砂漠の墓標 ② 〜又はガス犬ロウの秘密〜
水が命をつなぐ。
幾つの文明が、水と共に生まれ消えたのか。
砂漠に包まれた惑星は、水を必要とする生き物には、厳しい。
水を夜の露に得る方法を広める為、1人と1匹は飛行船で、旅をしていた。
飛行船の中には、ガス状になる不思議な犬が、充満していた。
ガス犬ロウは、この惑星が生んだ生き物の中でも変わり種だった。
夜の風の中を漂う船は、伝説を生んでいたが、旅は厳しさを増していた。
昼間の熱風からの避難場所が、極端に少なくなりつつあった。
アリオスは、命をつなぐための旅の終点を感じていた。
ロウは、敏感に感応している。
1番大きな岩山がそそり立つ、カジアナの都に、ついていた。
岩山には、砂虎鮫が出ないが、別の奴らがいる。
凶暴な蝙蝠達だ。
カマキリの様な捕食用のギザギザの中指が、発達してた。
植物や昆虫を食べる小型の蝙蝠を追い掛け回し、夜に出てくる哺乳類も残らず襲う。
アリオスとロウは、狩りをしなければならなかった。
カマキリ蝙蝠の翼の膜は、熱風に耐えるテントの材料になるのだ。
夜の水を集める手段を教えると、カジアナの都の人達に歓迎されたが、蝙蝠狩りを助けてくれるほどの命知らずは、いない。
1度で済ますには、とにかくデカイのを狙うしかない。
日が落ちるか落ちないかで、出てくる小さい奴らは、無視し、真夜中すぎの黒い翼を待つ。
ギリギリの選択をしなければならない。
明け方、奴が出てきた。
一段とデカイ、ここの主だ。
熱風に強い皮膚を持つカマキリ蝙蝠は、明け方の砂虎鮫まで狩ることがあるほど、獰猛だ。
餌に仕掛けた獲物は、小さな哺乳類だが、キーキー鳴くのを選んだ。
小形だが、蝙蝠の好きな獲物だ。
他の蝙蝠を近づけさせない為に、ガス犬ロウが、霧の煙幕を張っている。
目ではなく、口からの鳴き声の反射で獲物を探す蝙蝠には、音を拡散させる霧は天敵だった。
ロウを、脇に避けさせると、怖いもの知らずのそいつは、たちまち襲ってきた。
食いついたところを、一刀両断に後ろから首をはねる。
他の蝙蝠に襲われない様に、ロウが、アリオスごと、獲物を囲う。
やはり、他のカマキリ蝙蝠は、まだそこらを飛んでいた。
血の匂いに、殺気だってワラワラと、集まってくる。
アリオスは、首を投げた。
ロウが、それを察して、転がりやすく脚を伸ばし蹴る。
ガス犬が、引っ込むと蝙蝠達が、首に群がる。
デカイ頭を喰らうと、帰っていった。
獲物をガス犬の力で持ち上げ、都に、帰る。
朝焼けに焼かれながら、ギリギリ避難場所に滑り込んだ。
カジアナの長老達は、カマキリ蝙蝠の肉を振る舞うアリオスに感謝してくれていたが、ガス犬ロウを狙う者がいる事も教えてくれた。
アリオスは、長老達の庇護の元、蝙蝠の翼の膜で、鞘をこしらえた。
避難用シェルターになるはずだ。
食料と水を積み、アリオスとロウの歓迎の宴の夜、暗殺者から逃げる為、岩山の都を脱出した。
ロウがいなくても、何人かで、罠を仕掛ければ、カマキリ蝙蝠は、捕らえられるだろうし、きっと長老達が良い方法を見つけるだろう。
水が手に入れば、人は余裕が生まれ知恵も出やすい。
アリオスは、故郷を思い描いた。
何本もの朽ちかけたビルの谷間に溜まる砂。
かぜと砂避けの為に走り回る日々。
水を求める幼子達。
暗い穴蔵の中で、太陽の沈む時を待ちながら聞く言い伝え。
飢えより渇きに耐える大人達。
砂漠の何倍もの水が流れうねっていたこの惑星は、何故こんな砂漠の星になってしまったのだろうか。
誰も知らなかった。
ただ、砂漠が来た方角は、それぞれの都に、言い伝えられてはいた。
それはただ一点を指す。
アリオスは、ガス犬ロウと共に、その始めの砂漠を目指しているのだ。
人も住まないビルが、墓のように立つ一群にやって来た。
かなり埋まっているが、避難場所には、なる。
何日か過ごし、夜の水を集める。
かなり少ないが、手持ちの水が尽きていたので、仕方ない。
何故かここには、砂虎鮫も小さな哺乳類もいない。
アリオスはずっと低い音が聴こえている事に気がついた。
ガス犬は感応力で音を聴いているらしく、変化はないが、多分他の生き物は、この音が嫌なんだろうと、頭を振った。
簡易的に耳栓をしたので、楽にはなったが、五感の内の聴覚を失うのは恐怖だった。
一層熱い砂が昼間、嵐になって吹きすさぶ。
ロウもピリピリしている。
今夜、満月の中、飛ぶ。
多分帰っては来られないだろう。
心の繋がった朋友同士、決意は確信へとなり、結びつきを強くする。
船を軽くするため、食べ飲む。
この先いらない物を下に落とす。
船は、高くあがり、風に乗り、砂漠の上を走る。
風は渦巻き、暴れまわり出す。
船の帆が、裂ける。
ロウを呼び、1人と1匹は、蝙蝠の翼の中に避難する。
何回か試した通り、ガス犬に包まれると、ある種の睡眠状態がつくりだされる。
生命バイタルが、ギリギリに下がり、まさに死んだようになり、蝙蝠の鞘の中、嵐の砂漠をその力に、巻き込まれながらはこばれて行く。
何日、何週間、たったのだろうか。
ロウが、砂が入らないように、隙間を塞いでいた部分から、外に出た。
