第3話 苛立ちの気晴らし
冷気とは自然に存在する冷たい空気…
冷酷とは何にも対して恐ろしいほど非情…
関連性は無い二つが、合間見え、ぶつかり合う瞬間…
気怠そうな表情を浮かべつつ、今にも死にそうな目を開閉して、自分の目に映る光景を把握する想刃。彼は目の前に異常に広く感じる湖を確認し、その目先に見覚えのある"紅い館"を確認した。
ーーまさかの振り出しか、離れたつもりが近づいていたとはな。
紅い館を自分の目で確認した想刃の目は遂に力尽き、その光を無くした。紅い館から離れ、話に聞いた人里に向かっていた筈なのに、何故か道を戻っている事に気付き、想刃は自分の頭を掻き毟る。
ーークソが…
頭の中で暴言を吐き、その場を離れようと振り返る。その時、振り返った直後の目の前から突如として、やや透明でゴツゴツした何かが飛来して来て、想刃は即座にターワルを取り出して逆手で持ち、咄嗟に内側にターワルを振り上げた。
ターワルを振り上げた事により、ゴツゴツした半透明の物体は高く打ち上がり、バラバラに弾けた。弾けた半透明の物体の欠片が想刃の額に触れた瞬間、想刃の額の触覚は何かを感じた。
冷たいーー。
つまり、想刃が弾いたゴツゴツした半透明の物体は、"氷"だったと言う事になる。直後想刃は直ぐに氷が飛んで来た方向の先を凝視、氷を飛ばした本人をその目で捉えた。
「ん? 何やら妖怪のような殺気が在ったから氷を飛ばしたが、お前人間か。人間があたいの領内に一体何の用ーーッ」
想刃の目の前に居たその水色の頭髪の女が言葉を言い終える前に音を超える速さで想刃が剣気を女に飛ばした。女は突然自分の眼前に迫った鋭利な剣気を間一髪紙一重で何とか避けた。
「ッいぃィィィッ!!? 何ッ⁉ なんなの⁉」
頭を抱えてしゃがみ込む女の後ろ方面で、高さ、太さ共に巨大な大木の胴に横一閃に線が入り、数秒もしない内に線が入った部分から大木の胴が切り離れた。
「テメェだな、俺に妙な氷を飛ばしたのは」
ターワルを順手に持ち替えた想刃の右眼の虹彩が緑色に変化する。そして想刃が女に向かって放った言葉には明確な"殺意と怒り"が現れていた。
ーー何なんだこいつは⁈ ただの人間とは思えない妖怪並の殺気を持っている。それだけじゃない、何だこの威圧は…あたいが、気迫だけで押されてる⁉
女は確信した、気を抜けば一瞬で"この人間"に殺されると。それだけでは無い、噂に聴いた"白髪で剣を持った紅魔殺しの外来人"と、想刃がそっくりな事に気付いた。
「あんた、もしかして霧裂 想刃とやらか?」
女が想刃に問い掛けた直後、想刃の殺気がより強く、より殺人的なモノとなり、眼つきも鋭くなった。すると想刃はターワルを軽く手元で回し、透かさず女の方へ剣の尖端を向けた。
「何故俺の名前を知っている?」
「それはあんたが紅魔館の吸血鬼を人間の身でありながら倒したって噂で、幻想郷が持ちっきりだからだ。おおよそ天狗が流した噂だろうね、でなけりゃあたいが知る事は無い」
「天狗? 化け物が噂を流したって言うのか。噂を流した奴は誰だ?」
「多分、射命丸って言う煩い天狗の仕業じゃない? 正直あたいにはどうでも良いんだけどさ」
女が両手を上半身の半分まで上げて溜め息を吐こうとすると、想刃が女の横を通り過ぎる。想刃の行動に気付いた女は振り返って想刃の肩を掴む。
「待て、何処へ行くんだい?」
「射命丸とか言うクズを捜しに行く」
