3. vs ワイルドヤンキー対策会議編
私は悪役令嬢である
いや、であったと言うべきか。少なくとも記憶が戻るまでの私の態度は酷いの一言だっただろう。
気に入らない相手は金と権力でいびり倒し、その権力を振りかざしやりたい放題。生徒も教師も馬鹿にした様に見下し、取り巻きを引き攣れてはそりゃもうフィーバーしていた。お蔭で中等部時代は取り巻き以外は友達はいなかったが。いや、取り巻きもあれは友達とは違うか。私の権力に引かれ甘い汁を吸おうとしたり、ご機嫌伺いしてたりしてた子達だし。
だがまあつまりはそんな事してりゃ悪評なんてモノは広がっている訳で。特に私が通うこの天之宮は小等部からエスカレーター式で大学まで進めるが故に、中等部時代の私の悪事を知っている生徒たちはそのまま高等部にも居るのだ。知らないのは高等部から入学した外部生位だが、彼彼女らも友人知人から私の中等部時代の悪評を聞き、関わらない様にしている。
「ま、仕方ないわね」
春の暖かな日差しが射し込み、お坊ちゃんお嬢様達が談笑するテラス……では無く、日の光が当たらない人気の無い校舎裏で缶コーヒーをグビグビ飲みながら放った私の言葉に、正面に座る理奈と美奈は微妙な顔をした。因みに二人は私と同じくこの天野宮の制服を着ている。
「随分とドライですね」
「春華様は寂しくないんですか?」
「まあ多少はそういう感情はわるわよ。だけどどうしてかしらね? 記憶が戻ってからは微妙にこの学園と言うか空気に苦手意識があるのよね」
これは本音だ。そしてその理由もハッキリしている。
「前世とは違い過ぎなのよね。世界観が」
前世ではこんな金に物を言わせたような作りの学園は勿論のこと、そこに通う様ないかにもお坊ちゃんお嬢様と何て無縁の生活だったのだ。むしろその真逆であったと言っていい。それが私を戸惑わせる。同時に、綾宮春華とし生きてきた記憶もあるために違和感が拭えない。その違和感や気味悪さが苦手意識へと繋がっているのだ。こんな場所で缶コーヒーを飲んでるのも実はそれが理由である。上等なテラスで紅茶を飲むよりこちらの方が落ち着くのだ。
「そんな事より報告を、理奈」
「畏まりました」
私の命令に理奈は頷くと書類を取り出し読み上げ始めた。
「まずヒロインである神山姫季ですが、今のところ問題なく学園生活を謳歌しております。彼女は容姿は整っていますし、持ち前の明るさと素直さがあるのでこの短期間で人気者になりつつあります」
「春華様とは真逆ですねえ」
「やかましい」
流石はヒロイン。愛されスペックはゲーム通りの様だ。
「因みに春華様の評判ですが、中等部時代に広まった悪評のお蔭でこの短期間で多くの人を敵に回しております」
「その説明は要らん!」
そんな事はもう百も承知だっつーの! しかし理奈はフルフルと首を振った。
「いえ、実はこれが中々面倒事になりそうです。前述の通り神山姫季は男女問わず好かれておりますが、全員にと言う訳ではありません。取り分け中等部からの進学組の一部にはその人気故に目の敵にされており嫌がらせ等を受けている様子。それが段々とエスカレートしているようです」
「ああ、そういえばそんな設定もあったわね」
ゲームでは神山姫季を苛める代表格は私、綾宮春華だったがその綾宮春華以外にも神山姫季を嫌う人間は確かに居た。そういう生徒を掌握して、綾宮春華は神山姫季への苛めや嫌がらせを進めていくのだ。
「問題はその苛めや嫌がらせの黒幕が春華様であるという噂が広がっている事です」
「なにそれ」
ゲームと違って私は高等部に入ってからは何もしていないんだが。いや、そうか。中等部の時の悪評が広まってるらしいし、その情報と神山姫季への苛めや嫌がらせを皆が繋げてしまったという事か。
「面倒だけど態々関わる事も無いし放っておくのが一番ね。実際私は何もしてない訳だし」
神山姫季には別に恨みも何もないが、下手に動くと余計に自体がややこしくなる気がしたのだ。
「確かにそうですが一部の者達は春華様の仕業だと断定している節もあります。後々面倒になりそうですが」
「春華様の悪評はすごいですからねー」
「その時はその時よ。今はそんな些細な事より、その神山姫季に恋愛させない手段を考えるのが先!」
中等部の時の私が酷かったのは事実だし、いちいち否定するのは面倒くさい。何か言いたい奴は良いに来ればいいさ。もしそうなったら、
「堂々と血祭りに上げればいいしね」
「その通りですね」
「あの……春華様? 姉さん? ものすごいバイオレンスな空気を感じるのですか……」
美奈がダラダラと冷や汗を流している。風邪かな? 体調管理位しっかりしないさい。
