第12話:一網打尽、そして新たな依頼へ
サフィーアとクレアの二人は、それから数分と経たずにゴブリンの巣穴を発見していた。
森の奥深く、そこから唐突に隆起して出来た岩山に蟻の巣の様に洞窟が開いており、その前に見張りらしきゴブリンの姿があった。あの洞窟が巣穴で間違いないだろう。
巣穴を発見するなり早速クレアは担いできた荷物を地面に下し、中身を取り出し始めた。
「ところで一応確認するけど…………誰も居ないわよね?」
「ん…………はい。助けを求めてる人は居ないみたいです」
荷物を取り出してゴブリンの巣を一網打尽にする用意をしつつ問い掛けるクレアに、サフィーアは少し集中して助けを求める思念が飛んでいないことを確認した。この手の思念は特定の誰かではなく不特定多数に向けられたものなので、見ず知らずの相手であっても感じ取る事が出来るのだ。
それが感じ取れないと言う事は、今あの巣穴に囚われている者は誰も居ないと言う事になる。
しかし、この能力を持っているサフィーアだからこそ考えが至る事だが、助けを求める思念が感じられないからと言って誰も居ないとは限らない。孕み袋として酷使された女性は当然心身共に激しく疲労しており、場合によっては意識を失っていてもおかしくない。
幸か不幸かサフィーアは過去に請け負ったゴブリン討伐依頼でその状況を目にすることは無かったが、それでも意識を失っていた場合の事を想定できるくらいには頭が回った。
「でも、もしかしたら気を失ってるだけかもしれませんよ? それなのに、そんなの使うんですか?」
サフィーアが不安に思うのも無理はない。何しろクレアが取り出したのは、この依頼の為にギルドでレンタルした軍隊の払い下げ品のロケットランチャーだったのだから。
作戦としては森の中で派手に暴れ、ビビって逃げたゴブリンを追い掛けた先にある巣をこのロケットランチャーで吹き飛ばすというものだ。
前半は兎も角後半は効率とリスクを考えれば合理的ではあるのだが、もし仮に二人が駆け付ける前に囚われた人が居るならその者を巻き込んでしまう危険を伴う。それだけにサフィーアはどうしても使用に後ろめたさを感じていた。
そんなサフィーアの問い掛けに、クレアはあっさりとした様子で答える。
「あぁ大丈夫大丈夫。サフィが感じ取れないならあそこには絶対人なんて居ないから」
「その根拠は?」
「一つは、依頼を出してきた村にゴブリンの被害が全然出てない事。生態不確定で異常繁殖してるのに被害ゼロってことは、あのゴブリンの群れはつい最近他所からあそこに移り住んだってことよ。多分ドラゴンとか大型のモンスターに住処を追われたんでしょうね」
ゴブリンが見かけられた場合、人的被害が無くとも食糧を食い荒らされたりと何かしらの被害はある筈だった。しかし村が依頼を出したのは、被害が出たからではなく複数のゴブリンを近くで見かけたので警戒しての事。二人が辿り着いた時も何一つ被害は出ていなかった。
にも拘らず群れが普通よりも大きいと言う事は、あの群れはこの地で大きくなったのではなく何処か別の場所から移住してきたと考えるのが妥当であった。
「移住する時に連れてきたりとかは?」
「それは無いわね。ゴブリンが住処を変える時は周囲に餌とかがなくなった時か天敵が出て逃げる必要が出た時。どっちも余裕なんて無いから、足手纏いにしかならない消耗した女の人は全員置いていくのよ」
ゴブリンは弱いが愚かではなかった。奴らは酷使され続けた女性が逃げる際の足手纏いになり、逆に置いていけば少しの間なら天敵の注意を引き付けられる囮になる事をよく理解していた。故に、ゴブリンが巣の場所を変える時は捉えられていた女性は置いて行かれる。
この習性があるので、囚われた女性の救出は意外と容易だったりする。巣の近くで派手に暴れてゴブリンをビビらせ、堪らず逃げて行った後に助け出せば良いのだ。
「あたし達が来る前に別の傭兵が来た可能性は?」
「その場合ギルドの方から何かしら情報が来てる筈よ。PDAには何も来てないでしょ? つまりはそういう事」
ギルドから支給されるPDAはギルドからの連絡事項を受信する役目も持っている。もし依頼受諾後に何かしら変化などが起こった場合、このPDAを介して連絡事項が伝達されるのだ。実際サフィーアも、依頼終了後にPDAを確認したら追加報酬とそれを受け取れる条件が提示されたことがあった。
「さ、お喋りはこれでお終い。さっさと仕事を終わらせましょ」
