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傭兵サフィーアの奮闘記  作者: 黒井福
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序話:何時か何処か、世界の壁を越えた先で

 今、一発の銃弾が頬を掠めた。

 傷口から一筋の血が流れ落ちるが、彼女はその事に躊躇しない。している暇もない。何しろ、掠めた程度で済んだのは運が良い方だからだ。

 こうしている間にも、無数の銃弾が放たれる。彼女はそれを時に見切って躱し、時には手にした剣で弾いた。そしてお返しに魔力の刃を飛ばすと、射線上に居た敵兵が数人切り裂かれたが、その穴はすぐに別の敵兵によって埋まってしまった。

 今度は火球が飛んできた。恐らく敵兵の一人が放った魔法だろう。飛んでくる火球を見て、彼女は小さく舌打ちをしながら左の肩当てから伸びたマントを翳す。マントに直撃した火球は彼女の身を焦がすことなく、マントの表面に広がる様にして散っていった。


 散った火球の熱を頬に感じながら、彼女は共に戦う仲間達に意識を向けた。

 右手には二刀流の剣士の男、左手にはライフルを持った銃士の男。二人とも頼れる仲間でこの軍勢を前に持ち堪えてはいるが、やはり敵の物量を前に苦しい表情をしている。

 右肩には相棒が乗っている。ここぞと言う時に彼女の危機を救ってくれる頼れる相棒だが、度重なる敵の攻撃にこちらもそろそろバテ気味だ。

 上空を見上げればここまで彼女達を運んでくれた一機の飛空艇が、無数の敵機に追い回されていた。碌な武装もないのに未だ逃げる様子を見せないのは、地上に居る彼女達の事を思っての事だろう。


 状況は正直に言って最悪だった。本当の事を言えばもう止めてしまいたい。

 だがそれは出来ない。ここで止めてしまえば、それこそ世界が終わってしまう。


 それでも、こう思わずにはいられない。


――あ~ぁ、何でこんな事になってんだろ。普通の傭兵の筈だったのに。――


 人間、あまりにも苦しい状況に立たされると不意に現実逃避したくなるものだった。引っ切り無しに飛んでくる銃弾や魔法を前に、彼女はその例に漏れず徐に数か月前の事を思い出していた。




*************************************




独立国『オブラ』・首都『イート』近郊の森


 今、一人の女性が森の中をひた走っている。年齢は凡そ十代後半から二十代前半だろう。大海原の様に深く青い、それでいて宝石の様な美しさの瞳と同色の背中まである髪をポニーテールにしている。ホットパンツから伸びた健康的な太ももと合わせて、とても活発そうだ。


 そこまでなら彼女はスポーティーな魅力ある女性にしか見えないのだが、問題はそれ以外の部分にある。

 まず上半身だが、ライトブルーのシャツの上に白いジャケットを着ているのはまだいいとして、その左肩には銀色の肩当が装着されており更にその肩当からは体の左半分を覆い隠すほどのマントが伸びている。彼女の動きに合わせてはためくその様子はともすれば女騎士か戦乙女に見えなくもない。事実、彼女の右手には剣が握られていた。

 だがこの剣も普通のそれと比べると少々可笑しい。何が可笑しいって、刃の付け根から柄までの間に拳銃のような機構が存在するのだ。柄自体も普通の剣とは異なり刃の側に向かって傾いている。もし刃の部分を隠してこいつを見たとしたら、その多くはこれをグリップが少し上に上がった拳銃と思ったかもしれない。


 一方、下半身の方に目を向けるとこちらも普通とは言い難かった。

 太ももまでであるなら先程述べた様にスポーティーな女性で済ませられるがその下、即ち膝から下は金属製のレガースで覆われていた。見た目も考慮してか最低限の装飾が施されてはいるが、それは誰が見てもファッション目的ではなく物々しい戦闘用であることが伺えるだろう。


 言うまでもなく彼女は一般人などでは断じてない。彼女は、傭兵なのだ。


「はっ……はっ……よぉっし、いいわよぉ。そのまま、こっちに来なさい!」


 森の木々の間を縫うように走り抜ける彼女。その背後から、森の木々をなぎ倒しながら爆走する巨大な影が迫っていた。

 その姿は一見するとトカゲの様だが、兎に角そのサイズがでかい。全体的な線は細いが、鼻先から尻尾の先までの長さが実に大型バス三台分ほどある。森の中と言う事もあってその全長を一度に目にすることは困難であり、それが余計にその陰の主を大きく見せていた。


