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41. 種子

長い廊下をレリスに連れられて歩くうち、目的地が訓練場であることを告げられる。


向かうのは騎士の領域だ。研究所支局も古い城壁を再利用した同じ建物にあるとはいえ、漂う空気がどことなく違うことに柚希は気付く。研究所周辺に流れている破るのをためらう静寂と較べ、こちらには人の行き来する足音や話し声、扉の開閉する音など生活感あふれる雑音に溢れていた。この違いはおそらく、ここの主たる住人である騎士たちの性質からくるのであろう。


つらつらと考え事をしながら、ある一画に扉もない物置のようなスペースが目にとまる。そこへ注意を向けると、そこには記憶にあるガラクタの山。すでに何割かは量が減っていたが、(まご)うことなく資料室から運び出された不要品の数々だ。


そういえばゴミ捨て場は騎士団の詰め所の近くだと聞いたことを思い出す。ゴミ運びを免除されていなければ、きっとここまで来ていたのだろう。そしてここまで歩く間、少し距離も遠かったことから、資料室の整理を先送りにして不要品を溜め込んだ(わけ)も少し理解できるような気がした。


ともかくも言葉数も少ないまま歩けば、ほどなく目指す場所へと到達をする。


「どうぞ、入って」


戸口でレリスは立ち止まると、小声で柚希に中へ入るよう(うなが)す。他と比べ数段大きなサイズの扉、それが開け放たれたままとなっていた。ドアストッパーで押さえてあることから、閉め忘れたというわけではないようだ。言われるままに室内へ。


入った場所はこの建物の中で柚希が今まで行ったことのあるどの場所よりも広い空間であった。天井が見上げるほど高いのも、『訓練場』なのだから理由は明らかだ。下は床石や板張りではなく土が敷き詰められている。歩けば足跡が残る程度に柔らかく掘り起こされていることから、怪我を避ける意味合いがあるのだろう。


そんな空間のあちこちに、この場にふさわしい道具の数々。訓練用の木人形がいくつか立ち並び、刀掛け用の台には木刀が何本か置かれている。それらの使い方については、刀を振るった経験のない柚希ですら想像のつくものであった。


しかし彼女がここへ来た目的は訓練というわけではない。部屋を真っ直ぐ突っ切って歩くレリスに付いていけば、一人の人物が立っているのが見えた。紺色の制服に黒髪をした女性、リリである。


書類を処理しているのだろう、彼女の手には筆記具、さらには足元に置かれた鞄の周辺には紙の束が置かれていた。書き終わったばかりの何枚かが、インクが乾くまでの間に汚れないよう一枚ずつ重ならないように並べられている。


そして、その脇には別の何か大きな包みがあった。こちらは書類ではなさそうだが、上から厚手の布が掛けられて正体はわからない。


「お待たせしました。彼女を──」

「急な呼び出しで迷惑だとは思ったけれど、来てくれて助かったわ」


声をかけたレリスに返事をするとリリは書類を書く手を止めた。そして書きさしを一旦下に置くと、すぐさま足元から別の紙を引っ張りだし、無造作にレリスへと差し出した。


「じゃあ、まずはこの書類をお願いね。提出先は──」


あちら、こちらと場所を指示するが、柚希の知らない場所のほうが当然多い。無闇矢鱈と書類の多い環境なのは気付いていたが、ここでも例に漏れず書類が必要なのであろう。こんな遣り取りをレリスは当たり前のように感じているらしく、無言で書類を受け取ると了承の意味なのか小さく(うなず)き、退室のためにすぐさま踵を返し歩いていった。


──ああ、彼も忙しいのだな。けれど、それが彼の仕事なのだから。


そう思いつつ後姿(うしろすがた)を目で追っていると、戸口で敬礼のために振り返ったレリスがこちらへ視線を送ってきていた。気付いたからにはと、柚希は曖昧に、しかし相手にはそれと分かる程度に小さく微笑みを返す。それを見て取ると、相手は敬礼のために上げていた手を小さく振ってから去っていった。


「仲良くなったみたいじゃない?」


二人の細かな遣り取りを、ここにいる残りの一人が見過ごすはずはない。かけられた言葉に振り返れば、リリは遊びの種を見つけた猫のような表情を浮かべていた。彼女は柚希に対してのレリスの厚意か好意か判別の付かない感情を最初に指摘した人間である。当然のことながら見込み云々の推移を見守っていることだろう。


