第2章 長い旅の終わり 前編
「お○ぱい!!!!!!!!!!!!!!!!!」
瞬間、教室中の空気が凍った。
皆の視線が一瞬にして野村の方へ向かう。あるものは好奇の眼で、あるものは恐れを孕んだ眼で彼を見た。
「お○ぱい!お○ぱい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「やめないかっ!!!!!!!!!!」
壇上で授業を展開していた先生が野村の元へ走り、彼を叩いた。野村は大きく態勢を崩して倒れこむ。
俺――――三股義夫はその一部始終を他人事のように傍観していた。
あいつも、とうとうこの圧政に耐えきれなくなったか。
野村と俺は、サティスファクション学会に所属し志を同じくした者だ。
そして最近俺たち二人は先生から嫌がらせを受けている。理由は簡単、先生が「彼」の手の者だからだ。だから、愛の伝道師の同胞である俺らを狙っている。
先生は赤色が大好きで、趣味はロシア旅行、口癖は「あなたのものはみんなのもの」だった。
多次元の人間たる「彼」の陣営なだけあって、先生はメタな部分にまで干渉し俺たちに嫌がらせをする。先ほどの「お○ぱい」の「○」という部分も、読者諸君に見せないために先生の検閲が入ったのだ。
その日、野村は警察に捕まった。このクラスでは先生に勝ち目などないのに、無駄な抵抗をするから。
そこでふと思った。もしかすると野村は俺を勇気づけるために叫んだのではないかと。
そう、「お○ぱい」の「○」に入る言葉は「きゅ」である。先生による社会主義の蔓延るこの教室で、彼は私有財産の必要性を訴えた。それに、「occupy」はつまるところ「占有」であり、「軍隊による占拠」に使うこともある言葉なので、つまり「戦友」のダブルミーニングなのだ。
あいつは、俺を戦友と思って―――――。
そこまで考えが至り、俺は決意した。
おし、先生殺したるけんねー、と。
俺の意思は固かった。カチカチである。
そして野村の優しさに感極まった俺は、いつしか射精していた。
野村が逮捕された日から一週間が経過した。
俺は毎日の授業中、野村の姿を思い浮かべてはオナニーにふけっていた。
もちろん警察が野村を釈放するのを黙って待っていたわけではない。放課後に野村の不当逮捕に抗議するビラを撒いたり、警察署の前で抗議を行ったりした。だが、クラスメイトは皆冷淡だった。俺は一人で戦いを続けている、このまま続けても効果が無いことは明らかだった。
俺を自分自身の不甲斐なさから解放してくれるのは、射精時の絶頂だけだったのである。
「野村…野村…ウッ…ふう」
昼下がりの数学の授業中、俺は本日3度目の自慰行為を完遂した…はずだった。
「先生!三股君がお漏らししてます!」
突然、甲高い声が耳に響いた。俺の射精を告発したのは、隣の席に座るクラス委員長の女子、那珂川百合子だった。社会主義思想に染められたこのクラスでは密告が奨励されており、那珂川は先生の忠良な僕、クラスの政治将校とでも言うべき存在である。
「何だと!那珂川、三股を保健室に連れて行きなさい」
「ついて来なさい、三股君」
「くっ」
那珂川に腕を掴まれ、俺は教室から引きずり出された。
「……ようやく、二人きりになれた」
保健室に向かう途中、那珂川がぽつりと呟く。
「は?」
「私、この間まで先生の教えは正しいって信じてた。でも、野村君が逮捕されて、このままじゃいけない、って思った。三股君、クラスの8割は貴方の意見に賛同しているわ!」
「那珂川…っ…………くッ」
「一緒に先生を倒して、野村君を取り戻しましょう」
こうして、俺たちの革命闘争が幕を開けた。
「やれやれ」
俺は射精した。野村を思ってのものではない。那珂川のお〇ぱいを想像しながらのものだ。
那珂川の真意を知り革命の同志となって以来、俺は野村のことなどどうでもよくなっていた。考えてみれば俺が今まで野村で抜いていたのは、単に教室で孤立していて話す女子がいなかったせいだ。
革命サーの姫と呼ばれる那珂川と日常的に顔を近づけて話すことができるようになった今となっては、なぜあんなことをしていたのか我ながらまるで理解できない。もはや俺のモチベーションは野村を救い出し教室に自由を取り戻すことにはなかった。ただ、那珂川のお〇ぱいを俺一人でお〇ぱいしたい。それだけだ。
俺は先生を射殺した。そして那珂川以外の同志や生徒全員を斬殺。革命に血はつきものだからだ。無血革命など理想論に過ぎない。これでいいんだろう、野村。革命は成功し、俺だけが那珂川をお〇ぱいできる。万々歳だ。なあ野村。那珂川。……野村?
教室の中は、鮮血とバラバラになったクラスメイトの死体で埋め尽くされていた。
「……?」
どこかで見たような光景。何が起こった? 俺が望んでいたのはこんなものだったか? おかしい。こんなはずじゃない。何かが……何か、想像を超える恐ろしいことが起きている。誰かが俺の、いや、俺たちの運命に干渉してきた。誰? ……誰だ?