 背後から迫るその影を肩越しに覗き見て、感じる威圧感に冷や汗を流す。


「ひぇぇ。噂に聞いてはいたけど、森の中でフォレストソウを相手にするのはスリルがあるなんてもんじゃないわね!」


 背後から迫るオオトカゲ――フォレストソウから逃げながらも、彼女はそんな軽口を叩く。余裕がある訳ではなく、軽口でも叩かないとやってられないからだ。


 足を緩めず、彼女は森の中をひた走る。時には飛び出た木の根を飛び越え、坂道では倒木の上をレガースの靴底で滑ったりと、兎に角反撃せず逃げに徹していた。その細い体で森の木々の間を縫う様に移動できるフォレストソウを、森の中でまともに相手にするのは無謀の極みと言うものだ。

 そうこうしていると、彼女の目の前に突如亀裂が出現した。蔦や苔などがへばり付いている所を見るに、何かの拍子で過去に出来た地割れの跡だろう。彼女の位置からは見えないが、下を覗き込むと結構深い。落ちればただでは済まないのは確実だ。


 その亀裂を目にしても、彼女は一向に速度を落とさない。いやむしろ速度を上げているように見える。

 彼女はそのまま亀裂に向けて走っていき、そして――――


「うぉおりゃぁぁぁぁっ!!」


 気合と共にその亀裂の上を飛び越えた。亀裂の大きさは幅にして約10メートル、普通に考えて人間が飛び越えれる距離を超えている。

 案の定、彼女の体は亀裂の反対側に近付くよりも早くに落下を始めた。このままだと反対側の端に手を掛ける事もなく口を開けた亀裂の下へ真っ逆さまだ。

 だがその時、不自然に強い風が彼女を下から押し上げた。まるで掬い上げるかの様に風に押し上げられた彼女はそのまま難なく亀裂の反対側へと着地する。その様子は運良く風に押し上げられて九死に一生を得た、と言う風には見えなかった。


 着地と同時に彼女は背後を振り返った。背後から迫っていたフォレストソウを、ここで迎撃する為だ。あの巨体を以てすれば、この程度の亀裂を飛び越える事など訳ないであろう。だが着地の瞬間には幾分かの隙が生まれる。彼女はそれを狙っているのだ。


 だが、背後にあったのは予想外の光景だった。背後から迫っていた筈のフォレストソウの姿が影も形も無くなっているのだ。決して落下したわけではない。落下しているのだとしたらタイミング的に尻尾の先端位は見えている筈だし、落下による命の危機を察して上がる断末魔の悲鳴がある筈だ。

 それが無いと言う事は、落下した可能性はまず存在しない。では諦めたのか?


 そうではない。フォレストソウはここに亀裂がある事を知っていたのだ。ただある事を知っていただけではない、亀裂がどの程度の長さであるかも熟知していた。少し迂回すれば楽に亀裂を超えられることも、だ。

 故に、フォレストソウは直進せず迂回して亀裂を回避した。それは結果として彼女の視界から外れ、彼女にその存在を眩ませることにも成功する。


 彼女は姿を消したフォレストソウを警戒して、その場に立ち止まり周囲を見渡している。その姿は、フォレストソウからすれば周囲に隙を晒しているようにしか見えなかった。

 事実、今フォレストソウは彼女の背後の木々の陰に隠れながら移動していた。長年の経験で、人間は背後に対する反応が一瞬遅い事を知っているのだ。こいつはこうして今までに何人もの人間を仕留めてきた。


 今回の獲物は彼女だ。狙いを定め、彼女の隙が一番大きくなる一瞬を狙ってフォレストソウは息を潜める。


 すると、一向に動く気配を見せないフォレストソウに油断したのか彼女が警戒心を解いたかのように剣を下ろした。

 瞬間、フォレストソウは一気に飛び出し彼女の背に飛び掛かった。


 全身をバネの様にして木々の間から飛び出たフォレストソウの動きは容易に目で捉えられるものではない。ましてや背を向けていた彼女に、これに反応する事が出来よう筈がなかった。


