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5. vs 牙をむく世界のISHI RPGでいうところの中ボスステージ編

「ぎゃああああああああ!?」


 良く知った人物の色気の欠片も無い悲鳴が森に響く。私はその声に振り向くと怒声を上げた。


「何やってるの美奈! 早くこっちに来なさい!」

「はははは春華様!? 虫が! 何か巨大でワサワサした虫が目の前にぃぃぃ!?」

「今更たかが虫程度で……って何なのよこの触手みたいな蔓は!?」

「あらまあ、私の眼が正しければ南米やアマゾンあたりにしか生息してなさそうな素敵に巨大な食虫植物が春華様を狙っていらっしゃいます」

「何冷静に語ってるのよ理奈!? ちょっ!? なんなのよこの蔓は!? 早く助けなさい!?」

「いえ、実はわたくしもアナコンダもびっくりな巨大蛇と遭遇しておりまして……今夜は蒲焼ですね」

「やったぁご馳走ね! って違ぁぁぁぁぁぁぁぁう!? 何なの!? 何なのこの山は!? 本当に日本なの!?」


 日を覆い隠す程茂った木々の間から伸ばされた謎の蔓と戦いつつ私は叫ぶ。

 ここはT県某所。のどかな自然と緩やかな傾斜から、初心者にお勧めのハイキングコース…………の筈だった場所である。少なくとも先日までは。しかし今そこは怪鳥猛獣犇めき謎の外来種が多種多様に生息する超危険地帯と化していた。


「おのれ世界のISHI! 何が何でもこちらを止める気か!? 負けてなるものかあああああああああああ!?」


 決意を込め、口元の謎の蔓を噛み千切りつつ私は叫んだ。

 そもそもなんでこんな事になっているのか。その理由は数日前に遡る。






「オリエンテーションですか」

「そうよ。入学して3週間。まだぎこちない新入生達の交流を深める為に、天之宮ではこの時期レクリエーションがあるの」

「へえ~。内容は……ハイキング? 金持ち学校の割には意外にチンケですね」

「その辺りは学園の方針ね。お坊ちゃんお嬢様だろうが何事も経験しろって感じの。まあコース自体は随分と楽みたいだけど」


 いつもの様に日の当たらない校舎裏、私達は一枚の紙を中心に顔を付きあわせていた。私達が見ているのは先日配布されたあるプリント、今話題に上がっている新入生オリエンテーションの案内だ。


「えーと。『長閑で自然溢れるコースです。優しいコースなので初心者も安心!』ですか。まあうちの学校の皆さんならそれくらいが丁度いいでしょうね」


 美奈の言葉に私は頷く。何せ体力よりも財力とプライドが高い連中が集まる学校だ。全員が運動音痴と言う訳ではないが、難しいコースは無理だろう。


「そしてこのオリエンテーションもゲームのイベント……という訳ですね? 春華様」

「流石理奈。理解が早くて助かるわ。このイベントでのターゲットはコイツよ」


 ぴっ、と私が写真を放る。この写真は綾宮家の優秀な黒服エージェント達が手に入れた物。写真には桜が舞い散る噴水近くのベンチで幸せそうに眠る少年の姿があった。

 どこか寝癖のついていること以外は手入れの行き届いた髪。赤みが差したふっくらした頬。とろん、とふやけた顔は見るからに童顔。そして高校生の平均的な身長と比べても明らかに小柄な体躯。


「朱鷺信吾。あの有名玩具メーカーTOKI会長の孫よ」

「あらあら、人生舐めきった様な顔の少年ですねえ」

「あの、春華様? ターゲットと言う呼称とかこの写真の顔に当たり前の様に×印があるとかそれにまったく動じない姉さんとかに私はもう何度目かになる恐怖を感じるのですが……手段と目的の入れ替わりと言うかなんというか……」

「話を進めるわよ」

「……そうですよね。今更そんな事聞くまでも無いですよね」


 何故か遠い目をしている美奈を無視して私は話を進める。


「こいつのイベントは正にこのオリエンテーション。ヒロインはね、このハイキングでいじめっ子に騙されて皆とはぐれてしまうの」

「はぐれる……? 失礼ですが春華様。このコースは多少はぐれた所で直ぐに戻れる超お手軽コースの筈ですが……」

「そうよ。だけどゲームでははぐれたわ。私達にとってはそれが全て」

 断言すると二人は『あぁ』と頷いた。


「もう理屈も何もないんですね……けど今までの世界のISHIの強引さを考えるとありえそうで怖い」


 私も美奈に同感だ。例え初心者コースだろうが、小学生でも分かる道だろうが亀でも楽勝なコースだろうが何が何でも世界のISHIは神山姫季をはぐれさせようとするに違いない。


