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甘い飴をくれる狼にはご用心  作者: ミケ~タマゴ
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♡04話 油断してしまいました




「あっ、動きが面白いので虫をつついているだけですわ。聞いてますから、お話の続きをどうぞ」


 しゃがんだ体勢から青年の顔を見上げました。同じ眉を寄せたものでも、青年の表情が悲しげなものから訝しげなものに変わっています。


「……そう、それでね。私は母の愛を知らずに育ち、父には無関心に放置され、愛人達には散々苛められて、寂しくて悲しくて辛い思いをたくさんしたんだけど、成長して大きくなってきたらね。私を苛めていた女性達の態度が変わってきたんだ。いけない遊びに誘われて、今度は体を弄ばれて……ねえ、ほんとに聞いてるのかな?」


 最初は哀しそうな声音でゆっくり話していた青年の話は、軽い早口のものに変わっています。問いかける声に、虫をつつく手を止めて、また青年の顔を見上げて頷きます。


 「もちろんですわ。女性達にいけない遊びに誘われて、弄ばれたんですわよね? 今度はちゃんと相槌も打ちますから、続きをどうぞ」


 青年の眉が更に寄りましたが、首を軽く振った後、気を取り直してまた話し始めました。


「……それで、女性達に弄ばれた私は荒れたんだよ。本当の愛情を私に与えてくれる女性はどこにもいない。心が真っ黒な闇に落ちていくような絶望感を味わったよ。どうせ体だけを求められてるんだと、暗い卑屈な気持ちを持ちながらも、本当に愛してくれる女性がいるんじゃないかと、そんな女性を探して彷徨ってるんだ」


「ふんふん、それで心もナニも真っ黒になったと……」


「そう、それで心もナニも真っ黒に……ちっがーうっ!」


 せっかく相槌を打ってあげたのに、青年が怒鳴って立ち上がりました。


「何だっ、君は?! ここは私に同情するところだろ?! なら、私が本当の愛情をあげようとか思わないのかっ?!」


 つついていた虫を葉っぱごと、近くにある茂みの枝に移動させると、立ち上がりました。本虫には迷惑だったでしょうが、遊んでくれた虫には感謝しました。


「思いません。わたくしには無理だと思いますわ。ヤリチ〇の相手はちょっと……」


 ハアハアと息を荒げている青年に正直な気持ちを告げると、青年の眉がピクリと動きました。


「……ん? ヤリチ〇?」


 呟いた後、ジーッと顔を見つめられます。


「……君は……何かおかしいぞ……」


 目を細めて、こちらを窺ってきます。


「……高位貴族のご令嬢がヤリチ〇? あの相槌も……」


 一度首を傾げた後、つかつかとこちらに近寄ってきます。正面に立つと体を屈めて口をこちらの耳元に近づけて、幾つか単語を囁いてきました。


「〈ピーッ〉、〈ピーッ〉、〈ピーッ〉」


 きわどい禁断の単語を耳元に囁かれて、カーッと頬が染まります。


「へえ、分かるんだ? 普通のご令嬢には分からないはずの低俗でかなり際どい言葉を言ったんだけど……」


 感心するように頷くと、今度は手でスルリと頬を撫でられました。顎を撫でられ、首筋を撫でられ、背中を撫でられます。いやらしい手つきです。


「あひゃ、ひう、うひ、はう、なっ何をなさるの?!」


 ゾクゾクッと体に痺れが走り、青年から慌てて後ずさって離れました。


「うん、感度は悪くないけど、全然色っぽくないね。この開発されてない感じは、まだ経験はないと。私はそういう見分けには自信があるんだ。君は何だろう?」


 腕を組んで少し考えた後、ハッとしたようにこちらを見ます。


「ああ、君、耳年増ってやつだろう?それもかなりの……」


「……ッ!」


 驚愕しました。バレています。青年と過ごした時間は半日にも満たない時間です。接触したのはわずかな時間です。すごいです。さすが、本物のタラシ男です。ヤリチ〇です。『耳年増のユリリー』を見抜かれるとは!


