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主従萌え女と氷の王子様  作者: 水無 仙丸
第6話「二人の夜」
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「おやまあ、恭一坊ちゃまが女の子を連れてくるなんて珍しいですね」

 夏川さんがメガネ女を見て目を丸くした。

 夏川さんはうちが雇っている家政婦さん。年は五十代半ばで、ころころとした体型の気さくなおばさんだ。

「は、初めまして立花真知子と申します! 恭一様の従者をやらせてもらってます!」

「余計なこと言わなくていいんだよほら早く上がれ」

「坊ちゃま、お夕飯はキッチンに用意してありますから彼女さんにも食べてもらって下さいね」

「ありがとう。てか坊ちゃまはやめろって言ってんだろ。あと彼女じゃねーし」

 なんか色々とメンドクサイことになってきた。

 まあ夏川さんは口が堅いから余計なことは言わないだろうけど。

 挨拶もそこそこにメガネ女を連れて二階の俺の部屋に行った。

「――うわあ素敵なお部屋! 恭一様宅は外観は毎日眺めてますが、中を見るのは初めてです! 内装もお洒落ですよねー!」

「なんで外観毎日眺めてんの。どっから眺めてんの怖いんだけど」

「恭一様のお部屋も広いですね、これ二十帖以上ありますよね。いいなあ」

「お前んちの方が相当すごいんじゃないの。大女優の家だし」

「うちなんて恭一様のおうちの半分くらいですよ。それよりお母様はご在宅じゃないんですか? ご挨拶をさせて頂こうかと」

「母さんは今、海外で仕事してるよ」

「へえー、すごいですね。お父様は?」

「オヤジも仕事でほとんど帰ってこない」

「そうなんですね」

 ご挨拶できなくて残念です、とメガネ女がしょんぼりした。

 自分の部屋にメガネ女がいるというのは、なんだか変な気分だ。

 俺は咳ばらいをしながらローテーブルの上に教科書を広げた。

「じゃあ、試験勉強始めるか」

「はいっ! よろしくお願いいたします先生!」

 お互いがシャーペンを握った途端、ぐううううううー、と盛大な腹の虫の音が響いた。

「……ち、違いますよ今のは私のケータイの着信音です」

「分かった分かった」

 そういや俺も腹が減ってきた。

 確か夕飯は用意してあるって夏川さん言ってたし。

 勉強の前に腹ごしらえでもするか、ということで二人してキッチンへ下りた。

「――あれ、さっきの家政婦さんはどこ行っちゃったんですか」

「もう帰ったよ。午前九時から午後五時までっていう契約だから」

「へえ、そうなんですね」

 それはつまり、今この家にいるのは俺とお前の二人だけということだが、メガネ女はさほど気にしていないようなので俺も意識しないことにした。

 コンロの鍋のフタを開けると、ビーフシチューが用意されてあった。

 それを皿に盛っていると、メガネ女が「あわわわわ王子がシチューをあわわわああわあわ」と騒ぎ始めた。うっとうしいので「静かに座って待ってろ」と命令した。いちいちうるせえヤツだな。