「はぁッ⁉ 相手は天狗だぞ? それに幻想郷最速、見たところあんた空飛べないみたいだし、人間じゃまず敵わないぞ」
「知った事か、俺には関係無い。天狗だろうが何だろうが、斬れりゃ何も変わりは無い」
「ひゃー良い根性してるよあんた、確かに吸血鬼を倒すだけあるわ…」
女は溜め息を吐きながら想刃に対し驚きと呆れを言葉で露わにした。女は自分の水色の髪を人差し指に絡めて僅かに回すと、その指を止めてふと何かを思い出した。
「そういや、あんたあたいの名前知らないだろ? 折角だから教えてやる。あたいはチルノ、この湖周辺を縄張りとする最強の妖精だ」
「それがどうした? 別にお前の名前を知っても無駄な情報が増えるだけで得はしない。それに何だ最強って? お前は己惚れ野郎か?」
「なぁッ⁉ 己惚れじゃないさ! 妖精の中じゃあたいに敵う奴は一人も居ないのはホントだ。……確かに妖怪にはまだ幾らか敵わない部分もあるが、だがあたいは強い。なんなら試しても良いんだぞ?」
チルノが最後の一言を言い終わった直後、想刃は殺気を引き、右眼の虹彩が改めて緑色を帯び、強い闘気を放つ。明確な殺気では無いモノの、その闘気は普通の人間なら触れたら軽く吹き飛ばされてしまうほど強力な意と力が有った。
「今度は少し闘い易い気だな、そう来たら…」
チルノは自身の全身を冷気で覆い、自分の周囲には氷の結晶が浮かび上がる。そして横側に右手を翳すと、瞬く間に手の平の上に氷の塊が形成された。
ーーやはりこいつか、さっきの氷は。
チルノが手の平の上に氷を形成する姿を目撃した想刃は、完全なる確信と決意を自身の中に抱き、ターワルのグリップを強く握り締める。そして想刃はチルノに向かって呟き気味にこう言った…
『やっぱお前はぶっ飛ばしておかねぇとな』
言葉が言い終えられた瞬間、チルノの体は空中を舞っていた。一体何が自分の体に起きたのかわからず、思考働かせる事僅か数ナノ秒、チルノは自身の下顎に激痛を感知した。
その直後に自分の口が切れて血が飛び出し、頭の中の脳が激しく振動を起こす。目の前の視界が薄れ、明暗する中で、気が付くと後頭部から強い衝撃を感じた。
ーーあたいに、今何が…?
「あ゛ァ゛ハァァッ!!?」
現在の時間の流れにチルノの体が追い付いたのは、嘔吐にも似た呻き声を張り上げた直後だった。大口を開けたまま口から血を滴らせ、更には目の焦点が何故か合わない。
そして後頭部に鈍痛が残り、両方のコメカミ部位は脈打つように痛みが継続的に走る。妖精であり、尚且つ妖精の中では最強である自分がここまで痛みに弱いとは思わなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」
数十秒地面に仰向けで寝そべっていた頃、漸く目の焦点が合ってきた。顎も何とか大丈夫な事がわかり、フラつきながらもチルノはゆっくりとその場を立ち上がる。
「俺の蹴りをくらって立てるとは、さすが化け物だな。生命力は腐るほどあるな」
ーー蹴り⁉ 今のが蹴り⁉
チルノは自分に起こった現象と自身の顎の痛みとで合算し、明らかに強烈なアッパーカットをくらったのが妥当な点なのだが、蹴りでどうやって相手を高く打ち上げる? 相当身体が柔らかくなければ相手の顎まで足は上げられない。
そこで再びチルノは理解した。普通の人間や外来人と違い、想刃は吸血鬼を倒すほどの実力を持つ為、例え妖精の中で最強の自分でも油断すれば確実に殺される事を…