けれど面白がられるほど何かが進展しているわけでもない。こちらの気持ちは保留して親切だけは受け取るという、ある意味で(ずる)い立ち回りの最中なのだから。


「違うんです、リリさんの思っているようなことは何も。相談には乗ってもらっていますが、まずは友人としてでして──」

「そう。友人、ね。良いんじゃないかしら」


柚希に皆まで説明させない。なのに緩んだ表情は変わらず、やはり誤解は解けきれなかったことを知る。これ以上に言葉を尽くしても、恋愛的には盛り上がりに欠ける今現在の状況を納得させることは無理だ。


あきらめて、リリが彼女を呼ぶことにした本来の目的について指摘することにする。


「なにか話があると聞いたのですが」

「そうね。世間話はこれぐらいにしておかないと」


柚希が本題を切り出せば、リリは()っすらと浮かんでいた笑みを瞬時に消し、地面の上に置かれた正体不明の物体へと注意を(うなが)した。そしてかぶさっている覆いを取り()ける。


「さっそくで悪いけれど、この中身を確認して欲しいの」

「あの、これは……」


見ろと言われるが、視線の先に置かれる物体を見て柚希はたじろいた。


そこには厚手の布のシートでもう一段階余計に(くる)まれた何か、長さ二メートル弱ほどの円筒状の物。ちょうど高い身長の人物が横たわっている程度の大きさで、中身が見えないようにされていることに嫌な予感がする。形があるものを想起させるのだ。


「死体、ではないですよね?」


自分の他にも誰かが召喚に巻き込まれ、そこで最悪の事態に陥っていたのか? 思わず柚希がリリへとそう尋ねると、相手は一瞬驚いたような表情をする。しかしすぐに彼女の言葉の意味に気づき、愉快そうにクスクスと笑い出した。


「言われればそう見えないこともないわね。でも違うわよ、安心して」


そう言って包みを開けば、中身は緑色の植物の破片。


()せても鮮やかな色味が残る黄色の花びらと、(しま)模様の種のことは記憶にある。丈の高いその花に合わせ(つつ)みを作ったためか、ちょうど横たわる人間のような形になったらしい。ともあれ凄惨な連想がどうということのない穏やかな現実に置き換わったことにホッとし、その正体を指し示す一つの単語を口にした。


「ヒマワリですね」

「やっぱり知っている物のようね。これについて、研究所の方へ移動させる前にあなたの意見が聞きたかったの」

「意見と言われても……。見ての通り、大きいだけの普通の植物ですけれど」


どこにでも生えているごく一般的な植物、それについて訊きたいことなどと。奇妙な感慨を覚えながら、彼女は目前のヒマワリを見つめた。


「あなたにとっては珍しくなくても、こちらでは何の情報もない物なの。有用なのか有害か、どうしたものか分からないうちは厳重に管理すべきものよ」


言われてなるほどと思う。柚希にとっては何の変哲もないヒマワリではあるが、こちらでは本来存在しない植物である。想定していないような厄介事を引き起こし、後で始末に困るという事態になる前に性質を洗い出す必要があるということだ。

「少なくともこの植物に関しては特別な注意を払わなくては。あなたと同じように濃い魔力を感じるから。ただ……」


説明のための言葉を探すかのようにリリは急に口(ごも)る。その様子に声をかけるべきか迷うが、結局は黙ってはおられず柚希は続きを(うなが)した。


「気になることがあるのですか」

「いろいろな点を考慮しても濃すぎるの。世界自体の魔力が濃いにしても自然にここまでの水準に達するとは考えにくいから、この植物に魔力を蓄積して濃縮する仕組みがあるのかもしれない」


示されたのは意外な考えだった。濃さそのものについてはまだ分かる。けれど魔力を溜め込むとは──。


「濃縮してどうするのでしょう。魔法が使えない場所では濃い魔力なんて必要ないのではありませんか」

「魔法として発動しないといっても魔力が不要とは限らないわよ。見過ごすことは出来ないほどの魔力の濃度なのだから、気付かないだけで生命活動では何らかの作用が起きているのかもしれない」


返される言葉を聞いても腑に落ちない。その理解不能な覚束(おぼつか)ない気持ちを納得させてくれるのか、期待を込めて柚希は相手へと視線を送った。その表情の意味をリリは悟ってくれたらしく、彼女はすぐに口を開いた。


「その縞模様の粒は種よね? 特に魔力が濃いのはその種の部分。例えば種から芽を出すのに魔力が要るのかも。枯れて一旦は死んだ植物が復活するのだと考えれば、そこに魔法的な作用が起こっていても不思議はないわ」