「嘘……だろ……」
……これは夢だ、夢に違いない。しかしいくら頬をつねっても、俺はこの異常事態から抜け出すことができなかった。
俺はそれから何回も同じ時をやり直した。
俺の望む世界はこんな物じゃなかったからだ。
だが何度ループを繰り返そうが何も変わらなかった。
最後にはみんながいなくなった。先生も妹もクラスのみんなも‥
「みんな席つけー」
朝の朝礼。もう何度目だろうか。
「実は先生今日から研修でな、しばらく学校を留守にする」
なに……?こんなケース今まで……。
「そこで代わりの先生が来てくれた。みんなくれぐれも失礼のないようにな。では私はこれで」
そういって先生は去っていく。その代わりに教室に入ってきた男に一礼して教室を出て行った。
クラス中の視線がその男に集まった。
「はい、つーわけでお前らの面倒見んの押し付けられたんで、まあ適当に始めるぞー」
なんだ……こいつ……?
本当に教師か? 見るからにやる気ゼロだ。服装もスーツを着崩していて、相当だらしない。なにより口から白煙が立ち上がっている。
咥えタバコだ。
顔はそこまで悪くないが……いい所は本当にそれぐらいだ。
「先生、教室でタバコは……」
さっそく那珂川がツッコミを入れる。
「はい、じゃあ今日の音楽の時間はアニソンを聞きたいと思う」
「なっ……! 先生私の話を聞いて……」
なんだこの教師!? 那珂川のことをスルーだと!?
「いや聞いてたさ。あの時はごめんな。剛三郎」
「だれですかそれ!?」
「あの時借りた競馬代全部消えちゃったんだよ……」
しかもダメ人間ぶりを更に見せつけてきただと……。
「でも俺もいろいろ大変だったんだよ? キザなロリコン魔族に殺されかけたり、天界でメタトロンだかメガトロンだかと対決したり、あげくにそのロリコン野郎とくんで魔王倒したりさ……」
「あんたは……あんたは一体誰だ!?」俺は思わずさけんでいた。この訳がわからない男のペースに呑まれてしまう前に。
「あ……自己紹介まだだったね」
そう言うと男は自分の名を黒板に意外と綺麗な字で書き記した。
龍崎一心と。
龍崎一心と名乗る謎の男が現れてから一週間が経った。
前のループまでは、長くても一週間以内にはデストラクションが起き、ループが発生していた。ところがあいつが現れてからは、イレギュラーなイベントばかりが発生し、デストラクションが起きる気配もない。
「どういうことだ……。 奴という特異点を中心に世界が全く異なる運命を辿っている。まさか、奴は主人公体質(ヒロイックチーティングトランスミグレーションオブハーレムメイカー)だとでもいうのか」
その夜、俺は日課のオナニーをしながら考えていた。
奴は危険だと俺の内なる声がささやく。もうすでに奴はクラスに当たり前のように受け入れられていた。いやそれどころか、生徒から絶大な人気を集めていた。もちろん女子も例外ではなく、あの那珂川ですら奴にメロメロになっている。
「くそっ、なんであんな奴に」
今回のループでは、那珂川と俺は接触していない。だから、那珂川の中で俺はただのクラスメートに過ぎない。
「はぁ、はぁ、那珂川……那珂川……」
那珂川を寝取られた悔しさに涙が滲む。だが、同時に俺はこの上なく興奮していた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
獣のような雄叫びを上げ、俺のパッションを解放する。目も眩む様な快感が襲う。
「はぁ、はぁ、何やってんだ俺……」
だが、快感を感じるのと同時に強い虚脱感に襲われる。
「もう、あのクラスに俺の居場所はない。俺の求める愛はどこにもない……」
これまでも、怒りに任せてデストラクションを起こそうとした。しかし、その度に何らかの理由で阻まれてしまう。まるで、奴を守るかのように。
「もう寝るか……」
今日も虚しい気持ちのまま、床に就こうとしたその時だった。
「欲しいか……」
謎の声が頭に響く。
「誰だ!」
「もっと……が欲しくはないか……」
見ると俺の前に白い靄のようなものが生じていた。
「悔しくはないか。お前はもっと上を求めていたはずだ。このままで終わっていいのか……」
「……」
「お前が求めるなら、俺が教えてやる。もっと上の世界を。今以上の愛を!」
「俺は……、俺は知りたい! もっと上の世界を!」
「ならば、求めろ! この俺を!」
「俺は、求める! お前を!」
「いいだろう! 俺を使え!そして目指すのだ! 誰も知らない境地、クリアマインドを! 至高のオナニーを!」
そういうと、目の前の白い靄が晴れた。
そして、俺はオナホールを手に入れた。
「もっと速く射精れー!」
オナホを手に入れた俺はそれを装備してオナニーを再開した。それは、今迄のものとは違った。妥協は許されない。
「最高に高めた快楽で最強の自慰を手に入れてやるぜ!!」
フィールを高めていくうちに俺の意識は不思議な感覚に包まれていく。
これは最強の自慰を求める崇高なる行為だ。
多くの者は自慰のための快楽ではなく快楽のための自慰という風に考えている。だが、それは違う。数多の快楽が集結する先にこそ存在するのが自慰なのだ。
いや、そんなことはどうでもいいのかもしれない。全ては自分が満たされる、それさえ達成されればいいのだ。もはや哲学的な問いは陳腐なものに見えてくる。
そうだ、満足だ。
やっと辿り着いた。
世界の真理に。
世界の全てが見えてくる。
今なら世界を満足で覆うことが出来る気がする。
世界を包み込んで俺の意識は…
消えた。