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飯テロ&連載作品盛り合わせ

超特選国産黒毛和牛A5サーロインステーキ 350g

本日も多くの皆様のご来店誠にありがとうございます。

間もなく当店恒例の『日替わりプレミアム超特選バーニングタイム』が始まります。

当店自慢の最高級の逸品をお求めの方は、どうぞ参加受付までお越しください。

なお、各テーブルにつき、代表1名様までのご参加となります。

「……………………落ち着け。 焦らなければ大丈夫だ。」


 目を閉じて集中しているの僕の名は、御園敬(みその けい)。A大学経営学部1年、彼女なし。僕は今、とある焼肉店の店内に引かれた『スタートライン』の前に立っていた。


 そう、最高の栄誉と幸せを手に入れるために。






◇ ◇ ◇






 僕は、バイト先の学習塾で仲良くなった同学年の男女4人組で、プチ旅行と称してM県M市を訪れていた。

 学生らしく目的地も定めないダラダラとしたドライブ旅。日中はサービスエリアや大きめの公園に立ち寄り、4人で仲良くはしゃいでいた。

 そしてはしゃいだ後に鳴るのは腹の虫。

 高校生時代とまではいかないものの、しっかりと身体を動かした後は、やはりガッツリ食べたくなるのが人情ってものだ。

 その時、僕の目に飛び込んできたのが「食べ放題焼き肉店 マタドール」の看板。僕の提案は即座に満場一致で承認され、旅を締めくくる晩餐のメニューが決まったのだった。





◇ ◇ ◇





 やや遅めの時間であったのが幸いしたのか、20分ほどであっさりと店内へと案内してもらうことができた。

 案内された席の椅子は、今どきなかなか見ない『チープな丸椅子』。


 「あっちゃー、確かに格安設定だったけど、こういう仕掛けだったかー。」


 そんな言葉がつい口に出てしまったのは、真っ先に席についたのは二人の女性のうちショートボブの茶髪の小柄な方 ――― 加納伊奈(かのう いな)だ。


 「確かにこりゃすごいわ。 まぁ、でも大事なのは味・・・というか、今は肉なら何でも食えるか。」


 笑いながら伊奈に続くのは、小学校時代からの友人で、今回の旅の発案者でもある若宮彰(わかみや しょう)


 「そうよね。私ももうおなかペコペコーーーーーー。 はやく食べたーーい!」


 背中にかかる黒髪を束ねながら、堀田桜(ほりたさくら)がひときわ明るい声で続けた。

 もちろん腹ペコの僕も、彼女の声に大きく頷く。そして、4人そろって、だいぶ昔に少女だったと思われる店員さんに案内されるままに席についた。





◇ ◇ ◇





 4人がバイキングカウンターから思い思いの肉や惣菜、お寿司を持ってきて楽しんでいると、突然カランカランカラーーーーン!と大きな鐘の音が鳴り響いた。


 「みなさんお待たせしました~! 間もなく日替わりプレミアム超特選バーニングタァァァァァァァイム! のお時間です! 参加希望者は受付まで!」


 鐘の音に続いて店内アナウンスがこれまた元気よく店内に響くと、店内の空気がにわかにざわめき始めた。


 「あ、これがさっき店員さんの言ってたサービスタイムね。 代表一人かぁ・・・・誰がチャレンジする?」


 バイキングコーナーから取ってきたカルビをせわしく焼網に乗せながら、桜さんが問いかけてきた。

 どうやら、先ほどの店員の説明によれば、併設する肉屋の店舗の方で余った肉を、この時間帯に数量限定で提供しているとのこと。時には、「そりゃもうすんんんんんんごいの!」が出るらしく、そんな時は激しい争奪戦が繰り広げられるそうだ。


 「伊奈はパスー。こういうのはやっぱり男子の仕事だよねぇ。」


 桜の隣の席に座る伊奈がすかさず言葉をつづけ、そのまま屈託のない笑顔を向かい側に座る二人の男性に向ける。


 「普段のオレ様がいけば確実に奪取してやるんだけど、如何せん今日はちょっと運転で疲れちまってるなぁ………」


 ミヤがじとーっとした目で自分をみつめてきた。


 「…………はいはい、僕が行けばいいんでしょ?」


 「「「さっすがぁ! ケイくんかっこいーーーーー!」」」


 三人が口をそろえて自分をおだてる。 まぁ、なんとなく流れ的にわかってたけどさ~。

 まぁ、でも、みんなから期待されるのは嫌いじゃないし、なにより桜さんが自分に微笑んでくれてるなら、ちょっとは頑張ってみようかなぁ…………取ったら「あーーーん」ぐらいしてもらえるかなぁ…


 「いいわよー。 じゃあ、とってきたら『あーーーん』し・て・あ・げ・るっ♪」


 隣の席に座るミヤがまるで自分の心を見透かすように茶化してきやがった。やめい、気持ち悪い! 自分には男の趣味はないぞ!


