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甘い飴をくれる狼にはご用心  作者: ミケ~タマゴ
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♡01話 人間、無理はよくないよね



「そういう訳だから、君と舞踏会には行けなくなったんだ。後で正式に婚約解消の申し出はさせてもらうけど、まずは君に言っとこうと思ってね」


「はあ……」


 ユリリーサナは目の前に立つ、隣に桃色髪の女性を伴った、金茶の髪の青年に気の抜けた返事をしました。急な呼び出しに何かと青年の屋敷に来てみれば、こんな事でした。


 わざわざ、どうしてこちらを呼び出したとか、なぜ、この女性を連れてくる必要があるんだとかは言いません。


 青年は幼い頃からの婚約者でしたが、あまり思い入れはありませんでした。婚約者として交流はありましたが、『こいつ、バカだろ』と会うたびに思わされたものです。今回も外しませんでした。


 しょせん、家同士の繋がりを求めた、親の決めた結婚相手──ダメなのとの結婚を強いられる場合もあるだろうと諦めていました。


 婚約の解消はとても、ホントにとても、拳を握り締めて天に向かって『やったあー!! よっしゃあ!』と叫びたいくらい嬉しかったのですが、ちょっと時期が悪くて喜びが半減してしまいます。


「まっ、悪く思わないでくれ。真に愛する人を見つけてしまっただけなんだ」


 そう言って、青年は隣の女性と見つめ合います。頭の軽そうなポヤンとした女性です。バカそうです。お似合いの二人だと思いました。

 二人の世界に入ったらしいバカップルを放置して、ユリリーサナはその場を去りました。






           ◇◇◇



「何だと?! あんの~バカ男があ! 我サウスワイズリード家を蔑ろにするだと! 聖公爵家をなめてんのかあ!」


 サウスワイズリード家の王都屋敷の執務室に、まだ若い青年の叫び声が響き渡りました。


「まあまあ、お兄様。落ちついてくださいな。わたくし、あのバカと結婚しなくて済んで、とても嬉しいんですけど。ホント良かったですわよねえ」


 書状を握り締めて、執務机の椅子に座っている青髪の青年に、ユリリーサナは明るく声をかけました。青年の額には血管が浮き出てピクピクしています。


「アンドリューズ様、僭越ではございますが、私もこのご婚約はなくなって良かったと思います。聖四公家の一つであるこの公爵家のお嬢様が嫁がれる方にしては、不安がございました。あのお方を幼少のみぎりから存じておりますが、賢くはないご成長をされてしまったと言うか、望ましくない方向に秀でたというか、なんと言うか……」


 書状を青年に運んできた、初老の男性がユリリーサナに続けて発言します。

 初老の男性はワースという名のこの屋敷の家令で、青年やユリリーサナの世話を幼い頃からしている人でした。


 初老の男性の言葉に一つ頷くと、青年は深呼吸して怒りで荒くなった息を整えました。


 「……要するにバカという事だな。こんな間際で婚約破棄を言い出すやつだからな。婚約が整った時は、あんなバカ男になるとは思ってなかったからな。こちらから破棄する手間が省けたと考えるか。まあ、身の程知らずには、慰謝料はたっぷり払わせるがな」


 クッと嗤うように口の端を歪めた後、ユリリーサナの方に視線を向けました。


 この国では貴族女性は16歳になると、年四回ある王宮舞踏会のうち、誕生日に近いものに白いドレスで婚約者に伴われて出席し、社交界デビューするのが普通です。ユリリーサナは夏の王宮舞踏会に出席する予定でしたが、婚約解消されてしまいました。もう、舞踏会は来週です。代わりにエスコートしてくれる男性を探す時間がありません。これが全開で喜べなかった理由です。


