二十歳を過ぎた桃太郎は、ようやく鬼退治へ行く?
「働いたら負けかな―って思っている」
「……お前なぁ」
おじいさんは、目の前で尻を掻いているだらしない腹をした息子、桃太郎に対して、深くため息をついた。
おばあさんが川から流れてきた大きな桃を拾ったのが、二十年前。
子に恵まれなかった二人は、息子が出来たように思い、大いに喜んだ。
しかし桃太郎と名付けられた彼が成長すると、出来上がったのは家からほとんど出ようとしないニートクソ野郎。
そろそろ山に芝刈りに行くのも辛くなってきたおじいさんを手伝おうともしない彼は、二人にぶち殺されても文句を言えないほどに、恩を仇で返していた。
「……儂らの可愛い息子、桃太郎や。お前さんのよく分からぬ「ぱそこん」というものや、「いんたーねっと」の料金とやらで家計が火の車じゃ。頼むから、儂と一緒に芝刈りをしてもらえぬか? もう腰が痛うて仕方ないんじゃ」
「あー、そうね。気が向いたらね、やるからさ」
そう言って、桃太郎は「窓族7」搭載のデスクトップパソコンに向き直す。
「でもさー、何か違うんだよ。こう合ってないなってやつ? だから探してんだよ。俺に合った仕事ってやつをさ」
「そ、そうなのか……何か数週間前も聞いた気がするが、そういうことならば仕方ないのう。頑張るんじゃぞ!」
「うんうん。頑張る」
桃太郎のことを、心の底から心配しているおじいさんは、素直に彼の言うことを信じてしまう。
しめしめと胸の内でほくそ笑む桃太郎は、いつも通り「ねっとげーむ」を開き、頭にヘッドフォンを装着しようとした。
しかし――――――――。
「じいさんや! いつまでも甘やかしてんじゃないよ!」
「うおわッ!」
ヘッドフォンを突然取り上げられた桃太郎は、勢い余って後ろへ転がる。
何事かと辺りを見渡すと、おばあさんがそれを持ってこちらを睨みつけていた。
「タダ飯喰らいが! いい加減に就職しないと、近いうちに追い出すからね! もう我慢の限界だよ!」
「そ、そんなこと言うなって! 合う仕事が見つかってないだけなんだよ!」
「例え合わなくたって、その気になればいくらでも働けんだ! それに、そんなセリフは一度だって家から出て調べてから言うんだね!」
恐ろしい形相のおばあさんに、桃太郎は思わず縮こまる。
こんなに怒られたのは、何気に初めてであった。
「どうしても働き口がないってんなら、これにでも行きな!」
「な、何だよ……」
そう言っておばあさんが差し出してきた紙には、こういった内容が書かれていた。
『鬼退治しませんか!?
人の里から金品や酒を奪っていく迷惑な鬼を、退治してくれる方を募集しています。
場所は鬼ヶ島です。
手段は問いません。
鬼を退治してくださった方には、報酬として500万円をお渡しします。
その後、功績に応じて我が社との正式契約を提案させていただくこともございます。
株式会社 おとぎ 』
「これに行けば500万もらえる上に、かの有名なおとぎ社に入れるかもしれないんだ!」
「で、でも、鬼退治なんて俺が出来るわけ……」
「じゃあ出て行ってもらおうかね。もううちもお前を養えるだけの金が残ってないから」
「わ、分かったよ……」
尻を蹴り飛ばされ、桃太郎はしぶしぶ立ち上がる。
(はぁ……まあいいや。適当にバックレよ)
「明日にでも出発してもらうからね! 準備しときな!」
「は、はい……」
◆◆◆
そして翌日。
「これきび団子だから、途中で食べな」
「うん」
「頑張るんじゃぞ!」
「う、うん……」
二人に見送られ、桃太郎は道を往く。
少し歩き、人の目がなくなったことを確認すると、彼はおもむろに近くの木のもとに座り込み、あぐらをかいた。
「あーめんどくせ、足いてーし」
長い引きこもり生活により、桃太郎の腹はそれなりに出っ張っている。
