9. vs 敵は己の内に在り。 内なる壁との激突編
大変遅くなりました
そろそろ終盤ですのが最後までお付き合い頂ければ幸いです
うす暗い部屋を蝋燭の不安定な灯りが照らす。普段は豪奢なこの食堂も扉と窓を閉め切り蝋燭の灯りのみを光源とすると、いつもと違った雰囲気を醸し出していた。外は嵐。雨と風が窓に叩き付けられ、時折響く雷の轟音が部屋を揺らす。そしてそんな食堂のテーブル、私の前には5枚の写真が放ってあった。その写真に写るのは5人の男。しかしそのどれもが顔の部分に赤いバツ印が刻まれている。
「さて、残す標的は二人。そしてその一人がコイツよ」
私は静かに宣言すると手元にあった6枚目の写真をテーブルに放り、そして続けざまにフォークを放った。フォークは写真を捕えるとその勢いのままテーブルに突き刺さり、他の写真と肩を並べる。
「名前は加持若彦。天ノ宮の化学担当の教師よ」
ピシャァッ、と私の声に呼応する様に雷が鳴る。腹に響くその音に心地よさを感じる中、私に声がかかる。
「加持先生ですが……年齢は24歳と若くそしてその甘いマスクに魅了されている生徒も数多いと聞きます。成程、確かに次の標的には相応しいですね」
声をかけてきたのは私の斜め前方に座る理奈だ。緩やかな長髪と白と黒の侍女服。垂れ目がちのおっとりとした印象の少女だ。
「ええ、学園恋愛ものに欠かせない要素の一つ。即ち年上教師との禁断の恋! それがこの男の役割よ」
私の言葉に理奈はくすり、と楽しそうに、そしてどこか妖艶に笑う。
「役割……その為に私達の標的になるのですね。哀れ、いえ、むしろ幸福なのかもしれません。我が主より直々に手を下していただけるのですから」
「考え方は人それぞれよ。だけど……そうね。コイツには精々踊って貰うとするわ。来るべき決戦に向けて、これは前哨戦よ」
「ふふふふ」
「はははははは」
「ふふふふふふふふふ」
「はははははははははは!」
「あのー春華様、姉さん? 雰囲気に酔うのは良いですけどそろそろ普通に電気つけません? 何かもうお二人の会話も相まってどこの闇組織かって感じなので」
「そうね」
おずおずと手を上げたのは理奈の対面に座っていた美奈である。何故か疲れた顔をしているがまあいいわ。確かにいい加減この悪の組織ごっこも飽きてきたし。
私が許可を出すとぱっ、と部屋が明るくなった。理奈辺りがリモコンでスイッチを入れたのだろう。
「で、話を戻すけど次の標的についての対策会議よ。まずは簡単に説明するわ」
「加持先生ですか~。友達もイケメンだ! って騒いでましたよ」
「そう、イケメン・年上・教師と三拍子そろった加持だけど、その中身は中々歪んでいるのよ」
加持若彦。高身長で顔も整っており、細身ながらもすらりとした体型は正にモデル。そんな彼は天ノ宮のお嬢様達に大人気の教師だ。本人の性格も、柔らかく大人の余裕を持ち合わせている。それでいてどこか茶目っ気があるあたりもポイントだろう。というか相も変わらずテンプレ設定だが。
しかし、その笑顔の裏側では実は自分に群がる女子生徒たちを馬鹿にしている――見下しているのだ。
なんでそうなっているかと言えば、幼い頃に母親に虐待されていた若彦はその辛い記憶から女性に対して絶望しており、憎むようになったのだ。じゃあなんでこんな学校の教師なんかしてるかと言えば、自分を酷い目に合わせた母親と同じ女性が顔と知性が整っただけで自分に群がってくる様が滑稽であり、無様に見えるらしい。そしてその状況を楽しむ為に教師を続けている。
「うわぁ……何というか歪んでますねえ……。あの加持先生がと思うとちょっとショックです」
