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8. 慰撫

ああやっぱり、という気持ちが強かった。

予測はしていたのでそれほどショックを受けないと思っていたが、実際のところはこれ以上ないほど動揺していた。むしろ結論を先延ばしされていたせいで心の中の不安感が増幅されてしまっていたらしい。


「帰れない、ですか」

自分の声が震えているのを感じた。自分の体なのに、コントロールが微妙に利かない。

「『帰れない』ではなく、『分からない』だ」

駄目を押すようにメレディスが訂正する。

「それで今の気分は? 素早い説明がありがたかったのか、あるいは(やさ)しい言葉でゆっくりと説明してほしかったのか」


「少しは自重できないのかっ!!」

ノヴァが怒鳴りつける。だがメレディスは威圧感を込めた視線で相手を睨み返した。

「私に自重をと命じるぐらいなら、最初から御自分で全て済ませてしまえばよかったのでは? 表現を柔らかくしても彼女が知る内容は同じでしょう?」

「だからといって、わざわざ配慮を最小限にするような言い方は、逆に悪意しか感じない」

徐々に言葉が激しくなっていく。


「止めなさい。今、言い争ってどうなるものでもないでしょう? この子の今後のことの方が大事なはずよ」

リリが口論を始めた二人の間に割って入ろうとした。だが二人ともその言葉を聞きもしない。己の主張を通すために互いに意見を投げつけ合う。


「あまりにきつい言葉では、事実を受け止められずに心から病んでいくとは考えないのか」

「どうでしょうか。少なくとも泣きわめくほどは取り乱してはいない。思っていたよりも立派だと思いますが」


ああ、ここで泣くのが普通の態度なのか。そう思い至ると、途端に涙腺が反応した。

だが「泣きわめく」と言われた直後だ。そんな姿は見せたくないと、下を向き顔を見られぬようにする。しかし涙腺をどうにかすることは不可能で、ぽたぽたと生ぬるいしずくが膝の上へと落ちるのを感じた。それでも問題の二人は口論を本格的に展開し始めており、柚希が涙をこぼしていることには気づいていない。


このまま終了するまで彼らの議論につき合わされるのであれば、「素早い説明」もあまり意味が無いことになりそうだ。そうやって気持ちの一部では冷静に状況を分析していても、別の一部は感情を抑えきれない。保護こそされているものの、今後の不安は依然として大きい。


こらえているが涙が次から次へと。それを(ぬぐ)うことも忘れていた。

突然引っ張られるように立たされた。そのまま部屋の外へと連れだされる。

見れば手を掴んでいるのはリリだった。リリは二人に対して怒っている。


「あの二人だって、もう少し言い方ってものがあるんじゃないの」

支局長室から少し離れた場所まで引っ張られ、口論の声が遠くなるとリリが言った。

「気がついたら知らない場所にいて帰れなくなってるなんて、混乱するのが当たり前よ。それで時間をかけるつもりでいたのに」

ハンカチを取り出して、柚希の目元を拭う。


「帰れないわけじゃない。調査して同じ物が作れれば良いの。召喚魔法なんて入口と出口の時間と座標を指定して魔法陣に魔力を()ぎ込めば発動するんだから」

柚希に魔法のことは理解できないが、リリが言うことは端折(はしょ)り過ぎであることは分かる。事も無げに「時間と座標」と言っているが、それこそが帰還を難しくする最大の障害なのではなかろうか。


その疑問が顔に表れていたのかどうかは分からないが、リリは猫じみた笑みを浮かべた。それがまさにノヴァを思い出させ、最初に感じた「どうやら血縁らしい」という印象を決定的なものとする。

「それを何とかするのも私たちの任務よ。責任をもって調査するから、時間がかかるかもしれないけれど待っていなさい」

帰る方法が「分からない」が、その可能性はゼロではないのだと説明してくれているのだ。


「だから泣かない。じゃなくて、泣いてもいいけど希望は持ちなさい」

胸の中に抱き込まれ、背中を(さす)られる。迷子になった小さな子供をあやすかのような仕草である。そういえばノヴァが「女性相手」と言っていたが、確かにこういうスキンシップを(ともな)(なぐさ)められ方は女同士でなければ無理だろう。ただし完全に子供扱いされているらしいことについてはプライドが傷ついたけれども。


泣き止むまでに少し時間がかかった。必要なのは親身になって心配してくれる誰かだったらしい。現状が変化したというわけではないが、涙とともに不安感が多少は流れ去ったような気がする。


気持ちが落ち着いたのはいいものの、それでもまだ支局長室の口論は収まっていなかった。内容には難しい単語が混じり、どうやら今回の対応について以外にも規則の解釈や、過去の事例を引っ張りだしての大激論へと進展しているようである。

「あなたが帰る以前に、私たちがあの部屋に帰れないわね」

(あき)れたようにリリが言う。


それでも支局長の前で待とうと戻っていくと、少し離れた場所に立っている派手な色の頭の人の姿が見えた。前に見かけた、報告書やら書類やらとしゃべっていた人である。

「アリオールも困ってるみたい」

リリがその人へと声をかけた。派手な頭の人はアリオールという名前らしい。


「この書類を届ければ今日の仕事は終了なのですが、あれでは非常に入りづらい」

やっては来たものの、支局長室から響き渡る激しい応酬に入室を躊躇(ちゅうちょ)していたようだ。

「せっかくうちの隊長が珍しく書類作成を終わらせたというのに」

アリオールはぼやく。この世界にも煩雑(はんざつ)な事務仕事が存在する。そしてそれが(とどこお)りなく行われることに価値を感じる人が存在するということか。


(らち)のあかぬ者同士、愚痴を共有しようとリリの下へとやってきて、頬に泣き濡れた(あと)を見せている柚希に気付く。

「あれの原因は、この子ですか?」

あれ、とは口論のことだろう。そして原因が「自分のせい」と言われて柚希は首をすくめる。

「この子のせいというと語弊(ごへい)があるわね。でも気を遣わなければいけないのに、配慮がまるでない人間がいたのよ」

「彼ですか。間違ったことは言わないが言葉に容赦が無い」

どんなことが起きたかは想像できるらしい。


「支局長も何を考えておられるのか。あんなに意見がぶつかるというのに、いまだに彼を手元においている」

「性格には難があるけれど優秀なのは確かだから。少なくともあなたのところの上司よりは書類が早いわね」

「書類作成の能力の高さは認めます。ですがいちいち議論をするはめになっては仕事が止まってしまう」

先程までのやり取りに限らず、いつもあの二人はああいった口論をしているようだ。


「だからもし彼がうちの隊に出向する話があっても却下ですね。うちはむしろ団体行動に向いている人材を必要としています」

「分かるわ。そちらは連携が途切れたら犠牲者が出るかもしれないから」

続く世間話に彼ら二人の付き合いの長さを感じる。こちらもこれで長話へと発展しそうな勢いであった。話には入り込めず、さりとて支局長室の中は相変わらずだ。


「それでこの子も待たせるつもりですか?」

アリオールが言う。長時間待つことを覚悟したのだろう。

「そうね。今日はまともな話にはならないだろうから、この子を休ませないと」

方針が決まったらしい。柚希はリリの私室へと連れてゆかれた。


 

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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
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