第10話:明らかだった秘密
先日この作品を評価していただきました。ありがたい事です。励みになります。
イートは規模は大きいとは言え発展途上の街でもある。故に日中は兎も角夜半ともなるとそれまで鳴りを潜めていた邪な考えを持つ者達が動き出す。流石に表通りの様な夜は夜で賑わいを見せる場所は別だが、路地裏や単純に人気が少ない場所に行くと途端に危険度が跳ね上がる。一応警備部隊が警戒しているが、街の全域をカバーできるほどではない。まず女性の一人歩きは確実に避けるべきだろう。少なくとも、表通りから外れた所に関しては。
しかしサフィーアはそんじょそこらのか弱い女性とは大違いだ。彼女は約一年ほどでB-ランクにまで上り詰めた傭兵である。当然荒事には慣れているし、彼女の危機感知能力は常人のそれを遥かに上回っていた。
現に今も、暗がりから彼女に襲い掛かろうとした不埒な輩を軽くあしらってやったところだ。
「ひ、ひぃ~ッ?!」
「一昨日来なさい」
悪漢ではあるが所詮はチンピラレベルの輩であった為、態々剣を抜くまでもなくレガースで数発蹴りを入れたら呆気無く逃げて行ってしまった。と言うか、一応腰に剣をぶら下げているのだから彼女が傭兵だと簡単に察しが付きそうなものだが。
まぁ中には悪漢を威嚇したりカモフラージュ目的で武器を携える女性も居るのだろうが、そもそもこんな発展途上である以外は至って普通の街で態々夜中に外を出歩くか弱い女性は居ないだろう。そう考えると、やはり先程の悪漢は相手と自分の力の差を見極められない、チンピラ以下の馬鹿という事だ。
ああいう輩はこの辺では珍しくないのだろう。今し方悪漢を撃退する前にも、路地裏からチンピラと思しき連中が飛び出してきた瞬間に遭遇していた。ただどうもそいつらは彼女と出会う前に誰かに痛い目に遭わされたのか、ボロボロの風体で彼女には目もくれず一目散に逃げて行ってしまったが。
「はぁ~……嫌ね、全く」
サフィーアは思わず溜め息を吐いた。自衛の為には止むを得ない場合があるとしても、彼女としては弱い者虐めは本意ではない。なので可能な限りやり過ぎないように手加減を心掛けているのだが、それはそれで力を向けた相手を馬鹿にしているようで正直気分が良いものではないのだ。
出来得る事なら、正々堂々真正面からお互い全身全霊を掛けて行うような戦いを彼女としては望んでいた。それは彼女が戦闘狂と言う事からくるのではなく、単純に戦う力を向けるならば、の話である。
「ん~、方向性は同じかしら? ねぇウォール?」
「くぅん?」
思わず感じた疑問をウォールに訊ねてしまうが、ウォールは首を傾げるだけだった。そりゃそうだ。幾らなんでも話が唐突過ぎる。
突然の問い掛けに訳が分からないと言いたげに首を傾げるウォールの反応を見て、サフィーアは自分の意識が大分緩んでいることを自覚し反省の意味を込めて自らの頭を小突いた。
思考が大分内側に入り込んでしまっていた。これでは咄嗟の時に反応が遅れてしまうではないか。彼女は若輩ながら僅か一年ほどで傭兵ランクをC-からB-まで引き上げた実力を持つが、それは決して彼女だけが成した偉業ではない。彼女同様僅かな期間で傭兵ランクを大幅に引き上げた者は当然居るだろうし、過去には彼女を超える速度で傭兵ランクを上げた者だって居る筈だ。
サフィーアは傭兵としてはそこまで特別な存在ではない。未だ未熟な面が多い若輩者なのである。
自省し頭を振って気を取り直すと、周囲が見覚えのある光景になっていることに気付いた。今居るのはあそこだ、先日ウォールと初めて出会った公園の直ぐ近くだ。
何とはなしに公園の入り口に近付き、周囲を見渡すサフィーア。当然ながら公園内には親子連れの姿はなく、それどころか人の気配そのものが――――
「んんッ?」
いや、あった。公園の大体真ん中辺り、大きく開けた所に誰か居るのが見える。
電灯が放つ光の下に居るのは、1人の女性。手には何も持っておらず、鋭い突きや蹴りを虚空に放っている。その動きには一切の無駄がなく、流れる様なその動きはまるで舞踏か何かの様だった。
そして、サフィーアはその人物が誰かを知っていた。
「クレアさん?」