 …というか、なぜだ、ミヤは人の心が読めるというのか!


 「ケイ―、あんた、相変わらず妄想があふれまくってるねぇ。まぁ、いまさらだけどぉ」


 「げ、口にしてた?」

 

 伊奈の冷静な指摘に、冷や汗が流れる。思わずうつむきつつ、桜さん怒ってないかな…………と覗き込んでみた。

 そこにまっていたのは、笑顔とともに勇気が100倍になる言葉だった。


 「いいわよ。じゃあ、とってきたら『あーん』してあげよっかな?」 


 「ま、まじですか!」

 

 桜さんの茶目っ気たっぷりの言葉に思わず飛び上がってしまった。 やばい、うれしすぎる。

 僕は、即座に「日替わりプレミアム超特選バーニングタイム参加受付」のプラカードを掲げた店員さんの下へと駆け出して行った。






◇ ◇ ◇






 参加受付を無事に済ませた僕が席に戻ると、再び店内にアナウンスが流れた。よく見たら、バイキングカウンターのところに「お立ち台」を設けてアナウンスしてたのね。


 「は~~~い! まもなく日替わりプレミアム超特選バーニングタァァァァァァァイム!です!  日頃のご愛顧と本日の皆様との出会いに感謝してお届けするこの持ってけタイム! さて、今日の特別提供品は………………」


 不意に店内が静まり返る。 店内にいる全員がアナウンスの言葉を待っていた


 「なんと! 出ました! 超特選!!! 国産黒毛和牛A5サーロインステーキ!!!!! しかもなんと、特大の350gだぁぁぁぁ!!!!!」


 アナウンスしている店長(推定)がおもむろに銀色の皿の蓋をあけると・・・・・辺り一帯に光線が飛び散る!!!

 な、なんだと!!! あの店長(推定)、ミ○ター○っ子とかいう天才少年料理人と同じ術を使うというのか!?


 「ケイ君、どうしたの?」


 何でもないです、ちょっとテンションが上がりすぎました、はい、と僕はいつものクールな自分に戻りつつ席に着いた。


 店長(推定)が掲げていた皿を改めて確認。そこには「大理石」と間違えそうな一枚の分厚いステーキ肉が鎮座していた。鮮やかな赤い肉のいたるところに真っ白な霜降りが細かく散っている。肉についている脂身も、まるで溶け出さんとばかりに真っ白に輝いていた。

 もしこれが本当の牛肉というのなら、いつも食べている100g100円の外国産牛肉切り落とし(特売セール品)は何なのだろうか……………。


 「掛け値なしで、当店自慢の最高級の逸品でございます! なお、本日のショップ時価で換算した場合、 お値段なんと12000円相当です!」


 ぶぁぁぁぁぁぁ!!!と店内が再び興奮に包まれる! ヤバい、想像するだけで腹の虫が掻き立てられる!

 そんな中、ふと、どこからか強い視線………むしろ殺気が投げかけられるのを感じた。視線の出所を探るが………その源はごく身近にあった。そう、伊奈とミヤから発せられていたものだった。


 「ケイ、わかってるわよね?」

 

 「取れなかったら、勘定全部お前持ちだからな。」

 