「問題は王宮舞踏会まで、あと一週間しかないという事だな。代わりの男をどうするか……」


「あっ、わたくし舞踏会に出席しなくてもかまいませんわ。気楽ですわねえ」


「そんなわけにいくかっ! 聖公爵家の娘が出ない何て事ができるかっ! もう、殿下にも妹が社交界デビューすると申し上げてしまったわっ!」


「まあ、それは先走りましたわねえ」


「あっ?! 私は殿下の側近だぞ! 妹のデビューを報告して当然だろうがっ」


 ユリリーサナの、のほほん発言に、青髪の青年の額に再び血管が浮き出ます。


「落ち着いてください。アンドリューズ様」


 初老の男性が近寄って声をかけると、青年はハッとしたように、再び深呼吸して息を整えました。初老の男性の言うことはよく聞くようです。


「別の男と堂々と出席していれば、婚約破棄の件は何とでも言い繕えるだろう。欠席などしたら変な憶測をされるぞ。聖公爵家としての面目も保てない」


「あらまあ、でも、お兄様は殿下の側にいなければなりませんし、こんな間際ではお願いできる方もいらっしゃいませんよねえ」


 ユリリーサナは上方に目を向けて、考えるようにパチパチと瞬きしました。


「誰でもいいわけじゃないからな。それなりの家格のやつで、若い男……すぐ都合がつくようなやつか……」


 青髪の青年も腕を組んで考え込みます。


「……あれは歳を食い過ぎてる……あいつは婚約者がうるさかったな……あいつは釣り合わない……あれは顔がひどすぎる……うーん」


 ブツブツ言いながらしばらく考えていましたが、ハッとしたように顔をあげました。


「あいつ……あいつなら……心配はあるが、この際贅沢はいえないよな。あいつには学生時代に作った貸しがたくさんあるし、よく脅しておけば何とかなるか……」


 まだ、ブツブツ言っている青年と、その姿をじっと見ているユリリーサナの目が合いました。


「安心しろ。いいやつに心当たりがある。舞踏会には出席するつもりで、ちゃんと準備をしておくように」


 いい笑顔で言い渡されます。


「はあ、わかりました」


 父親が体調を悪くしたため、両親は領地の方に引き上げています。家督を正式に譲られたわけではありませんが、今は兄が王都屋敷の家長のようなものです。ユリリーサナは素直に了承の返事をしました。






            ◇◇◇




「ホントよかったわ~。あんなやつと、あ~んなコトやそ~んなコトをしなくてすんで」


 ユリリーサナはベッドの上に寝転がって呟きました。ベッドは四方を白いレースのカーテンで囲われた広く豪奢なものです。


 コロコロと左右に何度か転がった後、中心に来てうつ伏せになりました。上半身を起こすと、ヘッドボードに付けられた拳大の二つの明かりをつけました。

 白い百合の花が下を向いたような明かりは、湾曲した真鍮の棒の先に付いていて、魔石を使ったものです。ボードの引き出しから手の平より少しはみ出る位の大きさの本を取り出しました。


 本の題名は『秘密のうふふん♡あははん♡』です。密かに乙女の間に流行っている禁断の愛シリーズの新刊でした。


 ユリリーサナは学院に入った頃、バカだと思うやつを知っていたので、ああならないために少しでも賢くなろうと思いました。

 そのためには学院の図書館にある賢そうな本を読破して、文学少女になろうと決意しました。


 頑張って書棚の端から、順番に本を読んでいきました。分厚い百科事典のような全集も、よく分からないなりに名作と呼ばれる分厚い本も無理して読みました。


 200冊を越えた頃でしょうか。ジャンルにこだわらず、端から読んでいく方針がダメだったのでしょう。ある棚の本がどうしても読めませんでした。

 『自然科学史』──恐ろしい本でした。訳の分からない言葉、訳の分からない記号、難しい本への耐性がついたと思ったのは驕りでした。10数ページで挫折しました。


 そして別に賢くはなっていない事にも気づきました。難しい本の内容は頭に残っていません。残っているのは苦しみながら本を読んだ、拷問のような記憶です。


 それまで無理してお固い本を読んだ反動でしょう。

 ダイエットのリバウンドのように『人間、無理はよくないよね』と今度はお気楽極楽、欲望に忠実な本に走りました。


 読みたい本を読むって素晴らしい! 官能小説、ドンと来い! です。


 学院の最高学年になる頃には、一部の友人達に『耳年増のユリリー』と呼ばれるほど、欲望に忠実な本ばかりを読むようになっていました。


 苦労して手に入れた新刊です。こうして誰にもバレないように欲望まみれの本を、コッソリと読むのがユリリーサナの密かな楽しみになっていました。





 1話、3000~4000文字前後で6話で完結のお話です。

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