第9話:結果報告
今週はほぼ毎日誰かが読んでくださってありがたい限り。読んでくださる方には感謝の言葉しかありません。
翌日、サフィーアとクレアの2人は何事もなくイートに戻る事が出来た。その際、サフィーアが移動に使った車の荷台には帝国兵8人と傭兵3人の遺体を乗せている。昨夜の一件を警備兵とギルドに報告する為だ。
昨夜は大変だった。戦闘を終え、疲労した2人に待っていたのは死体の処分である。幾ら傭兵生活の中で死体の存在そのものには慣れているとは言っても、死体の山の中で眠れるほどサフィーアもクレアも神経図太くはない。更に言うと血の匂いが夜行性のモンスターを引き寄せるかもしれないので、その対策もしなくてはならないのだ。
激しい戦闘の後と言うこともあって本当は一眠りしたかったのだが、そう言う訳にもいかず徹夜で作業をする羽目になる。で、結局昨夜は一睡もする事が出来ず、気付けば朝になっていた。朝日が上った瞬間、2人は全てを諦めサフィーアがレンタルした車に遺体を全て乗せ、クレアのレンタルしたバイクの先導で街まで戻ったのだ。
「ふぁ、あふぅ…………流石に眠いわぁ」
「頑張れぇ、あとはギルドに報告するだけだから。そしたらお互い宿に戻って、一眠りしましょ」
サフィーアがレンタルしていた車は、遺体ごと警備兵に預けてある。あとはこの国の政府の仕事だ。2人がするべき事は、今回の一件をギルドに報告するだけである。一応クレアは依頼を受けているので、それで報酬も発生する。サフィーアは参考人としてそれに同行することになっていた。
ギルドに到着すると、暫く待たされた後でナタリアに案内されて奥の応接室に通された。あまりに待ち時間が長かったので、サフィーアは勿論クレアもベンチの上で半分眠りかけてしまっていた。
2人が部屋に入ると、ソファーには既に1人の男性が座っていた。サフィーアはそれが誰なのか分からず首を傾げていたが、クレアは相手の事をある程度知っていたのか身形と姿勢を正した。
そんな正反対な反応を見せる2人に対し、男性は席を立つと会釈しながら自己紹介した。
「突然お呼びして、申し訳ありません。私はこの街の警備部隊隊長を務めております。ラドルと申します。宜しく」
「ご丁寧にどうも。私はクレア・ヴァレンシアと言います。Aランクの傭兵です」
「あ、私はサフィーア・マッケンジーです。ランクB-の傭兵です」
ラドルの自己紹介に流れる様に返したクレアと、それを見て慌てて自分も自己紹介を返すサフィーア。
お互いが自己紹介を終えるとラドルは2人を向かいのソファーに座るよう促した。サフィーアとクレアは促されるままにソファーに腰掛けると、何時の間にかナタリアが淹れてくれていた茶で喉を潤した。サフィーアもクレアも、朝に軽く携帯食料と水を口にしただけでそれ以降は何も腹に入れていなかったのだ。
そんな2人の様子を眺めつつ、ラドルは早速本題に入った。
「本日貴女方にご足労頂いたのは他でもありません。昨夜の事について詳しくお訊ねしたいのです」
「昨夜? それって、バート達の事ですか?」
「えぇ。是非とも、聞かせて頂きたいのです」
別に隠す事でもないので、2人は素直に昨夜の出来事を話していく。サフィーアがバート達とどういった経緯で出会ったのか。クレアがどういった経緯で彼らを追う事になったのか。そして、帝国兵の登場と2人の共闘と――――
「赤い目玉?」
「としか、言いようがないんですよ。ね、クレアさん?」
「えぇ。誰かがバート……だったわよね? の額に、赤い目玉を貼り付けたみたいなんです」
「すると、その男が赤い目玉に肉体も精神も浸食され、凶暴化したと」
話を聞いたラドルは腕を組み、難しい顔になった。それも仕方がない。人間をモンスター化させる赤い目玉など、これまで確認されたことが無いのだ。俄かには信じがたいのだろう。サフィーア自身、自分が体験したのではなく他人から聞いた話だとしたら、直ぐに信じる事は出来なかったと思っている。
暫く口をへの字に曲げながら考え込んでいたラドルだが、彼は徐に顔を上げると2人に頭を下げてきた。