 「………ごめん、急に日本語が不自由になったみたいだ。」


 「じゃあ、よく聞こえるようにこれで耳の穴をかっぽじってってやろうか?」


 隣に座るミヤの手には、“漢ならこれを食らえ!三連肉バーベキュー串!”とかいうメニューで使われていた鉄串がしっかりと握りしめられていた


 「ゴメンナサイ、カンベンシテクダサイ」


 思わず平身低頭で謝る僕。しかしながら、この流れで謝る必要ってあったっけ?と疑問はぬぐえない。


 「ほらほら、アキくんも伊奈ちゃんも脅かさないの、ね。ご飯は楽しく食べなきゃ!」


 桜のにこにことした笑顔に毒気を抜かれたのか、ミヤも伊奈もはぁいと力なく返事を返す。おかげで、先ほどまでの一触即発の空気はどっかに吹き飛んでいった。


 でも、やっぱりアレ食べたいよなぁ…超特選とか食べたことないなぁ………まぁ、とりあえずできるだけ頑張ってみて、ダメならダメで……………。

 そう思っていると、三度のアナウンス。


 「さて、只今を持って参加受付終了です! 参加者の方は、どうぞこちらにお集まりください!」


 では、いってきます。出来るだけ頑張ってきますね。 とみんなに声をかけて席をたつ。


 「うん、頑張ってねっ。でも、気を付けてねっ」


 桜さんは素敵な笑顔でにこやかに送り出してくれた。しかし………


 「「ケイ、死ぬ気でガ・ン・バ・レ」」


 ミヤと伊奈の声援は、完全に一致した低いトーンの口調によるドスの効いたものだった。なるほど、どうやら、男女の仲というのは利益の一致をみると急速に深まるのかもしれない…………。






◇ ◇ ◇






 改めて受付に集合すると、そこには15人ほどの参加者が集まっていた。

 ぐるっと見渡すと、楽しそうにはしゃぐちびっこから、いかにも食べ盛りのオーラを発している中学生、家族の期待を一心に背負っているパパらしき人といったように、非常にバラエティに富んだ顔ぶれとなっている。

 さらには、豊満BODYからパワーがあふれ出すオバチャンに、元気いっぱいの女子高生と思しき女の子まで参加している。


 店員の説明によると、このサービスタイムという名の争奪戦のルールは3つだ。


 一つ、このスタートラインから店内をぐるっと半周し、ゴール地点にある超特選サーロインが乗った皿を取った者が勝者となること。なるほど、つまり競争ってことだな。

 一つ、手を使っての妨害や攻撃は即座に失格ということ。 要するに、まっしぐらにゴールへに向かっていけばいいわけね。

 一つ、お店のものを破損したり、スタッフや他のお客様に迷惑になるようなことがあれば、相応の処置をとってもらうとのこと。まあ、常識といえば常識だな。


 スタートラインの場所はくじ引きで決めるようだ。スタートの位置取りで若干の有利不利があるらしい。ふむ。

 前に並んでいた人から順番にくじが引かれていき、いよいよ自分の番………………なんだこの“29番”って? 参加者は確か15人ぐらいだったはず?


 「を、ニク番か。一番良い番号引いたじゃないか。」


 僕の前でくじを引いてた革ジャンを来た男が声をかけてきた。


 「へ?そうなんです?」

 

 思わず若干の丁寧語で返してしまう。 まぁ、僕よりちょい上といった雰囲気だし、いいか。


 「そうだ。ニク番はつまり、スタートラインの前列中央の位置、最も“栄光の一皿”に近いとされるべスポジだな。」


 へぇ、それはラッキーだったのかな。きっと日頃の行いがとってもいいからだろう。


 「そうなんですね。ありがとうございます。 それにしても、お詳しいんですね。」


 スタートラインに移動しながら革ジャンに話しかける。


 「まぁな。 この店はオレのホームグラウンドだからな。 お前はここは初めてか?」


 ホームグラウンド? ああ、お店の常連さんってことですね。話を合わせる。


 「ええ、バイト仲間とのプチ旅行中にたまたま通りがかりまして。」


 革ジャンがちょっと安心したように一息ついた。


 「そうかそうか。まぁ、今日の“栄光の一皿”だと、かなりの激戦が予想される。 頑張るのはいいが、無理はすんなよ。」


 なんだろう? さっきから栄光とか激戦とかよく分かんないことを………あれか、身体は大人、心は中二ってやつか。


 「まず注意すべきは、あそこのデカいババァだな。アイツの“トランプル”に巻き込まれたらひとたまりもない。 それにあっちの女子高生も時折顔を合わせるが、なかなかの手練れだ。しかし、オレの実力からすれば…………」


 うん、そうだね。痛い人だね。 革ジャンはまだ話を続ける素振りを見せていたが、僕は軽くお礼を言ってそそくさとスタートラインに着くことにした。

 しかし、競争となればやっぱり基礎体力的には男性が優位なはずだろう。 おまけに自分は、高校時代の部活動で多少なりとも身体を鍛えてたし……………まぁ、せいぜいソフトテニス部の補欠どまりだったけど。

 そんなことを考えながら、ふと目を周りに向けると、先ほどの女子高生がおもむろに上着のパーカーを脱いで腰に巻いていた。


 パーカーの下は少し小さめで体のラインがしっかりとわかる長袖Tシャツだったのだが…………思わず彼女胸元に視線が釘付けになる。

 そこにあったのは、二つの大きな球体。目測ではバレーボール級といったところか。 なにこれすごい。

 しかも、彼女は身体をほぐしたいのかしきりに身体を動しており、そうなると、当然のように身体の動きに合わせてとても若々しく張りのある胸が揺れ動き…………うん、視線が動かせないのは仕方がないね。


