんな嫌味にも一ミリも表情を動かさない神経の図太さか、若しくは相手の言葉にそれ以上の威力のある反撃が出来るだけの頭の回転が求められるのだろう。
確かに普段からあんな嫌味を言われ続けたら、嫌でも罵倒に対して耐性が出来る。これも愛の鞭という事だろうか。一見するとどうしても虐めているようにしか見えないが、今まで会長になる為の勉強をサボってきたアイラが立派な会長になる為にはあれ位のスパルタが必要だと言う事か。
思えばサフィーアも傭兵になる事が許される前は両親に厳しく鍛えられた。腕っぷしだけでなく、内面も。特に命のやり取りに関する部分は念入りに鍛えられた気がする。まぁこの能力を持っている以上、傭兵をやるなら常人以上にしっかり鍛えておかねばとても精神が持たないだろうが。
等と考えていると、いつの間にかビーネがサフィーアの目の前に佇んでいた。背後を除けばそこには燃え尽きて真っ白になったアイラがソファーに力無く腰掛けている。散々弄り倒されて精根尽きたらしい。
今のやり取りを見た者としては彼女が明らかにこちらに狙いを定めて警戒を露にしてしまうのだが、それに反してビーネの応対は極めてフレンドリーなものだった。
「どもど~もぉ、今回も宜しくお願いしま~すねぇ」
「あ、はい。こちらこそ」
「んふ~ふぅ、そんなに警戒しなくても大丈夫で~すぅ。別に取って食ったりはしませ~んからぁ」
そう言うビーネからは確かに邪念は感じなかった。邪な念を抱いていないのであれば、サフィーアも流石に警戒はしない。
「用があ~るのはぁ、どちらかと言~うとぉ…………」
ビーネは言葉を区切ると、素早くサフィーアの左側を覆っている肩マントの裾に手を掛けた。アッと思う間もなく彼女はマントを捲り、その下に今までずっと隠れていたウォールの姿――全力で体を丸めて前足で耳を押さえ、必死に『僕此処にいないよ』とアピールしている――を露にした。
もう見つかっているのに必死に自分の存在を隠しているウォールにビーネは笑みを浮かべ、その背中をツンツンと突く。その度にビクンと体を震わせるルビーを不憫に思い、サフィーアはウォールを抱き上げビーネから遠ざける様に抱きしめた。
「そこまでにしてあげて下さい。可哀そうですから」
「すみませ~んねぇ。でも可愛かったで~しょぉ?」
「いやまぁ…………うん」
「くぅんッ!?」
可愛いか否かで聞かれたら確かに可愛い。そこは認めざるを得なかったので思わず頷けば、すかさずウォールが責めるような縋るような何とも言えない目で見てきた。心情を代弁するなら『頼むよ、おいッ!?』と言ったところだろうか。
「あっ! いや、ウソウソ。可哀そう可哀そう、うん」
慌ててサフィーアが取り繕うと、今度は彼女の頭をビーネが撫でてきた。
「仲良くなって頂けたようで何よりで~すぅ。それでは今回の依頼も宜しくお願いしま~すねぇ」
ビーネはそう言ってサフィーアから離れると、クレアにも一声掛けてから漸く復活してきたアイラを伴って応接室から出ていった。
二人を見送って、クレアは小さく溜め息を吐きながらカップに残ったすっかり冷めた紅茶を飲み干した。対してサフィーアはと言うと、ウォールを抱きしめたまま思いっきりソファーの背もたれに背中を預ける。
そして――――
「つ、疲れる」
溜め息と共に力なく弱音を吐き、改めてビーネの相手が精神的に堪える事を実感したのだった。
因みに話の中で出た三等校とは現実で言う高校の事です。この上に大学に当たる四等校があります。