そう言うとクレアはロケットランチャーに専用の弾頭を装填し、照準器を覗き狙いを洞窟に向けた。その間サフィーアは念の為周囲を警戒し、ゴブリンの奇襲に備えていた。傭兵がゴブリンに後れを取る最大の要因は、奇襲を掛けようとして逆に奇襲されるというものだった。
ゴブリンを侮る者がよく陥る事態だが、攻撃を仕掛ける事に集中するあまり警戒を怠った結果隠れ潜んでいたゴブリンに奇襲される事がよくあるのだ。
サフィーアとクレアはそれを知っているので、役割を分担してサフィーアが周囲の警戒に回っていたのである。自分に向けられる敵意などを敏感に感じ取れる、サフィーアには適役であると言えた。
クレアはサフィーアが周囲を警戒している中、ロケットランチャーの照準をゴブリンの巣穴に向ける。二人の姿は向こうからは茂みに隠れて見えないので、見張りのゴブリンがクレアに気付いた様子はない。
そして――――
「――ッ!?」
クレアが引き金を引いた瞬間、弾頭が火を噴きながら勢いよく飛んでいきあっという間に巣穴の中へと飛び込んでいった。
「伏せてッ!!」
言われる前にサフィーアは頭を押さえてその場に伏せた。その隣には同じようにしてクレアが伏せ、更にウォールも見様見真似なのか前足で頭を押さえて姿勢を低くした。
直後、巣穴に飛び込んだロケット弾が炸裂したのか凄まじい爆音と共に傾斜となっている壁面が吹き飛んだ。土や岩の破片に混じって木端微塵になったゴブリンの肉片が辺りに降り注ぐ。
特に勢いの付いた物はサフィーア達が伏せている場所まで飛んできたのか、時折体のあちこちに何かがぶつかるのを感じた。大体は小さな岩や礫だったようだが、時々粘着質で柔らかい感触がぶつかるのをサフィーアは見逃さなかった。
どれほどそうしていただろうか。体感では5分から10分近くそうしていたように思うが、恐らく実際には1分と経っていないだろう。何も降ってこなくなった頃合いを見計らって二人と一匹が顔を上げると、辺りは先程とは大分様相を変えていた。
辺りに散らばる土塊や岩塊、それに赤黒い肉片と大きく抉れた壁面。見ただけで分かるほどゴブリンの巣穴は完全に崩壊していた。
「う~わ、環境破壊」
「この程度ならよくある事よ。どうって事ないわ」
「そうですかね?」
「くぅん?」
サフィーアが周囲の惨状に思わず顔を顰めると、抉れた壁面がガラガラと音を立てて崩れ完全に崩落した。あれでは仮に中に爆発から生き残れたゴブリンが居たとしても、生きて出ることは不可能であろう。
これがゴブリン退治で一番リスクの少ないやり方だった。もう少し仲間が居れば或いは巣穴に突入して一匹一匹虱潰しにするのもありなのだが、今回のように人数が少なくゴブリンの総数が不明な場合はこうして爆薬で吹き飛ばすのが一番効率がいいのだ。
無論、ロケットランチャーなんかのレンタルの代金は支払わなければならないが、本体は兎も角ロケット弾その物はそこまで値の張る代物ではないので、多少なりとも余裕があるならこうするのが一番だった。
「ま、何にせよ、これで依頼達成ね」
「一応、周りを見回っておきます? もしかしたらこことは別の所に抜け穴みたいなのがあるかも」
「そうね。意外としぶといところあるから、もしもってことはあるしね」
二人はその場を離れ、ここから見えないところに抜け穴か何かがないかを調べ始める。
この時意外な事にウォールが大いに活躍した。視点が低いからか、二人で気付けないような場所に空いた穴を幾つか見つけたのだ。そう、案の定ロケット弾を撃ち込んだ穴以外にも抜け穴が複数存在していたのである。抜け穴と分かるのは、それらの穴から先程のロケット弾で焼き払われた内部が燻ぶった結果だろう煙が零れ出ていたからだ。
それらの抜け穴は多くが使われた形跡すらないものばかりであったが、幾つかは抜け穴として機能していたらしい。明らかにゴブリンの往来の痕跡が見受けられたし、この穴を通って逃げ出そうとするゴブリンも居た。
尤も、その穴を通って逃げ出そうとしたゴブリンも残念ながら逃げること叶わず出る直前に力尽きていたが。
「どうやら、正真正銘全滅したみたいね」
「それじゃ、証拠の写真だけ撮って帰りますか?」
「そうしましょ」
こうして二人と一匹はギルドへの報告用の写真をPDAのカメラ機能を用いて撮影し、元来た道を辿ってイートまで帰るのだった。
***
依頼を終え、依頼人の村長への報告を済ませた二人はレンタルした車に乗って数時間揺られながらイートへと戻って来た。そしてその足でレンタルした車とロケットランチャーを返却し、更に依頼達成の報告と報酬の受け取りまでを終わらせた二人は少し早めの夕食を摂りにギルドに併設された酒場へと向かった。少し早めに入ったからか店内はまだ人影が少なく、何処でも好きな場所に座る事が出来る状態だった。