 惜しむらくは、先ほどの「手を使った妨害/攻撃禁止」というルール。これさえなければ、邪魔するふりをして彼女に抱き着いてその旨の感触をこの手に…………っていかんいかん、今日は桜さんも一緒だった。

 頭の中で素早くシミュレーション。 うん、一時の快楽を優先して、これから始まる桜さんとのサクセスストーリーを捨てるわけにはいかないね。僕は、スタートラインの所定場所に向かいつつ、邪念を振り払うように改めて集中しなおすことにした。 桜さんの喜ぶ笑顔と、ご褒美の「あーーーーーーん」をイメージしつつ………。ぐふふ。






◇ ◇ ◇






 先ほどの革ジャンのいうとおり、僕のスタート場所は最前列中央だった。しかも、右隣りには先ほどの女子高生。 左隣の革ジャンはもちろん、真後ろにぴたっと張り付かれたドラえもんを拡大したような体型のパンチパーマなオバチャン(虎柄のセーターを装備)なんて全く気にならない。

 

 「今日は負けませんからね!」

 「ふっ、残念だけど今日も返り討ちだね。」 


 僕を挟んで女子高生と革ジャンが何か言い合っている。 なるほど、これが噂のOUT OF GANCHUか。

 まぁ、どうやらこの二人は知り合いっぽいし、自分はただの一見客だし仕方がないね、と思いつつ、改めてコースを確認する。


 前方のカーブ手前から、座席の関係で少しコースが狭くなっている。 この作りだと、中央からだとまっすぐ走ればいいが、コース外側からだと内側に絞り込む必要がでてくる。もともとが狭いコースであることを考えると、外側から先んじるのは骨が折れそうだ。

 それに2か所のカーブも注意した方がよさそうだ。 当然ながら、最短距離の内側に人が殺到することが予想される。真っ先に駆け抜けられればいいが、出遅れた場合には多少のロスを覚悟で外回りをするのも一つの手だろう。

 そして、一番注意しなければならないのがゴール地点だ。ゴールとなる超特選サーロインの皿は、どこからともなく現れたミニステージ上特設台に鎮座していた。 ステージに至る4段の階段の幅は狭く、どうみても二人が並んで進入するにはきつそうだ。しかしながら、十分な勢いがあれば階段を使わなくても一気にジャンプしてステージに登れるかもしれない。そうすれば一気に逆転ができそうだ!


 コースを確認したところで、僕はもう一度目を閉じて頭の中でイメージを整理する。

 まずスタートが肝心。この位置取りだと出遅れなければとりあえず大丈夫だ。 そして第一カーブ、第二カーブは多少大回りを覚悟しつつ勢いを殺さないようにしよう。 そして、最後の直線で一気に加速し………ステージに飛び乗ってそのまま超特選サーロインをこの手に……………! うん、我ながら完璧なイメージだ。

 今日一日の旅の疲れが若干あるものの、まだまだ体力には余裕がある。 それに、何よりも桜さんが喜んでくれる笑顔が僕を勇気づけてくれる。


 (……………………落ち着け。 焦らなければ大丈夫だ。)


 恐らくこの店の店長であろうと思しき、貫録のある年配の店員がステージ上に立つ。


 一瞬、店内全体が緊張したかのように静寂に包まれる。


 「それではいよいよスタートです!! ご準備はよろしいでしょうか~? では、参りますね~。 位置について~! よーーーーーーーーい…………………」

 

 静寂を打ち破るように鳴らされる鐘の音とともに、僕は力強く床を蹴り込んだ。






◇ ◇ ◇







 足を踏み出した刹那、ふっと視界の下端に何か影が走った。その影に身体が反応して無意識に飛び越えると…………足を踏み出そうとした場所に左から足が伸びてきていた。

 走り出しながら左に振り向くと、そこには苦い表情を見せる革ジャンが一歩遅れてスタートを切っていた。


 「チッ、反応しやがったか…………」


 革ジャンは一歩の差をすぐに埋め、僕に肩を並べる。

 どうやら、足払いをかけようとしたらしい。 その卑怯なやり口に、思わず怒りが込み上げて革ジャンをにらみつける。


 「おっと、オレは何にもルール違反はしてねぇぜ。禁止事項は“手での妨害・攻撃”だからな。」


 ニヤリとしながら革ジャンがラインをふさぐように斜め前に出ようとする。 もちろん易々と前を取らせるわけにはいかない。僕は阻止するように足を速め、当然の帰結として肩と肩が激しくぶつかりあった。


