2. vs 秀才委員長図書室で勉強デート(ハート)編
「次のフラグを折りにいくわよ」
「昨日あれだけの事があったのに良く動けますね……」
「元気なのは良い事ですねえ」
翌日、頭や各所に包帯を巻いた私は気合を入れなおして学園へ向かう。その背後には制服を着た理奈と美奈が付き添っている。二人もここに通うのだ。本来の目的は学園生活でも私の世話だが今となっては私と共にフラグを叩き折る為に来るような物だ。
「流石に昨日あれだけの事があれば信じる気にもなってきますよ……」
「そうですねえ。私もあれには驚きました」
「良い心がけね。ならば行くわよ、と言いたいところだけど……私、本当にちゃんとフラグを叩き折れたかしら?」
そう、それだけが不安だった。昨日はあの後、理奈と美奈によって回収され病院行き。その為に学園には行っていない。だからこそ気になる。私のあの行為は無駄に終わっていないかどうかが。
「ご安心ください。その事は調査済みです」
私のそんな不安に理奈が答える。流石、彼女は出来る侍女だ。
「結論から言うと神山姫季と林川克は知り合ってしまいました」
「なんですって!?」
全身から力が抜け、目の前が真っ暗になっていく。あれだけやったのに、私の行動は無意味だったというの?
「大丈夫ですよ春華様。確かに二人は出会いましたが、あくまでただの学生としてです。一応、廊下の角でぶつかる、という出会いをしたようですが」
「くっ、何て事! 外が駄目なら中でなんてどうすればいいのよ!」
「ご安心下さい。ぶつかったと言っても軽く当たる程度です。フラグの成立条件が衝撃的な、つまりインパクトのある出会いという事ならば、全力疾走の末にボディに膝を叩き込み、追い打ちの如く体当たりを頂戴して吹っ飛んだ春華様のインパクトの方がはるかに上です。主に物理的に」
「というかあの人の蹴り凄かったですよね……。春華様よく無事でしたね」
「無事じゃないわよ。だからこんな包帯巻いてるんでしょ。……けど本当にすごかったわ」
昨日の華麗な蹴りを思い出し思わす身を震わせる。
「私も気になって調べました。まず彼女の自宅は学園から10km程離れています。彼女はその距離を鞄を持ち、パンを咥えてという悪条件の中、一度も休まず走り続けた模様です。その速度はなんということでしょうおよそ時速20kmと世界を狙えるレベル。彼女の脚には神が宿っています」
「何その無茶苦茶スペック!? というか10kmあったら流石に電車で来い!? どうりてこの私の意識を刈り取った訳ね。前世でもあんないい蹴りを出してくる奴はそうそういなかったと言うのに……」
「あ、あのー? お嬢様の前世って一体」
恐るべしヒロインスペック。というか自宅から10kmってそんな設定だったのか。ゲーム内に無いデータは流石の私でも分からないので不安だ。
「して春華様。次はどうするのですか?」
「次はクラスの委員長。丸山卓也のフラグを折るわ」
「委員長ですか?」
「そうよ。彼とヒロインのフラグについて説明するわ」
丸山卓也は成績優秀なクラス委員長である。運動はそれほどではないが、それを補う程の秀才ぶりであり新入生総代を務めたのも彼。性格も温厚で誰とでも仲良くなれる彼は常にクラスの中心だ。そして彼はほぼ毎日の放課後、図書室で本を読んでいる。そんな姿をヒロインである姫季が見つけ話すきっかけが生まれるのだ。
『丸山君、何を読んでいるの?』
『西欧の伝記ものかな。こういうファンタジー物を馬鹿にする人もいるけど、こういう話って言うのは当時の人々が実際に直面した問題、飢餓や災害。それに流行病等が元の事が多いんだ』
『そうなの? だけどどうしてそんな事を』
『そういった見えない事に悪魔や怪物と言った形を与えて、それを主人公に退治させる事で自分達がどんな困難も乗り越えられる、と思い混んでいたのかもね。他にも色々な情報が読み取れたり予測できたりするよ』
『物知りなんだね。伝記ものが好きなの?』
『うーん、そういう訳じゃなくてさ、せっかくこの図書館には古今東西様々な知識があるんだ。だからその全部を読んでみたくなってさ。あそこの棚から順に読んで行ってるんだけど、そこが伝記ものの棚だったんだよ』
『全部!? 凄い量だよ!?』
『はは、わかってるよ。だからまあ、あくまでそれは夢だよ。だけどそうやって得た知識はきっとどこかで役に立つと思うんだ。得た知識を実践し、時には昇華させていければいいなあって』
『へえ~』
「と、まあそんな感じの会話の末にヒロインも興味を持って図書室に通う。そうすることで最初のフラグが成立よ」
「は、はあ。本を全部読むとか微妙に知識アピールとかどこかで聞いた話ですね」
「直球ですもんねえ。本を全部読むとか言う発想の浅さには引きますが」
美奈と理奈が呆れた様な顔で頷いている。まあ同感だ。秀才イケメン委員長キャラが図書館でヒロインと勉強とかもうね。いやまあ鉄板だから良いんだけどさ!