どのくらいかと聞かれれば、中年のそれと同じくらいと答えよう。
そんな肥満体型の彼の足は、たった数十メートル歩いただけで悲鳴をあげていた。
「もうこのまま時間つぶして適当に帰ろ」
そのまま桃太郎が横になって一眠りしようとしていたところ、近くに足音が寄ってきた。
「そこのおじさん」
「誰がおじさんじゃボケ」
あまりに失礼なことを言われ、桃太郎は身体を起こす。
彼だってまだ20なのだ。
「そのきび団子、一つ分けてくれない?」
「あ? 別にいいぞ」
俺嫌いだしな――――そう言いながら彼が団子を一つ取り出し、声の主に渡そうとしたとき、初めてその声の主を見た。
そこにいたのは犬。
どこからどう見ても犬。
「あれ、犬って団子食えたっけ?」
「あ、突っ込むのそこなんだ」
「だってこれが原因で死なれると、罪悪感すごくね?」
「いいんだよ、そこは。昔話的な不思議なチカラでなんとかなるから」
「そうなのか」
大丈夫、ということらしいので、桃太郎は一つ団子をくれてやる。
口で受け取った犬は、すぐさま咀嚼して飲み込むと、満足そうに舌を出した。
「ありがとうおじさん! 美味しかった!」
「だからおじさんじゃねぇぞボケ」
「お礼に何かお手伝いさせてほしいな!」
「スルーか犬っころ」
聞く耳を持たない犬に対し、桃太郎はため息をつく。
いつもため息をつかれてるのはお前だぞ、桃太郎。
「じゃあそうだな……」
彼は考える。
別に何かしてほしいことはない。
てか、犬に何か出来るとは思えない。
「鬼退治、付き合うか?」
「うん! 鬼なんてチョチョイのチョイだよ!」
試しに言ってみると、犬は思いの外ノリノリだった。
「じゃあ……行くか」
「うん!」
こうして、桃太郎は仲間を最初の仲間を手に入れた。
◆◆◆
「おい! そこのおっさん! そのきび団子置いてけよ!」
「だからおっさんじゃねぇよ殺すぞ」
次に出会ったのは猿だった。
目の前でぴょんぴょん跳ねているちっこい猿に対して、桃太郎は嫌悪の表情を浮かべる。
「お猿さん、きび団子あげたら仲間になる?」
「お? 何のだ?」
「これから鬼退治に行くんだ。それに付き合うならあげてもいいって」
「おい勝手に決めんな」
猿は少しの間考えた後、何かを決意したように手を叩いた。
「おう! よく分かんねぇけど行くぜ! だからきび団子頂戴!」
「鬼退治をなんだと思ってんだ」
お前が言うな。
「難しい話分かんねぇからさ!」
「この猿ゥ!」
あっけらかんと言って見せる猿に、桃太郎は青筋を立てる。
そして殴りかかろうとしたところを犬に止められ、地面に押し倒された。
「じゃあ行こう!」
「おう!」
「俺を置いてくなゴラァ!」
◆◆◆
その後、なんやかんやあってキジが仲間になり、なんやかんやあって鬼ヶ島についた。
「ねぇ、あたしの紹介雑くない?」
「そもそも紹介してねぇよ」
「あったじゃん! 感動的な出会いがさ! ロマンス溢れる出会いがさ! 有り余ってたじゃん!」
「もう廃れてきたネタを使うのはやめろ」
だからカットしたんだバーカ。
「で、どうするか。お前ら戦えるか?」
「無理だね」
「無理だぜ」
「無理よね」
「使えねぇな」
お前が言うな。
「そうだなぁ……お前らパソコンは?」
「使える」
「パソコンだけは得意だぜ」
「私もよ」
「よし、上出来だ」
何でそこは出来るんだんだよ。
「じゃあネカフェ行こう、そこで鬼ヶ島のネット回線落とす」
「「「おっけー」」」
こいつら馬鹿なの?
その後、すべてのパソコンをハッキングされた結果、銀行の残高をすべて取られ、通販でありったけの商品を注文され、鬼ヶ島は金銭的に破滅したとさ。
そんな未曾有の大犯罪を犯した彼らは、おとぎ社に採用される前に、当然のごとく警察に捕まった。




