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主従萌え女と氷の王子様  作者: 水無 仙丸
第1話「突然の出会い」
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「話したこともねーのに好きとか超キモイんだけど」

 そう告げると、さっきまで頬を桃色に染めて女子力全開だった女はみるみる鬼の形相に変わり、ありとあらゆる悪口雑言を俺にぶつけてきた。

 だから言ってんじゃん。

 俺を好きとか絶対嘘じゃん。





「――王子が来たわよ!」

 登校する度に女どもが群がってくる。入学してから毎朝ずっとこの調子だ。

「クッキー作ったんです食べて下さい!」

「握手して下さい!」

「一緒に写真撮ってくれませんか?」

「これ、あたしのケータイの番号です!」

 全部無視して廊下をザクザク進んでいると、「あの冷たい目が素敵!」「まさに氷の王子!」とどこかから黄色い悲鳴が飛んできた。

 何が氷の王子だ。一体誰が言い出したんだ。

 ここは日本の東京で、今現在は平成で、俺はただの男子高生で、馬にも乗ってないし王冠も被ってない、王子なんてどこにもいねーんだよいい加減現実を見ろ。

「――やあ高宮恭一たかみやきょういち君おはよう。こないだのテストも学年一位だったそうだね」

 君は我が校の誉だ、と校長が嬉しそうに俺の背中を叩いた。

 俺の爺ちゃんがこの学校の理事長だから、教師どもも俺に頭が上がらない。適当に愛想笑いして廊下を突き進む。

「――あの、もし良かったらうちのバスケ部に入ってくれないかな。高宮君が参加してくれたら次の大会は優勝間違いなしだと思うんだ」

 男がへらへらしてんじゃねーよ気持ち悪い。俺に頼らないと優勝できないような部はさっさと潰れちまえ。

 俺は誰とも視線を合わせずに教室へ向かった。

 頭の奥がズキズキと痛む。

 何かを大声で叫びたい衝動に駆られる。

 昔からずっとそうだ。

 だけどこの気持ちを何て呼ぶのか俺は知らない。



「――あんた、アリサにひどいこと言ったらしいじゃん」

 一時間目終了後、見知らぬ女子生徒三人が俺の席にやってきた。

 三人の異様な剣幕に、何事かとクラス中が騒然となる。

「アリサ、ショックで学校来れないって」

「告白してきた相手にひどいんじゃない?」

「アリサに謝んなさいよ」

 何の話だ。アリサって誰だ。こっちは年がら年中告白されてんだ。いちいち名前なんて覚えてない。

「アリサは本気であんたのこと好きだったんだよ。断わるにしたって、もっと言い方ってモンがあるでしょ」

 いや全然意味が分からない。

 勝手に俺を好きになって、勝手に告白してきただけでも大迷惑なのに、その上断わり方までダメ出しされるとか踏んだり蹴ったりなんですけど俺。

「あんた、みんなに氷王子とか呼ばれていい気になってんじゃないの?」

 お前らが勝手に呼んでるんだろーが。頼んだ覚えはねーよ。

 ふと教室を見渡せば、みんなからの冷ややかな視線。

 高宮君てばひどい、女子を泣かせたらしいよ、知らなかったそんな人だったんだ、男としてサイテーだね、そんな声があちこちから聞こえてくる。

 あーそうかよ。

 分かったよ。

 勝手に持ち上げといて勝手にゲンメツしやがって。

 勢いよく立ち上がって鞄を手に取ると、女三人組が後ずさった。

 もうどうでもいい。こんな学校に未練はない。どうせ俺は将来オヤジの会社を継ぐんだ。高校なんか通ったって意味はない。俺の将来は約束されてるんだ。俺の人生は決められているんだ。


 いつでもどんな時でも、俺の知らないところで俺の全てが決められていくんだ。


「――控えおろう! その御方をどなたと心得る!」

 突如、怒鳴り声が教室の空気を切り裂いた。

「下がれ下がれ庶民どもめ!」

 よく通る声が教室に響き渡る。なになに? 誰の声? とクラス中がざわつき始める。女どもを蹴散らして姿を現したのは、

「控え控えーい! 一般人どもめがー!」

 でかいメガネをかけた、黒いおさげ髪の小柄な女子生徒だった。

 絵に描いたようにダサイ、いかにもオタク系の女。

 こんなヤツうちの学校にいたっけ。

 メガネ女が、女三人組に向かってビシっと人差し指を突きつけた。

「頭が高いぞこのアバズレども!」

 メガネ女に言われて、女三人組は目をひんむいた。

「はああ?! あんた誰よ! アバズレってあたし達のこと言ってんの?!」

「うるさい黙れ! いいかよく聞け皆の衆!」

 メガネ女が素早く机の上に登り、どこから出してきたのか俺の頭上に紙吹雪を撒き散らした。

「この御方は容姿端麗、文武両道、立てばキムタク、座ればマツジュン、歩く姿はレオナルド・ディカプリオ! しかも高宮財閥の御子息であらせられるぞ! 近い将来日本を背負って立つ男・恭一様と校内で同じ酸素を吸えるだけで至福の極みなのだ! 告白できただけでもありがたいと思えとアリサとやらに伝えておけい!」

