25 恋心――隼人の真相2
『カドミウム』という、名前を聞いた限りでは化学教師の御用達だと思うようなCDショップがある。
カドミウムの元素記号はCdだから、それと掛けているんじゃないかというのが俺の推理だ。当たっても全然嬉しくない。
2階は休憩所のようになっていて、自動販売機にテーブル、ソファーに雑誌まである。
中にいくつか英語で書かれた学術論文誌が混じっている。ここの店主の趣味がよく分からん。
俺はそこに座ってコーヒーを片手に漫画を読んでいた。
現在17時30分……すっぽかされた?
ダダダ。階段に足音が響く。
綾乃がものすごい勢いで階段を駆け上がってきた。
踊り場で内側の手すりを掴み、向心力を利用してスピードを落とさずにクイックターン。
レースにおけるドリフトみたいな感じだ。そんな高等テク使う必要無いだろ。
一気に階段を駆け上がり、俺の目の前で急停止。
両手を膝小僧にあて、息を切らす。走り疲れたポーズ。
「はあ、はあ、ご、ごめん、急に、委員会で、呼び出し、かかっちゃって、さ」
そういえば生徒会役員やってんだっけ。
「ううん、そっちじゃ、なくて、級長の、ほう」
「とりあえず落ち着けって。何飲む?」
「あ、いや、大丈夫だから。自分で、払うよ」
男が奢るべきだと思ったが、そういう関係ではないと思い直す。
「もうCD買った?」
「いや、まだ」
「んじゃ、下に降りよっか」
「……あ、そうだ。これ」
持っていたテープを綾乃に渡す。綾乃は嬉しそうにそれを胸に抱いた。
「ありがと。ダビングして返すね」
「ああ」
その時にまた会える。そう思うと、なんだか心が躍るような気がした。
「いつ返せばいい?」
「そうだな……正月明けの火曜日、ゲームの発売日なんだけど、それでどうだ?」
「え、それってずいぶん先じゃん。そんなんでいいの?」
「いいっていいって。そんなに急ぐわけでもなし」
本当はあまり間隔を開けたくなかったが、いいポイントが思いつかなかった。
「分かった。ところでそのゲームって、何?」
「『サバイバーX』。『隼』がソロ活動していた時に作った曲のアレンジが入ってんだ。
あ、これは偶然知った。もともと好きなシリーズだったし」
「へえ。どこで買うの?」
2週間後、今度は綾乃が先に来ていた。
「はいこれ。ありがとね。やっぱりすごく良かったよ!」
綾乃がテープを差し出す。それを受け取ったら何かが終わってしまいそうで少しためらったが、
そんなのは傍から見れば一瞬だったようだ。
「おう。ちょっと待っててくれ。ゲーム買ってくる」
「で、どこ行く?」
「え!?」
綾乃の言葉に、俺はドキッとした。
「どこか、行くのか?」
「いや、だってさっき、待ってろって言ったじゃん。あれで別れるつもりならそんなこと言わないでしょ」
そんな意図は全く無かったんだが……巡ってきたチャンスだ。
俺は近くにあった喫茶店に入った。
「誠、どうしてる?」
レモンティーを注文した後の綾乃の開口一番がそれだった。
少し落ち込んだが、考えてみれば今まで誠の話が出なかったことのほうがおかしい。
「相変わらずだよ。あれから全然会ってないのか?」
「そうだね。あれからもう3ヶ月か」
「そういや昨日、お年玉いくら貰った?って聞いたんだよ。そしたら1万円だとさ」
「あはは、やっぱり今年も? どうせ使わないからって断ったんでしょ」
「なんだ、知ってんのか。母方のじいちゃんばあちゃんがどうしてもって聞かなかったんだってさ。
そうじゃなかったらお年玉無しになるところだった。」
「相変わらず無趣味だねー。いや、お金かける趣味がないのか」
「そういう奴に限っていつかいきなりでかい買い物するんだよ。その時のために貯金しておきゃいいのにな」
「だよね、私もそう思う」
これも意気投合なのだろうか。その後も誠の話が続く。
綾乃と盛り上がれるのが楽しいという気持ちと、話題の中心が誠であることに対する嫉妬が入り混じって、
ゴチャゴチャ、モヤモヤ。
ふと外に目をやると、光源は太陽から電灯に取って代わっていた。
「うわ、もうこんな時間」
綾乃が携帯を開いて言う。
「もう帰らないと。テープありがとね。誠の話もたくさん聞けて楽しかった。
これで加奈にあげる情報が増えるなーっと」
「え?」
綾乃は笑って俺を見る。
「隼人君、加奈覚えてる?」
「ああ、そりゃあ……」
「加奈さ、誠に好意抱いてるふしがあるんだよね。
本人は否定するし、私が勝手に仲介するのも厚かましいかなとは思ったんだけど、
だったら誠のこと色々教えてあげようと思って。電話番号も教えたけど、あの子にゃそんな度胸無いだろうな」
「それで……いいのか?」
「何が? ……ああ、もしかして、隼人君も私が誠のこと好きだって思ってる?」
そう言って大げさなリアクションをしてみせた。
「違うって。いや、好きだけど、それは恋愛感情とは別モン。誠は大切な友達だよ」
その言葉が、俺の中の濁った水をすっかり濾過した。
頭の中がすっきりして、今なら言えそうだと思った。
「……あ、あのさ、また会えないか? い、いや、とくに用事は無いんだけどさ。嫌なら別に……」
それだけの言葉を口にするには、少々必死になりすぎたかもしれない。
綾乃はしばらくキョトンとしていたが、すぐに笑顔に戻った。
「いいよ、いつがいい?」