公園の中で1人鍛練に励んでいるのはクレアだった。恐らくだが彼女も夜に寝ることが出来なかったので、体を動かして程好く疲れて眠気を誘おうと言うつもりだろう。
彼女の姿を見付けたサフィーアは、少し考えた後公園の中に入っていった。ちょっと迷ったが、遊ぶつもりもなく夜の街を歩き続けるはつまらなかったし、何よりクレアとはもっとじっくり話をしてみたかったのだ。
公園に足を踏み入れ、サフィーアはクレアに近付いていく。彼女はまだサフィーアの存在に気付いていないのか明後日の方を向いてばかりなので、驚かそうと言う訳ではないがサフィーアは足音をなるべく立てないように歩み寄っていった。
だと言うのに、意外な事に先に声を掛けたのはクレアの方だった。
「こんな夜更けに散歩かしら?」
「うぇっ!? あ、き、気付いてました?」
「そりゃね。消す気のない気配なんて見付けて下さいって言ってるようなものよ」
クレアはそう言いながら構えを解き、笑みを浮かべながらサフィーアの事を見た。
「で、どうしたの?」
「まぁ、どうしたって程の事は無いんですけどね。ただ眠れないから散歩してたら、偶々クレアさんを見かけたってだけで」
「ふ~ん」
サフィーアの言葉にクレアはあまり興味無さ気に適当な相槌を打ちながら近くの木に近付いていく。暗がりでよく分からなかったが、その木の根元には水の入ったペットボトルが置かれており、クレアはそれを手に取ると蓋を開けて中身を一口だけ口に含んだ。
「ん…………ふぅ。んじゃさ、ちょっと相手してくれない?」
「へ?」
「組み手よ。1人でやるより2人でやった方が効果的だし。今寝れなくて時間持て余してるんでしょ?」
突然の提案に一瞬呆気にとられるサフィーアだったが、少し考えて受けて立つことにした。思いっきり体を動かせば少しは眠くもなるだろうし、何よりAランクの傭兵の鍛練に付き合わせてもらえる機会など早々あるものではない。
「ごめんねウォール。ちょっと離れてて?」
「くぅん」
サフィーアはウォールを安全な場所に移動させる。彼が向かったのは、公園の真ん中にポツンと生えている一本の木枝の上。その木は奇しくもサフィーアとウォールが初めて出会った木だった。
「属性魔法の使用は禁止。使える魔法はマギ・コートだけよ」
「はい!」
始める前に簡単にだがルールを決めておく。今回は場所が場所なので、やりすぎると大いに問題となってしまうのだ。特に魔法の使用は慎重になる。
お互い距離を取った2人は、それぞれ剣と拳を構える。程好い緊張感が流れる中、徐にクレアは懐から硬貨を一枚取り出す。親指の上に乗せた硬貨を弾き、真上に飛んでから落ちたそれが小さくも甲高い音を立てた。
「ハァァァァッ!!」
瞬間、サフィーアは迷わずクレアに向けて突撃した。マギ・コートで強化された脚力を活かし、一気に加速して接近する。流石に通常の倍の速度でルーキーを脱却しただけあり、彼女の動きには目を見張るものがあった。
だがそれも、クレアと言うベテランの前では霞んでしまう。
「甘いッ!」
クレアは振り下ろされた剣を苦も無く受け流し、お返しとばかりにフックを放ってきた。屈んで回避しがら空きの胴体に見え内を叩きこもうと剣を振るうサフィーアだが、フックを放った勢いを利用して放たれた回し蹴りが飛んでくるのを見て攻撃を中断。剣の腹を盾代わりに放たれた蹴りを防ぐが、想像以上に重い一撃だった為踏ん張りが利かずそのまま蹴り飛ばされてしまった。
「ぐぅっ?!」
「ほらほら、休んでる暇無いわよ!」
蹴り飛ばされそのまま地面に叩き付けられたサフィーアに対し、クレアは容赦なく追撃を行う。降り下ろされた拳を、サフィーアは転がるようにして避け勢いそのままに立ち上がり体勢を整えた。結構勢いよく叩き付けられた様に見えたが、マギ・コートの恩恵で然したるダメージを受ける事無く立ち上がる事が出来たようだ。
体勢を整え再び剣を構え、サフィーアはクレアに突撃していく。
「デヤァァァァッ!!」
今度は反撃する間を与えまいと、地面を滑るように左右に動き回りながら連続で攻撃を仕掛けていく。マギ・コートで筋力を強化しているとしても、本来あまり素早く動いて扱うには適さない大型剣を持ちながらなかなかのフットワークである。
彼女の動きにはクレアも舌を巻いていた。
「へぇっ! 良い動きするじゃない!」
