07 毒殺――亜深の事件1
さすがにこれには俺も驚いた。
事故の目撃者の中に、先日会って事情を聞いたばかりの人間がいて、
しかもその連れが、あの事件の目撃者だったのだから。
偶然というのは恐ろしい。
前の事件で死亡した風見隼人の親友、水樹誠と、
そのまた前の事件で自殺した相川綾乃の親友、綿原加奈。
その2人が、警察の取調室で小さな机越しに、俺と向かい合って座っていた。
本人達の希望だ。俺達も聞きたいことがあったし、ちょうどいい。
物部はドアの所に立っている。
2人とも、顔面蒼白だった。
2人の関係を尋ねると、おのおの一瞬血の気が戻って「友達です」と言ったが、
すぐにまた、沈んだ顔に戻ってしまった。
本題に入るまでに、それぞれの事件の進展状況を伝えた。
相川綾乃の件については動機は未だに不明だが、
多少感情的だったという報告があるので、
何かの拍子に凶行に走り、錯乱状態に陥って自殺したということで片付きそうなこと。
風見隼人の件はもっと単純で、尾崎を嫌っていた風見が内側から鍵をかけ、
尾崎の首を刺した後に自分の胸を刺して死んだということに落ち着きそうなこと。
当然ながら、2人とも不満そうだった。
そんなことをする人ではないと、口々に説明した。
俺もそう片付けるのは少し早計だと思っていることを伝えていると、ノックが聞こえた。
「今連絡が入った。神林亜深は、搬送先の病院で死亡が確認されたそうだ」
「……」
2人とも絶句していた。綿原に至っては、今にも気を失いそうだ。
「……知り合いらしいな。どうやって知り合った? どういう関係だ?」
「……それほど親しいわけじゃないです。半年前に1度会ったきりで」
半年前。
物部の方を振り返るが、きょとんとしていた。まあ、そうかもしれない。
相川綾乃の手紙事件があったのが半年前。
その親友が半年前に会った人物。
……深読みのしすぎだろうか。
「どこで?」
「……僕達が、電車に乗って家に帰ろうとしているときでした。その時に……」
水樹がそこで言葉を詰まらせる。
「一緒に乗り合わせただけなのか? それで、どうして名前まで覚えている?」
「……すみません、上手く説明できないです。僕もよく分からなくて……」
誤魔化しているのではなく、本当に分からないようだった。
しかし、何か隠している。というより、説明に窮することを抱えている。
「……どうせそのうちマスコミに取り上げられることになるだろうから、教えておこう。
神林は、慌てて走っていた。道路に飛び出して、トラックに轢かれた。そうだな?」
「はい」
「本当に慌てていた?」
「……よくは見ていないので、もしかしたら違うかもしれません。
ただ、とにかく夢中で走っている感じでした。……それが何か?」
「神林は、自身が勤めている食品会社のある方向から走ってきた。
そしてその会社で、さっき社長の死体が発見されたんだよ」
「!?」
「死因は毒物によるもの。
犯行に使われたと思われる毒の入った瓶はトイレのゴミ箱から発見された。
社長のいた部屋には鍵がかかっており、鍵の1つは社長が持っていた。
そして唯一と思われる合鍵が、神林の服のポケットから発見された。
更に発見された瓶には、神林の指紋がびっしりとついていた。
……さて、どういうことだ?」
綿原が、がたがたと震えだした。水樹も、信じられないといった表情だ。
正直、俺もにわかには信じがたい。
つまり、神林亜深は、社長を毒殺したあと、部屋に鍵をかけ、
急いで逃げているところを、トラックに轢かれて死亡した。
ありえないことじゃない。
ただ、前の2つの事件と似すぎてはいないか。
いや、似ているのは1箇所だけだ。
人を殺して、自分も死ぬ。
「……動機は、あるんですか?」
水樹が尋ねる。上手いところを突いてきた。
「現在調査中だ。だが、もし見つからなかったら……」
共通点は、2つになる。
偶然と言ってもいいだろう。何もこれらの事件が3つ連続で起きたわけじゃない。
その間にも、俺達は別の事件にいくつも出会ってきた。
だから、これはたまたま似通った事件を意図的に抽出しただけであって。
しかし、彼らは一般人だ。
そう事件に遭遇するわけじゃない。
だから偶然これらの事件だけに出会ったのだとしたら、
その衝撃はずっと大きいものになるだろう。
俺はそのことを伝え、安心させようとした。
だが、彼らの動揺はそんなレベルではなかった。
「呪い……」
綿原がぼそりと呟く。
水樹はその言葉に過剰なまでに反応した。
「そう、呪いよ! これは呪いなんだ! あたし達、みんなあの人に殺されるんだ!」
「加奈さん! 落ち着いて! 違う! そんなわけない!」
「どうして……どうしてそんなこと言えるの!?」
「だって……常磐さんは……っ」
俺は物部の方を振り返った。
今度は奴も気付いていた。
風浪永久:
刑事 前半部の主な語り手