「お話、ありがとうございました」
「いえ、大して役に立つ話も出来なかったわけですし、そんな……」
「そうでもありませんよ。帝国軍とどれだけ関係あるのかは分かりませんが、何らかの形で関係しているだろうその赤い目玉と手練れの『アサシン』の存在が分かっただけでも収穫です。ありがとうございました」
大して役に立つことも出来なかったと言うサフィーアに対し、ラドルは再度頭を下げ感謝の言葉を口にした。それを無碍にするのは彼に対し失礼なので、サフィーアは大人しくその感謝を受け取る。
「今回の事に関しては、ギルドを通して街の方からも謝礼をさせていただきます」
ラドルの言葉にサフィーアは恐縮して、クレアは気負った様子もなく頭を下げた。サフィーアとしては、実はただ働きだったのが思わぬ方向に進み報酬を得られるとなって喜びたい反面、大した事をした訳でもないのに報酬を得られる事にやや戸惑いを感じてしまったのだ。対するクレアの方は、貰える物はとりあえず貰ってしまおうというある意味において傭兵らしい割り切った考えによるものか。
話が纏まったところでサフィーアとクレアの2人は席を立ち、部屋を出ていった。ナタリアも部屋から居なくなってしまった為、室内に残されたのはラドルただ1人。
1人残って考え事をしているラドルだったが、不意に扉をノックする音に思考を中断して扉の向こうの相手に入室を許可した。
「はい、どうぞ」
彼の許可に扉の向こうの相手はノブを回して扉を開いた。その先に居た相手を見た瞬間、ラドルはソファーから立ち上がり直立不動の姿勢で敬礼した。
「だ、ダグラス将軍ッ!? 失礼しましたッ!!」
警備部隊は所詮警備部隊。仕事は街中の治安維持が主な目的で、携行できる武器も小火器に限られていた。当然それでは他国の軍隊や大型モンスターを相手にし切れない。
そう言ったものとの相手を想定し組織されているのが、警備部隊の上位組織である守備軍であり、入って来た白髪混じりの口髭を生やした男性はその軍を指揮している将軍であった。
慌てて敬礼するラドルに対し、ダグラスは軽く手を上げて応え楽な姿勢を取らせた。
「気にするな、突然押し掛けたのはこちらの方だ。それよりも、詳しい話を聞きたいのだが?」
「ハッ!!」
ラドルはダグラスに先程サフィーア達に聞いた内容を話していく。終始黙って聞いていたダグラスだったが、やはり赤い目玉は興味を引かれる内容だったのかその部分に差し掛かると表情が若干険しくなった。
話を聞き終えたダグラスは、話の内容を吟味するように顎の先を擦りながら唸り声を上げていた。
「帝国軍が傭兵と協力して人攫い、そして人間をモンスター化させる謎の赤い目玉…………か」
「どう思われますか? 自分は、正直困惑するばかりでして」
申し訳なさそうに項垂れるラドルに対し、ダグラスは気にするなと告げる。そして、頭を上げたラドルに自身の考えを述べた。
「率直に考えて、帝国は今の世界の均衡を破るつもりなのだろうな」
「それはつまり、帝国軍が本格的にグリーンラインに侵攻するつもりと言う事でしょうか?」
「私はそう考えている」
実際問題、ここ数年の間大人しかった帝国が最近になって急にグリーンラインの都市国家群に対して頻繁に挑発行動をとるようになったこと自体異常なのだ。そんなことをすればその先にある共和国を刺激することも、漁夫の利を狙う連邦から要らぬ横槍を入れられるだろうことも容易に想像できる筈だった。帝国の皇帝は代々野心的な者がなる場合が多いと言われているが、パワーバランスが均衡状態にある今それを無理に崩すのがどれほど愚かな行いであるかが分からない程の無能ではないだろう。
にも拘らず、現実に帝国軍は奇妙な行動をとっている。それが意味しているのは、この均衡を崩しつつ自分たちが優位に立てる材料を何か手に入れただろうと言う事だ。
ダグラスは赤い目玉がそれに関わっているだろうと考えていた。いや、関わっている所ではない。恐らく件の赤い目玉こそが、帝国軍にとっての切り札なのではないだろうか?
