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主従萌え女と氷の王子様  作者: 水無 仙丸
第5話「メガネの奪還」
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「――夢みたい。まさか本当に恭一さんが来てくれるなんて」

「すっぽかすような男だと思いました?」

「いえ! そういう意味ではなくて!」

 約束の日曜日。

 待ち合わせの人たちで溢れ返る駅前の時計塔の下で、舞花さんは白いワンピース姿で立っていた。

 さすがにこんなお嬢さんを待たせるわけにはいかないと思い、約束の三十分前に着いたのに、舞花さんは既に到着していた。彼女は一体いつからここにいたのだろう。随分早いですねと俺が言うと、今来たところです、と彼女は言うので、それ以上聞くのはやめた。

「――さて、どうしましょうか。ちょうど昼メシ時だし、何か食べます?」

「あ、私っ、この近くにいいお店知ってるんです!」

 舞花さんおすすめの店に行くことにした。

 待ち合わせ場所からほんの数分歩いたところにあるお洒落なカフェで、さほど混雑もしていない、落ち着いた雰囲気の店だった。

 そこでランチセットを注文した。料理を待っている間も、舞花さんは色々と話題を振ってくれて、かつ聞き上手だった。一生懸命に話を盛り上げようとしてくれている姿はきっと誰が見ても好印象だろう。

 ランチを食べ終えた後は店を出て、しばらく街をぶらぶらと歩いた。

 するとたまたま水墨画の美術展が開催されていたので、入ってみようかと言う話になった。

「――私の祖父が、水墨画が趣味なんですよ」

「ああ、俺の爺ちゃんもです」

「ですよね、聞いたことあります。恭一さんのお爺様は若い頃、個展も開かれていたんですよね」

「ガキの頃によく連れて行かれましたけど。子供ながらに『なんだこのラクガキみたいな絵は』っていつも思ってました」

「あはは、小さい子には難しいですよね」

 二人で美術展に入り、作品を見て回ったが、共通の話題も多く、とても自然に過ごすことができた。

 舞花さんが作品を鑑賞する姿を見て、こういった美術展に行き慣れてるんだろうな、と感じた。

「――この辺りはよく来るんですか?」

 美術展を出た後、歩きながら訊ねると舞花さんは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「いえ、実は一度も来たことがないんです」