「――美味しい! 高宮家の家政婦さんのビーフシチュー最高ですね!」

「なんでお前、白飯にビーフシチューかけて食ってんの」

「え、かけませんかフツー」

「フツーかけないだろ」

「私いつもかけて食べてますよ」

「ビーフストロガノフと間違えてんじゃねえの」

「ビーフストロガノフとビーフシチューの違いって何ですか」

「……よく分かんねえ」

「クリームシチューだって白飯にかけて食べますよ私」

「うわ気持ち悪っ!」

「なんでですか美味しいですよ。ドリアみたいな感じですよ」

「そう言われるとまあ……」

「冷やし中華だって白飯にかけて食べますよ私」

「意味分かんねえ。なんでいちいち白飯にかける必要があるんだよ」

「それにしてもこのビーフシチュー美味しいですねー。王子の従者もいいですけど、王子の家政婦も素敵な職業ですよねー。私もなろうかなー。募集してないかなー」

「お前はマジで潜入してきそうで怖い」

 会話しながら思った。

 俺んちのリビングで、メガネ女と二人で晩飯食うとか、なんか、おかしすぎる。

 しかしあまり深く考えないようにして、ビーフシチューを手早く口の中にかき込み、再び俺の部屋へ上がって勉強を再開することにした。


「とにかく時間がねえからな。さっさとやるぞ」

「了解です恭一様!」

「教科書開けろ」

「はい!」

 メガネ女の帰りがあまり遅くなるのもいけないだろうと思い、俺は急ピッチで数学講座を始めた。

「――で、こっちがこうなる。分かったか?」

「え、このxはなんで残ってるんですか」

「共通因数じゃないからだよ」

「共通因数の気持ちはどうなるんですか」

「共通因数に気持ちなんかねえよ」

「そんなことありません! どんなに冷たい人でも時には傷つくし、悩むことだってあるんですよ!」

「何の話してんだ! さっさと問題を解け!」

「だって私女優なんです! 全ての登場人物の気持ちを考えないと先に進めないんです!」

「共通因数は人じゃねえから!」





 ――三十分後。


「恭一様」

「なんだ。問題解けたか」

「新たな疑問が浮上しました」

「なんだ」

「恭一様のベッドの下を覗いてもいいですか」

「何言ってんのお前」

「殿方は必ずベッドの下に破廉恥な本を隠しているという都市伝説を聞いたことがあるのですが恭一様のような王子的パーフェクト男子でも一般男子と同じなのかどうかを確認したいのですが」

「確認したきゃしろ。ただし、確認した後は私語一切禁止な」

「なんという余裕! その堂々たるご様子からして恭一様はベッド派ではなく、本棚派ですか?! 法律とか建築とかの難しそうな分厚い本のカバー外したら中身が全然違うアレですか!」

「さっさと問題を解け」

「もしくはアレですか、『バック・トゥ・ザ・フューチャー5』とか『タイタニック8』という謎のタイトルが書かれたDVDの中身が」

「口動かさずに手ぇ動かせ!」

「スタンド・バイ・ミー10とか!」

「うるせえ!」





 ――六十分後。


「恭一様」

「なんだ。問題解けたか」

「恭一様の中学時代のアルバムを見せてくれたら問題が解けるような気がします」

「よし分かった中学時代のアルバムの角でお前の頭を殴ればいいんだな?」

「ごめんなさい黙ります」






 ――なんだかんだで数時間後。


「信じらんねえ……もう十時じゃねえか……」

 ワケの分からない言い合いをしているうちに午後十時になってしまった。

 まだ試験範囲の半分も行ってないのに。

「……すみませんでした。これ以上、恭一様にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、後はうちに帰って自分で頑張ります……」

