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31 決意――綾乃の過去3

ひとりじゃ苦しみに耐えられなかった。

祥子をいじめていたことを、私は両親に白状した。

そう、私はいじめをしていた。

それは「わるいこと」だった。


両親は私のことを叱ってくれた。

でも、「祥子ちゃんに謝りに行く?」という問いには、

私は首を横に振って答えた。

両親も無理にとは言わなかった。

「綾ちゃんだけが悪いんじゃないよ」と言われた。

でも、だからと言って、責任が軽くなるわけじゃない。

連帯責任は並列回路。

私たち全員に、1.5ボルトという責任がかかっている。

それは1人でも40人でも同じこと。

1人1人が、1.5ボルトという責任を負っている。

つまり人数が多ければ多いほど全体としての責任は重くなっていくだけで、

私の責任の重さは少しも変わらない。


卒業式で祥子の名前が呼ばれたが、誰も出てこないまま次の人に移った。

先生が、祥子の卒業証書を寂しそうに持っていた。

私は謝りたかった。

祥子に謝りたかった。

でも謝れなかった。

どんな顔をされるだろう。

どんな罵声を浴びせられるだろう。

いや、あの子のことだから、何も言わずにじっとわたしを見つめるかもしれない。

あまつさえ泣き出してしまうかもしれない。

どれもこれも、私には受け止められる自信が無かった。

祥子に会うのが、怖かった。


多分、みんなは先生の言葉の意味を、私よりずっと早く理解していた。

先生の話を聞いた時点で、先生の言いたいことが分かっていた。

でも、もうどうしようもなかった。

どうすれば祥子が学校に来るようになるのか、誰も分からなかった。

だって、そうじゃなかったら、あの時の教室の鎮まりは何?

先生は私たちに、自主的解決を求めた。

もう6年生なんだし、やってくれると信じてくれていた。

私たちは先生の期待に応えられなかった。


中学の入学式の直前、意を決して、私は祥子の家に向かった。

でも、そこには「藤崎」の表札は無かった。

卒業式が終わってすぐ、引っ越してしまったらしい。

私は祥子に謝る機会を永遠に失ってしまったのだ。



「ねえねえ、水樹って、なんかムカつかない?」

入学から一カ月ほどした放課後の教室。私たちの中で、突然そんな話題が持ち上がった。

何の脈絡も無く、それなのに、ごく自然に。


あれ……あれあれあれ……


何……? デジャヴ……?


「あたし掃除の時、水拭きで水樹と一緒になったんだけどさ、

 雑巾洗う時になったらいなくなってさ、私一人で片付けしたんだよ。

 その後ひょっこり戻ってきて、ありがとうもごめんもなし。おかしくない?」

「あー、水樹って礼儀知らずなところあるよねー」

「私も肩がぶつかったときに謝られなかったなー」

「そもそも声が小さくて聞こえないんだよね。いっつもモゴモゴしててさ」

「おどおどしてて、見てると腹立つ」

「センスも悪いよね。全然流行についていけてないし」

駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ!

これじゃあ祥子の二の舞だ。

同じことが繰り返される。

また、生贄がつくられる。

そんなの……いやだ……


「いや、でもさ、水樹には水樹のいいところがあると思うよ?」

「……え?」


既視感が、消滅した。


「何? 麻衣、あんた水樹の肩持つわけ?」

「春香だって、ポスター貼る時に手伝ってもらったじゃん。頼んでも無いのに」

「……ん、そうだけど……」

「サユもそうでしょ? 勉強教えてもらってたじゃん」

「……うん、教えるの上手なんだよね」

「私も、水樹と一緒に清掃委員会なんてやってるけどさ、

 よくやってるよ、あいつ。私いなくてもいいんじゃない?くらいに」

「……」


それ以来、誠の陰口が出ることは無かった。

麻衣は、変えて見せた。

悪い流れを、断ち切って見せた。

あと少し遅かったら、もう少し空気が熱くなっていたら、

弁護した人が一緒にいじめられるところだった。

どうしようもない状況を作り出すところだった。

私は、麻衣を心から尊敬した。

でも麻衣は、こう言って笑うだけだった。

「いや、私は水樹と一緒にいることが多いからさ、水樹のいいところが分かるんだよ。

 真面目な奴だよ。地味でおとなしいから評価されにくいし勘違いされやすいけど。

 実を言うと私さ、結構水樹のこと好きなんだよね。

 だから悪く言われてるのを黙って見ていられなかったっていうか。

 特別なことじゃないよ。それくらいの勇気は誰だって持ってる。

 あとは、何かちょっとでも背中を押してくれるものがあれば、ね。にゃはは」

特別なことじゃない。

誰だってできること。

私だってできること。

私だってできるんだ。


気づくと私は、生徒会の扉を叩いていた。



一年半が過ぎた。

生徒会長の選挙が始まった。

毎朝、校門の前で演説をする。

選挙前日には体育館で、生徒全員に向かって抱負を語る。

生徒会長立候補者は私を入れて三人。

私が最初にマイクの前に立った。


「みなさん、こんにちは。生徒会長に立候補した、二年五組の相川綾乃です。

 私が生徒会長になって真っ先に目指すのは、いじめの根絶です。

 みなさんは関係の無いことだと思っているかもしれません。でも、いじめは実在します。

 昔の人は、災害を防ぐために生贄を捧げていました。

 それは、遊ぶ時に誰かを除け者にするのに似ています。

 それは、いけないことです。

 人の命は、重いものです。1人1人を尊重しなくてはいけません。

 生贄を捧げなくても、平和に暮らせるようにしなくてはいけません。

 『一人を除いて』みんな幸せになっても駄目なのです。

 いじめはみっともないことです。いじめをするのは、心の貧しい人です。

 みんなで仲良く、協力して、明るい学校を作っていきたいと思います。

 そのための努力は惜しみません。具体的な考えとして、まず――」


もう私は緊張していなかった。

目立つのが嫌だなんて言っていられない。

そんなんじゃ祥子に顔向けできない。

いじめを無くそう。

それが、私のできる、唯一の罪滅ぼし。

井上麻衣:

綾乃の中学からの友人

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