 「こういう理屈だったんですね。 それならこっちも負けてられません!」


 スピードを落とさないように注意しながら、革ジャンと押し合うように走り続ける。 最初の曲がり角(コーナー)が迫ってきた。


 「なかなかいいブロックじゃないか! だがな、力だけじゃダメだぜ!」


 曲がり角に差し掛かる直前、革ジャンは声だけを残し、視界から忽然と姿を消した! 左からのプレッシャーが急激に失われる。


 「ははっ! まぁ、頑張って追いつくんだな!」


 左下から響く革ジャンの声。 そちらを見やると、革ジャンが僕をかわすように低く身をかがめていた。力いっぱい革ジャンを押してしまっていたため、当然の帰結としてバランスが崩れる―――――――――これは、マズイ!

 僕はなんとか堪えようとしたが、身体の傾きは既に復原限界を超えてしまっていた。 このままでは踏ん張れないと判断した僕は、勢いのままに肩から倒れ込む。 そして、そのまま斜め前方に向かい前転し、すぐさま立ち上がる。ちょうど曲がり角の部分で方向転換する形となったのは幸いだった。


 転倒のままに立ち上がりにつなげることで勢いをできるだけ殺さないようにしたものの、それでも革ジャンからは数歩遅れ、後ろから迫る一群に呑みこまれそうになっていた。






◇ ◇ ◇






 「ちょっと! どきなさいよ!」背後からハスキーボイスな女性の声がかかる。さっきのオバチャンだ。


 オバチャンは勢いを失った僕を目がけて重戦車のごとく突進してくる――――これが噂のトランプルか! 確かにアレをまともに食らえばひとたまりもないが…………逆にあの勢いを利用すれば―――――!

 その時、脳裏に、革ジャンの声が響いた。 そう、“手の妨害・攻撃”は禁止だったが……………逆に言えば、手で無ければよいということだ!

 そう思った瞬間、考えを巡らせる前に、僕の身体が先に反応していた。


 背後の気配でオバチャンの距離と勢いを感じつつ、ステップを踏んで勢いを殺す。そして、オバチャンの突進(トランプル)に合わせて床を蹴り、身体を空中に投げ出す。


 「ちょ、ちょっと……何すんのっ!」


 背後をチラリと確認すると、驚いたような表情を見せるオバチャンが、予想通りのタイミングで距離を急速に詰めてきていた。

 距離感とタイミングを計りつつ、僕は膝を曲げ、空中で体勢を整える。足裏がオバチャンの肩を捉え、オバチャンの重戦車ボディによる突進(トランプル)の勢いが僕の足にビリビリと伝わってきた。

 そして、そのエネルギーを十分に受け止めながら、膝を曲げることで十分にため込んだ両足のエネルギーを、目いっぱいのスピードでオバチャンの肩に叩き込む―――――――!


 その瞬間、一気に身体が前方へ加速した。 作戦成功だ! 突進するオバチャンを踏み台にした僕は、再び勢いを得て、先頭を行く革ジャンに一気に追いついた。


 

 「と、止まれないぃぃぃぃぃ!!!」

  

 背後でオバチャンのダミ声が響き渡る。着地しながら後ろを確認すると、この作戦の副次的効果が見事なまでの効果を発揮していた。

 カタパルト代わりにされたオバチャンは、当然のごとくよろめき、後方から追ってくる集団を攪乱する。 そこに次々後ろの集団がぶつかり合って、折り重なるように倒れ込み、気づけば、後ろの集団は、まるで冷蔵ケースの皿の上に盛り付けられたロース肉のようにきれいな山となっていた。


 「さぁ、頑張って追いついたぞ!」


 「なん……………だと………………!」


 再び横に並んだ僕を革ジャンが睨み付けきた。 しかし、その表情は、動揺を隠せないほど驚愕で固まっていた。





◇ ◇ ◇






 革ジャンが身体を押し付けてくる。先ほどのように強く押し返せば再び“罠”に嵌ると判断した僕は、身体全体では受け止めず、圧力を外へといなした。


 「チッ、もうかからねぇか。あんまりテメェにかまってる時間はねえんだがな!」


 離れ際に牽制の足払いが飛んでくるが、それも軽くかわせる範囲のもの。軽々と妨害をかわす僕の様子に革ジャンは苦虫をかみつぶしたような表情を一瞬見せた後――――――前のみを見据えてギアを上げた。 これ以上の妨害は無意味と判断し、引き離すことを選択したようだ。

 当然、僕もそれに呼応してギアを上げる。日頃の怠惰な日常の帰結として緩み切っていた太ももが悲鳴を上げている気もするが、気にしてはいられない。そう、全ては|栄冠の一皿《超特選国産黒毛和牛サーロイン》をつかむまでは――――――!