 メガネ女がうちひしがれた表情で帰り支度を始めた。

 確かにまあ、こんな時間だし、そうするのが普通なんだろうけど。

 でもこのままじゃコイツ明日のテスト赤点確実だな。

「――おい」

「はい?」

「お前んちは、その……厳しいのか?」

「は? 何がですか?」

「だからその、門限とか、お泊りとか」

「へ?」

「お前んちが、もし、アレだったら、別に、朝までつき合ってやっても……一応ほら、俺の指導不足というか俺の責任でもあるし」

「や、全然分かんないんですけど。恭一様なに言ってるんですか?」

「だからっ、どうせ徹夜で勉強するならここでつき合ってやるって言ってんだよ!」

 メガネ女が口を開けたまま数秒間フリーズした後、はっ! と何かに気づき、急に瞳をきらきらと輝かせ始めた。

「えええええっ!! いいんですか恭一様のお部屋でオールナイトしても?!」

「言っとくけど試験勉強だからな」

「分かっております! ありがとうございます頑張ります!」

「じゃあアレだ、家に連絡入れとけよ」

「ああそれは大丈夫です。うちの両親もめったに帰ってきませんので」

「へえ……」

 まあ大女優と有名映画監督じゃあ、忙しいだろうから当然そんなカンジか。

 思いがけずお泊りコースとなってしまったがこれはあくまで試験勉強なのだから、妙な気は起こさずに気持ちを教科書に集中させようと俺は姿勢を正した。

「よし、そうと決まったらここから気合い入れて行くからな!」

「はい先生っ! よろしくお願いします!」

「教科書開けろ!」

「はいっ!」

 お互いがシャーペンを握った途端、ぐううううううー、と盛大な腹の虫の音が響いた。

「……ち、違いますよ今のは私のケータイの着信音です」

「いやいやおかしいだろ。さっき食ったばっかで消化早すぎるだろ」

「頭を使うとお腹が空くじゃないですかテヘヘ」

「あれからたったの三問しか解いてないくせにどこに頭使ってんだお前は」

「そうだ夜食を食べましょう!」

 メガネ女がすっくと立ち上がった。

「腹が減っては戦はできませんから。ここでちょっくら腹ごしらえしましょう!」

「まあ……そう言われれば小腹が空いてきたような気もするな」

「私がパパッと何か作りますよ!」

「え、お前、料理できんの?」

「こう見えて結構得意なんですウフフ」

「でもうちの食材何があるか分かんねーぞ」

「大丈夫です! 冷蔵庫の残り物で料理できるオンナですから私! お台所をお借りしますね!」

 キッチンへ下りると、メガネ女は冷蔵庫や戸棚を開けていそいそと準備をし始めた。

「……俺もなんか手伝おうか」

「いえいえ、王子はテレビでも観てくつろいでて下さい。すぐにできますから!」

 そう言われて、まあ息抜きも必要かと思い、リビングのソファーでテレビを見て待つことにした。

 メガネ女がキッチンに立っていて、俺がリビングでテレビ見てるとか、なんか、スゲー変な感じがして、全然テレビの音が耳に入ってこない。


「――できましたあ! 試験勉強スタミナ丼です!」

 さあお召し上がり下さい! と言って出されたのは、

「……なにこれ」

 丼に入った白飯の上に、ミートスパゲティと、たこ焼きと、チャーハンがのっていた。

「徹夜に最適なスタミナ丼です、精がつきますよー!」

「いやいや、この短時間で三品も作ったのはすごいんだけどなんで白飯にのせた?」

「白飯にのせてないとドンブリとは言わないでしょう」

「なんでドンブリにこだわるんだよ。白飯にのせたらダメなヤツばっかじゃん。白飯の上にチャーハンは絶対におかしいじゃん」

「まあまあ、そう言わずに食べてみて下さいよ絶対に美味しいですから!」

 グイグイと強引に箸を渡されて、とりあえず食べてみる。

「いかがですか王子!」

「まあ……それぞれは美味しいけど、別々に食べたかった」

「つけ合わせにお汁粉も作りました」

「ホントお汁粉好きだなお前! 合わねえしいらねえよ!」

「ええッ! 白玉も入ってますよ?!」

「ああそれなら食うわ、……ってなるわけねーだろ!!」

「うわあ恭一様のノリツッコミ最高です!」

 意味不明な夜食のせいで時間を大幅にロスしてしまった。

 さっさと丼を平らげて部屋に戻り、再び勉強を始めた。






「……しまった……」

 時計を見ると、午前五時だった。

 メガネ女お手製の夜食丼を食ったせいで胃もたれを起こした俺たちは「ちょっとだけ仮眠を取ろう」ということになって、床に雑魚寝した。その結果が、これだ。

「アラーム設定しとくんだった……」

 はあー、と大きなため息を吐く。

 メガネ女はと言えば、クッションを抱きしめてまだ眠っている。

「おい、起きろ」

 肩を揺さぶると、メガネ女はパチッと目を開けて勢いよく起き上がった。

「……私が食べたのは、ガーナミルクチョコレートではございま……せんッ!!」

「何の夢を見てたんだよ」

 メガネ女の額に思い切りデコピンをしてやると、「はっ! 恭一様!」と、やっと目を覚ましたようだ。

「え、あれ、今何時ですか。えっ、五時?!」

「悪い。アラーム設定しなかった俺のミスだ」

「あと二時間くらいでもう登校しなくちゃですよね……」