「それで春華様、どうされますか? 今度は図書館への道を塞ぎますか?」
「流石にそれやったら春華様の社会的立場がアレな気が……」
わかってる。外での騒動も相当アレだとは思うが、学園内となる道を塞ぐのなんて不可能だ。それこそ、本当に悪役お嬢様らしく取り巻き連れてヒロインを監禁するレベルでないと、ヒロインの図書館侵入は阻止できまい。ならばどうするか?
「その為のソレよ」
「こ、これですか……」
今まで私の背後を歩いていた美奈と理奈だが、実は大きな段ボールを持っている。その段ボールの中にこそ、私の必殺の武器があるのだ。そして私達の向かう先は――図書室。巨大な段ボールを持った二人を引き攣れて歩く私の姿はさぞかし奇異の目で見られている。だが気にしてなるものか。己の未来の為ならば、ちょっとやそっとの視線位耐えて見せようぞ。
「侵入が阻止できないのなら、来る気にさせなければいいのよ」
「いいのかなあ」
ぼやく美奈とニコニコと表情を変えない理奈を引き攣れて私は図書室へと乗り込んで行った。
数日後の放課後。私は理奈と美奈を引き攣れて図書室へ向かっていた。
「入学2週目の月曜日……よし、今日で間違いないわね」
「えぇと、最初にヒロインが図書室に行く日でしたっけ?」
「そうよ。先週金曜日にテストがあって今日返却されたでしょ? その結果にビビったヒロインが勉強の為に図書室へ向かうのよ」
「なるほど。所で美奈? 貴方は結果どうだったの?」
理奈が話を聞きつつ隣であるく美奈に聞くと、美奈は目を逸らした。
「そ、そんな事よりフラグですよね! 先週の仕込みの成果を確認しましょう!」
「逃げたわね」
「逃げましたね。……まあ逃がしませんが」
「ひぃっ」
理奈が昏い笑みを浮かべ、美奈が涙目だ。え? 私? この体は貧弱だが、頭の方はそれなりな様で全教科80点以上である。しかし個人的には頭より肉体を鍛えたいので、最近はトレーニングを続けている。
「まあ美奈の教育は後にするとして、入るわよ」
私達はゆっくりと図書室へと侵入を果たす。室内は図書室らしく静かな空気に包まれており、その中を何人かの生徒が本を探したり、読書したりとそれぞれの目的を果たしていた。
そしてその図書室の奥。机と椅子が並んだ読書兼次週スペースに目的の人物、ヒロインと委員長の姿を発見! 私は即座に二人の話を聞ける距離まで慎重にかつ素早く移動すると耳を澄ます。
すると二人の会話が聞こえてきた……。
『丸山君、何を読んでいるの?』
うん、ゲーム通りの質問。だが昨日私が持ち込んだ武器が機能していればこの先は――
『よ、洋物の同性愛SM集かな』
ぶほっ、と私の背後に居た美奈が咽た。私も思わず咽かけ慌てて口を押える。
そうこうしてる間にも丸山は続ける。
「こ、こういう|同性愛《一部にとってのファンタジー》を馬鹿にする人もいるけど、こういう話って言うのは当時の人々が実際に直面した問題(欲求不満)、飢餓(相手が居ない)や災害(欲望の暴発)。それに流行病等(危険思想)が元の事が多いんだ』
『……そ、そうなの? だけどどうしてそんな事を……』