「その赤い目玉とやらだが、現物は無いのか?」
「はい。どうやら、止めを刺す際に叩き潰した上に焼き払ってしまったらしく」
「そう、か。それを調べる事が出来ればよかったのだが」
「将軍は、本当にその赤い目玉とやらが帝国軍の切り札であるとお考えなのですか?」
「うむ。まず間違いないだろう。これは推測に過ぎないが、今はまだ実験段階の様なものなのだろう。傭兵を攫うのは、その実験の一環だと思っている」
そう言われると筋は通っているように見える。態々浮浪者の様な者ではなく傭兵を攫うのは、元の戦闘力が高い人間の方がより強いモンスター化を果たすからなのではないか? そして、最近になって帝国軍が活発に活動をするようになったのは、そもそもが人間をモンスター化させる事ができるその赤い目玉を手に入れる事が出来たからではないだろうか?
未だ想像の域を出ていない話でしかないが、今ある情報を使って組み立てたにしてはよく出来た話のように思える。
ダグラスは1人満足したように頷くと、ラドルを伴って席を立った。
「この一件は早々に首相にお伝えし、早急に対策を講じねばならんな」
「場合によっては、共和国の助力を?」
「そうすることも已むを得まい。強大な帝国軍を相手にするには、グリーンラインの戦力だけでは力不足だ」
帝国は非常に強大な軍事力を有しており、その戦力はグリーンラインの都市国家群が徒党を組んで掛かっても勝つ見込みが無いほどの差があった。海を隔てた大陸に存在している連邦ですら、1対1では勝利できるか怪しい。現状帝国軍に唯一単独で対抗できるのは、グリーンラインを挟んで帝国の反対に位置する共和国軍のみだ。
そこまで考えて、ダグラスはふと思いついた。
「他にも居るかもしれんな」
「は?」
「今回と同じように、不審な動きをする帝国軍と接触した傭兵だ。仮に先程の話が真実だとした場合、実験台を集める役割の者が件の傭兵達だけとは限らないだろう。同じように雇われて傭兵を狙う傭兵や、狙われた上で逃げ延びたり返り討ちにした傭兵も何処かに居る筈だ」
ダグラスの言う通り、昨夜の件が赤い目玉を用いた実験の一環であるとするならば、より多くの実験体を確保する為に他の場所でも同じことが行われている可能性がある。その中にはサフィーアと同じように攫われそうになった上で逃げ延びたり、撃退したり返り討ちにした傭兵もきっと居る筈だ。
その傭兵達と接触する事が出来れば、より多くの情報を得る事が出来るかもしれない。
ダグラスは軍本部に戻る最中、部下に通信機でギルドや周辺のグリーンラインの都市国家に連絡を取り次ぐ様指示を出すのだった。
***
ギルドで諸々の手続きを終えた後、サフィーアとクレアは別れてお互いの宿泊している宿に戻った。
部屋に辿り着くなり、サフィーアは早々にベッドに倒れ込んでそのまま眠ってしまった。考えてみたら前日は午前中からウォールを追い掛けて街中を走り回り、午後はアジャイルリザードの討伐。夜はクレアと共に傭兵3人と帝国兵、更にはレッドサードとの戦闘を行い、更にはそのまま一睡もせずに11人の死体を街まで乗せて帰ったのだ。いい加減体が休息を求めている。
その後彼女が目を覚ましたのは数時間後、もうすぐ夕方に入るかと言う頃だった。
とりあえず食堂で軽く腹ごしらえを済ますと、剣の整備をしたりして時間を過ごした。流石に今日はもう依頼を受ける気になれない。一応収入はあったのだし、偶にはだらだら過ごすのも悪くはないだろう。四六時中気を張り詰めていたら参ってしまう。
そうこうしていると夜になり、夕食を済ませシャワーも浴び、さて寝ようかと思ったのだが…………
「…………寝れない」
全く眠気がやって来ない。流石に事実上一日に二回寝るのは厳しかったようだ。目を瞑っても全く眠気がやってこなかった。
このまま眠気が来るまで粘ろうかとも思ったが、気付けば眠る気そのものが失せてしまったので思いきって夜の散歩にでも出掛けようと思いベッドから出た。手早く何時もの服装を身に付け直し、周りに少し気を遣いながら部屋を出る。
「くぅん」
部屋を出ようとした際、何時目を覚ましたのかウォールが肩に飛び乗ってきた。別に寝ててもいいのだが、と彼女は苦笑しつつ彼を撫でつつ共に部屋を出た。