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主従萌え女と氷の王子様  作者: 水無 仙丸
最終話「氷の王子様」
23/26





 ――私は高宮君にふさわしくないから。


 別れたいの、と中学の時に結構マジな気持ちでつき合ってた彼女にそう言われた。

 彼女の気持ちが俺にはよく分からなかったけれど、素直に別れ話に応じた。


 だけど、今でもたまに思い返すことがある。

 本当にあれで良かったのだろうかと。









「自分は、鬼瓦武蔵おにがわらたけぞうと言います。柔道部の主将です」

「悪いけど俺、柔道部には入らないから」

「アラ違うのヨ、部活の勧誘じゃないの。こないだの全校集会でアタシ高宮君の大ファンになっちゃって」

 突然オネエ言葉に変わったのでドン引きした。

 190センチはありそうなガタイのいい、二分刈りヘアーの筋肉男が、頬を赤く染めながら「サインもらえるかしら」とサイン色紙を差し出してくるとかいくら何でも新しすぎるだろ。





「――氷の王子様が来たわよ!」

 校門をくぐると、女子の集団がワッと押し寄せてきた。

「おはようございます王子! これ受け取って下さい!」

「クッキー作ったんです食べて下さい!」

「お弁当を作りました!」

「握手して下さい!」

「一緒に写真撮ってくれませんか?」

「これ、あたしのケータイの番号です!」

「彼女と別れて私とつき合って下さい!」

「あたしは二番目でもいいです!」

「あたし三番目!」

 女子どもの波をかき分けたその先には、大男が待ち構えていた。

「高宮君のためにザッハトルテ作ってきたのヨ! 食べてちょーだい!」

 お前もか、鬼瓦武蔵。

 柔道部主将の鬼瓦が、リボンのついたピンク色の箱を嬉しそうに押しつけてくる。

 お前が持つとケーキ箱も随分小さく見えるな。

 つかその風貌でザッハトルテとかもうホラーの領域だよ。

 こんな奴に好かれてしまうなら全校集会でロミオ仮装なんてやるんじゃなかったな。

 大男のザッハトルテをなんとかかわして進んだその先には、

「待ってたよ高宮君! ロミオの衣装作るから採寸させてくれ!」

 演劇部の部長が、採寸メジャーを持って満面の笑みで立っている。

 部長には大変お世話になったので、何らかの形でお礼はしたいと思ってるんですけどね。

 しかしどうしようかコレ。

 教室まで辿り着けない気がしてきた。

「させてなるものかあああ!!」

 俺が途方に暮れていた時、人混みをかき分けて現れたのは、

「私だってまだ恭一様のスリーサイズ知らないのにずるい! 採寸ダメゼッタイ!」

 俺の従者兼、彼女兼、メガネオタクの立花真知子だ。

「さあ、こちらです恭一様!」

 メガネ女に手を引かれながらダッシュし、命からがら校舎の中へ逃げ込んだ。


「――これは一体どういうことですか恭一様」

 昇降口で、やけに凛々しい表情のメガネ女が、俺に壁ドンをかましてきた。

 男女が逆じゃないかなコレ。

「恭一様、こないだの全校集会で私だけの王子様宣言してくれましたよね!」

「したけど?」

「なのになんで女子からのアプローチが以前よりも多くなってるんですか! しかも男子も混ざってたし!」

「知らねーよ俺に聞くなよ」

「なんですかあの柔道部のいかつい男は! あんなにゴツイのにオネエだなんて超怖いんですけど!」

「俺も怖いよ」

「交際宣言してからさらにモテるとかどうしてですかなんでですか意味分からないんですけどーっ!!」

「真知子ちゃんがチョロイと思われてるんじゃないの?」

 きらきらと眩しい笑顔を振りまきながら登校してきたのは、光の王子様こと天坂光輝。

 今朝も女子の取り巻きを何人もはべらせながら歩いてきた。

「光輝様、私がチョロイってどういう意味ですか!」

 メガネ女が腕を組みながらキッと睨みつけた。

 天坂はメガネ女のガンつけをものともせず、にこりと優しく微笑んだ。