「種が復活することが魔法なのですか? すみません、やっぱり分かりません」


多くの植物が発芽のために必要な栄養を種子に溜め込むことは理科の授業に習った知識である。けれどその栄養の中にまさか魔力まで含まれているのだとは。魔法に対しての感覚が根本的に無いからなのだろうか、酸素と水と適切な温度以外の何かが種へと作用している可能性について今一つイメージが曖昧なままだ。しかもそれが一種の復活の魔法であると言われれば戸惑うのも当然である。


どうにも魔法については柚希の手に余る。その感覚の欠落については当然のことながらリリも承知しており、どう話せばいいのか考えている様子。そして何事かを思いついたのか(かが)み込み、足元にある種を一粒つまみ上げる。


「説明よりもこうしたほうが早いわね。見ていなさい」


そう言うが早いか、リリは種を持つのとは逆の手の指で種へと触れた。同時にパンッと風船が割れるような音。固い種皮が(はじ)け、手の中の種が膨れ上がるのが見えた。それとともに中から白い紐状のものが溢れ出す。紐はすぐに何倍もの長さへと伸び、見る間に緑色に染まっていった。間違いようはない、今見せられているのは発芽の早回し状態なのだ。


だが、その急激な変化はそこまでだった。伸びようとする芽はすぐに変化を止め、やがて力尽きたかのようにリリの手から垂れ下がる。長さは五十センチほどか、見た目は長すぎるモヤシのようだ。


「今のは?」

「単純に魔力を加えただけよ。この種が持つ何らかの能力は魔力に反応するということ。ただし引き起こされた反応は術式ですらないわ。魔力で芽を一挙に成長させて、その勢いで種が殻を破っているのね」


つまりは魔力で刺激をすれば、水や酸素など関係なく発芽の活動が開始されるということらしい。科学の常識とは異なる事実ではあるが、それでもここは魔法の世界だ。働く法則が違うのであれば、異世界の人間である柚希の方が自分の常識を捩じ曲げる他はない。そう無理矢理にでも自分を納得させようとする。


だが、それでもいくつかの疑問は残る。


「でもあちらでは魔法が発動しないのですよ。そもそも最初の魔力の刺激が起きるのでしょうか?」


どんな機械でもエンジンや電源が入らなければ作動することはない。魔力の刺激がそれを引き起こすためのスイッチのようなものであれば、それを押す人間が必要だ。こちらの世界では当然起こる現象であっても、向こうでその理屈が成立するかどうか。


「そうね、あなた達の世界では魔法は発動しにくい。なぜなら魔力が濃すぎて活性が低くなっているから。そのことは理解しているわね?」

「はい。濃すぎるインクのように粘る、つまり魔力が動くことができないのだと説明されました」

「でもさっきの種を見ても分かる通り、魔力には反応する。つまり魔法が発動しにくい環境なりに最初の刺激が起きる条件を整えているということよ」

「その条件が種の中の魔力を濃くするということですか」


他よりも濃すぎる魔力は暴発の元、そうした魔力は別の魔力と過敏に反応する。だからこそ発動しにくい濃度の中で魔法の反応を起こそうするならば、それ以上に魔力が濃い一点を作り反応の可能性を増やす。魔法自体は分からなくても説明を組み立て直して、そのように解釈した。


「最初の反応さえ起こせれば、後は魔力の勢いだけで残りが展開するようになっているのね。けれど濃度を濃くし過ぎたことで魔法そのものの緻密さは期待できなくなってしまった。どうしても一度に使う魔力が多すぎて、繊細な術式の連鎖を積み重ねるのには向いていないから」


結果としてあちらでは術式未満の構造しか残らないのだろうとリリは言った。その単純な反応自体も、こちらで起きれば大暴発に分類されるような激しい物になるだろうが、向こうでは魔力の活性自体が低いせいで魔法とすら認識できない程度の穏やかさに収まるだろうとも。


事実、本来ならば数日かけてゆっくり進行する種の発芽がほんの数秒で終わってしまうのを見ても、二つの世界における魔法の作用の仕方の違いは明らかだ。だからこそ魔力の濃い世界でありながら、わずかな魔法をひき起こすためにより多くの魔力を濃縮させるための仕組みをヒマワリが持っていることはなんら不思議ではない。


「魔力が濃いからこそ蓄積する必要がある。その理由については理解できたと思います。とても逆説的な結論だと思いますが」

「そして魔力は呼吸や飲食をすることで生物の体に入り込むのよ。それを濃縮し、それをまた別の生物が摂取してさらに魔力を濃くする。濃くしなければ生命活動に必要な最低限の魔力の反応すら起こせないのだもの」


