ソレは所謂
一歩一歩ゆっくりと、硬く脆くぼろぼろなソレを踏み締める。ソレは所謂、階段と云うものらしい。
しかし何故だろう。
階段とは、上の階に行くことを明確な目的と掲げるものではなかったのか。
少しずつでも上に近付いていると実感するためのものではなかったのか。
この階段は上に行けば行くほど、足を動かせば動かすほど、出口の無い迷宮の中を彷徨っていると感じさせるのだ。
嗚呼、此の迷宮の出口とは何処にあるのだろう。そして入口は何処にあったのだろう。
入口から離れていっているという感覚はあるというのに、出口に近付いているという気持ちにはどうしてもなれない。
唯だ、奥へ奥へと進みゆくだけなのだ。
そこに、小さな、ほんの小さな違和感。
恐怖が、慟哭が、哀しみで満ち溢れた咆哮が五感を震わせる。
ソレ―階段と云うらしい―が大きく揺れ動き、片膝を付く。
だが、這って上へと向かう。
理由はない。思い付く余裕もない。
行かなければ、という本能のようなものが頭の中を占めている。
頭蓋骨がキリキリと音を立てる。
本能に対し、思い出すなと理性が張り合い頭が締め付けられる。
行け、思い出すな、思い出せ、行くな、…――
階段を昇り切って頂上から地上を見下ろし、そして全てを思い出した。
同時に地面へと崩れ堕ち、一筋の泪を流す。
昇っていたのは唯だの建物の唯だの階段などではなく、閉ざされた私の心の出口へと続く先の見えない螺旋階段だったのだ、と…。