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6. 雛形

抱き上げられ、と言っても実際は肩の上に荷物か何かのように持ち上げられて運ばれた。大きな建物のどこかの部屋へと連れて行かれ、流れ作業のように風呂と着替えが用意される。相変わらず詳しい説明は与えられないまま冷えた身体をどうにかすることを優先させ、世話を与えられるがままに身支度を整えた。


体が温まり、乾いた清潔な衣服を身に着けていくうちに少しずつ混乱がおさまり考える余裕が戻ってきた。いくつかの断片が咬み合って一つの形を取ってゆく。その夢物語のような思いつきに居心地の悪さを覚えた。


柚希は自分の読書経験の中からある特定の小説ジャンルの典型的なプロローグを思いだす。気がつけば知らない所にいた、日本人らしからぬ容貌の人達に囲まれている、よく分からない理屈で得体のしれない団体に保護される。ここまで押さえるべきポイントが(そろ)っていれば、あとは世にも(まれ)なる美系の人物か、王家の一員が必要というところか。


答えは出かかっているが、それを認めてはいけない気がした。


結論に到達しないように気持ちを逸らし、着替えのボタンを止めてゆく。無難なデザインのシャツとズボンだったが、彼女の身長からすると少し大きすぎる。そのままだと邪魔なので(すそ)(そで)を折り返すと、無理をして子どもが大人の服を着ているような印象となってしまった。あまりきちんとした見た目ではないような気がしたが、他に着るものがないのでそこで妥協をする。


部屋の外へと出ると、すでにレリスが待っていた。どこかから代わりを調達したのか、新しい上着を羽織っている。着替えた彼女を見るとついてくるようにと手招きをした。大人しくついて行くと、合流すると言っていた隊長が立っている。彼の名がベルクトだというのは、歩いていく途中で教えてもらった。


高い天井に長い廊下。夜のはずなのにその空間は明るかった。それなのに照明のようなものは見当たらない。ひとつひとつのことに気付いてしまうと、何もかもが認めたくない結論へと向かっているように思える。


向かっているのは「支局長」の部屋で、そこで色々と説明が受けられることになっているのだという。だが、どういう組織の支局なのか、そもそも彼女を保護する組織が何なのかは告げられない。質問をすればおそらくこの場で答えを得られるだろうが、その答えを知ることは怖く思えた。今この瞬間は好奇心こそが敵である。




やがて着いたのはいかにも偉い人が待っていそうな部屋の前だ。黒光りする木製の観音開きの扉には複雑な彫刻が施され、真鍮のドアノブがついていた。


その扉をレリスがノックする。

「入って」

中から男性の声で返事。無駄のない動きでレリスは扉を開け、開いたままになるように支えた。そこへベルクトが当然といった動きで入ってゆく。


「君も中に入って」

まごついていると小声でうながされた。緊張しながらベルクトの後ろをついていくと、さらにその後ろへとレリスが続く。そうやって二人に挟まれるように部屋の中へと進んだ。


部屋では二人の人物が待っていた。

高級そうなデスクに一人の男性が座る。その脇に立つ女性。二人とも黒髪で、どことなく血縁を感じるような雰囲気がある。同じデザインの紺色の服を着ているが、やはりこれも制服なのだろうか。


男性のほうが歳上のようで頭に白いものが混じっている。こちらが支局長なのだろうと見当を付けた。女性のほうは正確な年齢がわかりにくいが、落ち着いたたたずまいである程度の年齢に達しているように思える。


その二人とも送られてきたであろう書類をチェックしていた。デスクの上に何枚かの紙が広げられ、脇にそれぞれの何かを書き込んだメモ用であろう紙が置かれている。


「その子だね?」

デスクの正面に立つと男性が一旦手を止め柚希を見上げた。どこか猫を思わせる大きな目が、見極めるかのようにゆっくりと瞬きをした。その探られるような視線に彼女は硬直する。