「なるほど、今までたくさんの人間を見てきたが、"ある一部"を除いて皆弱かった。その見解が仇となったんだろう。あたいはあんたを今から"ある一部"の中に分類する事にするから、もう容赦は無いぞ!」
チルノの目は鋭くなり、想刃に放たれる圧も変わった。直後にチルノの背中に巨大な氷の翼が生え、周囲の空気が凍てつく程の冷気がチルノの全身から溢れ出す。
想刃はターワルを逆手に持ち、下から上へ内側に振り上げて剣気をチルノに飛ばす。チルノに向かって行く剣気はチルノに近づけば近づくほどに動きを鈍らせ、驚く事に最終的に剣気は氷の塊となって砕け散ってしまった。
ーー剣気は通用しないか、なら…
「皇闇『雀琅の焔焉』…」
想刃はスペルカードを取り出して唱え、剣に朱い炎を纏わせる。想刃のスペルカード発動の直後、チルノも一枚のスペルカードを取り出して左手を想刃の居る方向に突き出す。
「氷符『アイシクルマシンガン』…」
チルノの突き出した左手の平に冷気が集束し、長く鋭い針の様な氷の弾丸が無数且つ高速で放射状に放たれる。無数の氷の弾丸が想刃の体に触れる瞬間、朱い炎が氷の弾丸を一瞬で蒸発させ、鳳凰の形に変わりながらチルノに向かって飛翔する。
ところが、飛翔する朱い鳳凰はチルノに触れる手前で勢いを無くし、即座に凍りつき、地面にそのままの形で落下。その落下した鳳凰の氷の塊を見た想刃は閃いた。
これだーー。
「飛燕『烏の傷翔』…」
徐に取り出したスペルカードを発動と同時にターワルを高速且つ連続で振るう。ターワルを振るった軌道に沿った形の黒い剣気が無数に放たれる。
しかし、黒い剣気は先ほどの朱い鳳凰と同じく、チルノに触れる手前で凍りつき、その場にそのままの形で次々と落ちて行く。チルノは自分の目の前にまで飛んでくる黒い剣気を物ともせず、想刃に歩み寄って行く。
「閻閣『孤高の朱炎刃』…」
透かさず次のスペルカードを取り出し発動、ターワルの刀身に朱い炎が纏い、継続的に燃え盛る。朱い炎を纏ったターワルの尖端をもう直ぐ近くに居るチルノに刺し向けるも、チルノに刀身の炎が触れる直前に一瞬で朱い炎が蒼い氷へと変わってしまった。
「あたいの冷気は何でも凍らせてしまうんだ。それは例外が無き恐怖の凍気、あんたもこの"炎"みたいに凍ってしまうのさ」
チルノが蒼い氷に手で触り、伝うように想刃の顔へ真っ白い手を伸ばす。チルノの手からは輝く冷気が溢れ出し、今にも想刃の頬に触れようしてる中、彼は何故か無表情で笑っていた。
「そうか、ならば一つ問う。お前は"何でも凍らせる"とか抜かしたな、じゃあお前の"氷"も凍らせる事が出来るのか?」
彼の問いにチルノは表情を傾げ、直後に驚愕の表情へと変わっていた。想刃は直ぐに氷を纏ったターワルを腕の引きと手首のみの最短の動きで素早くターワルを引き下げ、直後に振り上げた。
ーー遅いんだよ。
想刃が振るったターワルは見事チルノの顎を捉えて打ち上げる。チルノの顎に当たった瞬間、剣の刀身を纏う氷が砕けて弾け飛び、ターワルの湾曲を描く煌びやかな刀身が姿を見せる。
顎を打ち上げられたチルノは何とか体勢を立て直そうと真上を向いた視線を顔ごと前方に直す。するとその行動を待ち侘びてたかのようにチルノの顔面を大きな氷の欠片が襲った。
剣を回転させながら遊ぶようにそこ等中に散らばった氷の欠片を蹴ったり剣で弾いたりして想刃はチルノに氷の欠片を飛ばしている。散らばっている氷の欠片は全て想刃が放った末に無力にも凍結した朱の鳳凰と黒い剣気である。
