38 摩耗――綾乃の真相3
何事も無かったように振る舞うのは大変だった。
感情を表に出してしまえば、それこそ学校は悪意の溜まり場になる。
いつも通りに振る舞っていれば、表向きには今まで通りの生活が送れる。
でも、耐えるのがつらくって。
顔を歪めそうになるのを、口を衝いて出そうなのを必死で我慢して。
止まるは地獄、進むも地獄。
私に我慢は似合わないと誠に言われた。
でも、今度ばかりは私にはできない。
真実を確かめるなんてできない。
それは告白の時みたい。
我慢するのがつらくって、言うのも恥ずかしくって。
断られたらどうしようって悩んで。
それで今までの関係が壊れるなら、むしろずっとこうしていようかとも思ったり。
今も同じ。
麻衣に表立って悪意をぶつけられるようになるのなら、いっそのこと黙っていたい。
あの時は、麻衣の後ろ盾があったから自白できた。
我慢なんかしないで、打ち明けようと思えた。
麻衣の言葉が、私の背中を押してくれた。
でも今は、それが無い。
信じていたのに。
親友だと思っていたのに。
味方だと思っていたのに。
助けてくれると思っていたのに。
裏切られた。
どうして?
だったら、最初から仲良くなんかしないでよ。
真希たちと一緒に表立って私の悪口を言うのなら、
そうしないと自分がいじめられるからだと思うこともできる。
本心からの行動ではないと思える。
でも、これは違う。
陰口を言っているのを私が偶然目撃しただけ。
そこにあるのは、明白な悪意。
それに、言ってたじゃないか。
「私が綾乃のことを守るから。絶対」
その言葉が本当なら、麻衣はこんなことしない。
約束を破る人じゃない。
だから、あの言葉が、そもそも嘘だったわけで。
親友なんてのは偽りの絆だったということ。
突然チャットの話をして、私に自分のハンドルネームを教えたのも、
私がそれを検索にかけるかもと思ったからだろうか。
ロシアンルーレットを傍から見て楽しむような、悪魔の遊び。
そんなの……そんなのって……
上辺だけの慣れ合いに疲れて、
もう誰も信じられなくなって、
いつしか私は、いつも加奈と一緒にいるようになった。
加奈が私に依存しているんじゃない。
私が加奈に依存しているんだ。
金魚のフンは私。
私には加奈が付いていないとダメなんだ。
臨時の級長会議があって大分遅れてしまった。
大急ぎで待ち合わせの場所へ向かう。
向こうが携帯を持っていればメールを送れば済む話なんだけれど、
それができないから帰られる前にたどり着かなくてはならない。
そういえば、誠も携帯は持ってなかったんだっけ。必要性を感じないとか言って。
一度持ってしまえば手放せなくなるんだけどね。
加奈も携帯は持っていない。
いや、本当は持っているのだが、学校には持ってきていない。
一度ふとした隙に携帯を盗まれたことがあって、
バラバラに砕かれて便器の中に浮かんでいるのが見つかって、
それ以来、持ってくるのをやめた。
30分の遅刻だったけれど、隼人君はまだ待っていてくれた。
約束のビデオを借りて、CDを買って。
返す日の待ち合わせを決めて、それだけで私たちは別れた。
隼人君に相談しようかとも思った。
類は友を呼ぶっていうから、隼人君も何かいいアドバイスをくれるかもしれない。
そうじゃなくても、彼は外部の人間だから多少は心強い。
次に会ったときに、話してみようか。
……やっぱり、無理。
彼は本当に楽しそう。
打ち明けるというのは、私の黒い部分をさらすということ。
それで彼の笑顔を壊すのが申し訳なくって。
彼は楽しくて来ているんだから、そんな重い話をされたら逃げてしまうかもしれない。
私という人間に失望するだろう。
そうしたら私はますます独りぼっち。
そんなのは嫌だ。
加奈をいじめれば私は助かる?
突然そんな考えが頭をよぎった。
加奈をいじめるという共通の目的をもった仲間として、私は迎えられるかも?
一筋の光が射した後、その何百倍もどす黒い雲に覆われる。
そんなわけないじゃないか。
原因を作ったのは私だ。
私が手紙を出したから、こうなった。
加奈と親しくしていたからじゃない。
加奈は関係ない。
そうだとしても、それは何の解決にもなっていない。
生贄をささげて、自分だけ助かって。
同じことを繰り返すだけ。
あの時、私は散々後悔したじゃないか。忘れたの?
そんなこと、考えちゃいけなかった。
考えるだけでもいけないことだった。
考えた時点で、私は加奈の友人失格だ。
バカバカバカバカ。私の馬鹿。
死ねばいいんだよ、こんな人間。
私なんか、死んでしまえッ!
今、事故で死ねたら嬉しいかもしれない。
通り魔が現れて殺されたら楽かもしれない。
やっぱりトラックにはねられるのが相応しいかな……
ああ、またこれだ。
死ぬのは怖いんだろ。
そうだよ。でも……
結局、私はいじめられる人の気持ちなんて、これっぽっちも分かっちゃいなかった。
実際に体験した人にしか分からない苦しさ、寂しさ。
考えていたよりずっと深く、暗く、重い。
ごめんね、祥子。
祥子はずっと、こんなのに耐えてきた。
だからこれは当然の結果。
自業自得、因果応報。
学校でも、家でも、ずっと我慢してきた。
ずっと何事も無かったことを装ってきた。
私の中の何かが、どんどん擦り減っていく。