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7. 現状

立っていたのは()せて背の高い怜悧(れいり)な印象の眼鏡の男性である。

形の良い眉毛、真っ直ぐに通った鼻筋、歪みのない(あご)の線。どのパーツも嫌味なぐらいにレベルが高かったが、特に強い印象を与えるのが色味の薄い瞳であろうか。


その人物は戸口で立ち止まり、柚希の存在を確認するようにじっと見つめる。眼鏡越しの視線が数秒、柚希のそれと(まじ)わった。

沸き起こる感情は、一言で表現すると敗北感である。容姿の点での勝敗ではない。薄々感じている望まない結論が、やはり真実であるらしいという証明を一つ突き付けられたことへの諦念である。


もちろん美系一人が登場したところでそういう展開が確実となるわけではないのだが、そこはそれ。「様式美」という言葉がちらつき、じわじわと柚希を苦しめる。


そんな彼女の気持ちを察した様子もなく、すぐにデスクの方へと近づいてくる。身長が高いぶん足も長いため、広い歩幅で歩く様子にツカツカと効果音が聞こえてきそうである。小脇に抱えている大量の物はフォルダに綴じたままの書類である。それをノヴァの目の前へドサドサと積み上げた。


「関係の有りそうな古い記録を一通りです。フォルダのままなので余分なのも混じってますが」

「ありがとう。それから彼女についての書類作成を今から始めようと思うんだけどね」


積み上がった書類を脇にのけながらノヴァが男の注意を柚希へと向けさせた。再び男から見つめられ、彼女は落ち着かない気分になる。男の青灰色の瞳はあまり瞬きをしない。


「ああ、彼はメレディス。僕が個人的に雇っている助手だよ」

メレディスと呼ばれた男はにこりともせずに「よろしく」と言った。見目は優れていても、愛想はそれほど良くないタイプらしい。


「ええと、まずこの子の名前を聞いてくれないかな。言葉に関しては君のほうが専門だから」

ノヴァに命じられ、メレディスは部屋隅に置かれた椅子を自分で取ってくると柚希の正面に置き、座った。だが同じような椅子に座っているはずなのに、身長差が大きいためメレディスが柚希を見下ろすような位置関係となった。


「文字は書ける?」

紙を一枚用意し、それを用箋挟(クリップボード)へと挟む。


「はい書けます」

「じゃ、ここに名前を」

場所を示してペンを渡す。


何語で書けばいいのか。一瞬迷うが、日本語が通じている状況なので漢字で自分の名前を書き付けた。それをメレディスが興味深げに見つめる。


「漢字なんだね? 本当に使っているところを初めて見た」

奇妙な感想だ。


「読み仮名も書いてくれるとありがたい」

言われるまま平仮名で読み仮名をつける。


書き終わり、ペンと紙を返すと、彼は名前を書き付けた紙を別の書類の端にクリップで止めた。


「知的生物、読み書きの教育を受けているということだね」

「どういう意味ですか? 『知的生物』って」

生物という言葉が引っかかり尋ねる。少なくとも人間相手に使う言葉ではないだろう。

なにかおかしいといったふうな表情で、メレディスが他の二人を見る。そしてすぐにその原因に気づいたらしい。


「どこまで彼女に説明をしたんです?」

「全然、何も。ゆっくりと丁寧に理解してもらおうと言葉を選んでいるところだったんだが」

言い訳じみた台詞を口にし、ノヴァは動揺している。


「今まで一言も? 君は何も聞かされてないのか」

(うなず)く。


嫌な感じの沈黙が部屋に拡がった。その沈黙に耐えられず柚希は居住(いず)まいを正す。

ひどく不機嫌そうにメレディスが腕組みをした。


「残酷な話を後回しにすることが優しさだとは私には思えませんが」

ノヴァに向けて話し出す。先程までの事務的な口調とは様変わりし、言葉の端々に刺が生えていた。


「この子にとってはつらい話だろう? だからせめて言葉を選んだほうがいい」

「何も説明できなかった人が指図をするんですか。少なくとも彼女には現状を理解する必要がある、そうではないですか?」

容赦(ようしゃ)なく正論を述べる。


「だけどこれは微妙な問題で──」

「あなたたちは口を出さないでください。成すべき仕事をするだけです」


言い募ろうというノヴァをメレディスは強い言葉でねじ伏せる。その剣幕にノヴァのほうが黙りこんでしまった。


場を支配してしまうと、メレディスは柚希の方に向き直る。(まと)う空気は怜悧(れいり)から冷徹(れいてつ)へと変化していた。


「では確認と説明だ。おそらく最後は君にとって面白くない結論になる」

口調まで変わっていた。


「いくつか質問をしよう。ここに連れて来られるまで疑問に思ったことはないか。君の常識では理解できない事柄はなかったか。それをできるだけ思い出して答えてくれ」


急に問い(ただ)すような口調となったメレディスにびくつきながら答える。

何人かの人間が着ていた制服が、彼女が今まで見たことのないデザインであること。人種が違うらしい人たちにも関わらず、言葉が平気で通じていること。保護という言葉を聞いたので、何らかのルールがあるのか。そういったことが疑問であることを伝えた。


質問は続く。

「君の世界に魔法と呼ばれる技術は存在するのか?」

「いいえ」

「それから召喚魔法。ある世界と別の世界をつなげることのできる技術は?」

(いな)と答えるほかはない。


やがて一通りの質問が終わる。


「それで私は何に巻き込まれてしまったんでしょうか? 召喚魔法という言葉がありましたが」

キーワードはそれだ。そしてその言葉こそが柚希が最も避けたい結論でもあった。


「薄々は勘づいているようだ。あなたたちが考えていた以上に彼女には理解力があるらしい」

メレディスが興味深げに感想を述べ、他の二人へと視線をめぐらした。二人とも黙ったまま事態の推移を見守っている。


「さて面白くない結論を聞く覚悟はあるね?」

質問をしていても柚希がどう答えるのかはすでに分かっているのだろう。薄い色の目が射抜くように柚希を見る。気圧(けお)されるまま、大きく息を()み「はい」と答えた。


「では始めよう。いくつかわからない単語が出てくると思うが質問は後にしてくれ」

先延ばしにされ、恐らくは望ましくはない結論が提示される。柚希は大人しくメレディスの言葉を待った。


「この世界には召喚魔法という技術がある。それを使って異世界から人や物を呼び寄せる技術だが、この国ではそれを乱用させないための法律がある。普通はそれに従い適切に召喚魔法は行われるが、時には違法にその魔法を使用する人間が現れる。違法なものは取り締まりの対象になり、その摘発の際に君が発見された」

一旦言葉を切り、メレディスは大きく息をする。そして残りを一気に口にした。


「つまり君は違法召喚の被害者だ。本来ならば速やかな送還を行うべきだが、君を召喚した魔法陣が破損したためそれは難しい。その場合、被害者を適切な施設へ保護、収容する義務がある」

「魔法陣の破損?」

疑問を感じた単語を思わず口に出すと、メレディスが(うなず)いた。


「召喚に用いた魔法陣を逆に使えば送還が可能だ。だが破損したらその魔法陣は使えない」

至極当然のようにメレディスは宣言する。

「だから君は元の世界へと帰れるかどうかわからない」


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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