想刃は気付いていたのだ、最初に朱の鳳凰を放った時から既に。チルノが全身から放つ冷気はあらゆる物を一瞬で凍らせてしまうが、コチラが放った攻撃を凍らせればその時に出来た氷を攻撃の手段で使える。
しかし、並の攻撃では凍結された後、粉砕して攻撃の手段には容易には使えない。そこで放った朱の鳳凰が氷となったにも関わらず、そのままの形状を保ったままだった。
強いエネルギーを込めたモノならば、容易には砕けず、攻撃手段に使えると踏んだ想刃は、スペルカードの『烏の傷翔』を放った。このスペルカードなら強いエネルギーを込められる上、単発では無い為、実に持って来いだった。
そして、凍った剣気等を丁度良いサイズに砕きながら剣の振りや脚の蹴りで砕いた氷の欠片を飛ばした。更に想刃はチルノは自分自身の氷を凍らせる事が出来るか、と言う問い掛けを放った。
つまり、この問い掛けから察するにこの攻撃方法を想刃は朱の鳳凰が凍らされた後で練り上げたのだ。炎が凍ると言う変化は耳にした事があるが、氷を凍らせると言う事は全く耳にしない上に、理論上不可能。
ついでを言えばチルノの全身からは空気中の水分を一瞬で氷の結晶にしてしまうほどの冷気を放つ。チルノに向かって氷の欠片を飛ばせば、氷の欠片がチルノに接近した時に氷の欠片が冷気に曝されて逆に形状を硬質化させてチルノに当たる。
次々と繰り出される氷の欠片の襲撃はチルノの顔面と腹部を集中して直撃し続けた。想刃は最後に残ったサッカーボール並のサイズの氷の欠片を見て鼻で笑い、チルノ目掛けてその氷の欠片を思い切り蹴り飛ばした。
バギィン
想刃が蹴り飛ばしたサッカーボールのような氷の欠片はチルノの顔面の中心に直撃。チルノの顔面に直撃した直後に氷の欠片は粉々に砕け散り、その後に鼻から血を滴らせるチルノの顔を想刃は不適に笑いながら拝んだ。
「一つ知っておいて損は無い知識を教える。気体、液体、固体の状態変化だ。お前が全身から放つのは空気を凍らせる冷気。無論、水分を凍らせるだけでは無い為、炎すら凍ってしまった。次に液体、見るからに水分だらけだから、お前には凍らせる事は簡単だろ。最後に固体、お前が凍らせた剣気、鳳凰は氷ーーつまり、固体となった。固体から先は無く、それ以上に変わる事は無い。気体から固体まで持って行くには低い温度が必要だが、固体から気体まで持って行くには逆に高い温度が必要になる。もうここまで説明したら言わずともわかるよな? お前の冷気じゃ俺のあらゆる攻撃は凍らされてしまうが、固体から気体には戻せねぇ。つまり、同じ氷で挑めば攻撃が当てられるって事だ」
チルノは滴り落ちる鼻血を拭いながら体勢を整えるも、足が縺れかかり、もう既に立つのがやっとであった。外傷はあまり無いものの、内部的なダメージが大きかったか。
「そんな難しい話、あたいじゃわからないよ。でも、想刃、あんたとの勝負、なかなか楽しかったよ…」
言葉を言い終えたチルノは、前後に体が傾き、終いには白目を剥いて真後ろに綺麗に倒れてしまった。その姿を見た想刃は鼻で嘲り笑い、その後に自身の歩みを来た道へと戻した。
続く
あっという間に最強の妖精チルノを倒してしまった想刃。
その実力の噂は留まる事は無く、あらゆる地へ知れ渡り、彼の存在を異変と捉える者も現れ始めた…
この先の想刃の運命は…