22 誤解――誠の真相3
心臓が高鳴る。
僕は今、真相に近づいている。
この事件を解き明かすことができる!
時系列で整理してみよう。
犯人は半年前の事件を偶然知った。
それは亜深さんが酒の勢いで話したのかもしれないし、
綾乃さんと加奈さんの話を盗み聞きしたのかもしれない。
そしてそれを使って、
彼らが呪われて誰かを殺しては自殺するという
異常行動のシナリオの陰で社長を葬ろうと考えた。
まずは教室に誰もいないところを見計らって
綾乃さんの弁当に薬物を混入させる。
次に隼人が誰かと二人っきりになるところを襲う。
そして。
社長を殺し、その罪を亜深さんにかぶせて殺そうとした。
亜深さんはそれに気付き、逃げ出した。
でも結局、トラックに轢かれて死んでしまった。
これは犯人にとっての予想外の幸運。
より一層呪いに見せかけることができ、
警察の自分への疑いは薄れるのだから。
バクバク
ドクドク
鼓動がうるさい。
心臓が破裂して死んでしまうのではないかと不安になるくらい。
では、犯人は誰だ?
まず、南高校に出入りしても怪しまれない人物。
そして、亜深さんの食品会社に出入りしても怪しまれない人物。
さらに、うちの高校の生徒会室の鍵を使え、
その事実を隠すことのできる人物。
2つの高校を出入りできるということは、教師の可能性が高い。
教育委員会の人間かもしれない。
でも、食品会社の社長との関係は?
……給食とか、そういう話だろうか。
とりあえず、うちの教頭ではないだろう。
尾崎君の父親だ。息子を溺愛していた。
いくらなんでも、私怨のために息子を殺すようなことはしまい。
でも、かなり上位の人間であることに疑いは無い。
あの時、僕と一緒に発見者となった先生も怪しい。
あの人なら、隠し持っていた鍵を隙を見て生徒会室に投げ入れ、
最初からそこにあったように見せかけることができる。
でも、それなら音がするか。
あの時怪しい素振りがあっただろうか。
そろそろ僕の推理も詰まってきた。
この先は僕に分かる話ではない。
この推理を明日、警察の人に聞いてもらおう。
そして次の標的は僕だ。
近いうちに、奴は僕に接触してくるだろう。
もしかしたら明日にでも、学校で。
気をつけなくてはならない。
目を開けると、既に明るくなっていた。
いつの間にか眠っていたらしい。
でも、昨夜の推理はちゃんと頭に残っている。
話しやすいように紙に書き出しておいたほうがいいかもしれない。
目をこすりながら、ふと壁にかけてある時計に目をやる。
背筋が、凍りついた。
時計は8時を指していた。
ここから高校まで、1時間かかる。
だからいつも7時には起きる。
遅刻という意味じゃない。
ここで僕はようやく、外窓が僅かに開いていることに気付いた。
体中が、凍りつく。
昨日閉めたはずだ!
なのに、どうして開いている!?
僕が寝ている間に、犯人が侵入した!?
じゃあ……犯人はもうこの家の中に……
耳を澄ませる。
階下の音に意識を向ける。
何も、聞こえない。
それは、犯人がいなくて安全なんてことじゃない。
いつもなら母さんが朝ごはんと弁当の支度をしているはずなのに!
7時になっても僕が起きてこなかったら、呼びに来るはずなのに!
何の音もしない。
どうして!?
母さんはものすごく時間にタイトだ。
休日でもなければ、こんなヘマは絶対にやらかさない。
シンデデモイナイカギリ――
最悪の結果。
犯人は、想像以上に早くやってきた。
恐らく、母さんも父さんも、もう生きてはいない。
そして、犯人はそれを僕の仕業に見せかける。
きっと、僕を自殺に見せかけて殺すつもりだ。
部屋の前で、息を殺して待ち構えているに違いない。
僕が部屋から出てきたら、気付く暇も与えずに殺す。
凶器を構えて待っているに違いない。
逃げなくては。
僕がまだ、大した物音を立てていないのが幸いだった。
布団から起き上がった音だったら寝返りだと思わせられる。
僕が起きていると気付かれてはならない。
僕が気付いていると気付かれてはならない。
忍び足で机の上の携帯をとり、窓を慎重に開ける。
外の空気は寒いが、着替えてなんかいられない。
窓から、屋根の上に出た。
携帯で助けを呼ぼう。
でも、まだ駄目だ。まだ聞かれる。
もっと離れてから――
世界が、ぐるりと回った。
目の前にあるのは、空だった。
背後にあるのは、屋根だった。
足元にあるのは、さっきまでもたれかかっていた壁だった。
頭上へ向かって吸い込まれていく。
ああ、僕は、足を滑らしたんだ。
生物には生存本能がある。
走馬灯というものは、死に際に脳がフル回転することで生じると思われる。
死を逃れたい一心で、記憶の引き出しをすべて開け放ち、感覚を研ぎ澄まし、筋力を極限まで引き出す。
白刃取りというのは、それを利用した例ではないだろうか。
でも、何をしたところで物理法則には敵わなくて、
僕はゆっくりと自由落下しながら頭の中の映像を眺めているしかなかった。
入学して、隼人と会った。
人身事故があって、常磐さんに会った。
隼人が、死んだ。
加奈さんが電話をかけてきた。
綾乃さんの死を知って、亜深さんの死を目撃した。
警察の取調べを受けて……
あれ?
「そして唯一と思われる合鍵が、神林の服のポケットから発見された」
犯人はどうやって鍵を仕込んだんだ?
亜深さんを犯人に仕立て上げる方法。
それを僕は考えていなかった。
そもそも、綾乃さんが誰かを殺すことをどうやって予測できた?
綾乃さんは錯乱状態になって偶然同級生を巻き込んだだけ。
それがなければ、社長の死を覆い隠すことはできない。
……そうだ、どうして気付かなかったのだろう。
この推理通りなら、犯人は現場にいなくてはならない。
事件当時、両方の学校にいた人間なんて、警察がとっくに調べているに決まってる。
僕の推理は、間違っていたのか……?
首に走る鈍い衝撃が、最期の感覚だった。