12 縊死――誠と加奈2
実は俺は、前にも似たようなことに出くわしたことがあった。
20年以上も前の話だ。まだ子どもだった。
死んでいると思った人間が、突然起き上がってどこかへ去っていったのだ。
恐怖より興味を覚えた。それが警察に入った理由の1つかもしれない。
しかし、そのうちそんなのは気のせいだったと思うようになった。
子どもだったから、倒れた人間を勝手に死んでいると思い込んだのだろう、
前後の記憶が無いのだが、もしかしたらドラマの撮影だったのかもしれない、と。
だからあの事件に出会って、やっぱりあれは本当だったんだと思った。
するりと受け入れられた。
ずっと周りに反対されていた仮説が、証明されたかのようだった。
でも、そんなことが頻繁に起こっているわけがない。
現実の死の概念が、未だに変わっていないからだ。
変革は、混乱を招く。
俺は誰にも知らせないことに決めた。
だから、水樹や綿原に警護をつける理由が無かった。
どう誤魔化せば納得させられるのか。
いや、そもそも俺自身が、つける必要はないと思いたかった。
あの事件が関連しているなんてことはない。
偶然だ。こじつけだ。
だから、彼らには何も起こらない。警護は無意味だ。
そう、言い聞かせていた。
しかしそれは怠慢だったのだろうか。
水樹誠の家は、どこにでもありそうな一戸建てだった。
1階と2階にそれぞれ3角屋根がついている。
彼の部屋は2階にあり、部屋の窓から出ると1階の屋根の上に出る。
彼はその屋根から滑り落ちたのだ。
時刻は朝の8時過ぎ。
発見されたときには既に心肺停止、
病院で死亡が確認された。
「運が悪かったな、こりゃあ」
「どうしたんだ」
「落ちるときに塀の角に頭をぶつけたらしい。
それで首がコキッとなっちまったんだな。
それさえなければ、地面は土だし助かったんだろうに」
相浦はそう言って足元の湿った土に目をやる。
夜のうちに雨が降ったらしい。
こいつは俺の同期だった。
ものぐさだが、洞察力はずば抜けて鋭い。
物部とは正反対の人間だ。
「物部は非番か」
「ああ」
相浦は手帳から写真を取り出す。
発見当時の様子を写したものだった。
「んで、お前はこれをどう見る?」
「……事故、だろうな」
「本当にそう思ってんか?」
「……家族は?」
「こいつが落ちたとき、まだ親は1階で寝てた。
家の鍵もちゃんと閉まっとった」
「何かおかしいところでも?」
「それはお前が一番良く分かってんじゃないか?
……まあ、それと、実際にこいつは窓から落ちていない。
窓から屋根に降り、壁伝いに少し進んだ所だ。
それは落下地点から大体分かってる。目立たないが足跡もあった。
そもそも着ていたのはパジャマだ。この季節に外に出るには寒すぎる」
「何のためにそんなことをしていたのか。
家族に知られないように家を出ようとしていたのか。
それなら何故着替えない? そして……これで4人目……」
「その話はお前が担当していたからよくは知らんが、
お前は何か裏があると思ってんだろ? そしてその関係者が死んだ」
「他には何か?」
「携帯電話が庭に落っこちてた。足を滑らせたときに落としたんだろう」
「今あるか?」
「ある。リダイヤルするんか?」
意外と言うべきか、予想通りと言うべきか、
最後の通話相手は綿原加奈だった。
通話時刻は昨日の夜。
自分の携帯からかけると、少しコール音が鳴った後に出た。
「……もしもし」
「風浪です。訊きたいことがある」
「何ですか?」
「昨日の夜、水樹誠との会話の内容を教えて欲しい」
「え……どうして……何かあったんですか?」
「何を話した?」
「……変なことがあったので、確認したんです」
「変なこと?」
「冬休み明けに、綾乃ちゃんが、
誠君はお年玉を辞退して1万円しか貰わなかったんだよって言ってたんです。
そのときは、へぇって思っただけなんですけど、
よく考えたら、綾乃ちゃんと誠君って半年前から会っていないはずなんです。
綾乃ちゃんは冬休みはずっと実家に帰っていましたし。
それで、誠君に訊いてみたら、あれから電話でも話したことないって。
だから、きっと去年の話だったんだろうって。それだけです」
「……」
「あの……どうしてそんなことを訊くんですか……?」
「いや、なんでもない。ありがとうございました」
一方的に電話を切る。
ピリリリリリリ。
すぐさま、水樹の携帯電話が鳴る。
嫌なところで勘が鋭い。
1分ほど鳴り続けて、呼び出し音は止まった。
ピリリリリリリ。
今度は俺の携帯電話だ。
やはり綿原からだった。
「誠君の電話にかけたけど、全然出ません。
何かあったのかもしれないから、様子を見に行ってもらえませんか?」
「……」
「ねえ! どうして黙っているんですか!? 聞いてるの!?」
「……水樹誠は、今朝、自宅で転落死した」
カシャン
向こうの携帯電話が、落ちた音だった。
綿原がしきりに何かを呟いているが、声が遠くて聞こえない。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ガシャッ
ジー
プツン
ツー、ツー、ツー
すぐさま綿原の家に駆けつけた。
2階建てで直方体の、最近の建て売り住宅だ。
チャイムを鳴らしても、ドアを叩いても、誰も出ない。
鍵が閉まっていたので、ぶち破って入る。
今日ほど後悔することは、後にも先にも無いだろう。
俺が目にしたのは、首に縄をかけ宙に浮いている綿原の体だった。
相浦明:
刑事 風浪の友人