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出逢いがヤバそうなんだが

 俺が彼女と出逢った……出遭ってしまったのは、たしか九月の中頃だったと記憶している。その日は高校で体育祭が行われていたが、中学までのような強制参加方式でなく各個人の意思に任せた自由参加であるのをいい事に、盛り上がっているクラスメイトの詰め場所を抜け出して、一人で学校の敷地をダラダラと散策していた。

 他のクラスの詰め所に顔を出してみたり、負けてるチームへ野次を飛ばして見たりと、健全とは言えない方法で時間を潰していた。言い換えれば俺はあまりクラスに馴染めて居なかった。

 校内一人風来坊、悪く言えば居場所の無さに疎外感を感じて一人で居ると、俺と同じ様に一人で歩いてた友人の{狐}に出逢った。


 勉強はイマイチだが人間的に賢いから狐と置く。狡さと賢さの象徴だ。


 狐は俺と同じ部活の仲間で、よく一緒に釣るんで遊んでいる。比較的知り合いの少ない、友人に至ってはほぼ(ゼロ)の俺にとって、数少ない友人といえる存在だ。ちなみに男。


「お前も抜けてんのかよ」

「お互い様だろ?」


 呆れた様に言う狐に、俺は口の隙間から息を漏らして小さく笑って言い返す。狐も「まあなあ」何て言って受け流す。俺と狐の関係性はこんな感じた。

 俺と狐は二人、真面目に競技準備中の生徒を見物したり、同学年の女子の乳揺れに期待して、期待をする程に彼女らは持ち合わせていなかった事などを思い出したりしながら体育祭を眺めて遊んで時間を潰していた。

 そんな風に時間を無駄に潰している内に、昼近くになった。因みに、その時の体育祭の競技は徒競走かリレーだったような気がする。

 今まで俺と一緒にぼんやりと男子高校生のかけっこを眺めていた狐が、そのコースの端に座り、写真を撮っている男子生徒に声を掛けた。

 中肉中背で天パに眼鏡を掛けた薄幸そうな顔の少年。ソイツは狐に気付き、俺達を彼の近くに招いた。狐が立ち上がったのを見て、俺も重たい腰を上げる。ノロノロと俺達がそこまで近づいていくと、その男子生徒は狐と世間話を始めた。


 ここで俺達の学校についての紹介をさくっとしていこうと思う。

 俺達の高校は男女共学の工業校だ。男女比約8:1のホモ万歳なこの学校には割と大きな寮があり、俺達はそこで平日と、半ばニートのような休日を過ごしている。当たり前だが寮は男女別だ。後風呂場も。

 

 こんな学校なので、世間話の内容も近づきつつあるテストや寮での出来事に絞られる。意図的に絞っている気は無いのだろうが、そうなるのは自然の事。

 仲良くなる事は感情の問題だが、上手く話す事だけならそれは単なる技術だからだ。

 まずは双方が確実に知っているであろう共通の話題から入り、生活面や趣味をそれとなく聞き出し、話を合わせ、彼奴の答えに共感してみせる。そうした過程の中で相手の弱点を絞り、また自分の守備範囲の中でも致命傷にならない場所をそれとなく教える。これで巧く人と会話する事は理論上可能だ。

 実践するのとは別問題だが。

 暫く狐と男子生徒の世間話を聞き流してから、俺は狐に訊ねた。


「狐、ソイツは?」

「あぁ、コイツは{亀}だ。写真部だよ」


 温厚でありながら譲れない所は絶対に譲らない。そんな性格の彼を、ここでは硬い甲羅を持ち緩く歩く亀に(なぞら)える。


確かに彼は先程まで、デジタルカメラが普及した現代にも関わらず肩から馬鹿みたいに大きな一眼レフを下げて写真撮影に勤しんでいた。

 どうでもいい事かもしれないが、俺はこの時初めて写真部の存在を知った。写真部は将棋部茶道部と並んで俺の学校ではマイナーな部活なのだ。活動場所はごく少数にしか知られていないというほぼ秘密結社状態。

 俺達のような校内を彷徨い歩いているようなのとは違って真面目さんだなー、なんて感心していると、突如背後から女の声がした。


「あれ? 亀だけかと思ってたのに狐もいるじゃん!!」


 狐の隣に立っていた筈の俺の事は完全に無視し、その声は元気そうに、無邪気そうに狐と亀に話し掛けた。

 普通に話しているだけの筈なのに、俺の背中を冷や汗が伝い落ちる。まるで【幸せと云う気持ち】をただ再生しているだけに聞こえるその声は、普通の人間に出せるものではない。

 声の主は狐と亀の間に割って入って座り、お喋りを始めた。


「おい狐。ソイツは?」

「あー。コイツか。そういやお前は見たこと無かったっけ。コイツは」

「{猫}、です。あなたは狐の友達?」


 そう言って桜色の唇を微笑の形に歪め、猫は底の見えない枯木の虚の様な、光の消えた目で笑った。


 【catty:性悪な】と云う形容詞から、この話の中では彼女を猫に(たと)える事にする。


 肩まであるセミロングを後ろで一つに束ねた少女。やや雀斑(そばかす)の浮いた顔には不思議な愛嬌がある。体育祭だからか、動きやすそうな服装に身を包み、首から亀と同じカメラを首から下げている。少し大きめのジャージを下から押し上げる二つの大きな双丘が、カメラに付けられた紐にその境を分けられはっきりと浮かび上がっている。

 俺へ問いかけてニッコリと笑う顔には笑窪(えくぼ)が浮かび、目尻の垂れた童顔は誰が見ても十二分に可愛いといえる。

 言えるのだが。


 どうしてこんなにも寒気がする?