二人は適当に空いているテーブル席に座ると、適当に料理とビールを注文する。因みにパーティーを組んでから分かった事だが、クレアはなかなかに酒豪な様だ。
数分程で料理とビールが来たので、二人は一先ず依頼達成を祝して細やかながら乾杯をした。
「それじゃ、生態不確定の依頼無事達成を祝って乾杯、ね」
「はい」
「くぅん!」
二人は軽く杯を上げると、杯を傾けビールを流し込む。それに合わせてウォールもスープ皿に入ったミルクに口を付けた。
サフィーアは杯の五分の一程を飲んだ辺りで口を離したが、クレアは一気に全部飲み切ってしまった。そして杯が空になるとウェイトレスに声を掛け早くも二杯目を注文した。
「すみませ~ん! ビールもう一杯追加でッ!」
「は~い!」
「もう慣れましたけど、よく一気に入りますね?」
「これくらいどうって事ないわよ。さ~て、いただきますっと」
仮にもジョッキ杯一杯を一気飲みしたにもかかわらず全く変化を見せないクレアに関心半分呆れ半分になりながら、サフィーアも料理に手を付けた。ドレッシングの掛かったサラダをフォークで刺し、瑞々しい野菜を口の中に放り込む。量が若干控えめであった事もあるだろうが、日中の戦闘と森の中の移動で思ってた以上に体力を消耗していたのかサラダはあっという間に彼女の腹の中へと消えてしまった。
早くもサラダをぺろりと平らげてしまったサフィーアの近くに、何も言っていないのにトレーが差し出された。それを特に不思議にも思わず、サフィーアは空になった皿をそのトレーに乗せた。
「ありがと。お願いね」
「キキッ」
礼を言われた相手は、甲高い鳴き声の様な返事を返すとサフィーアの腰より少し上程度までしかない身長で空になった皿とついでにクレアが飲み干したジョッキ杯を乗せたトレーを厨房に運んでいった。
その“小さく緑色”の背中を、サフィーアはしみじみとした様子で見送った。
「不思議ですよねぇ」
「ん? 何が?」
「昼間はあれだけ叩き切ったっていうのに、今はああして普通に接してるんですもん。同じゴブリンとは思えませんよ」
今サフィーアの座るテーブルから食器を持って行ったのは、日中彼女達が討伐したモンスターと同じゴブリンであった。
が、何もかも同じではない。
あのゴブリンは俗に『ヘルパー種』と呼ばれるゴブリンだった。
ヘルパー種とは、とても温厚な性格のゴブリンでありカーバンクルと同じく人間などと友好的なモンスターの代表格である。その多くは森の中に生息しているが、中には人間と共存する道を選ぶ者も居りこうして人間他理性的で高度な知能を持つ種族の小間使いとして生活していた。
これに対し二人が日中に討伐したのは『ヴィラン種』と呼ばれるゴブリンである。こちらは読んで字の如く自分達以外の全ての種族に対し非常に攻撃的で残忍な性質をしていた。
この両者は同じゴブリンでありながらも性質が180度違っており、しかもお互いに相手を同種族とは見なしていないのかヘルパー種はヴィラン種には近付こうとせずヴィラン種はヘルパー種に躊躇なく襲い掛かるのだ。一般にヘルパー種が他種族の中で小間使いとして生きる経緯は、人間などが自発的に森に入ってヘルパー種を連れてくるか、ヴィラン種に追われたヘルパー種が身の安全と引き換えに小間使いとなるものが殆どだった。
「別に不思議な事じゃないでしょ」
「そうですか?」
「人間だって似たようなものじゃない」
サフィーアが溢した疑問に、クレアは然も当然と言った感じで答えた。それどころか、『偽らないだけ人間より分かり易い』とまで言い放つ始末。
ともすれば人間はヴィランゴブリン以下とも取れるこの答えに対し、サフィーアは肯定も否定もしなかった。出来なかった、と言った方が良いかもしれない。何しろ彼女は自分に向けられるものに限定されるが、他人から向けられる思念を感じ取る事が出来る。分かり易く言えば、嘘などを一発で見抜く事が出来るのだ。
当然これまでに嘘と吐かれたことは何度もある。それこそ子供の悪戯や誤魔化しレベルのものから、明確な悪意を持ったものまで。その中でも、悪意を持って放たれる嘘は大抵笑みと甘言を伴うものが殆どだった。
人間に限った話ではないが、高度な知性ある者は相手を貶める悪意を偽る。悪意を隠して近付き、相手が油断した瞬間に隠していた悪意を解き放つのだ。