「君、気の抜けたような、おっとりした喋り方するから、的外れな事を言う何も考えてない箱入りのお嬢様のような印象を受けるけど、実は色々考えてるよね。時々口調が変わるし。喋り方は計算してるのかな?」


 口をパクパクさせて驚愕しているうちに、どんどん中身の推測をされていきます。色々考えているのは本当だけど、計算してる訳じゃなく、話し方はバカの相手をしている内に自然に身についたもので、的外れな事を言ってしまうのは素で、時々口調がおかしくなるのは中身と外面に差があるからです。と説明する必要はありませんでした。


 興味深そうな青年の視線を感じます。じろじろ見られています。


「面白いなあ……」


 呟くと青年は上着のポケットから何かをゴソゴソと取り出しました。手の平が目の前にスッと差し出されます。


「飴は好きかな?」


 視線を向けると、その手の上にはキラキラと桃色に光る紙に包まれたキャンディらしきものが一粒載っています。


「特別に手に入れた飴なんだ。珍しいものだよ。美味しいから舐めてごらん」


「はあ……」


 なぜ、この流れで飴が出てくるのかよく分かりませんが、青年の手の上の飴は美味しそうです。『特別』『珍しい』という言葉は食べてみたい気にさせます。


「……変なものは入っていませんわよね?」


「もちろん。変なものなんて何も入ってない、ただの飴だよ」


 上目遣いで青年の顔を見ながら確認すると、青年はニッコリと笑顔で頷きました。


 それならばと、近寄って青年の手の上の飴を取り、包み紙を剥くと、中からは薄い琥珀色の丸い固まりが出てきました。中に桃色の小さな花びらが入っています。包み紙は青年の手の上に返し、親指と人差し指で摘まんで飴を眺めました。


「きれいな飴ですわね」


 一言呟いた後、飴を口に入れました。コロコロと何度か舌の上で転がします。蜂蜜が使ってあるのでしょうか。甘くて美味しい飴です。


「舐めちゃうんだねえ」


 飴を舐めていると、青年から呆れたような、感心したような声がかかりました。


「私のような男がくれた飴なんて、舐めちゃダメだろ。何が入ってるか分からないだろ?」


 青年の言葉にギョッとしました。


「へっ、変なものは入ってないって、仰いましたわよね?」


「『変なものが入ってるから食べて』と言う人間がいると?」


「えっ! まさかの媚薬入りっ?!」


「ああ、吐き出さないで。変なものは入ってない、ただの飴なのは本当だから」


 吐き出そうとすると、青年から制止の声がかかりました。吐き出しはしませんでしたが、口の中の飴の扱いに困ります。どうしたらいいのか混乱していると、青年の笑い声がクスクスと聞こえました。


「うん、吐き出さないんだねえ。素直なお嬢様なんだけど、媚薬とか言っちゃう所は変なんだよね」


 クスクス笑いを収めると、じっと顔を見つめてきます。


「その飴はね、大人の遊びを好むある秘密の交流会で配られる飴でね。ただの飴だけど、包み紙と舐める行為に意味があるんだよ」


 何かあやしい場所のあやしそうであやしくない飴なのは分かりました。包み紙はよく分かりませんが、舐める行為とか言われると幾つかの妄想が刺激されます。


「ああ、その顔は何かいけない事を考えてるね? うん、その飴は『一緒に舐めませんか?』と誘う意味で、舐めると了承になるんだよ」


 青年の言葉に眉を寄せます。何か思ったのとは違います。もう少し刺激的な意味かと思ってしまいました。


「アハハッ、期待外れって顔をしたね。分かりやすいなあ」


 青年は再び笑い声を上げると、触れそうなほど、体を近づけてきました。


「フフッ、期待外れじゃないと思うけど……『一緒に舐めませんか?』って言うのはね」


 背中に青年の左腕が回り、グッと引き寄せられます。右手が頭の後ろに添えられ、仰け反るように上向きになりました。あっと思う間もなく口を青年の口で塞がれました。口の中に何か熱い柔らかなものが入り込みます。舌の上の飴がコロコロと転がされました。


 ──ベロチュー! こっ、これはベロチュー! というものではないでしょうか。初心者がいきなりやる事ではありません。初めての口づけにうっとりしないで、ビックリしました。


 衝撃に初動がおくれましたが、もがくとまずは、左手で青年の頬を一発叩きました。背中にまわった左腕が緩んだ所で、自由になった右手でさらに力を込めた平手をくらわせます。

 時間差攻撃でしたが、素早い動きだったと思います。左右の平手攻撃の後、体の前でクロスした両手を降り下ろしダブルチョップを顔面に食らわせました。何やら呻いていましたが、知った事ではありません。乙女の唇を奪った狼には当然の報いです。元婚約者と会った日にストレス発散のためにしていた動きの一部が役立ちました。

 クルリと背後を向き、ドレスの裾をたくしあげると走り出しました。


 ああ、本当に油断してしまいました。

あれほど、用心しなさいと言われていたのに気が抜けていたようです。反省しながら走りました。


 走り逃げる途中、何やら茂みの影で重なるように寝そべっている男女がいましたが、男の背中の上をよく踏みつけて通り抜けさせてもらいました。

 金茶と桃色の髪が見えたような気がしましたが、ホント気のせいですね。こんなところであんなやつに偶然会うわけがありません。






★ナニ……ナニです。

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