人工の明かりがついた、地下室の一部のようで、天井に砂が磁場に妨げられて、渦巻いていた。
重みで、鞘ごとおちたのだろう。
あちこちにビルや金属の一部が、落ちている。
アリオスの眠る鞘を安全な場所まで、引きずって行く。
それを待っていたように、誰かの銅像が落ちてきた。
鞘を引きちぎり、アリオスの顔を出す。
バイタルは、少しずつ、体温の上昇と呼吸の正常化を知らせていた。
アリオスが、動いた。
外を調べから、マスクを半分開ける。
耳から耳栓を外すと、低い音が響いている。
振動が身体に伝わる。
ロウに助けられながら、たちあがる。
蝙蝠臭いが、仕方ない。
ロウが水の匂いをおしえてくれる。
壁の横にある、四角い箱から、水の匂いが溢れている。
近づき、下のはみ出した部分に足をのせると、水が出てきた。
あまりの量に、凍りつく。
手を出すと、冷たい水だ。
純粋な水だと、センサーが判断してから、呑む。
ロウも全身で、呑み込む。
サイドポケットに、水を満たし、先を急ぐ。
歩くと矢印と壁の明かりが、着くので、進みやすい。
目的地がわからないので、矢印についていくしかない。
ガラガラと音がしたので、振り向くと、壁ごと落石物が片付けられているところだった。
黒く開いた壁の一部が深い闇に全てを飲み込んでいた。
ロウがいなかったら、とっくに死んでいたことを改めて、噛み締めた。
ガス犬はガスの舌で、アリオスを舐めてくれた。
ロウがアリオスを守りながら、矢印を追う。
大きな扉の前に出た。
押しても引いても開かない。
隙間からロウが入り、内側から押すと、直ぐに開いた。
ロウはここを知ってるみたいだった。
先祖の記憶なのだろうか。
スルスルと伸びてきたダクトが、あっという間に、ガス犬を吸い込んだ。
「ロウ〜〜❗️」
手を伸ばした先には、ダクトの黒い穴が空いていて、ロウの姿はかき消えていた。
アリオスも何かを嗅がされ、意識を失った。
そして、夢を見た。
強制的にこの施設の成り立ち、運用役目を学習させられた。
目覚めた時、ここはアリオスの物に、なっていた。
ここはダム湖なのだ。
どういった訳なのかは、失われていたが、水不足を不安ししたここの政府が、極秘で、空中の水分の濃縮保存を始めたのだ。
何万分の一に、濃縮された水が、ドンドン貯められていたのだ。
恐怖が生んだ化物ダムだ。
アリオスは、ここの水を外に出す試案を廻らせたが、余りに危険だった。
乾ききった砂漠に、大量の水は、細々と生きる人類や他の生き物を一掃してしまうだろう。
少しの雨でも、地表は流れてしまう。
砂漠の雨は危険すぎた。
いつの間にか、ロウが戻ってきた。
今度は引き離されないために、スーツの隙間に入らせた。
クネクネと動くダクトも、アリオスごとは、吸い込まないようだ。
砂を掃除するダクトなのだ。
アリオスは、先人の知恵の塊に問いかけた。
柔らかい女性の声が答える。
彼女は、レスターと、名乗った。
スクリーンに、ニッコリ笑うレスターが、現れた。
一千年ぶりの人類だと、言う。
生き物を守りながら、水を増やす事を伝えると、オアシスの増加を提案された。
もちろんその前に、ガス犬ロウを吸い込む事を止めてもらいたいと、頼んだ。
「ただ、キーを開けなければなりませんわ。
人は行けません。
私の真ん中なのです。」
レスターが、ニッコリ笑う。
「鍵は、ガス犬にて、反応し開きますわ。」
笑った顔のままレスターが話す。
「ただし、ガス犬は、私の一部になります。
時間軸に合わせて、次々とキーを回さなければ、オアシスは、枯れてしまいます。」
ロウとアリオスは、お互いを見た。
離れたくない。
アリオスは、泣いた。
涙が、砂漠の掟に逆らって、ポロポロと落ちた。
レスターが、笑う。
「全てが終わるったら、この施設の閉鎖を、貴方にしていただくので、それまで、冬眠していただきます。」
レスターが、笑う。
「生命維持をさせていただきます。
ロウが責任を全うするように、睡眠中も補佐をしていただきます。
犬には飼い主の愛情が必要なのですよ。」
アリオスが、そばに立つガス犬をなでる。
「では、百年後、お会いいたしましょう。」
抗議をする暇もなく、人はカプセルに、ガス犬はレスターの中に吸い込まれていった。
アリオスは、カプセルの中で管につながれ、ガス犬ロウはレスターの中で、スケジュールに合わせてキーを回す。
星は、少しづつオアシスを増やし、川を生み、砂漠に土を作っていった。
やがて、雲が湧き、雨が降る。
熱い太陽に直ぐに蒸発させられてしまうが、変化は徐々に、星を変え出していた。
砂虎鮫は、深い砂漠の果てに追いやられ、植物が増え、木が伸び始めた。
両極にあった塩の海が、広がり、低い場所に海が出来ていた。
墓標のような朽ちたビル群は、波に洗われ、人々は別の住居を求めた。
沙漠が減ると、熱風もおさまり、昼間の活動が増えた。
伝説になっていたアリオスとガス犬ロウは、仕事をコツコツとこなしていた。
1人と1匹が故郷に帰る時、この惑星は、水で溢れた青い星に生まれ変わっている事だろう。
今は、ここまで。