「そうやって見つめるのは止しなさい。(おび)えてるから」

立っている女性のほうが書類から目を外し注意をする。

「そんなに怖がらないで。取って食うようなことはしないよ」

柚希の不安を和らげようとしたのか、そう言って口元に大きな笑みを浮かべる。


「遠慮なく人を見るのは僕の悪い癖らしい、よく怒られるよ。それから僕はここの責任者をしているノヴァだ。本当はもっと長い名前だけど呼びにくいし、ここじゃ名前が長くてもあまり意味が無いから」

立て板に水といった具合に喋る。


「それから彼女はリリ。君が女性だとあらかじめ聞いていたから彼女にも同席してもらうことにした。女性相手じゃないと話しづらいこともあるだろうから」

リリと紹介された女性に向かって小さく会釈をすると、彼女は唇を微かに動かす程度の微笑みを浮かべた。


「さっそく説明と事務手続きを、と言いたいところだけど記録係がまだ来ないんだ。彼には色々用事を言いつけてしまったからね。もう少しだけ待ってもらうけど、ごめんね」

柚希が(うなず)くと、再びニンマリした猫のような顔に。


「立たせておくのも悪いから椅子を用意してあげて」

言われてレリスが部屋の隅にあった椅子を運んでくる。それに座らせられながら、彼が細々とよく働くことに感心した。


「じゃあ先に、こっちの仕事を終わらせてしまうよ。ベルクト?」

先程までチェックしていた書類を手に取り、立っている男を呼ぶ。


「拘束十三人、人数多かったんだね」

手にした書類の束を手早くめくって中を確認している。


「事前の情報では人数半分という報告だったんだが」

「情報源が間違っていたか、いつの間にかうちの把握していない組織が合流したのか」

「後の方の理由なら、対策を立てる必要がある」

「うん、わかってるよ。裁量権は僕が持ってるから、早めに捜査方針を作ってきて」

一枚の白い紙を用意し、そこへ手早く何かを書きつけベルクトへと渡す。


「それから僕らが現場を一回見る必要がある。だからこれだけの作業をしてほしい」

「これは手間のかかる作業を──」

細々とした指示が伝えられてゆくが、それが自分に関係があるとは思わない柚希はただぼんやりとそのやり取りを眺めていた。ところどころの組織や捜査という言葉で、彼らが警察的な業務についていることを推測する。


「とりあえず必要なのはこれだけかな。またなにかあれば追って指示を出す」

どうやら二人の話は終わったらしい。ベルクトはレリスを連れて部屋を出て行った。命じられた指示をこなしに行くのだろう。




ベルクトとレリスが去ると急に部屋が広くなったように感じた。

見送ったノヴァが考えこむ。先程までの冗長さが嘘のように黙り込んでいた。

声をかけようか。迷いながら二人を見ると、すでに書類チェックを終えていたリリの方と視線があった。


「そろそろ説明が必要じゃないの? 私たちはこの子の名前すら訊いていない」

そういえばこの部屋にやってきてからまだ一言も発していない。「事務手続きが」という話も出ていたのだから、彼女の名前ぐらいは訊かれてもおかしくないがそんな素振りすら無い。


「言葉を選んでいるんだ。衝撃の大きい話だろうから」

言い聞かせるかのような台詞に柚希が反応したのが分かったのか、ノヴァは少しだけ表情を(ゆる)める。


「話をするだけならとても単純なことだと思うんだけどね。でもこの子が納得できるように話せるかどうかはちょっと判断できない」

そう言ってまた黙り込んだ。


今まで彼女をここまで連れてきた人たちは全員が揃ったように説明することを避けてきた。それほど話しづらいこととは何か、悪い予感しか浮かばない。しかしその予感に名前をつけてしまうことで真実になってしまいそうに思え、無理にでも設定のよく出来た長い夢だと思い込もうとしていた。


重い沈黙。それを破るほどの意気を柚希は持ち合わせていない。視線を落とし、膝に置いた手を見つめる。

その空気を破るようにノックの音。


「ああ、来たみたいだ。いいよ入っておいで」

ノヴァが入室の許可を与える。


「遅れました」

 開いた扉の向こうにテンプレ的美形が出現した。


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別ページに番外短篇集を投稿しています
『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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