「鍛えてますからねッ!」
「なら、もうちょっと本気出しても良いかしらねッ!!」
言うが早いか、クレアの動きが明らかに変化した。先程まではサフィーアの動きに合わせて拳や蹴りを放つ、所謂後の先の動きで対応していた。だが今度はサフィーアの動きを押し退けるような、激しい動きで圧倒し始めたのだ。
「うわっ!? ちょっ、くっ!?」
サフィーアは先程と同じ様に左右に素早く動きながら攻撃を仕掛けることで相手を釘付けにしようとしたが、今度はその動きが通じない。あちらの方がフットワークが軽いのだ。素早く右に動いて剣を振った時には既にそこに彼女の姿はなく、転がるように移動して取ったサフィーアの背中に裏拳を叩き付けた。
「あだッ?! クゥッ!?」
裏拳を喰らいながらもサフィーアは背後を振り向き反撃を放つが、今度は刀身の腹を叩かれ攻撃を逸らされた。それだけでなく、明後日の方向に向けて伸びた腕を掴んでサフィーアを放り投げてしまった。
「グゥッ?!」
昨夜から分かっていたことだが、クレアは攻撃のリーチが短いなりに先手を打たれた状況への対処が巧い。闘士の戦い方はインファイトでの素早い連打や軽いフットワークが最大の特徴だが、武器を持たないのでリーチが短く更には武器持ちと比べると攻撃の重さで負けるので一撃が軽くなりがちと言う欠点を持つ。故に、闘士はどちらかと言うとパワーで戦うよりテクニックで戦う者が多いのだが、クレアはそれが特に顕著だった。洗練されていると言ってもいい。サフィーアが未熟と言うのもあるかもしれないが、攻撃も回避も動きに無駄がなく捉えきれなかった。
組み手とは言え、状況はあまりにも一方的だった。サフィーアの攻撃は一発もクレアに掠りもせず、逆にクレアは攻撃を全てサフィーアに当てている。
「う、くぅ……はは、凄いですね」
「んにゃぁ、サフィーアもなかなかのものだと思うわよ? 正直思ってた以上に粘ってるもの」
クレアの言葉は本心からのものだった。飽く迄も実戦形式の鍛錬を目的とした組み手だった為本気を出してはいなかったが、それにしたって実力差から直ぐに音を上げるだろうと思っていた。ところが蓋を開けてみれば、サフィーアは全く音を上げないどころか逆に闘志を更に燃やしているではないか。
「それじゃ、もっと粘るって言ったらどうします? って言うか粘ってもいいですか?」
「…………ふふっ」
自然とクレアの口元にも笑みが浮かんだ。こういう負けん気の強い相手は嫌いじゃない。
「誘ったのはこっちからだったんだけど……いいわ。とことん付き合ってあげる!!」
「行きますッ!!」
最大限まで燃え上がらせた闘志を胸に、サフィーアの剣とクレアの拳が再びぶつかり合い――――
「う…………ぐぅ」
数分後、電灯が照らす公園には、精魂尽きた様子で大の字に横たわるサフィーアとそれを横に立って眺めているクレアの姿があった。
あれからもサフィーアは何度もクレアに己の出せる全力でぶつかっていったが、やはり年季の違いは大きかったらしい。加減はされていたが一方的に殴られ蹴られ、果ては投げ飛ばされて何度も地面と望まぬ抱擁をした。
結果、体力を使い切ったサフィーアは立ち上がる体力も無くなり大の字で地面に横たわっていると言う訳だ。
「いやぁ、ホント粘ったわね。正直びっくりだわ」
「あ、あはは…………すみません」
「褒めてんのよ。いいガッツしてるじゃない。気に入ったわ」
クレアは満足そうな笑みを浮かべると、立てないサフィーアに手を差し出した。鉛の様に重くなった腕を気合で持ち上げ、サフィーアはクレアの手を取り立ち上がった。
そのままサフィーアはベンチに座らされ、自販機で買った冷えた水を渡された。サフィーアは一言礼を告げると、開けたペットボトルの中身を一気に口の中に流し込んだ。
「ん……ん……ングッ!? ゲホッ、ゲホッ!?」
「ほらほら、落ち着きなさい。冷えてるから一気に飲むと体がびっくりするわよ」
全身汗だくで体が水分を欲したからか、後先考えず水を流し込んだ結果気管にでも入ったのかサフィーアは激しく咽た。その彼女の背を隣に座ったクレアが撫でて落ち着かせ、漸く彼女は一息つけた。
「落ち着いた?」
「はい。すみません、迷惑掛けちゃって」
「いいのいいの。元々こっちから誘ったんだし。いい刺激にもなったしね」