「え、でもさっき、おすすめの店とか……」

「あれは……今日のために、この辺りのことをネットで色々調べたんです」

 自分との時間のために、事前に調べてくれていた。

 男なら、ここはきっと大いにときめくところなのだろう。

 だけど俺はなぜか、曖昧に笑うしかできなかった。

 それどころか、罪悪感のようなものを感じた。

 ――しばらく歩いていると、前方に人だかりが見えた。

 近づいていくと、みんなアニメのグッズらしき物を手に持っているので、アニメショップなのだということが分かった。

「最近は、ああいうアニメやゲームのキャラクターに恋する人が多いみたいですね」

 舞花さんが、珍しい物でも見るような目でアニメオタクたちを眺めている。

「舞花さんはアニメとか見ないんですか?」

「小さい頃はよく見てましたけど……あんな風に夢中になったりとかはさすがに……」

「そりゃそうですよね」

「架空の人物に恋をするとか、私には理解できません」

「俺も同感です」

「そんなことしてる時間があったら、私は現実の好きな人のために自分磨きを頑張りたいと思います」

「自分磨きって、どんなことするんですか?」

「やっぱりまずはお料理ですかね。好きな人には自分の手料理で喜んで欲しいから。週に一回ですけど、お料理教室に通ってるんです」

 すげーな。

 やっぱ違うなお嬢様は。

 この年齢で料理教室通ってるヤツとか聞いたことねーよ。

「あと最近はお裁縫も習い始めました。将来結婚したら、自分の子供に服を作ってあげたくて」

 完璧すぎる。

 料理も裁縫も得意で美人でお嬢様だとか完璧じゃないか。

 これはもう女子力うんぬんどころの話ではない。

 アニメ見てる暇あったら花嫁修業しろだってよ。

 どっかのメガネ女に聞かせてやりてーわ。

「あ、また人の行列が……あれもアニメのお店ですかね?」

「いやあれはゲーセンでしょう」

 今度はゲーセンが見えてきた。

 休日だけあって、ゲーセンの中も混雑しているようだった。

「すごい人ですね。私、ゲーセンって入ったことないんですよ」

「俺もあまり行かないですけど。舞花さんはプリクラとか撮らないんですか?」

「写真を撮られるのが苦手なんです」

「こんなに美人なのに?」

 もったいない、と俺が言うと、舞花さんは耳まで赤くした。

 男慣れしていないんだな、と思った。

「じゃあ、試しに撮ってみます? プリクラ」

「えっ!」

 舞花さんは心底驚いた顔をしたが、「恭一さんがおっしゃるなら……」と俺の後についてきた。

 俺だってプリクラなんて本当は苦手だ。

 だけど撮ってみようという気分になったのは単なる気まぐれで、この間メガネ女と一緒にプリクラを撮ったことを思い出してとか、そういうんじゃ、ない。絶対に。


「――うわあ、素敵!」

 出来上がったシールを見て、舞花さんは顔を綻ばせた。

 撮ったプリクラはもちろん一枚だけで、舞花さんは「もう一枚!」とせがんだり、コスプレ衣装を着用することもなかった。当たり前だが。

「一生の宝物にします!」

 たかがプリクラを、舞花さんはとても大事そうにバッグの中にしまった。

「嬉しい、初めてのプリクラを恭一さんと撮れるなんて……」

 そう言って微笑む彼女の笑顔はとてもきれいで、嘘偽りがない。

 今日一日、一緒にいて分かった。

 舞花さんはとても純粋で、素直で、嘘の吐けない、真っ直ぐな人だ。

 突然、ヤクザの女房になったり、

 従者を気取ったり、

 メイド服でウェイトレスに変装したりなんかしない。

 それが普通だ。

 普通の人間は、何かを演じたりなんかできない。

 だけど俺はどうだろう。

 さっきからずっと「優しい人」を演じ続けているじゃないか。



 ――午後六時。

 舞花さんにはきっと門限があるだろうと思い、最初に待ち合わせた駅前の時計塔まで戻って来た。

「恭一さんと一緒なら、帰宅が何時になっても良いと父が言ってました!」

 いやそんな信用されても困る。

 まだ帰りたくなさそうな舞花さんをなんとか説得し、今日のところはこれでお開きということになった。

「じゃあ、舞花さん。俺はこっちなんで」

「あ、あの、待って下さい恭一さん!」

 舞花さんが突然、手を握ってきた。

 まずい、と頭の隅で感じた。

 いや、なぜ「まずい」のだろう?

「恭一さん、私とつき合って下さい。できれば、結婚を前提として……」

 頬を赤らめて、勇気を振り絞りながら言う舞花さんはとても愛らしかった。

 そうだよ。

 何が「まずい」んだ?

 こんな美人に告白されてまずいと感じる男はいないだろう。

 きれいでスタイルがよくて上品で料理が得意で常に男の後ろを歩くような人で、家柄も申し分ない。

 彼女とつき合えばきっと幸せな時間を過ごせるに違いない。

 男に生まれて良かった、そう感じさせてくれる女性だ。

 そんな女性はめったにいるもんじゃない。

 絶対にここは喜ぶべきシーンなんだよ。

 断わる理由なんか、何もないはずなんだよ。

「――すみません、舞花さん」

 舞花さんの手を、ゆっくりとほどいた。

 それだけで全てを悟った彼女は絶望的な表情をした。

「わ、私に、何か問題でも……?」

「舞花さんに問題はありません。あなたは素晴らしい女性です」

「私に問題があるなら直します! だから……」

「問題があるのは、俺の方です」

 そうだ。

 俺は、どこかがおかしいに決まっている。

「そんな……っ、恭一さんに問題なんてありません! あなたこそ素晴らしい人です!」

「それが大アリなんですよ。例えば舞花さん――」

 自分でもおかしくて笑えてくる。

 きっと俺は、女のシュミがすこぶる悪いのだろう。

「――舞花さん、あなたが俺以外の男性と芝居を観に行くと言っても、俺は何も感じないんです」

 ごめんなさい、と深く頭を下げた。

 今日の誘いも断わるべきだったんだ。

 思わせぶりなことをして、告白までさせて、悲しませた俺が完全100%悪い。

 こんな状況にならないと真実が見えないなんて、最近の俺は頭の回転が悪すぎる。

 舞花さんと別れた後、すぐにポケットのケータイが鳴った。

<――真知子ちゃんの本日のデートは、K劇場17時半開演のやつだって。頑張ってね~>

 天坂からの、タイミングの良すぎるメールに俺は苦笑いした。

 普段はうっとうしいが、天坂が女にモテる理由が少しだけ分かったような気がした。





 

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