 しん……と教室が静まり返った。

 一体何を言っているんだこのメガネ女は。

「……確かに、そうかも」

 女三人組のうちの一人が、ぽつりとつぶやいた。

「そうだよね、王子は私たちとは住む世界が違うもんね」

「だって氷王子だもんね」

「高嶺の花ってやつだよな」

「あの高宮にケンカ売るとか命知らずな三人だな」

「王子に告白する方がバカだよね」

「身の程知らずだね」

「断わられて逆ギレとかあり得ない」

 クラス中からそんな会話が次々に聞こえてきた。

 さっきまで威勢の良かった女三人組は急に小さくなって、こそこそと教室を出て行った。



「お待ちしておりました王子ーっ!」

 昼休みに食堂へ行くと、さっきのメガネおさげ女が、俺を見つけるなり犬のように走り寄ってきた。強引に腕をつかまれて、窓際の席に無理やり座らされた。

「王子のために席を取っておきました。どうぞごゆるりと昼食をお召し上がり下さい」

「一体何のマネなんだよ」

「見晴らしの良い席で食べて頂きたくて」

「そうじゃなくて。お前、一体なんなの?」

 俺が睨みつけてもメガネ女はびくともせず、にこりと微笑んだ。

「私は王子の従者です! 何なりとお申しつけ下さい!」

 メガネ女が恭しくお辞儀をした。

 他の生徒が面白そうにこちらを見ている。見世物じゃねえっつの。

「……従者って何。意味分かんねえよ」

「従者というのは王子のお供をする人のことです。騎士だったり執事だったり階級は様々ですが」

「そうじゃなくて。なんでお前が俺の従者なんだよ」

「それはもちろん恭一様が王子だからですよ」

「俺王子じゃねえし」

「何言ってるんですか恭一様が王子じゃなかったら誰が王子なんですか」

「知らねえよ俺に聞くな。仮に俺が王子だとしてなんでお前が従者なんだよ」

「王子にお仕えするのが私の夢だからですっ!!」

 と言って握りこぶしを作った拍子に、メガネ女が持っていた分厚いファイルが床にバサリと落ちた。

 ファイルの隙間から、「主従萌え!」「王子×従者特集」「ドS王子アンソロジー」などと書かれた薄っぺらい漫画本が何冊も散乱した。

 ――ああやっぱりこいつオタクなのか。

 まあどっからどう見てもオタクな見た目だから全く驚きはしないけど。

 メガネオタク女は赤い顔しながら大慌てで床に落ちた漫画本を回収した。

「……そ、そんなことより王子! 王子のランチも確保しておきましたよ! あの行列に王子を並ばせるわけにはいきませんので!」

 さあお召し上がり下さい、とメガネ女が目の前に出してきたカレーライス定食を見て、俺は盛大に舌打ちをした。

「……俺、カレー嫌いなんだけど」

「ええええッ?! カレー嫌いな男子なんて日本にいるんですか!」

「そりゃいるだろ。インド人がカレー嫌いなら驚くけど」

「ああそうか! いやいやいやいや、でもカレーってもう日本の国民食じゃないですかッ!」

「知るか。とにかくカレーはいらない」

「分かりました。ではこのカレーは私が責任持って食べます。いただきまーす」

「俺の昼メシはどうなるんだよ」

「ええと……あ、三日前に買ったカロリーメイトがポケットに入ってました。王子はこれでも食べてて下さい」

「なんで従者のお前がカレーで王子の俺が三日前のカロメなんだよ」

 ふと気がついた。

 なんか俺しゃべり過ぎじゃないか?

 誰かとこんな風に会話したのは一体いつぶりだろう。

 他人との対話が面倒臭くてずっと避けていたのに。

「――いけません王子、敵襲です!」

 メガネ女の声に顔を上げてみれば、食堂の入り口に大勢の女子生徒が集まっている。どの女も手にカメラやリボンのついた紙袋を持ち、ギラギラした目で俺を凝視している。

 ああ今日もか、と俺はため息を吐いた。

 俺が食堂で昼メシを食うと、いつもこうなるんだ。

「敵国の兵が攻めてきましたよ王子!」

 と、メガネ女が叫んだ。

「兵じゃねーよアホか。ただの生徒だ」

「ここは私に任せて王子はお逃げ下さい!」

「汚ねーな、口からカレー飛ばすなよ」

「国境を越えて隣国の王に協力を要請するのです!」

「お前のその設定はいつの時代のどこの国なの?」

「早くお逃げ下さい! 裏に馬を待たせてありますから!」

「本当だな? いなかったらシバき倒すからな?」

「私のことは気にしないで! 王子の身代わりとなって死ねるなら従者の本望です!」

「馬いなかったら承知しねーからな?」

 スラスラと会話してる自分がおかしくて、気づけば俺は笑っていた。

 すると、いつも以上に周囲の視線を感じた。

 俺が笑ってんのがそんなに珍しいのか。

 さあ早くお逃げ下さいとメガネ女に食堂の外へ押し出され、渡り廊下を歩きながらさっきもらったカロリーメイトをかじった。

 そして、いつもの頭痛が消えていることに俺は気がついた。





 

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