「あら美奈? 貴方も街灯に群がる蛾の如くあの教師にほれ込んでいたの?」
「蛾って……。別に私はそんなに好きだーとか無いですよ。まあ年上ですしね~」
「けど年上のタキシードな仮面にはほれこんでいたのよね」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
突然美奈が頭を抱えながら謎の擬音染みた叫びを上げて蹲った。あらやだアメコミみたいで面白い。
もう少しこの面白い美奈を見ていようかと思ったが、理奈が首を傾げて聞いてきた。
「では春華様。そんな歪んだ加持先生とヒロインこと神山姫季はどういった経緯でフラグを?」
「その話ね。きっかけは今度授業の一環で行われる調理実習よ」
「調理実習……? そう言えばそんなカリキュラムがありましたね。前々から思っていましたが、天ノ宮はお坊ちゃまお嬢様学校の割には庶民的なイベントが多いような」
「学園長の方針って設定よ。まあその方が元庶民の神山姫季を活躍させやすいからでしょうけど」
話を戻そう。件の料理実習の際、その加持が様子を覗きにきて試食するイベントがある。だが所詮は今まで何不自由なく生きてきた生徒たちが殆どな天ノ宮だ。まともに料理が出来ている者なんてほんの僅か。例外は元庶民の神山姫季や第一のターゲットであった林川克といった面子だ。
加持もそれは承知の上で、こちらの反応に一喜一憂する女子生徒たちの単純さを心の中で馬鹿にして楽しんでいるという歪みっぷりなのだが。因みに男子生徒は眼中にないらしい。
さて、そんな加持だがある生徒の料理を試食した時に思わず硬直してしまう。その料理は他の下手な料理とは違い、丁寧な味付けとどこか素朴さを感じる懐かしい味……そう、あのどうしようもない母親が偶々機嫌の良い時に作ってくれた手料理の味を思い出させたから。そしてその料理を作ったのが、
「神山姫季ですか。つまり加持先生は母親やそれと同じ女性を憎み、馬鹿にすることで過去のつらい過去を払拭する一方で実は母親の愛を求めていた隠れマザコン系年上キャラであり、その出来事がきっかけで神山姫季に興味を持ち恋に落ちてて行くということですね」
「…………よくわかったわね」
「いえ、ここまで聞けば後は定番ネタをピックアップするだけで予測ができましたので」
流石理奈ね。説明が省けて助かるわ。
「と、ということはっ! その調理実習で神山姫季の料理を食べさせなければ私達の勝利ですね!?」
「あら美奈、立ち直ったのね」
「ふ、ふふふふ、地獄を見ましたよ……」
先ほどから打ちひしがれていた美奈がよろよろとおきあがってきた。この子も強くなったわねえ。
「そんな事よりどうしましょうか。ここは基本に乗っ取って調理実習を潰す為に家庭科室を爆破するというのは」
「けど姉さん、世界のISHIの事ですから何やっても実習はやる気がします。厨房が無くてもアウトドアで料理しろとか。それよりも加持先生を仕留めるのはどうでしょうか? こう、物理的に」
「そうね……けどね美奈。いつかのゾンビ軍団の例もあるから例え加持先生と意識を奪っても試食に来る可能性もあるわ。つまり私達に求められているのは家庭科室を爆破し物理的に再起不能にしてでもやってくるであろう加持先生の試食イベントをどうやって潰すか……」
「そうですね。だとすると……」
姉妹は数秒の思考の末、はっとした顔で面を上げると手を合わせた。
『毒を盛りましょう!』
「……本当に……本当に強くなったわね貴方達…………」
何て頼もしい侍女姉妹だろう。しかし何故だろうか。姉妹の思考に微妙にうすら寒い物を感じてしまうのは。私のせいじゃ…………無いよね?
