15 補足――論議と仮説2
相浦は酔ってはいなかった。
俺はあいつが酔っ払ったところを見たことがない。
あいつは酒豪だ。どんなに飲んでもケロッとしている。
酒の強さは遺伝するらしいから、あいつの子どもも強いのだろう。
対して俺も、ほとんど酔っていなかった。
何しろ量が量だ。下戸でもなければ、酔っ払うわけがない。
だから、本人は気にしていないフリを装ってはくれたが、
相浦が聞いた俺の言葉は幻聴でもなんでもなく、
俺が発した言葉も、無意識的にではあったが、
ちゃんとした自分の考えだった。
水樹誠なら、動機がある。
いくつか、相浦の説明に情報を加えておこう。
まず相川綾乃について。
母親の話によれば、相川は以前は生徒会なんかと
全く縁の無さそうな人物だったという。
明るくはあったが、目立つのは好きではなかった。
ちゃんとした場でクラスのみんなの前に出ると、
緊張で声も出せなくなるような子だった。
それが変わったのは小学生のときにいじめを経験したからだという。
しかも加害者の立場でだ。
ただ、本人は自覚しておらず、気付いたときに非常にショックを受けた。
両親に向かって泣きながら懺悔したらしい。
しかし、いじめの相手は謝る前に引っ越してしまった。
それ以来相川は積極的に委員会系統に関わるようになった。
高校入学当時、綿原がいじめられていたのは事実だった。
彼女と親しくしていたのは、贖罪のつもりだったのだろうか。
そして前に最近の相川には不審な点は無かったと言ったが、
それは教師達の証言だ。
同級生達も、変なところは無かったと言っていた。
しかし俺は、彼らが何か知っていると思う。
あまりにも皆が同じことしか言わなすぎるからだ。
風見隼人について。
実は凶器の柄には微量ながら化学繊維が付着していて、
それは現場に落ちていたハンカチのものだと分かった。
更にそのハンカチは、尾崎の持ち物だった。
尾崎については、調べているうちに人物像が変わってきた。
教師からの評判は上々だ。模範的な生徒だという。
言うこともよく聞くし、成績も良いし、学校行事にも熱心だ。
ただ、生徒とごく一部の教師によれば、
大人の見ていないところではガキ大将のように振舞っていたという。
父親のことを盾に、好き勝手やっていたらしい。
裏表のある人間だってことだ。
それから風見については、新しい情報があった。
事件の1ヶ月半程前の午後6時ごろ、
女生徒と一緒に歩いているのを目撃したと言う証言がいくつか出た。
赤い帽子を被って髪を染めた高校生なんてそうはいないだろうから
風見である可能性は非常に高いのだが、
相手の女性に関しては特徴が無く覚えていないと口々に言われた。
その時刻なら授業はもとより部活も延長が無ければ終わってるだろうが、
水樹と風見は大抵の日は図書館で2人、7時頃まで勉強するそうだ。
ならば風見はこの日、それをせずにデートでもしに行ったのか。
神林亜深について。
毒の入った瓶を調べたところ、
底のほうに市販のビタミン剤の粉が検出された。
同僚に聞くと、神林はいつも昼にビタミン剤をのんでいたようだ。
ちなみに現場の扉には小窓がついており、見ようと思えば中をうかがえる。
それから神林を轢いたトラックの運転手は業務上過失致死で書類送検され、
その運送会社も、労働基準法に違反していた疑いが持たれている。
また、神林が救急車で運ばれたとき、
騒ぎを聞いて駆けつけた同僚達のうちの一人が同伴したという。
彼らは仕事中だったらしく、まるで手術中のような格好をしていた。
まあ、食品会社は衛生管理が重要だからな。
……そうそう、神林はどこへ向かっていたんだと思う?
会社から事故現場へ直線を引くと、その延長上にあるのは、
交番、駅、デパート、住宅街……それ以上は歩いていくのはキツイ。
神林が犯人なら駅から県外へ逃走を図ったと考えられるが。
綿原加奈について。
よく考えれば、相浦の言っていたことはおかしくも何ともないのだ。
部屋には布団も干せる丈夫な物干し竿があり、
これまた丈夫な物干し紐とでも言うべきものが結び付けられていた。
綿原はこれで首を吊った。
だが、俺の電話の直後に死ぬほうがおかしいのだ。
そんな手際良く事が進むはずがない。
首を吊るにも準備が要る。竿にまきついた紐を解き、それで輪を作る。
それだけでも結構時間がかかる。
だから、俺達が来る直前に死んだとしても、なんらおかしいことはない。
ただ、錯乱して首を吊ったのだとしたら、20分も錯乱状態が続くのか。
そもそも、錯乱した状態で準備ができるのか。
つまり、はっきりとした意志を持って自殺したと考えられるのだ。
でもそれは滅多刺しにされた携帯電話の存在と矛盾してはいないか。
ここで綿原が何者かに殺されたと考えると、筋が通ったりする。
そいつは綿原を絞殺し、俺たちが来る直前に吊り下げた。
携帯電話を壊したのは、そこに都合の悪い情報が入っていたから。
……となると、あの叫び声も、犯人に襲われたからと考えられる。
まさか、誰かが死んだふりをして、綿原を殺害した?
死体を偽装するなんて簡単なことじゃないが、
念のために今までの死体を調べなおしてみるか。
残る一人が、問題だ。
水樹誠。相浦の言う通り、彼が犯人なんだろうか。
須賀智彦:
亜深の同僚 救急車に同伴した