 今トップを争っているのは、革ジャンと自分の二人だけだった。僕は肩口で相手の気配を感じつつ、どうやって相手の前に出ようかと思案する刹那、背中に非常に熱い気迫のこもった気配が迫りくるのを感じた。その気配に、思わず振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、強烈な勢いで迫りくる、空中でワッサワッサと揺れ動く二つのバレーボール大の球体……………って、今はそっちじゃない。

 そう、元気あふれる女子高生が、腰に巻いたパーカーをたなびかせ、ついでに、その胸にあるとても張りがありかつ柔らかそうな二つの球体を大きく揺らしながら、一気に差を詰めてきていたのだった。

 思わずその胸元に視線が釘付けになりそうになるが、頭の中からなんとか邪念を追い払い、再び前を向いて速度を速める。僕と同じように、革ジャンも後方に向けていた視線を戻したのだが、そのタイミングが全く一致してしまい……………何かこー、胸の奥底に苦いものが込み上げてきた。うげ。


 お互いにギアを上げていたものの並走する中ではどうしても互いに牽制してしまう僕たち二人のスピードでは、後ろから勢いのままに追いかけてくる彼女に捉えられるのは自明のことだった。

 最終コーナーを抜けようとするところでは、コースの内側から女子高生、革ジャン、そして僕と3人が並走する形。戦いは一騎打ちから三つ巴へと様相を変えていた。


 「やっぱり追ってきたか! ちょっとこっちの新入りに構いすぎだったか………それとも、このオレのことを必死に追いかけてきてくれたのか?」革ジャンが、女子高生に向かって叫ぶ。


 その言葉をぶつけられた彼女の顔には、『ウゼェ』とはっきり書かれていた。うん、アレはウザいね。 心の中で同意する。

  と、その時、彼女が視線をこっちに送ってきた。何かメッセージを込めるような真剣な眼差し。これはこっちが惚れられたかな……………でも、出来れば卒業してからお願いできないかな……………いや、違うだろう、自分!

 まったく、本能というのは恐ろしいものだと一人で哲学めいた結論を得ながら彼女の視線受け止める。すると、今度は彼女がまるで誘うような動きで、視線を前に送った。


 如何なる状況にあっても男と女が一度絡ませた視線であれば、当然ながらその動きに逆らえるはずもない。彼女の視線の動きに沿うように自分も前に視線を送ると………そこでようやく彼女の視線の意図が理解できた。

 既にコースは最終盤の直線を残すのみなのだが、ゴールの舞台手前には大きな柱がそびえたっていた。つまり、ゴールするためにはこの柱を左右どちらかにかわして回り込む必要があるということだ。

 そして、今の状況はといえば、僕と彼女が革ジャンを挟み込む形。このままであれば、革ジャンは柱をかわすために二人の前をとるか―――――さもなくば、強引にでもどちらか一方を弾き飛ばしに来るだろう。

 両端に位置取りした僕と彼女のどちらが仕掛けられるかは50%ずつ、しかも片方が残ったとしても強力なライバルを残すことになる。 これはお互いにとって望ましい展開ではないだろう。

 さらに言えば、この革ジャンは、若干、いや、ちょっと……………………………ぶっちゃけると、かなりウザかった。 というか、最初から暑苦しかったんだよね。うん。

 先ほどの彼女の表情を見る限り、この点においても彼女と意見の一致は見られるだろう。 つまり、このタイミングで革ジャンを協力して排除するだけの『価値』も『理由』も揃っている。


 徐々に迫りくる柱との距離感を図りつつ、僕は彼女に「OK」の意思表示。 今日初めて会った異性の相手なのに、視線だけでお互いの思いを通じ合えるのは、これはもう運命なのだろうか?