それゆえに柚希には認識できない魔力が身体に溜まり込み、この魔法の世界では暴発の危険に対処しなければいけないレベルに達している。だがこちらでは貴重な資源らしい魔力、それを利用できもしない魔法の能力もない彼女にとってはとても皮肉なことであるが。


「これはまだ仮説だけれど、それでいろいろなことが説明できるわ。あなたの体質のこととかね」


何はともあれ一通りの理解ができた柚希の様子にリリは満足しているようだ。


「その実証のためには、これから実験を重ねる必要があるのだけれど──」


そこに突然、後方から割り込む者があった。聞き覚えのある壮年の男性の声。


「取り込み中に悪いが、ここは騎士団の敷地だ。研究所じゃないんだぜ」


そちらへ振り返って相手を確認すると、立っているのはベルクトだった。騎士団詰め所の訓練場を一部であるとはいえ研究資料の植物で占拠しているのだから、隊の責任者である彼が出てくるのは当然なのだけれど。


「勝手に魔法の実験を始めないでくれないか。そいつだって研究所の方からすれば一応は『貴重な標本』なんだろう?」


ベルクトの視線はリリが手にする伸びすぎ、すでに(しお)れかけたヒマワリの芽へと向く。とは言っても、言葉は(とが)めるような内容だが、特に怒ったような口調でもない。むしろ、いきなりこのような勝手をされることには慣れているといった様子だ。


だからこそなのか、リリは大して気分を害した様子もなく、さらりと言葉を返した。


「ありがたいご忠告ね。でも、もっと大事な用があるんでしょう?」

「まあな。面倒な作文、要するにこいつだ。後回しにすると騒さい奴がいるんでな」


そしてリリの方へと数枚の紙の束を押し付けてくる。思わず目をやれば『確認』や『報告』など、柚希がつい最近に習ったばかりの単語が並んでいるのが見て取れた。文書全体の総意は分からないが業務上の書類であることは間違いない。それを無言でリリは受け取り、すぐさま書き込みを開始する。


その様子に自分以外は仕事中なのだと気付き、場所を占領して作業をしていることに対して謝る意味で柚希はベルクトへと小さく頭を下げた。


「お邪魔してます」

「ああ、気にしないでいい、嬢ちゃんを呼んだのは俺たちの都合だし」


保護された最初の瞬間から彼は柚希のことを『嬢ちゃん』と呼ぶ。要は子供扱いなのだが、彼にそう呼ばれることについてはあまり違和感を感じずにいた。人種の違いでこちらの人々の年齢を見た目から推測するのは難しいけれど、隊長という役職にあるということや(かも)し出す雰囲気から感じるに、少なくとも彼女の倍の年齢には達しているだろうと思っている。そんな相手からすれば彼女は子供扱いされても仕方がなかろう。


とはいうものの、完全な子供扱いというわけでもない。手続き上の規定について少しだけ説明を付け加えてくる。


「いきなり研究所に持ってったほうが手間はかからないんだろうが、一応規則なんでな。こういう正体の分からない代物はまず騎士団の警護下で安全確認をすることになってる。訓練場なら壁が厚く造ってあって外に被害も出にくいし、それに何かあった時に対処するのが俺たちの本来の仕事だ。まあ、こいつが役立つ機会がないのが一番だが──」


そう話しながらベルクトは自らの腰に下げた剣を軽く叩く。あまりに自然に身に馴染んでいるため見過ごしていたが、そうしたものが普通に存在している世界なのだと改めて実感する。


「で、見たところ危険は少なそうだし、嬢ちゃんの話も役立ちそうだ。協力、感謝する」

「知っていることを話すだけですよ? それほどのお手伝いとは……」

「そんなに謙遜するもんじゃない。仕事柄いろんな召喚物を見てきてるが、こんな具合に向こう側の解説付きで検査するってのは珍しいことなんだぞ。普通だったら扱い方も分からずに手探り状態だ」


思わず出た卑下の言葉はすぐにベルクトに封じ込められた。


「こいつを回収する時に話をしたんだ。で、同じ世界のものなら嬢ちゃんが知ってるんじゃないかってことになってな。ほら、実際に訊いてみたらこれがどんな物か答えが返ってきただろう? こういう馬鹿デカい草はこっちには無いものだから」