「そうだな……」

 今までの感じでいくと、コイツの数学理解能力は二時間詰め込んだところでどうにかなるレベルではない。

 どうすればいいのか。

 上手く頭が回らない。

「……仕方ないです。日頃から勉強してなかった私がいけないんです。徹夜で何とかしようなんて、虫が良すぎますよね」

 自業自得です、とメガネ女は項垂れた。

「――いや、最後に一つだけ、望みがある」

 俺はメガネ女に数学の教科書を手渡した。

「何も考えずにこの教科書、丸ごと全部覚えろ」

「え、そんなことできるわけ……」

「いいか、よく聞け」

 メガネ女の両肩を力強くつかみ、じっと目を見つめた。

「これは演劇の台本だ」

「……台本?」

「とある劇団の主役が突然倒れた。代役に抜擢されたのはお前だ。本番は明日。今夜一晩で台本を覚えなければならない、お前ならできるな?」

 俺の顔をぼうっと見つめていたメガネ女の瞳に、突如メラメラと炎が上がった。

「……やります、それなら私にもできそうな気がします!」

「そうだ、お前ならできる」

「私やります月影先生!」

「誰が月影先生だ」

「私は昔、千のメガネを持つ少女と呼ばれたことがあるんです!」

「それただメガネいっぱい持ってるだけじゃん。とにかく頑張れ。お前に残された道はそれしかない」

「はいっ!」

「じゃあ俺は再び仮眠を取るから」

「はいっ!」

「しっかり頑張れよ。お休み」

「はいっ!」



 ――朝七時。

 目を覚ますとメガネ女はテーブルに突っ伏したままで眠っていた。

 テーブルの上に散乱するルーズリーフと教科書。

 俺の言った通り、本当に丸暗記したのだろうか。

 こいつの女優魂に賭けるしかない。

 せめて赤点だけでも回避できたらいいんじゃないかな。

「……んん、恭一様……」

 ドキリとした。

 メガネ女が眠ったままで俺の名を呼んでいる。

 俺の夢でも見ているのだろうか。

 そう言えば以前、朝から晩まで俺のことを妄想しているとか言ってたっけ。

「恭一様、早く……」

 吐息混じりに呼ばれて心拍数が上がる。

 一体どんな夢を見ているんだ。

 かすかに動く桃色の唇から目が離せない。

 その唇に引き寄せられるみたいに、ゆっくりと顔を近づけた。

「恭一様……後ろにルー大柴が……早く逃げて……」

「だから何の夢を見てるんだよお前は」

 額にデコピンをくれてやると、はっと目を覚ました。

「あ、恭一様おはようございます! ルー大柴は?!」

「いねえよ。どんな夢見てたんだよ」

 あー夢で良かったあー、とメガネ女が胸を撫で下ろした。

 あんなに悩ましげに俺の名を呼ぶからちょっとドキッとしたのに。俺のときめきを返せバカヤロウ。


「おい急げ。テスト当日に遅刻したらシャレにならねえぞ」

「は、はい!」

 適当に朝食を取って、準備をして、二人そろって玄関を出た。すると――

「……ええと、いってらっしゃい?」

 玄関ドアを開けてすぐのところにオヤジが立っていた。

 三人とも無言のままで数秒間、固まった。

 ものすごい微妙な空気が流れた。

「……あ、あの、わたくし、立花真知子と申します!」

「立花真知子……さん?」

 オヤジがメガネ女の顔をじっと見つめる。

「はい! 恭一様の従者をやらせてもらってます!」

「学校の同級生だよ。いってきます」

「ああ、二人とも気をつけて」

 くっそー。

 普段は全然帰ってこないくせになんで今日に限ってしかもこんな朝早くに帰宅とかタイミング悪すぎるだろー!

「あの、恭一様」

「なんだよ」

「さっきの、あんな挨拶で良かったんでしょうか? 私、お父様に変な女だと思われてませんかね?」

「お前は正真正銘、変な女だろーが」

「えええええええーっ!!」

「余計なこと考えんな。お前は今日のテストにだけ集中しろ」

「は、はいっ!」



 ――こうして臨んだ期末テストの結果。

 メガネ女は数学100点満点というとんでもない高得点を取った。恐ろしい子。


 だがしかし、

 数学以外の教科は全て赤点という前代未聞の珍業を成し遂げた。点数のギャップ激しすぎる。

 本人曰く、数学の教科書しか覚える時間がなかったとのこと。しかも暗記した内容は、一日経てば全部忘れてしまったらしい。

 でもこの方法を使えば次の試験も上手くいくんじゃないかと提案したら、「教科書一冊丸ごと暗記法はとてつもなくパワーを浪費するので四年に一回くらいしかやりたくない」らしい。



 ――ちなみに、テスト期間が終了した日の夜。

 珍しく俺の部屋にやってきたオヤジがサイン色紙を手渡してきて、

「こないだの、あの、立花さんの……お母さんのサインをもらってきてくれ」

 と、若干恥ずかしそうに頼んできた。

 なんか色々とメンドクサイことになってきた。

 あと夏川さんが夕飯メニューを三日連続で赤飯にしてきた。


 未来の大女優を図書館前で待ちぼうけさせた代償は、なんとなくビミョーに高くついた、ような気がしないでもない。









第6話「二人の夜」end

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