幸か不幸かサフィーアは常人以上にそれを実感出来てしまう。出来てしまうからクレアの言葉を否定することも出来なかったのだ。
自然と気分が沈み、険しい顔になってしまうサフィーア。そんな彼女に、クレアは務めて明るく声を掛けた。
「ま、それでも欲望を自制せずに振舞うモンスターの方がずっと醜悪だけどね。サフィだって人間の悪いところばかり見てきた訳じゃないんでしょ?」
「も、勿論!」
「じゃ、それが答えよ。難しく考えること無いじゃない」
クレアはそう言うとジョッキのビールを一気飲みし、ヘルパーゴブリンを呼んで空のジョッキを片付けてもらった。そこには相手がモンスターだからと距離を取るような様子は見られない。目の前に在るが儘を受け入れているのが見て取れた。
偏見の一切を捨てたその様子に、サフィーアは肩から力が抜けていくのを感じた。毒気が抜かれたと言ってもいいかもしれない。クレアは目の前にあるものをそのままに受け入れる、それはサフィーアの様に他人と決定的に違うところを持つ者にとって何よりもありがたい事であった。
感謝やら何やらで思わず涙ぐみ、改めてパーティーを組めた事にサフィーアは感謝した。
だが次の瞬間、彼女の前にあった皿から肉が一切れ持っていかれてそれらが全部吹き飛んだ。
「あっ!? ちょ、それあたしのッ!?」
「早い者勝ちよ~ん! 悔しかったらサフィも奪ってみなさ~い!」
たちまち二人の卓は騒がしくなった。それはクレアの気遣いによるものであたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
ただ一つ言える事は、今この場には超古代文明人の末裔など存在しない。何処にでも居る、女傭兵が二人居るだけであった。
***
「失礼、ちょっとお訊ねしたいのですが」
それから暫く経ち、腹も膨れ酔いも少し回って来た頃。突如として二人の卓に一人の女性が近付き声を掛けてきた。見ると女性の耳は長く尖っており、顔立ちも目を見張るほど美しいのでエルフであることがわかる。
「はい、何でしょう?」
ちょうど彼女が声を掛けてきた瞬間、クレアは最後の一杯を胃に流し込んでいる最中だったので、サフィーアが応えると彼女はメガネの縁を指で押し上げながら皿に問い掛けてきた。
「お二人はクレア・ヴァレンシアさんとサフィーア・マッケンジーさんで宜しいですね?」
「えぇ、間違いありません」
「私、クロード商会の会長秘書を務めている者です。突然で申し訳ないのですが、会長からの伝言をお伝えに参りました」
クロード商会の会長秘書と名乗る女性を前に、サフィーアとクレアは揃って顔を見合わせた。だがそれも一瞬の事で、次の瞬間には再び女性の方に顔を向け話の続きを促した。
「伝言って?」
「明日の午前10時に、オブラの傭兵ギルドにお越し願いたいそうです。お二人を指名で依頼をしたいとの事で」
どうやらビーネが直々に二人を指名して依頼をしたいらしい。これは決して珍しい事ではなく、依頼人の中には懇意にしている傭兵や名立たる傭兵を名指しで指名し依頼することがある。
しかし数少ないAランクのクレアはともかくとして、まだB-のサフィーアまで名指しとは彼女にとっても予想外であった。ビーネとサフィーアが出会ったのはクレアとパーティーを組む前の話である。にも拘らず名指しをしてきたという事は、クレアを指名するついでに彼女を雇おうとしたのではなく彼女自身を頼って指名したという事だ。
以前受けた依頼を達成した時に気に入られたのだろうか? そんな風に考えサフィーアが首を傾げていると、伝えたい事を伝え終えたからか女性はその場から立ち去ってしまった。後には二人と一匹だけが残される。
「どうやら、明日も忙しくなりそうね」
「ですね。あの会長さんの依頼ですもんね。しかもクレアさんまで名指しってことは、雑用レベルでないことは確実っぽいです」
「ま、精々気張るとしますか。ところでさ……」
クレアはそこで言葉を区切ると、視線をサフィーアの膝の上に向けた。そこには二人と同じように腹も膨れ、腹ごなしとばかりにサフィーアにじゃれついていたウォールの姿があるのだが――――
「ウォールはどうしちゃったの?」
先程の秘書が来た辺りからウォールの動きはまるで映像を一時停止したように止まり、今は可能な限り体を丸くしていた。その様はまるで何かに怯えているようでもある。
「あ、あはは、は…………」
その理由を知るサフィーアは、クレアの問い掛けに対し乾いた笑いを溢す事しか出来ないのであった。
次回から投稿時間を水曜日の20時あたりに変更します。