 彼女も、口元にほんのわずかな微笑みを浮かべて、もう一度僕にうなづき返してくる。想いは一つになった。


 それを知ってか知らずか、革ジャンがにやついた下卑な笑みを浮かべながら、ひとり呟く。


 「さぁ、どっちを料理するかな……!いっそ両方いっちゃうかぁ?」


 そのアホっぽくもウザい言葉が合図となった。 両端を挟んでいた僕と彼女がほんの一歩だけ速度を緩める。

 当然、革ジャンはその隙を逃がそうとしない。


 「なんだ、先にいっていいのか! じゃあ、ありがたく頂くぜ!」 

 

 そう言い残して、二人よりも一歩前に出る。

 その刹那、僕たち二人は、ぴったりと息の合った調子で革ジャンに別れの言葉を告げた。

 

 「「いってらっしゃい、そこの正面の柱にね!」」 


 その言葉の意味がわからなかったのか、革ジャンが一瞬振り向くが…………もはや後の祭りだった。 

 僕と彼女は、一歩先に出た革ジャンの背後をとった。そして、二人の肩を触れ合わせるようにして、革ジャンの背中全体を後押しする。

 不意に加速させられた革ジャンの足がもつれるが、そこは何とか堪える。


 次に、革ジャンはなんとか後ろからのプレッシャーをかわそうとするが、二人がシンクロして背中の両側を押し続けているため、左右どちらにも避けられない。

 そして意図せず急加速する革ジャンの目前に、ゴール前の柱が迫りくる。 僕と彼女は、これまた全く同じタイミングで左右へと別れた――――――――革ジャンの背中に、彼のためのゴールへと送り出す最後の一押しを与えて。


 「ちょ、ま、まて、二人してなんて聞いてねぇ・・・・ょあひやぁぁ!!」

 

 哀れな男の叫び声とともに、店内にズシーーーーーンと重く響く衝突音が響き渡った。






◇ ◇ ◇






 強敵だった革ジャンは、心を通じ合わせることができた女子高生とともに、なんとか排除できた。あとは、ゴールを目指すだけ。 一瞬息を整え、柱を回り込んでゴールのみを見据えて走ろうとする刹那、僕の目の前を何かが通り過ぎた。

 予想していなかった何かに驚き、僕は反射的にブレーキをかけてしまう。 と、そこには、先ほどまで心を通じ合わせていた彼女――――――女子高生が僕の走線を横切るように通過していた。


 彼女は、後ろを振り向き、嬉しそうな表情を見せ、軽い調子で手を振ってくる―――――――しまった、完全に油断した!!!

 革ジャンをなんとか排除でき、満足しきっていた自分は、一瞬ながら本来の目的を見失っていたのだ。 そう、誰よりも早くゴールにたどり着かなければ意味がないんだった!

 慌てて彼女を追いかけるが、既に二歩以上の差がついている。 しかも、ゴールとなる舞台はもう目前………………10mも残されていない。


 (このまま彼女を追って舞台上への階段を登っても間に合わないか…ならば!)


 僕は、最後の大勝負を決心した。既に限界まで酷使されパンパンとなった太もももとふくらはぎにもう一度だけ力を込める。  床を思いっきり踏みしめ、飛び出すようにトップギアへと加速する。

 それでも、彼女が一歩先に階段へと足をかける。階段の幅は狭い。当然、このまま階段で追っても彼女にさえぎられて後塵を排するのみ―――――――ならば!


 僕は、右足に全力を込めて床を蹴りつけた! ドンっという響きとともに床が大きく揺れる。 床からの反動をしっかりと右足で受け止める僕は身体を高く前方の舞台上へと投げ出した――――――舞台上にある『超特選黒毛和牛サーロインステーキ350g』を目がけて!


 空中で目いっぱい手を伸ばす僕の視界のなかに、階段を駆け上がってきた女子高生の姿を捉える。 タイミングはほぼ同時だろう。しかし、空中で加速することはできない以上、とにかく目いっぱい手を伸ばすしかない。そして、数瞬後――――――――――――――――僕はしっかりとその手に掴み取った!






◇ ◇ ◇





 手にした瞬間に驚いたのが、その重さだった。 さすがのボリューム感といったところだろうか。

 そしてその手から伝わる感触は、予想通り非常に柔らかく、まさに「最高級」「超特選」という言葉にふさわしい。

 そして、ただ柔らかいだけではなく、はちきれんばかりの弾力にも飛んでいた。柔らかいのに弾力がある、こんな感触はこれまで経験したことがないモノだった。

 できることならば、この感触をいつまでも感じていたい………この戦いに身を投じて本当によかった。そう思えるほどの至福の瞬間が訪れていた。


 「………………………いつまでそうしているんですか?」


 少し低めのトーンの女性の声で耳元に甘く囁きかけられる。 僕は直感的に、先ほど心を通わせた女子高生の子だと分かった。そうか、こんな声をしていたのか。


 「…………………いい加減離れてもらえませんか?」


 おっと、なんか雰囲気が先ほどの最後の加速と同じくらいの急スピードで冷え込んできたぞ。 でも、この手の中の感触をもうちょっと味わってから・・・・むにむに。


 「…………………さすがに怒りますよ?」


 ああ、これはもうダメだ。 声に涙が混じっている。 彼女を泣かせるような奴なんてぶっ飛ばされてしまえばいい!

