17 矛盾――加奈の真相1
熱意なんてものは、とっくに消えていた。
調べるどころじゃなくなった。
考えるどころじゃなくなった。
呪い、呪い、呪い……
その言葉が頭の中を埋め尽くす。
あたしは呪い殺される。きっと殺される。
そしてきっと、また誰かを殺すのだろう。
そしてきっと、無残な姿をさらすのだろう。
いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ――
どうしてこんなことになった?
事の始まりは半年前。
あの事件に巻き込まれたから、いけなかった。
あの電車に乗ったから、いけなかった。
どうして乗ったんだっけ?
本当は乗るはずじゃなかった。
アイスでも食べて、一本後の電車に乗るつもりだった。
どうして乗ったんだっけ?
綾乃ちゃんが乗ろうって言ったからだ。
どうして言ったんだっけ?
隼人君が早く帰りたいって言ったからだ。
どうして隼人君が居たんだっけ?
誠君と綾乃ちゃんが会ったからだ。
どうして会ったんだっけ?
隼人君が騒いでいたからだ。
綾乃ちゃんがそれに気付いたからだ。
「――学校から駅までいくつ信号があると思ってんだ!?
全部止まってたらいくら時間があっても足りねーだろーが!」
「分かった分かった。分かったから怒鳴らないでよ。
目立って恥ずかしいじゃん……」
「? ああーっ! 誠じゃん! 久しぶりーッ!」
「……綾乃さん?」
「そうだよ! 何? たった半年で同級生の顔を忘れるわけ?」
「いや、別に忘れたわけじゃ……」
「誰だ? 彼女?」
「全然違う。ただの中学校のときのクラスメートだよ」
「『ただの』って何よ。そこまで嫌な顔すること無いじゃん」
「いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」
「俺は風見隼人。高校では俺がこいつの面倒を見ている。よろしく!」
「へ、へえ……よろしく」
「……小腹が空いたからそこで何か買って食べようと思ってたんだけどな……
どうせだから一緒に帰ろっか。積もる話もありますし」
「食べてからでも良いよ。別に一本くらい遅らしても――」
「何だと!? 俺は認めんぞ!
早く帰ってゲームを全クリしなくてはいけないんだ!」
「じゃあ先に帰っててよ」
「何!? お前は大親友の俺を一人で寂しく帰らせるというのか!
そんな薄情な奴だとは思わなかったぞ!」
「……」
「ま、そういうことでさ、乗ろうよ」
そうだ。
隼人君がわがままを言わなければ。
誠君がそれを聞き入れなければ。
そもそも綾乃ちゃんが誠君を見つけなければ。
あたしはあの電車には乗らなかった。
こんなことには……ならなかったはずなんだ。
……分かってる。
そんなのはただの粗探しだ。責任転嫁だ。
最低だ。
友達のせいにするなんて、あたしは最低だ。
神林さんの死を聞いて以来、あたしはずっとこんな調子だった。
運命を呪って、他人を責めて、自己を嫌悪する。
こんなんじゃいけないと自分を注意する理性は、
恐怖心という本能に押しつぶされる。
あれ以来、あたしは学校を休んでいた。
外に出たら殺される。
そんな根拠のない不安が心を支配していた。
家なら安全だと言う根拠のない考えにすがっていた。
勉強をするでもなし、事件について調べるでもなし、
ただ単に生物として食事を取り、トイレに行き、お風呂に入り、寝る。
そんな生活が、もう1ヶ月ほど続いていた。
友達を失ったショックが今になって来たのだろうと、
両親はそんなあたしを責めることも無く、
むしろあたしのことをとても気にかけていてくれた。
それがとても後ろめたかったけれど、
本当のところを話す気にもなれなかった。
知った人は呪われる。
それもまた、根拠はない。
それでも、あたしはいくらか、平常心を取り戻しつつあった。
また、事件について調べようという気になってきた。
そうだ。真相を知ることは、自分の身を守ることにもつながる。
学校に行こうという気にもなってきたけど、今日は春分の日。
そもそも昨日が終業式じゃなかったっけ。
気づけばもう、一年が終わっていた。
昨日、誠君に電話をかけた。
少し気になることを思い出したのだ。
綾乃ちゃんが事件を起こす、ほんの一週間ほど前の会話。
1月の、第2週。
「誠ってさ、お年玉いくら貰ったと思う?」
「わざわざ言うくらいなら……多いの? 10万円くらい?」
「逆! いちまんえんだよ、いちまんえん!
高校生でそれって、どうよ?」
「……へぇ」
「誠ったら欲が無いからさー。
買いたいものがない、とか言って断ったらしいんだよね。
だったら貰っとくだけ貰っといて貯金すればいいじゃんね?
そのぶん私が貰いたいよー、あはは。
私だったらすぐ使い切っちゃうね。買い物とかで」
そう、綾乃ちゃんは、誠君のお年玉の話をしていた。
普通年明けにそんな話をしたら、それはつい先日の正月の話。
でも、年末年始、綾乃ちゃんはずっとおばあちゃんの家に行っていた。
休みが明けてから、その話をした日まで、休日をはさんでいなかった。
平日は誠君は夜遅くまで学校にいる。
綾乃ちゃんはあたしと一緒にさっさと家に帰る。
そんな話を耳にする機会は、無い。
でもゼロじゃない。
電話で話すかもしれない。
夜に用事で出かけたのかもしれない。
だから、誠君に聞いてみた。
誠君は、知らないと言った。