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35 友情――綾乃の過去7

誰も真面目に受け取るなんて思わなかった。

ただ、悪意を向けられたことに気付き、不快に思えばそれでよかった。

誰が自分に出したのか、考えればそれでよかった。

クラスの皆を疑いの目で見るようになれば、それでよかった。

そうすれば、クラスから孤立する。

加奈の辛さを少しでも味あわせてやれる。

同時に、加奈へのいじめを止めることができる。

いじめは複数人でやるから効果を発揮する。

一人でやるいじめは、ただの憂さ晴らし、嫌がらせ。

まあ、見て見ぬふりをする人を共犯者とカウントしての話だけれど。

さらに、文章は活字印刷だし、封筒は昔から引き出しにしまっておいたものを使ったから、

私がそれをやったとは誰にも分からない。

そう。これは私の目的を全て達することのできる万能武器だった。

でも、これは諸刃の剣。

呪いが広まるなんて、私も含めて、誰も望んでいないことだった。


別に呪いなんかじゃない。

真希も美沙も家が近くだったから一緒に帰っていた。

2人とも信号無視は日常茶飯事だったから、いつかはこうなると思っていた。

ただ、タイミングと程度がちょっと上手過ぎただけ。

でも事故のインパクトがあまりにも大きすぎて、みんなそんな風に考えられないようだった。

もしくは、頭では分かっていても恐怖が理性を押しつぶしてしまうか。


2日後の朝、加奈の机に手紙が入っていた。

麻利亜の仕業だ。

ということは、他の女子誰か2人にも行っているはず。

加奈には気にしないように言っておいたし、もともと出すような子じゃないと思う。

でも、残りの2人がどうするか。

1人でも出せば、また3人に。

単純計算で、たった3回で手紙はクラスの女子全員に届く。

重複を考えてもそれほど変わらないだろう。

指数関数的増加の恐ろしさを、こんなところで私は実感した。


思ったとおり、加奈の机には毎日のように手紙が入っていた。

そしてその数は日増しに増えていった。

それを加奈が登校して来る前に処分するのが私の日課になった。

これが意味することは2つ。

まず、手紙は私の意志に反して順調にクラスに広がりつつあること。

そして……こんな手紙を誰も仲のいい子に出したりはしないだろう。

みんなが手紙を出す相手として加奈を選ぶということは……

そんなこと考えたくない。


さらに予想外のことが起きた。

いや、そんなのは十分に予想できたこと。

ただ、私が現実を見ようとしなかっただけのこと。

手紙は、男子や他のクラスにまで広がり始めた。

もう止められない。

私がどうこうできるレベルじゃない。

止める方法はひとつしかない。

私が、白状すること。

でもそれは、私の未来を自分からぶち壊すこと。

生徒会長はおろか、高校に留まれるかすら危うい。

どうしたら……どうしたらいいの……?



そんなとき、あの事件が起きた。

半年ぶりに誠に出会って、人身事故に巻き込まれて、

あたふたしているうちに、処分しようとカバンに入れていた手紙の1つが落ちて、

それを誠が拾って、私のだと気づいて、

私はウソは似合わないと言われて、全てを白状した。


誠は私を拒絶しなかった。私を認めてくれた。受け入れてくれた。

でも私は自分が嫌になって、死にたくなって、

こんな人間死ねばいいと叫んだ。

そうしたら、私そっくりの怪物が現れたんだ。

私は殺されると思った。

気が付いたら私は倒れていて、誠が顔を覗き込んでいて、怪物はいなくなっていて。

そのとき、すごいホッとしたのを覚えている。

やっぱり死ぬのは怖かったんだって分かった。

嘘を吐くって、誤魔化すって、隠し通すって、つらいことだった。

誠に話したら、すっきりした。

だから、もうやめよう。

私の手で、混乱を止めよう。



「起立! 礼!」

「おはようございまーす!」

「おはようございます。今朝、鶴羽さんの意識が戻ったとの連絡がありました。

 崎本さんも含めて、2人とも今年中には学校に来られそうです。良かったですね」

ザワザワ。ガヤガヤ。

真希は死ななかった。良かった。

この時機を逃しちゃいけない。私は勢いよく手を挙げた。

「先生!」

「はい、相川さん?」

「みんなに……言わなければならないことがあります……!」


私は皆の前に立った。

視線が自分に集まる。

珍しく、体が震えて、汗が出てきて、声が出ない。

小学校の時の私みたいだった。

それでも、互いの手で両腕を握り締めて、声を絞り出す。

「最近騒ぎになっている手紙の件だけど……実は始めたの私なんだ!」

教室が、凍りついた。

本当に、凍りついたという表現がぴったりだ。誰も動かない。表情を変えない。

「だから……だから、呪いとか、そういうの、全然無いから、安心して。

 もうやめようよ、こんなこと。それから……」

それから。

私がずっと言いたかったこと。

私がずっと言えなかったこと。

両手を教卓について、目を閉じて、私は大声で言った。


「ほんっっっっとーーーーーーーに、ごめんなさいっ!」



その後は大騒ぎになった。

私はどんなことも受け入れようと思っていたから、

校長室に呼ばれても大して驚かなかった。

驚いたのは、口下手な加奈が付いてきて、私のことを精一杯弁護してくれたこと。

そのおかげか、退学はおろか、停学にすらならず、口頭注意だけで事は済んだ。

喉に詰まっていたものが取れて、とても清々しかった。


助けるって、一方通行だと思ってた。

私は両親に助けられてきた。先生に助けられてきた。

麻衣に、誠に、みんなに助けてもらってきた。

だから加奈を助けようと思ったのに……私は加奈に助けられてた。

そもそも、私は加奈を助けていると思うことで安心していた。

それはつまり、加奈に助けられていたということ。

加奈の存在が、私には必要だったということ。

私も……私を助けてくれた誰かを助けることができていたのかな。


そんなのは愚問。

ようやく気付いた。

友達は打算的に作るものじゃない。

損得を考えるなんて馬鹿らしい。

一緒にいるだけで両方が幸せ。

それが友達ってものじゃない?

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