『そういった見えない事に鞭や木馬と言った形を与えて? それを主人公に体感させる事で? 自分達がどんな困難も乗り越えられる、と思いこんで……本当にいたのか!? けど他にも色々な情報が読み取れたり予測できたりする……よ?』
『も、物知りなんだね……っ。え、エッチな本が好きなの?』
『そ、そういう訳じゃないんだ! せっかくこの図書館には古今東西様々な知識があるんだ。だからその全部を読んでみたくなってさ。あそこの棚から順に読んでいくって決めたんだ。最初は伝記ものだったのにいつの間にかカオスな内容に……誰だここにこんな本を配置したのは!? と言うか学校の図書館になんでこんな本が!?』
『全部!? 凄い量だよ!? どれだけ欲求不満なの!? 若さの暴走でエロスがヴァジュラオンしてるとか!?』
『ちちち違う!? それはあくまで夢であって別にエロ本読みたいわけじゃなくて!? けど何故だ!? 何故僕は読み進めているんだ!? 何故か体が勝手に!? だってそうやって得た知識はきっとどこかで役に立つと思うんだ。得た知識を実践し、時には昇華させていければいいなあって、って、僕は一体何を言っているんだ!? というかこんな知識どこで消化すればぁぁぁぁ!?』
『ご、ごめんね丸山君! 趣味は人それぞれだもんね! モロッコあたりで改造されれば幸せになれるよ! うん、応援してる! お、お邪魔しました!』
顔を真っ赤にして逃げ出すヒロインと、頭を抱えつつそれでも目の前の本を読み続ける委員長が、後に残された。
「み、ミッションコンプリート……」
「あの、春華様? なんだかいたいけな男子生徒の未来と社会的なアレコレを叩き潰してしまったような気がするのですが」
「い、言わないで。正直私もドン引きしてるから」
図書室内での狂気に満ちた会話をこっそり聞いていた私は額に脂汗を浮かべていた。
何を隠そう、あの棚に男同士のアレソレの本を置いたのは私だ。いやね? 本当の目的は違ったんだよ? あんな本が並んでれば委員長も別の棚を読むかなって? スタート地点であるあの棚を委員長が回避すればもしかしたらフラグが折れるかなってね? もしくは委員長がこの学園の図書室に危機感とか感じて通わなくなるかなーとか思っていたのよ。それがまさかのど真ん中ストレート。歪みねえ全開のホモ嵐の本を読み進めるとは……恐るべし世界のISHI。どうやら何が何でも委員長にあの本棚を読ませるようになっているらしい。そして生み出された惨劇に正直心が痛んだ。
「いたいけな少年の青春を軽く踏み荒らして無理やり薔薇の花をぶち込んでいる気分だわ」
「最低の例えですね」
うん、私もちょっぴり反省している。だけど済まない委員長。私の、いえ、私達の未来の為にそこは何とか耐えて欲しい。もし君がホモ疑惑で苛められるような事があれば全力でいじめっ子を駆逐した挙句に綾宮家総力を挙げてそいつを同性愛者に仕立て上げてあげるから許して!
「……とりあえずあの本は後で回収しておきましょう。これ以上被害者が増えない内に」
「同感です」
「了解しました」
若干の罪悪感と、一応はフラグを叩き折る事に成功したであろう達成感に挟まれつつ、私達はそっと図書室から抜け出した。
ゲスイとか言わないで