「それで、と。はぐれたヒロインは足も挫いて取り残されてしまう。だけどそこで助けに来たのが―」

「成程。それが朱鷺信吾という事ですね」

「正解よ理奈。普段の舐め腐ったショタ小僧っぷりは消え、力強くヒロインを励まし、支えるの。襲い掛かる山の獣をなぎ倒し突き進むその普段とは違う姿にヒロインは朱鷺信吾を見る目が変わり、そして朱鷺信吾も苛められても挫けず前を見続けるヒロインの在り方に興味を持って……そんな感じね」

「ショタ小僧のギャップ萌に吊り橋効果で倍率ドンと言った所ですね。これでもかとばかりに鉄板ネタを組み合わせてくるとは。というか初心者コースに何故山の獣が……」

「それで春華様、どうなされますか? いっそ遭難のしようが無い様に山を焼き払いましょうか?」

「…………………………それはやめておきましょう」

「姉さん何ナチュラルに恐ろしい提案してるんですか!? ってか春華様も今かなり悩みましたよね!? ねっ!?」


 あらやだわあ美奈。確かにちょっぴり迷ったけど流石にそこまではしないわよ…………今はまだ。


「もう少し平和的にいくわ。要はヒロインをはぐれさせなければいいのよ。当日は綾宮家の誇る黒服軍団を山へ配備。ネズミ一匹見逃さないレベルの監視網をしくわ」

「お、おお!? 春華様にしてはまともな提案!? 頭でも打ちましたか!? っ痛いぃぃぃぃ!? 骨がっ、頭の骨がぁぁぁぁぁぁ!?」

「やかましい」


 仰天している美奈にアイアンクローをかましてやる。ふむ、だいぶ筋力は鍛えられてきたから良い感じに美奈にお仕置きが出来るわね。


「元々迷い様がない山に更に人員を配置。確かにこれなら行けそうですね」

「当然よ! ふふ、せいぜい吠え面かくがいいわ世界のISHI! ショタ野郎のフラグも叩き折って、私は必ず幸せを掴み獲る!」


 拳を突き上げ私は天に向かって宣言する。だがこの時、私はまだ見くびっていたのだ。世界のISHIのその強引さとイカレ具合を。






 そしてオリエンテーション当日。家を出た時の天気は快晴。まさにハイキング日和と言った所だ。だけど私は学校の手配したバスから降り、目の前に広がる光景に絶句していた。


「なに……これ……」


 そこは今回のハイキングコースのある山だ。初心者にお勧めであり、長閑であり、自然豊かな優しい山。それがこのキャッチコピー―――――だった筈の山。だが今はどうだろう?

 異様に生い茂った木々とその間から落ちる謎の蔓によって、昼なのに先が見えない程に暗い森。ツバメでも鴉でも無い、謎の巨大鳥が『クェェェェ』鳴きながらバッサバッサと飛び交っていたかと思ったら地上から放たれた『何か』がその巨大鳥を射抜き墜落していく。森の奥からは謎の唸り声と太鼓の音が鳴り響き、何故かその山の上だけは暗雲が立ち込めていた。


「ようこそ天之宮学園の皆様。お待ちしておりました」

「って、ナチュラルに話を進めようとするな!?」


 そんなどう見ても森じゃなくてダンジョンとか天然の要塞とか自然の暴走としか言えない山を背景ににこやかに挨拶する山のガイドに思わず叫んでしまった。


「おや? どうしましたかお嬢さん?」

「どうかしてるのは貴方達でしょう!? おかしいでしょう!? 何ここ!? どう見てもハイキングとかする山じゃなくてRPG中盤位でボスが居るダンジョンで倒すと森の精霊とかと契約できそうな山よね!? 何がどうなってこうなったのよ!?」


 私の背後では同じ天之宮の生徒たちが青い顔をして首を縦に振っていた。そりゃそうだろうに。


「い、いえそれが……。丁度一週間前に山頂に隕石が落ちまして。その翌日から突然山の木々や生物たちが急成長しました。いやあ、自然とは時に恐ろしい。そんな自然の驚異を学生の皆様にも感じて貰えて感無量です」