「そうだな。狐の友達だ」

「そっかぁ。ふーん」

 

 震えそうな声を無理矢理に押さえつけ、やっとの事で猫に言葉を返す。どうやら俺の内心は誤魔化せた様で、三人は何事も無かったかの様に座談会を再開する。

 俺がこの不思議な少女と別れてから、狐と共に昼飯を食うのはもう少し後の事だ。



「おい、狐。ありゃあ何なんだ?」

「何って何がさ」


 俺と狐は寮の食堂で遅めの昼食を食べていた。他の学生諸君は既に昼食を食べ終えているらしく、周りには俺達二人と数人しかいない。食堂の奥では既に水の流れる音と皿が触れ合う音がする。使用済み食器の片付けを開始したのだろう。

 遠回しに急かされてるのかもしれないが、馬耳東風何処吹く風で俺達は会話を続ける。そんな事に一々気を使っていたらそもそもこんな性格になっていない。


「アイツだよ。猫とかいったか? 目がヤベェぞ」


 身振り手振りを交えて狐に伝える。狐の瞳孔と瞼の開きが、驚きからか多少大きくなる。

 伊達に中学三年間人間観察やってない。人の粗捜しはもはや習性と言ってもいい。


「アイツ、過去に何かしらの闇抱えてるだろ?」


 猫は間違いなく【俺側の人間】のはずだ。人に疎まれて生き、蔑まれて生活する。人には言えない過去がある、(すね)に傷持つ人種のはずだ。

 そうじゃなきゃ、あれだけの眼は生まれない。笑っても笑い切れないあの眼は【アイツ】と同じようで……。

 だが、狐からの返答はそっけないものだった。


「俺は猫の友人としてある程度の事は知ってる。けど、迂闊にヒョイヒョイ喋っていいような内容じゃない。だから俺からは何も言わない」

「……さいで」


 俺は飯を再開した。既に冷めきった昼飯を咀嚼(そしゃく)し、樹脂製製の安っぽいコップに入れた水と一緒に流し込む。

 目の前の皿が空になっても、俺の心は晴れなかった。



 飯を食い終わって食堂から出る。残りの時間は適当に競技を見物しようと俺は石垣の縁に腰掛けた。確か、そこで二時間ぐらい時間を無駄に消費したような気がする。


 俺達の学校のグラウンドは所謂(いわゆる)擂り鉢状になっている。

 低い位置に作られたグラウンドを取り囲む形で、高さ4m程度の石垣が並ぶ。石垣は何箇所かが階段になっていて、そこからグラウンドへの出入りが可能になっている。簡単に言えば、地面を掘り下げてそこにグラウンドを作った、みたいなイメージだ。


「お、また逢ったな」


 背後からの声に首を曲げて振り返ると、亀が柔和な笑みと共に立っていた。暇そうにしている俺の事を見つけて近づいてきたらしい。亀の隣には猫もいる。


「お前、仕事は」

「俺達の分の仕事は終わりだ。今は特にやること無いから散歩」

「さいで」


 言われてみれば確かに今の亀はカメラを持っていない。その隣に借りてきた猫の様に佇む猫も同様だ。

 亀は猫の手を引いて俺の隣まで来ると、俺と同じように石垣へと腰掛けた。並び順としては

 俺 亀 猫 という感じ。

 もう彼等に散歩をする気は無いらしい。

 猫は亀の隣に腰掛けるやいなや、亀に寄り掛かり、彼の肩に頭を乗せる。

 俺はそんな彼等を羨望半分で視界の端に入れつつ、でも真正面からは見ないまま独り言の様に言葉を漏らす。


「……仲、良いのな」

「別にそんなんじゃないよ。猫が居たいって言うから居させてるだけ」

「そうだよー」


 亀が答えれば、それに猫が応じる。無垢な幼女の様に石垣に腰掛けたまま猫は脚だけを上下に揺らす。白い太腿に傾きかけてきた陽の光が当たり、その色を僅かに朱に変える。

 俺は自動的に目が動くのを意志力で押さえ込み、この男として耐え難い誘惑に打ち勝つ為に俺は目を閉じて考え事をする事にした。具体的には成績について。前期の成績クラス底辺の俺にとって成績は文字通り死活問題。留年を他人事として笑い飛ばせないのが現実だ。

