第2章 長い旅の終わり 後編
「……い。おーい! あなた、大丈夫!?」
目が覚めたら俺は、学校のゴミ捨て場にいた。どうやらゴミの山の上で倒れていたみたいだ。
目の前で声をかけていたのは那珂川だった。それにしても、よくこんなところで自分が倒れていることに気付いたものだ。第一、ゴミの処理は用務員がやってくれるお陰でゴミ捨て場は学生にとって在学中1度立ち寄るかどうかも怪しかったりする。
……待てよ。
そんなところに何故彼女が来たかという疑問は尽きないが、それに加えて先程から、俺は那珂川の自分への語りかけ方に違和感を感じていた。それは、クラスメートに対して話すようなものではなく、まるで面識が全くない人に向けたもののようであった。
「なあ、那珂川……」
俺は、率直に違和感を問おうとした。
「……!? ……何で私の名前を知ってるの?」
「は? そりゃあ俺が三股だからに決まってるだろ」
「あなたが三股? 冗談にも程があるわ!」
その反応はあまりにも予想外のものであった。
なんと、彼女は俺を三股義夫と認識していなかったのだ。
「あなたが何者かはよく分からないけれど、ここの生徒なら緊急朝礼の招集がかかっているわよ。急ぎましょ」
緊急朝礼……? そんなものは初耳だ。また俺の予想だにしない変化が学校に起きているのか…?
朝礼へと向かう間にも、知り合いに手当たり次第に自分のことを尋ねてみたが、誰一人として俺のことを認識できなかった。ただ、応対してくれることから俺が実体を伴っていることは確かだろう。
しかし、そんな謎に追い打ちをかけるように朝礼では衝撃的な言葉が俺の耳に入ってきた。
「緊急朝礼ですが、本日は皆さんに悲しいお知らせをお伝えしなければなりません……。
当校の生徒である、
三股義夫くんが、昨日……
亡くなりました」
俺は茫然とその場に立ち尽くした。
死んだ?俺が?三股義夫は間違いなく俺のことのはずだ。
そうだ、これは夢に違いない。もしくは全校生徒で俺にドッキリを仕掛けているんだ。そうに違いない。
混乱する頭のまま俺は教室へ向かった。
「あれ、君このクラスの生徒なの?もしかして転校生?」
那珂川は相変わらず俺のことを三股と認識しないままである。
「そういえば、転校生が今日来る予定だって先生言ってたわね!多分あそこの空いてる席があなたの席になると思うわ」
そう言って那珂川は、かつて野村のものだった場所を指差した。
「おい、本当にお前達俺のことを……」
「そこ、うるさいぞ! 席につけー!」
荒々しく扉を開ける音と共に、龍崎一心の声が飛ぶ。
「おお、野村君もう来てたのか。後で呼びにいこうと思ってたんだけどな、スマンスマン。ついでだから今ここで自己紹介をしちゃうか」
龍崎はにこやかに教卓を顎でしゃくった。それが俺に対して投げ掛けられたものだということに気付くのには、しばしの時間を要した。
「野村って、何言ってるんです! 俺は野村なんかじゃ……!」
「はは、元気がいいなぁ野村君。転校初日は皆緊張するものなのに、大した奴だよ。君は」
「そんな…….何が狙いなんです! 説明して下さいよ!」
僕は教卓の龍崎に詰め寄る。しかし龍崎は笑顔を崩さず、後ろを向けば教室の生徒が俺の自己紹介を待ち望むように好奇の視線を向けてきている。
「ほら、君が挨拶しないと始まらないだろう」
俺は半ば沸き出る怒りに身を任せ、教室中に向けて叫んだ。
「みんな、どうしちゃったんだよ! 野村はこの間逮捕されたばかりだろう! 俺は三股! 三股義夫なんだよ!」
教室を重たい沈黙が覆った。突き刺さるような視線が痛い。
「うーん、野村君。目立ちたい気持ちは分かるが、それだとクラスで浮いちゃうんじゃないかな^^;」
龍崎は苦笑いをしながら俺の肩に手を置いて、そっと耳元で囁いた。
「あまり勝手な真似はしないでくれよ。人には与えられた役割というものがある。君は野村としての使命を果たせ」
龍崎はそう言って俺の手のひらに紙の切れ端を握りこませ、野村の席へと背中を押した。
野村の席は窓際にある。俺は仕方なくそこに腰を下ろし、何となく窓を見やった。
そこに映ったものを見て、不意に吐き気がこみあげてきた。
そこには俺のよく知る野村の顔があった。いや、正確には俺の顔が映っていた。
俺自身が野村になっていたのだ―――――。
極度興奮状態のまま、すがるように龍崎の渡した紙を開く。
そこにはこう記されていた。
『三股、申し訳ない。君の存在について少しばかり手を加えさせてもらった。
君は学校の中で妹に殺されるループの日常にいた。君はそれに抗うべく自慰によって自らの存在を昇華させ、その先にループの打破を求めた。
君は確かにループを打破した。それは確かだ。ところが、このループでは君が交通事故で死ぬことになっている。だから私は君と野村の存在を入れ換えることで、君を生かしたのだ。
今日放課後、生徒指導室に来なさい。そこで詳しい話をしてやろう』
龍崎の方を振り替えると、丁度教室から足を踏み出さんとするところだった。
去り際の龍崎と目が合うと、龍崎は俺に悪戯っぽく目配せした。
俺は立ち去る龍崎に向けて心の中で呟いた。
説明乙、と。
そう……龍崎は、この次元で起きていることの全てを、綺麗サッパリ俺に「説明」してのけたのだ。これこそが奴の真の目的だった。
龍崎の「説明」を俺が理解したこと、それはすなわち、いままでのループやオナニーやデストラクションを引き起こしていた、俺の認識の歪みが解決されてしまったことを
意味する……これが何をもたらすか??
その瞬間、世界は脱構築された。
第2章 完 第3章へ続く