27 権力――隼人の真相4
綾乃のことは、誠には一切話さなかった。
誠が綾乃のことをどう思っているか分からなかった。
もし誠が綾乃のことを好きだったら……という浅ましさからだ。
もう認めよう。俺は綾乃に恋してしまったのだ。
だから、つながりが切れた時は相当なショックだった。
もう会えない。再び偶然出会うのを待つしかない。
誠に聞けば連絡先が分かるかもしれないが、そんなことはしたくない。
直接訪ねるにしても、どこの高校だったかよく覚えていない。
向こうは俺がこの学校の生徒だということは知っているはず。
向こうから訪ねてくることがあるだろうか。
あればとても嬉しいが、そこまでするだろうか。
そんなことがあったら相当脈ありってことだぞ。
だから。
「……が呼んでるよ」
放課後にそう誠に言われた時、耳に入らなかったのは綾乃の名前だと勝手に思って、俺は飛び上がった。
だからそれが実はジュニアだったことを知って、俺はひどくがっかりした。
天と地ほどの差というのはまさしくこういうことだ。
「どうしたの? 最近元気無い?」
「……そんなことねえよ」
「部長に決まって気疲れしてるのかな。尾崎君の用事も多分それ関係でしょ」
「別に大した事ねえよ。勉強と娯楽の両立のほうが大変だ」
「あはは、そうかもね」
ジュニアの用事は簡単だった。
話があるからこれから生徒会室に来いとのことだ。
どうせまた色々と文句でも言いたいだけだろう。
すぐに終わるからと、誠には先に図書館へ行ってもらった。
成績を上げて携帯を買ってもらうために、最近は真面目に勉強していた。
放課後は図書館で誠と一緒に勉強するのが日課となり、
その甲斐あって、小テストの成績は目に見えて上がっている。
この分なら、今度の期末は100位以内どころか50位だって狙えそうだ。
携帯が手に入れば、綾乃と連絡が取れる。
その前に連絡先を得るために「偶然」出会う必要があるが。
生徒会室には、ジュニア一人だった。
どうも今日はこいつが当番らしい。他には誰もいない。
ジュニアは俺が入ってきたのを見て、悪意のこもった笑みを浮かべた。
先輩や教師がいるところでは決して見せない表情。
ここ、丹木高校は地名を冠しているが私立校だ。丹木南高校という公立校があるからややこしい。
授業料とかは公立と変わらないという、不思議な位置づけ。
入学式で校長が歴史だとかを話していたが、即ゴミ箱行きだ。そんなのは記憶容量の無駄使い。
とにかく、その辺の高校よりも校長や教頭の権限が強い。
尾崎教頭は校長とも親しいし教育委員会にもコネがあるということで、非常に強い権力を持っている。
ジュニアはそれを鼻にかけていた。
生徒会にも入って級長にも立候補。大人には媚びる性分で、教師の人気も上々。
でも級長は皆、自分がやりたくなかったから賛同しただけで、
もう一人誰か立候補すればそいつに決まっていたかもしれない。
来年は部長もやるし、委員会の長もやろうとするんじゃないか。
生徒会長にも立候補するに違いない。
ただ、体育祭の団長だけは無理だな。あいつは運動がてんで駄目だ。
とにかく目立ちたがり屋でいばり屋なジュニアは、
何かにつけ父親の名前を出し、自分の要求を通していた。
尾崎教頭は息子を溺愛している。
大学へ推薦入学やAO入試で入ろうとしている奴らにとって、教頭の機嫌を損ねることはまずい。
成績を下げられかねないからだ。
そうじゃなくても、教師からの風当たりが悪くなることは進学校の生徒としては不利になる。
少しでも問題を起こせば停学、下手をすれば退学を受けるかもしれない。
……なんてことはジュニア本人が言っていることで、実際にそうなったという話は今のところ無い。
そもそも俺自身が、そんなのはハッタリに過ぎないという証拠だ。
俺の素行不良は自他共に認めている。
1度教頭の授業をさぼったことがあるし、授業中寝ていることも多かった。
ろくに校則も守っていないし、宿題忘れや遅刻だって日常茶飯事。
教頭との仲は険悪なのにもかかわらず、処分を受けたことはない。
それがジュニアの言葉が口先だけであることを証明している。
みんなもそれに気づいてきたようで、
少なくとも普通に大学入試を受けるつもりの奴らは尾崎から離れつつある。
まあ、俺は推薦なんか端から狙ってねぇしな。
そんなわけでジュニアが俺を目の敵にするのも当然の流れ。
ぴしゃり
かちゃり
ジュニアが生徒会室の扉を閉める。
いや、そこまではいいけどよ……何で鍵までかけるんだ?
ジュニアは椅子に腰かけると、尊大な口調で切り出した。
「文芸部次期部長としてではなく、生徒会として命令する。生物部からの投書を取り下げろ」
投書ってのは言うまでもなく文芸部の敷地面積縮小の提案だ。
「は? 意味分かんねぇ。だからそれは今の部長に言えってば」
「お前にはもうその権限があるはずだろう」
はいはい、先輩にはそんなこと言えないもんね、あんたは。
いつもならブチ切れて怒鳴りつけるところだが、
こいつの言うことがあまりにも目茶苦茶なので、俺でも正論で攻められそうだ。
「……あのさ、どこがいけないわけ? そこをちゃんと説明しろよ。
文芸部の部室が部員数に対して広すぎるのも、お前が半分私有化してるのも、
生物部どころか生徒全員が思ってることだぜ?
てかさ、『生徒会として』って言ったけどさ、会議にかけてないだろ。独断だろ。
そんなの文芸部部長としてですらねーよ。超個人的な話だよ。
どうしても命じたいんなら、生徒会長立会いの下で行ってほしいね。
それだけか? それだけだな? はい、さようなら」
俺は踵を返す。10分もかからなかったな。