42 結論――残された者1
同じタイミングで煙を吐いた。
長い長いため息。
相浦が、ぼそりと呟いた。
「……救いようが無いわぁ……」
きっかけは物部が見つけた丹木南高校の裏サイトだった。
そこを足掛かりに、捜査は一気に進んだ。
得た情報をもとに、俺と相浦はこの狭い喫煙スペースで論議をした。
お互いの仮説を言い、相手の矛盾点を指摘し、修正していく。
それを人通りの少ないトイレ前の一角で数時間繰り返した。
勤務時間が過ぎてからだからもう真夜中になる。
誰かに見つかったら帰るか仕事しろと言われそうだ。
仮説に仮説を塗り重ねて導き出した結論。
犯人はいない。
完全に独立した事件でもない。
偶然と必然。
すれ違いと思い込み。
これは、悲劇。
最初に解けたのは神林の事件。
ビタミン剤の混ざった毒薬、血の付いた合鍵、
動機が無い本人、動機があってアリバイが不明瞭な同僚たち、
大して仲が良かったわけでもないのに救急車に同伴した同僚、
社長の死亡推定時刻から神林の死までの時間にしてはずさんな証拠処分、
相川や風見と比べるとやや異質な自殺方法。
一度他の事件と切り離して考えれば簡単なことだった。
これを機に、他の事件もそういう視点で考えるようになった。
相川も風見も、血液検査では
興奮時に放出されるホルモン濃度は増加していたが、薬物は検出されなかった。
共通した犯人なんていないのではないか。
別々の犯人が似た動機で犯行を?
それが他の事件を解く鍵だった。
風見の事件が解けるのは時間の問題だった。
聞き込みを繰り返した結果、尾崎が風見を一方的に敵対視していたことが分かった。
風見の指紋は柄に、尾崎の指紋は刃に。
そして柄には尾崎の持ち物であるハンカチの繊維が付着。
尾崎がナイフの柄にハンカチを巻いていたのならこうなることは当然だ。
ナイフを持ち替える時に刃に触る。
ナイフを奪った時に柄に触る。
つまり、尾崎が風見を刺したのだ。
風見が尾崎からナイフを奪って切りつけたのは過剰防衛かもしれないが、それは置いておこう。
そして綿原が言っていたお年玉の話。
風見が会っていた女生徒が相川だとすれば説明可能だ。
水樹と相川の間にコンタクトは無かったが、間に風見が入れば情報を伝えることはできた。
綿原の死は、大体相浦の推理した通りだと思う。
誰かが家に侵入してきた痕跡は皆無、綿原の首の縄の痕もおかしな点は無かった。
やはり綿原は水樹の死を聞いてパニックに陥り、携帯を壊したのだ。
実は裏サイトが見つかったのは、綿原のパソコンの履歴からだった。
このサイトを探すつもりで検索をかけないと、ヒット数が多すぎて見つからない。
それを綿原は根気よくか、偶然か、無数のサイトの中からこれを発見していた。
いじめられていたのを相川に守ってもらっていた綿原がこれを読んだのなら、
相川の死を自分のせいだと考えて自殺したと考えてもおかしくは無い。
……だからといって俺の責任が無くなるわけでもない。
直接の原因ではなくとも、やはり俺が引き金を引いてしまったのだろう。
裏サイトを見つけた時点で相川の事件も解けたようなものだ。
相川は裏では教室中で、もしかすると学校中でいじめられていた。
あれを本人が見つければ、そのショックは想像の範疇を超える。
誰が書いたか分からない、身近な人の仕業かもしれない。
誰も信じられなくなる。自分が嫌になる。
書く側も、匿名で書き込めるから内容は過激なものになる。
ただ勘違いしないで欲しいのは、その気になれば警察は書いた人物を特定できるということだ。
コメントのいくつかはネットカフェからだったが、それもその店を調べれば誰の仕業か分かる。
そのサイトを立ち上げたのは鶴羽だった。
その記事を書いたのは崎本だった。鶴羽もかなりコメントしていた。
相川はそれを知って鶴羽を殺したのだろうか。
追い詰められた末に、気が付いたら殴り殺していたのか。
その後は分からない。
気が触れたまま飛び降りたのか、罪の意識に苛まれて自殺したのか。
どちらにしろ、相川は被害者でもあったのだ。
ここまで考えれば、水樹が犯人でないことは明白だった。
水樹は次に狙われるのは自分だと考えたかもしれない。
相川、風見、神林が五十音順に死んでいたからだ。
前にも言ったが、人は何かと法則を見つけたがる。
でもそれが正しいとは限らない。
水樹が死んだのは春分の日。
机の上には「その日が平日だったのなら」行われるであろう授業の用意がされていた。
俺にも経験がある。
日曜日、明日が学校だと思っていたところに月曜が振替休日だと知って喜んだ覚えがある。
春分の日は年によって日にちが変わる。
風見が死んで塞ぎ込んでいた水樹が勘違いしたとしてもおかしくは無かった。
両親は休みだと知っていたから、日ごろの疲れをとるために少し遅くまで寝ていた。
しかし水樹はそう考えられなかった。
両親が殺されていると思ったかもしれない。
急いで逃げようとしたかもしれない。
屋根から降りるつもりが、足を滑らしたのかもしれない。
その前夜は雨だった。
水樹の家の屋根は濡れると滑りやすくなる材質だったから。
……そういえば、水樹の部屋は二重窓だった。
相浦が言っていた。
「俺の実家が北海道だからこれはよく知ってるぞ。
北国だと、冬はこれが無いと寒くてかなわんよ。
二重窓って言えば、結構怖い勘違いをしたことがあったな。
窓を勢いよく閉めると反動で少し開くだろ?
開き具合によってはそのまま鍵を閉めるとちゃんとかかるんだよな。
でも窓は開いているから鍵としての意味は無いんだが。
それで、二重窓だと内窓閉めると外窓が開いていても気づかないんだよ、
外の風が吹き込んでこないから。
カーテン閉めて電気も消せば見えないから余計な。
子供の時にそれをやってな、翌朝窓が開いてるのを見て腰を抜かしたわ。
誰かがここから入ってきたんじゃないかってな」