 ――――――――――まずは、平手で一発。 そして続けざまに顎へと掌底アッパーを食らった僕は、頭を真下に向けて舞台の下へと自由落下を始めるのだった。


 「っっ決まりましたぁ!!! 本日の栄光を手にしたの勝者(ウィナー)は、こちらの元気な彼女ですぅぅぅぅぅ! みなさん、盛大な拍手をおねがいしまぁぁぁぁぁす!!!」


 僕は舞台下の床に突っ伏しながら、 巻き舌調子の店長の掛け声を合図に大きな歓声に包まれる彼女のはにかんだ笑顔を暖かい目で見守っていた。






◇ ◇ ◇






 「…………というわけで、善戦空しく一歩及びませんでした。」


 席に戻るや否や、平身低頭で詫びをいれる僕。 

 若宮は「うらやましいなぁ、おい!」なんて軽口で迎えてくれたのだが、女性陣二人は当然の如く鋭い視線がグサグサと刺してきた。


 そして、しばらくの間、女性陣―――――主に伊奈からの厳しい尋問を受け、審議の結果「帰り道の全部の運転担当+途中のサービスエリアでデザートご馳走」の処分が下された。

 

「もう、すっごい恥ずかしかったんだからね! これくらいで許してもらえることに感謝しなさいよね!」 


 さも寛大な処置だといわんばかりに伊奈が告げた。

 よくよく考えたらなんだか理不尽な気がしなくもないが、まぁ、これで逆らってさらに重いペナルティを負うよりはマシだろう。

 ただ、伊奈から処分が告げられている間にちらっと見た桜さんの表情が、何とも微妙な感じだったのは、さすがにバツが悪かった。


 ともあれ、過ぎてしまえば一時の笑い話。 僕たちは再びおいしい食事 ――――― 最高級とはいわないまでも、バラエティに富んだ焼肉を心行くまで堪能したのだった。

 そして、僕たちはお会計を済ませて店を出た。お手洗いに立ち寄って一足遅く店を出た僕を、桜さんが待ってくれていた。


 「あっと………………なんか、みっともないところ見せちゃいまして、ごめんなさいでした。」


 僕の言葉に、桜さんが微笑みながら応えてくれる。


 「ううん、ケイくんは頑張ってくれたんだから………まぁ、ちょっと最後のはアレだったけどね。」


 「アレはまぁ、ほんとに事故というか、不可抗力で…………」


 桜さんの優しい言葉に、しどろもどろになる。すると、 桜さんが不意に顔を近づけてきた。


 「分かってるってば、じゃあ、がんばったご褒美ねっ。」 


 …………耳元にふっと息を吹きかけられた。ほえぇ! 思わず変な声がでてしまった。 なんだ?このなんとも嬉しいような………微妙なのは?

 戸惑っている僕を見て、桜さんが言葉を続けた。


 「今度、もっとかっこいいところを見せてもらうまで、この続きはお預けだからねっ。 ほら、ミヤくんも伊奈も待ってるみたいだし、行こっ。」


 桜さんが先に行った若宮と伊奈が車の横で大きく手を振っている。 しまった、鍵持ってたのは僕だっけ。


 「わかったよー! ちょっとぐらい待てよー!」


 返事をしつつ、桜さんと並んで車へと向かう。

 でも、続きって…………? もやっととした気持ちは残りつつ、でも、桜さんがしっかり見てくれてたということに、ちょっとだけ嬉しい気持ちが心を占めていた。

 今度、機会があったら、二人でもう一度この店に来てみたいな。それで、その時こそは桜さんの喜ぶ顔が見られるように頑張ろう、と僕は心に誓ったのだった。

この作品はフィクションです。実在の人物、企業、団体、事件、社会情勢などには一切関係ございません。そもそもこんな酔狂な焼き肉店は実在しませんので、どうかご了承ください


作品中の行為を現実世界の焼き肉店にて再現することは、あなたの社会生活が崩壊することに直結します。お肉は逃げませんので、お店や他のお客様に迷惑をかけず、楽しい焼き肉食べ放題をヨロレイヒーしてください。


『需要と供給の極狭領域を狩り場とする《狼》』がこの世界にいるかどうか…読者の皆様のご想像にお任せします。

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