 フォレストソウはこの日の獲物を仕留めた事を確信した。そのまま勢いに任せて彼女の上半身を食い千切ろうと鋭い歯の生えた顎を勢いよく閉じ――――


「ッ!?!?」


 肉ではなく空気を嚙んだ事に空中で動揺した。


 一体彼女は何処へ消えた? このタイミング、完璧なタイミングと速度で飛び掛かったのに何故外した? 自身の理解の及ばない結果にフォレストソウは原始的ながら容量の大きな脳みそで自分なりに結論を出そうとした。


 だがそいつがするべきことは、考えるよりも動く事であった。今この瞬間、フォレストソウはこれ以上ない程隙だらけだったのだ。


「貰ったぁッ!!」


 それこそ、体を屈めていた彼女が反撃の一撃を確実に叩き込めるほどに。


 彼女が振るった剣は、寸分違わずフォレストソウの首を切り裂き頭と胴体を泣き別れさせた。フォレストソウの体は飛び掛かった勢いそのままに森の木々に突っ込んでいい、数本の木を薙ぎ倒しながら停止した。

 一撃でフォレストソウの首を切り落とした彼女はそれでも念の為反撃を警戒して剣を構え直す。その時、彼女の持つ剣の刀身から青白い燐光が放たれていたが、それはすぐに収まり元の銀色の刀身に戻っていった。


 森の中に暫しの静寂が訪れる。たっぷり一分程経ってから、漸く彼女は安心して構えを解き剣を下ろした。


「ふぃ~、依頼達成っと。これで漸くルーキー脱却だわ」


 彼女は剣を鞘に納めながら額の汗を拭うと、腰のポーチからPDAを取り出し仕留めたフォレストソウの姿を写真に収めていく。

 そして十分に仕留めた事を証明する写真を撮ると、彼女は最後に一度だけフォレストソウの亡骸を自らの眼に納め、その姿を目に染み込ませるかの様に目を閉じるとその場を後にするのだった。



***



独立国オブラ・首都イート・傭兵ギルド支部


 森を後にした彼女は、レンタルした車で森から一番近くにある街であるイートに戻ってきていた。

 彼女はここで依頼を受け、そして今その結果の報告と報酬の受け取りを済ませているのだ。


「お疲れ様です。達成の報告、確かに確認いたしました。こちらが今回の報酬となります」

「は~い」


 ギルドの受付嬢から差し出された紙を、彼女は笑顔で受け取った。報酬と言っても、現金をその場でポンともらう訳ではない。報酬は指定の口座に振り込まれる。今受け取ったのは、振り込まれる額が掛かれた明細書だ。

 大物を仕留めただけあって、支払われる額も宝くじで軽く当てたくらいの額だった。定職についている身であれば軽く財布の紐が緩んで今日一日くらいは豪遊しようと思ったかもしれない。


 尤も定期収入の無い傭兵は質素倹約が基本なので、この程度で豪遊などしていられないのだが……。


 それに、今回受け取るのは報酬だけではない。と言うか、今回の依頼はここからが本命とも言えた。


「それから、今回の依頼の達成を持ちまして、貴女の傭兵ランクをC+からB-へと昇格させていただきます。宜しいですね?」

「もっちろん!」


 傭兵ランク…………それは、端的に表現すればその傭兵がどれだけ信用できるかを分かり易く表現したいわば傭兵の格付けである。

 当然だがギルドに寄せられる依頼には簡単な物もあれば洒落にならないくらい難しい物もある。傭兵なり立てのルーキーが身の丈に合わない困難な依頼を受けることが無いよう、受注段階でふるいにかける事が出来るように制定されたのが、この傭兵ランクであった。


 彼女は受付嬢から、傭兵ギルドに所属している事を証明するIDカードを受け取った。今まで、そのカードの表面には彼女の名前と共に『C+』と言う表示があったが、今はそこが『Bー』に変わっている。

 それを目にして彼女は誇らしげに目を細めて笑みを浮かべた。


 自らの成果を喜ぶ彼女に、此方も事務的なそれとは異なる笑みを向けながら口を開いた。


「以上を持ちまして、『サフィーア・マッケンジー』さんをBーの傭兵として認定します。今後も頑張ってくださいね!」


 受付嬢の言葉に彼女――サフィーア・マッケンジーは、屈託のない笑顔を返すのだった。

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