「不自然の塊をバックによく言えたわね!? 学生呼ぶ前に学者呼びなさい! というか何その無茶苦茶な理由は!? あと森の奥から聞こえてくるこの太鼓の音は何!?」

「実はこの脅威の大成長を見つけた新興宗教がここを聖地として居座ってしまいまして。ああ、大丈夫ですよ。目を合わさなければ襲われません」

「自分の発言に違和感を感じなさいぃぃぃぃぃ!?」


 ガイドの襟首を掴みガクガクと揺さぶるがガイドは笑ったままだ。いや、違う。よく見たら笑いがどこか虚ろだ。くっ、どうやらこのガイドも軽く現実逃避しているようね。

 私はガイドを放り捨てると背後の理奈に問う。


「理奈……昨日のうちにこの山に派遣した黒服達は?」

「……駄目です電波が通じず全員音信不通です」

「んなアホな……」


 冷や汗を浮かべつつ私は改めて山を見る。何故か先ほどより太鼓のビートが熱く激しくなってきている。やだ、なにここ絶対入りたくない。

というかどう考えても入らないのが正解だろう。先生たちも中止を告げるに違いないと私は思い直し、担任の山田先生に視線を向けた。


「で、では皆。班ごとに登って行こうか……」

「どうしてよ!?」


 ダッシュ、捕獲、肩シェイク。トチ狂った事を言い始めた担任の襟首を掴みあげ私は心の底から叫んだ。


「何考えてるんですか!? 中止でしょう? どう考えても中止でしょう!? ここは学生が入る山じゃないわ。学者とか自衛隊とか世界を救う勇者が入る場所ですよね!?」

「いや、いやだがな綾宮……学園の方針で豊かな心と体を育むためにこのオリエンテーションは必須で」

「何を育てる気だアンタらは!? インディジョーンズかビッグボスかテイルズ的な勇者か!? ぁぁん!?」

「ひ、ひぃぃっ!? だ、だが、何故だかここを登らなければいけない気がするんだ。ガイアが先生にそう語りかけてきて……。そ、それに安心しろ。さっきガイドさんに聞いたがまだこの山で犠牲者は一人も出ていないらしい。これは奇跡だ」

「その奇跡に学生を放り込むなああああああ!?」


 駄目だ、駄目だこれは! 先生自身もおかしいと思いつつも無理やり行動している。これは委員長の時と同じパターン! つまりこれは、


「おのれ世界のISHI……っ! 何が何でもヒロインをはぐれさせる気ね!?」

「やっぱりこれも世界のISHIなんですか春華様!? いくらなんでも強引すぎませんか隕石って何なんですかニュースでもやってませんでしたよというかそもそもこんな状況になったら普通は国の調査とか入るんじゃないんですかなんで学生のイベントでダンジョンに挑まなきゃらならないんですかあああああああああ!?」

「私達も大分強引にフラグを折ってきましたからねえ。世界のISHIも本気になったということでしょうか……」


 慌てふためく美奈。そして普段冷静な理奈ですら薄らと汗をかいている。そんな二人に私は頷くしかなかった。


「くっ、油断していたわ。今まで上手く行き過ぎていて世界のISHIを甘く見ていた……っ! だけど! だけどまだ大丈夫よ! ヒロインを一人にしなければいいんだし! イベントは絶対に起こさせ―――」

「綾宮―! 早く行くぞー! みんなもう出発したからなー!」

「何ィィィィィィィィィ!?」


 慌てて振り向くといつの間にか皆出発していた。この魔境に挑む生徒たちの眼はみんな死んでおり、沈んだ顔で山に挑むその様子はハイキングでなく死の行進。そしてその最後尾では、もうどこか投げやり気味の先生が手を振って私を呼んでいた


「………………………理奈、神山姫季は?」

「申し訳ありません。どうやら先陣切っていったようで。位置情報をロストしました」

「……わかった」


 このままではまずい。ならどうするか。簡単だ。私は決めたのだ。絶対に全てのフラグを叩き折ってヒロインである神山姫季には恋愛などさせてなるものかと。

 どんっ、と脚を踏み鳴らし天然の要塞を見据える。


「負けてなるものですか! 理奈! 美奈! 行くわよ! こうなったらこちらも手段は選ばない! ありとあらゆる獣と邪魔者を狩りつくして一刻も早くヒロインの下へ辿り着き! そして状況次第では――」


 ハイキングの為に着てきたジャージのポケットから電気銃を取り出し私は昏く笑う。


「先に朱鷺信吾を仕留めるわ」

「承知したしました春華様」

「何故当たり前の様にジャージに電気銃が……いやはいわかりましたよ。もうそうするしかないですもんね……」


 待っていなさい世界のISHI! 貴様の野望、この綾宮春華は喰らいつくしてやるわ!

 私は己に喝を入れると天然の要塞へ目掛けて走り出した!


そして冒頭に戻る

ISHIさんの反撃ターン


実は最初は少し違う展開でしたが山関係でタイムリーに危険な話になってしまったので急遽変更しました

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