 どの位の時間、俺達は無言で座っていただろうか。

 時計の長針が数字を二つ数え、打つ手無しの結論が脳内に浮かんだ所で、俺は思考を打ち切った。これ以上考え続けると欝になりそう。

 溜息を一つ吐いて隣を見やる。右手では、亀に頭を預けて眠っている猫の姿が目に入った。猫が寝息を立てる度、その形のいい大きな胸が規則正しく動く。

 亀はそんな猫を微笑ましげに見つめ、時折猫の頭を優しく撫でたりしている。小動物を憐れみ慈しむ様な微量の哀しみを含んだ笑み。

 俺は昼飯の時の疑問を亀に聞いてみることにした。亀なら何か知ってるかもしれない。


「亀」

「ん、どしたん?」


 俺の方へ顔は向けずに声だけで亀は返す。多分猫を揺らさないための配慮なのだろう。


「……その、猫って」「お、{蛇}に亀。お前ら何してんだ?」


 ここで俺の名前は狡猾の象徴として蛇としよう。


 いつの間に近付いていたのか後ろから狐が俺と亀に声を掛ける。亀もそっちに気が移ったようで、俺は質問のタイミングを逃してしまった。中途半端に吐き出され、漂う言葉は宙に溶けて跡形も無く消える。

 亀は狐に返答する。


「別に何もしてないよ。ただ座ってただけ」

「そかそか。んで、今から飯行くけどどうよ?」


 狐は俺達を誘いに来たらしい。時計を見れば、もう少しで食堂が混雑しだす時間だった。

 俺は冷たくなってきた石垣から腰を浮かせつつ狐に応える。


「オケ、行くわ」

「俺も行く。猫、飯食べるか?」

「食べなぁい……」


 未だに亀の肩で眠っていた猫を、亀は揺り起こして訊ねる。返事は否定。俺が亀の立場ならば、猫の自由意志に任せてここで放棄するが、亀は尚も続けた。


「ちゃんと食べなきゃ駄目だぞ」

「わかった……。食べる……」


 眠気が取れないのか重心の崩れたやじろべえの様にふらつきながら立ち上がり、食堂の方角へと歩き出した。が、案の定と云うか数歩歩いたところで突然猫はバランスを崩してしまう。

 俺は咄嗟の事に動けなかった。亀だけがまるでこうなる事が分かっていたかの様に猫の前へと回り込み、倒れ掛かった猫を抱きとめた。

 俺は無意識に拍手をしかけていた。驚愕。感嘆。漫画の中の出来事だと思っていた事が現実に、しかも目の前で起こったのだ。

 亀は猫の肩を掴んで立ち上がらせ、手慣れた様子で注意する。


「気を付けろって」

「ごめんごめん。もう大丈夫だから」


 猫は、亀の腕の中から幼児が跳ねる様に抜け出して、食堂へと駆け出した。十数歩進んだ所で立ち止まり、半周回って俺達の方を振り返る。


「早く早くー!!」


 大きく手を振る猫に周囲の人間は何事かと振り向く。亀と狐は何やら含み笑いをしていたが、「今行くよー」と言いながら猫の方へと駆けていった。

 俺はそんな三人を見送ってから、既に日が沈み切り、紫へと色を変えた闇へと姿を溶かす。今まで俺が居た場所には、気配の一つも残らない。

 存在感を極限まで薄くし、周囲からの認識を(ゼロ)にする俺の技術、生ける屍(リビングデッド)。姦しく喋る女子数名が、懐手をしながら俯いて歩く俺には目もくれずに、食堂の方角へと進んでいくのを確認した。単に無視されてるだけという説もある。

 呼ばれてもいないのにノコノコ付いて行って『え、何コイツ呼んでないのに来ちゃったよ。うわー』みたいな空気の中、無言で飯を食べ続けるのは、少ししんどい。俺が立ち去った後に、今まで水を打ったように静まり返っていたテーブルが、今度は逆に水を得た魚のように急に盛り上がるのも辛い。

 嫌われ者は嫌われ者らしく振舞うべし。

 棲み分けを間違えれば手酷い打撃を受ける。しかもそれは一時ではなく、学校と云う格差社会に居続ける限り半ば永久に続くのだ。

 世間ではそれを『いじめ』と呼んだりする。

 俺は食堂へ向けていた爪先(つまさき)を寮へと向けた。仮眠を取ってから食堂へ行けば大方人は居なくなってるし、この時間帯は運動部が大声で騒いでいて五月蝿いことこの上ない。俺は騒々しいのが嫌いだ。

 こんな感じで俺は彼女達と別れた。背後から俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そんなものは幻聴気の所為(せい)



 これが俺と彼女の最初の出遭い。

 ここから一月(ひとつき)は特筆する事も無い日々を過ごした。俺もその一月の間に、猫のことなど疾うに忘れていた。


 次に俺と彼女が再会するのは十月半ば。紅く色付いた葉が落ち始め、木々が寒々しくなる時期の事になる。

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