「そ、そうですか?」
「うん。正直、ある程度痛めつけたら音を上げるかな、な~んて思ってたんだけどね。いいガッツしてるわよ、貴女」
実際、サフィーアはよく粘った方だ。普通自分が一撃も与えられず相手から一方的に攻撃されるだけの状況に陥った場合、大抵の場合は心が折れて降参の意思が生まれる。
だがサフィーアは、どれだけ攻撃を避けられ反撃を喰らい、投げ飛ばされようとも決して諦めようとせず体力が尽きるまで立ち向かってきた。
その敢闘精神は、クレアの興味を大いに引いたのだった。
「うん…………決めたッ!」
「え、何を?」
「ねぇサフィーア、私とパーティー組まない?」
突然の提案に、サフィーアは一瞬言葉を失った。
実際、クレアの提案はいろいろな意味で魅力的だった。ベテランの傭兵の下で多くの事を学ぶ事が出来る機会なんてそうあるものではない。それが彼女とパーティーを組むことで幾らでもその機会に恵まれるのだ。向上心を持つ者であれば一も二もなく飛びつくだろう。
当然サフィーアも彼女からの提案を喜んだ。実力的には圧倒的に格下の自分にベテランから声を掛けてもらったのだ。これに乗っからない手は無い。
「あ~、えっとぉ」
無いのだが、サフィーアにはいろいろと事情があり即答する訳にはいかなかった。
答えに窮して押し黙るサフィーアに対し、クレアは朗らかに笑いながら衝撃的な事を口にする。
「ん? あぁ、もしかしてバレるのは流石に怖かった?」
「へっ?」
クレアの言葉に間の抜けた声を上げるサフィーアは、彼女が自分の目を指さしたのを見て合点がいった。
「あ…………気付いてました?」
「まぁね。昔知り合いに居たのよ。貴女と同じ、“他人の思念を感じ取れる人”が、ね」
他者の思念を感じ取れる人間、即ち『思念感知能力者』は、世界七不思議の一つと言われている。
読んで字の如く彼ら彼女らは他者から自分に向けられる思念――早い話が喜怒哀楽や敵意、愛情など――を感じ取る事が出来る。ただし飽く迄も感知できるのは感情レベルであり、流石に心の中で考えている事までは読み取れないらしい。
「あっちゃ~…………あの、因みにどこら辺から?」
「初めて会った時からなんとな~くね。それと昨日の夜、レッドサードと対峙した時の反応。その後の不意打ちに対する反応速度と今の鍛錬で確信したわ。貴女が他人からの思念に反応してることにね」
思念感知能力者はその数が非常に少なく、それ故に殆どの者はその存在をまるで信じていない。その事は彼ら彼女らにとってもある意味都合が良い事であっただろう。何しろそんな能力があると知られれば、異質な存在として見られ忌避されるか何らかの形で利用されるのが目に見えている。
だからこそサフィーアはその事を隠していたのだが、思念感知能力者は知る人が見れば一発で分かる特徴を有していた。それは瞳の色だ。彼女らはとても深い、海の様に暗い青色の瞳を持っている。明るい青の瞳を持つ者こそ数多く居るが、彼女の様に海色の瞳を持つ者は居ない。
特異、或いは異質。サフィーアの様な者を一言で言い表すとすればその二文字がしっくりくるであろう。端的に言って、彼女の思念を感知する能力は場合によっては周囲との不和を招きかねない厄介な能力だ。何しろ嘘が付けないのだから、付き合い辛いったらない。
しかし…………クレアはそれらを知りながらサフィーアをパーティーメンバーに誘っているのだ。
「いいんですか? 知ってるなら、あたしの近くに居ると色々と気を遣うんじゃ?」
「気にしな~い気にしな~い。言ったでしょ? 昔知り合いにサフィーアと同じ思念探知能力者が居たって」
「は、はぁ」
「それに、サフィーアは色々と見どころあるし。ならパーティー組むのもありかなって」
嘘はついていないらしい。サフィーアは能力でそれが分かった。
「どうかな? 勿論、サフィーアが嫌だって言うなら無理強いはしないけど」
「…………いえ、あたしとしても、ありがたいです。こっちこそ、よろしくお願いしますね!」
「よっしゃ!」
サフィーアは差し出されたクレアの手を取り、2人は互いに笑みを浮かべ合った。
今年もいよいよ終わりですね。来年も週一更新を心掛けますので2018年も宜しくお願いします。