「いやー、はっきり言って真知子ちゃん地味だしオタクだし、『それなら私の方が!』って思う女子が現れて当然なんじゃないかなー?」

「んなッ……?!」

 メガネ女が目を見開き、劇画みたいな表情で固まった。

 すげーシリアス顔だな。

 漫画だったら背景に稲妻とか描かれそうな雰囲気だ。

「そんな……そんな風に思われているなんて……」

 がくり、と膝を折り、床に崩れ落ちた。

 いちいち大袈裟な表現をするヤツだな。

 そういうのは舞台の上だけにしろよ。

 床にしゃがみ込んでしくしく泣いてるメガネ女を放置して教室に向かおうとした時、

「――あ、どうしよう」

 俺の目の前で、見知らぬ男子生徒が足を止めた。

「ボク、今日おサイフ忘れちゃった。どうしようこれじゃあジュースも買えないや」

 独り言がやけにでかい。

 なんなんだコイツはと思っていたら、

「優真君っ! 私のお財布丸ごと貸してあげる!」

「あたし今日お弁当作ってきたからコレ食べて!」

「他に何か必要な物があったら私に言ってね!」

「私もよ優真クン! 優真クンのためなら何でもするから!」

 あっという間に何人もの女子がソイツの周りを取り囲んだ。

「ありがとうエリちゃん、カホちゃん、マナちゃん、アカリちゃん、みんな大好き!」

 ソイツはお礼を言いながら、女子にぎゅうっと力強く抱きついた。

 抱きつかれた女子はきゃあきゃあと喜んでいる。

 なんだこれ。

 学校で女子に抱きつくとか信じられない。

「……なんだアイツ」

 と、俺がつぶやくと、

「猫王子だよ」

 俺の後ろから、天坂がつぶやいた。

 それも鬼のような形相で。

「一年C組の、柚木優真ゆずきゆうま、通称・猫王子。あのあざとい風貌で、特に年上女子にゴロゴロと甘えるしぐさからそう呼ばれてるらしい」

「なんでお前はそんな怖い顔で睨みつけてんの?」

「だってアイツのケータイ、女子のアドレス199件入ってるんだよ! 僕だって182件なのに……!」

 どーでもいいわ。

 そんなしょーもないことで張り合うなよ。

「おはよう高宮クン!」

 柚木優真が、なぜか突然俺たちの元へやってきた。

 いきなり高宮クンとか呼ばれたけど、俺コイツとしゃべったこと一回もないし。

「こないだの全校集会でのロミオ、すっごいカッコ良かったね! ボク感動しちゃった!」

 柚木が右手を差し出してきたので、仕方なく握手をした。

 小柄で華奢な体型は、遠目に見れば女子に見えなくもない。

 ふわふわとした柔らかそうな茶髪に、白くて綺麗な肌。

 目尻の上がった勝気そうな大きな瞳は、確かにどことなく猫を連想させた。

「で、こっちが高宮クンのカノジョの立花さん?」

 柚木がメガネ女の方へ視線を向けた。

「立花さん、良かったらボクと連絡先交換しない?」

 ことり、と首を傾げてケータイを差し出す柚木に、さすがのメガネ女も「はあ?」と言って固まった。

「ねえねえ高宮クン、別にいいでしょお?」

 今度は俺にすり寄ってきた。

 コイツの馴れ馴れしさは一体何なんだ。

「ダメだよ!!」

 天坂の鋭い声が昇降口に響いた。

「ダメだよそんなのダメに決まってるじゃん! 真知子ちゃんは恭ちゃんの彼女なんだからダメだよね恭ちゃん! 絶対ダメだ真知子は俺のだって言ってよホラ早く!」

「うるせーなお前は」

 猫王子の女子アドレスが増えるのが嫌なだけだろお前は。

 ダメだダメだと言って俺にまとわりついてくる天坂がうっとうしいので突き飛ばした。

「別に番号教えるくらいどうってことないだろ」

 俺がそう言うと、柚木は「やったあ!」と嬉しそうに飛び跳ねた。

「高宮クンやっさしー! てゆうか余裕だね天坂クンと違って!」

 天坂が悔しそうに柚木を睨んでいる。

 今にもハンカチを噛みそうな勢いだ。

 喜ぶ柚木の笑顔を、メガネ女が食い入るようにじっと見つめていたが、その時はさほど気に留めなかった。





 

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