初めて見たものに欠片(かけら)でも情報がほしい。その要求に彼女が(こた)えたということのようだ。


「分かります。知っている人間が説明できるなら、そのほうが手間が省けるでしょうから」

「そういうことだ。ついでに俺の疑問にも答えてくれるとありがたいんだが。つまり、あっちの世界はそういう環境なんだろうか?」


ベルクトに訊かれるが『そういう環境』の意味がわからない。首を傾げていると。


「でかい草が生えてるくせに嬢ちゃんは小さいからな。そんな具合に動物が小さくて植物が大きい、そんなふうになっているのかと思いついたもんだから」


身長を超える高さに達する、木ではない草の範疇に属する植物が存在する。そのことは事実ではあるが、だからといって全ての植物と動物の大きさがそんな関係にあるわけではない。とは言っても生物サイズに関するサンプルは彼女自身とヒマワリの二つだけなのだから誤解の元になっているのに違いない。些細な事だが訂正すべき点であろう。


「短い期間でこんなに大きく育つ花は向こうでも一部の種類だけで、普通の草はもっと扱いやすい大きさにしか成長しませんよ」


だからこそ他の花との違いが際立ち、雄大な印象を誇る園芸植物として育てられているわけなのだが。


「確かに大きくて見映(みば)えもするので物珍しく思えるのかもしれませんが、これが特別なだけですから」

「そりゃあ、良かった。てっきりこういう大きい草の中で埋まって苦労してるんじゃないかと思っていてな。そう想像したら可笑(おか)しいというか、可愛らしいというか……」


柚希へと返したベルクトの言葉の内容を頭のなかで映像化してみると、御伽話(おとぎばなし)にある小人の世界のようにしか思えない。小動物扱いもそこまで行き着くのか、間違いなく体格が小さいことを彼はからかっている。その言葉に悪意がないことは分かっているが、ずっとチビっ子扱いなのは気になって仕方ない。返事に少しだけ非難の調子を含ませた。


「私が小さいと言っても平均よりも少し小さいだけです。それに私の住んでいる国が小柄な人種が多いだけで、向こう全体の平均身長はもう少し大きいですよ。国によってはこちらと変わらないぐらいの平均身長のところもありますし」


向こうの世界を()いて日本以外の国を含む大きな括りで考えれば、こちらの人々のような見上げる必要のある背丈の人間は少なからず存在する。だから彼女を基準に向こうが小柄な人類ばかりだと思われても困るのだ。


けれど話の切り口を『平均』としたことでベルクトは一つの事実に気づいた様子。


「だが向こうの平均がその身長より大きいっていうんなら、結局は向こうでも嬢ちゃんは小さめってことだな」

「ええと、そうなりますね……」


ベルクトが会話の中から導き出した結論を認めざるをえない。ちょっとした茶々を咎めるつもりが余計に事実を確認する羽目になり、妙な敗北感についつい声は小さくなっていた。そんな柚希の様子にベルクトが穏やかな声で言葉を返す。


「落ち込むなよ。俺だって、こちらじゃ背は小さいほうだがそれなりに出世してるんだ。嬢ちゃんだって中身がそれほど子供じゃないことは見てりゃ分かる。人間、身長じゃない」


多分、彼なりに慰めているつもりであろうが、その台詞の内容はかなりの斜め方向である。だとしてもその台詞に反して、やはり子供扱いの内心は透けて見えていた。


もやもやしながらも気持ちを静めるために、失礼にならぬ程度に小さく息を吐く。こちらに喚ばれてから生まれた小さなコンプレックスを刺激されるのは気に入らないが、少なくとも相手に踏み潰されるほどサイズに差があるわけではない。からかわれない程度にせいぜい歳相応の態度で返す他ないだろう。


「大丈夫です。身長は伸びなくても、こういう扱いに慣れればいいんですから」

「ひやかして悪かったな。きちんと話をすりゃ中身がしっかりしてるって分かるんだが、どうしても外見(そとみ)の印象に引きずられちまう。やけに大人びた子供だなって」


結局、大袈裟に長い溜息を吐いた。それが『大人のきちんとした態度』かどうかは分からないけれど。


そんなやりとりに対して脇から抑えた笑い声が聞こえてきた。見れば、傍にいるリリが書類への記入を終え、二人の会話にじっと耳を傾けていたようである。


「それくらいにしておいたら。あまりこの子の機嫌を損ねたら大事な話も聞けなくなるかもしれないでしょう?」

「そこまで子供じみたことはしませんよ」

「はいはい、そうね。あなたは理解力のある子だもの」


さすがに研究者である、軽口を収めるとすぐに事務的な態度が戻ってくる。すでに真新しい紙とペンを(かま)えており、これから彼女の口にする言葉が記録されるのだということが分かった。

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『I've been summoned.』 番外短篇集
都合により本編に入れられなかったエピソードなど収納しています




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