「では報告に戻ります。第一ターゲットであった林川克の『通学途中でゴッツンコ♪ 衝撃の出会い阻止作戦』についてです。お嬢様の尊い犠牲の末、ゲーム通りの展開は回避した訳ですが、その後も彼とヒロインは特段深い関係にはなっていない様です。話しかけられれば話す様ですが、ただのクラスメイトレベルですね」
「当然よ。出なければ私が蹴りを喰らい損だし」
「すごかったですもんねえ」
う、思い出したらまた痛みがぶり返してきた。幻痛だろうけど確かにアレは凄かった。
「次に春華様がこの世の地獄に叩き落とした第二ターゲット丸山卓也についてです」
「ぅ……」
彼には本当にすまない事をした。今のところ、普段の様子に変化は無いが彼はあの悲劇を乗り越えられたのだろうか。
「実は彼、先ほど少しお話した春華様が神山姫季苛めの黒幕説を信じている一人です」
「そうなの? いえ、そう言えばゲームでもそうだったわね」
心外と言えば心外だが、彼には負い目があるので少しくらい何か言われた所で、怒る気には―――
「はい。神山姫季との恋愛フラグは叩き折られましたが持ち前の正義感が燃え上がっている様でして。恋愛対象と言うよりは、クラスメイトとして嘆き、憤っています。『思い出せ、綾宮春華の心の狭さを表すような寂寥感溢れる胸を。まるで膝の上に積まれる様な石板の様な体を。三画木馬の様に尖った精神を。彼女は鞭の様に相手を傷つけ、蝋燭の様に苦痛を感じさせる事に快楽を感じているのに違いない! 委員長である僕が、彼女を止めて見せる。権力が何だ! 水責めでも股割きでも僕は屈しない! 今の僕なら耐えられる!』だそうで」
「どんな進化を遂げた委員長!?」
というかそんな台詞はゲームにも無かったぞ!? 誰にでも好かれる温厚な設定はどこに行った!? 私か? 私のせいなのかやっぱ!?
「春華様によって与えられてしまった知識が彼を一段大人にしたようです」
「どちらかと言うと人生の階段を転げ落ちてる気が……」
ゲームでもヒロインは所謂攻略キャラ達から守られ、逆ハーレム状態だった。そして苛めを行う綾宮春華を攻める様に色々言っていたが、妙な方向に転がっている気が。
「あら? けど私委員長に直接は何も言われてないけど?」
「流石に委員長の発言に周りがドン引きして、彼を止めた様です」
「そ、そう……」
何故だろうか。先ほどまで感じていた罪悪感が若干消えた。
「さて、では次のターゲットについてです。ターゲットの名は荒木健二。あの荒木鉄鋼の会長の息子です。彼はまた春華様とは別ベクトルで評判がよろしくないですね」
「そういう設定だしね」
荒木健二。これも攻略キャラの一人だ。彼を一言で表すなら『不良』に尽きる。
こんな学園で不良もクソもあるのかと言う疑問はさておき、思春期と厨二病と反抗期が一気に来てしまった様な彼は、親に反発するように不良ぶっているのだ。髪を赤く染め、制服は着崩し、煙草も酒もやる。そして夜な夜な街に出ては似たような連中とつるみ喧嘩もする。
彼がそんな事をするのは、父親との確執が原因である。実は彼は荒木鉄鋼会長の妾の子なのだ。ずっと母親と二人暮らしをしていたが、母親が病気で死んだ事から父親――つまり会長に引き取られた。母親っ子であった健二は、一度は捨てる様に遠ざけた癖に今更になって自分だけ呼び寄せた会長に対し反発しており―――と言うのがまあ彼のストーリー。うん、鉄板だ。
で、ヒロインと彼の出会いは簡単。ヒロインが街に出た時にならず者絡まれる。それを見かけた荒木が助け、そこから二人のストーリが始まる。
「これまたどこかで聞いた様な……」
「不良との恋愛。きっかけは同じような不良から助けた事から。確かにド直球ですね」
「でしょう」
二人の感想に私も嘆息しながら頷いた。だが呆れていつ暇はない。何故ならゲームに置いて、荒木がヒロインを助けるタイミングがいまいち不明なのだ。
「何故ですか? 委員長をこの世の地獄に突き落とした際はタイミングを覚えていたと思いますが?」
「委員長の時は『最初のテストの後』って印象があったからなのよ。けどこの不良救出イベントはそういう目印になる他のイベントが無いからいまいち分からないわ……」
まずい。このままではイベントが知らない所で進行してフラグが成立してしまう。だがどうすれば良いのか……
「春華様、宜しいでしょうか?」
悩む私を前に理奈が手を上げた。
「どうしたの理奈?」
「私に提案があります」
「提案?」
首を傾げる私を前に、理奈は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「いつならず者に絡まれるか分からないヒロインと、それを助ける不良少年の邂逅。それを防げば宜しいんですよね?」
そうね、と頷くと理奈は母性を込めた穏やかな笑みを浮かべて私にこう告げた。
「ならば駆逐しましょう」
『え?』