「盛り上がっている所悪いけど、毒は無しよ。私、食べ物を粗末にする考えはあまり好きじゃないのよね」
「お、おぉ、珍しく春華様がまともな意見を……」
「しかし春華様、それではどうするのですか?」
「……最初はね、私も料理で対抗しようと思ったのよ。だってほら、私って前世の記憶があるから料理だってそれなりに出来ると思ってたし」
「おおおおぉ!? ここにきてまともな対抗手段! まさかの料理バトルですか!? ……って『最初は?』」
「私も考えが甘かったわ……確かに私は料理が出来た。けどね、この綾宮春華という女のスペックを私は甘く見ていた……っ」
思わず拳を握りしめて震えてしまう。そんな私に二人も怪訝顔を浮かべるので、私は静かに指を指した。
「え? あちらは厨房のある扉で……」
美奈が不思議そうにしつつ厨房へ続く扉へ向かい、そして開く。
「いったい何が……………………ひっ!?」
「どうしたの美奈…………な、なんと……」
美奈を追った理奈も厨房の中を見て硬直した。まあそれもそうでしょう。だって厨房には私が試しに料理をした、その結果が残っているのだから。
「な、なんで床と壁に血がべったりついて皮を剥いだ状態の生鶏肉がV字開脚セクシーポーズ!? ここは屠殺場ですか!? いえ、むしろ悪魔召喚的な何か!? エロイムエッサイム的な!?」
「これは……野菜でしょうか? しかし切り口がまるで引きちぎったかの様で残虐性が見受けられます。というかまな板ごと斬っていますね……」
二人が胡乱気な眼で振り返った途端、私は思わず顔を覆った。
「私だって、私だって悪夢と思いたかったわよ! けどね、いくら私に知識があってもこの綾宮春華と言う肉体には料理のスキルなんて一ミリも無かったのよ!? ええ、そりゃそうでしょうね! 何せ前世の記憶に目覚めてからも料理なんてして無かったし! 鍛えたのは肉体だけだし! 肉を裁こうとしたら手が滑って引き千切り、野菜を切ろうとしてもまな板ごと両断してもおかしくないわよ! ええそうよ!」
「春華様! 普通まな板は斬れませんよ!?」
「だって斬れちゃったんだもん! 仕方ないじゃない!」
「どんだけ筋肉極振りなトレーニングしてたんですか!?」
失敗だった……こんな事なら早めに料理スキルを上げておくべきだった。まさかこの綾宮春華ボディがここまで駄目駄目だとは思ってもいなかった!
「…………あら? 春華様、このマッシュポテトはそれなりに良く出来ているのでは?」
「本当ですか姉さん……あ、本当だ。それにこれは人参やカボチャですね。全部ペースト状に磨り潰してますからポタージュとかに出来そうですね。ちょっと塊が残っていますけどこれなら行けそうです。な~んだ、春華様。全く出来な無い訳ではないんですね」
理奈と美奈が血にまみれた厨房の片隅で不恰好に磨り潰された野菜を見つけたらしい。それを見てこちらに微笑んでくるが……それは、違うのよ。
「それは違うの。別にポタージュを作ろうとしたわけではないわ」
「そうなんですか? じゃあポテトサラダとかそういった系の? それでも十分使えますよ。……あれ? けど道具が何処にも」
「手よ」
『え?』
私の言葉に二人の声がハモる。そんな二人に私は自嘲気味の笑みを浮かべ、
「それは全て、手でやったわ。あまりにもうまく斬れなくて、試しに握りつぶそうとしたらあっさりと」
『…………手で、これを?』
「斬るより楽だったわ」
ひゅう、と風が吹く。外の嵐は勢いを強め眩い閃光と共に落ちた雷が部屋のガラスを揺らす中、美奈と理奈は蒼い顔で凍り付いていた。
「ち、因みに春華様? 今の握力はどれくらいで……?」
「パイナップルまでは片手で余裕」
「怖っ!?」
春華「料理は玩具にしてはいけない(震え声)」