05 協力――再会と再来1
警察の人が来て、何か質問を受けた気がするが、覚えていない。
そもそも、何か答えたかどうかすら疑わしい。
多分、あたしは他の生徒が答えるのを聞いていただけなのだろう。
自分から語る気になんてなれない。
なかなか現実を見つめる気にはなれない。
彼女の死に顔が、頭から離れない。
それは、穏やかな顔だった。
狂気など、微塵も感じられなかった。
綾乃ちゃんは、綾乃ちゃんだった。
血が飛び散っていなくて、頭が割れていなければ、
寝っ転がってこちらを見上げているようにも見えただろう。
いや、本当にそうだった。
あたしの脳は、その光景をフィルターにかけ、
数日のうちにすっかり血を洗い流してしまった。
だから今、あたしの記憶に残っているのは、
校舎の外で横になって雲を眺めている綾乃ちゃんなのだ。
だから、彼女が死んだなんてどうしても信じられなくて。
……いや、信じたくないからこそ、記憶を捏造したのだけれど。
でも、そんな現実逃避のフィルターは、
その日のニュースを見た途端、粉々に吹っ飛んでしまった。
あの事件が起きてから、数週間が経っていた。
ああいうものが好きなメディアも、そろそろ飽きてきただろう。
そこに新しいネタが舞い込んできた。
テレビや新聞がこぞって取り上げた。
1ヶ月のうちに、同じ市内の高校で、何の前触れもなく、
2人の生徒がクラスメートを殺害し、直後に自殺。
せっかく好奇の目から逃れられたと思っていた綾乃ちゃんの話が、
また掘り返された。
そんなことじゃない。
あたしを現実に引きずり出したのは、事件を起こしたもう一人の名前。
会ったのは1度だけだけど、半年前のあの日のことだから、
顔も、名前も鮮明に覚えている。
いや、目立つあの帽子と髪の色だから、
たまに見かけることもあったような気がする。
その、隼人君が。
クラスメートを乱闘の上に殺し、自殺した?
あたしは彼のことはよく知らない。
でも、悪い人ではないはずだ。
少しわがままだったかもしれないけれど、それはあたしも同じだ。
綾乃ちゃんだって悪い人であるはずがない。
誠君も、あたしと同じような状況にいるんだ。
連絡を取りたくなった。
あたしにしては、非常に珍しく積極的な行為だった。
綾乃ちゃんは、あたしの誠君に対する気持ちを勘違いしていたようで、
あれ以来何かと誠君の話を持ち出してきた。
電話番号も聞いてメモしたかもしれない。
そうだ。あれ以来、綾乃ちゃんは一層あたしの近くにいてくれるようになった。
それが嬉しくて頼もしくて、自分は幸せだと思えた。
でも、もしかしたら。
おかげで、あたしは大事な何かが見えなくなっていたのかもしれない。
半年前に、あたしは大切なものを手に入れた。
それはあたしがもともと持っていたもので、気付けなかっただけのもの。
でも、それで安心して気を緩めすぎたら、
また別の大切なものを見失ってしまうのかもしれない。
それがもし、綾乃ちゃんをあんな風にしてしまったのだとしたら、
あたしはそれを一生かけて償わなければいけないだろう。
それがもし、今回の事件と関係がなかったとしても、
あたしは理由を見つけなきゃいけない。
どうしてあんなことになってしまったのかを知らなくてはいけない。
それが、友達に対する責任であり、恩返しだと思った。
「……」
「……」
お互いに、かける言葉が見つからなかった。
土曜日の午前、お互いの家の中間辺りにある公園で落ち合った。
誠君は私服でも、制服みたいにシンプルだった。
飾りっ気のないコートにジーンズ。下は多分、無地のトレーナー。
あたしも同じようなもんだった。黒い服は、わざと避けた。
「綾乃さんのことは……知らなかったよ。
南で人が死んだってのは噂で聞いていたけど。
テレビも新聞も、全然見ないし。だから……今度の事件で初めて……」
悲しくて、痛くて、重い声。
「綾乃ちゃんも隼人君も、そんなことをする人じゃない。そうでしょ?」
「うん。僕は、隼人がそんなことをしたはずがないって信じてる。
実際に隼人が相手を刺した所を見た人だっていないんだ。
でも、鍵は生徒会室の中と教務室にあって、
教務室の鍵は持ち出せばすぐに分かるはずだからって……」
密室殺人、なんて不謹慎な言葉を言いそうになって、あたしはあわてて口を閉ざした。
誠君はそんなことに気付かず、地面を見つめたまま言葉を続ける。
「綾乃さんのほうは……目撃者がいるんだよね……?」
「……うん、だから、そこは否定できない。でも、そんなことをするはずがない。
だから、あたしは知りたい。何でそんなことになったのか。矛盾を解きたい」
「……そう、だね。とにかく、色々と調べてみるよ。隼人のことも綾乃さんのことも。
綾乃さんについては加奈さんのほうが詳しいだろうし、
つてもあるだろうから何かお願いすることがあるかもしれない。
その代わり、僕にできることなら何でもするよ。
中学校のときの話なら、僕のほうが分かると思う。
隼人のことは……多分加奈さん分かんないよね。それは一人でやるよ」
「あたしも、出来ることならなんでもする。
何か新しいことが分かったら知らせるね。
隼人君のほうも……死んだ人の親が教育委員会に関係あるんでしょ?
こっちの先生に聞けば、別の話が聞けるかもしれないし」
「……」
「……」
再び沈黙が訪れる。
あまり気持ちのいいものとは言えなかった。
誠君はおもむろにベンチから立ち上がり、深呼吸した。
吐く息が、白い。
「……寒いから、何か飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」
「え、いいよいいよ。自分で買うから」
「いいからいいから。ちょっと走って行ってくるね」
誠君はそう言って、公園の外へ駆け出す。
正直、座ってじっとしているほうが寒くてつらいのだけれど。
しょうがないので待っていることにする。財布から小銭を用意して。
今のうちに話す事を考えておこう。
鶴羽真希:
加奈のクラスメート 綾乃に殺される